狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

みのもんたの「沖縄、摩文仁の丘の平和への祈り」

2007-08-16 08:31:22 | 未分類

一年ほど前だったか、俳優の藤田まことさんが当時17歳の兄が戦死した沖縄の海上に追悼の花束を投ずるTVドキュメント番組を見た。

何時になくしんみりした顔で沖縄の海に散った兄のことを語る藤田さんの言葉に胸を打たれた。

藤田さんにとって兄から送られた葉書は今でもお守りであるという。

大事にしている、1枚のはがきがある。差出人は17歳の若さで戦死した兄真一さん。海軍特別少年兵に志願し、44年8月に船で沖縄に向かったのが最後だった。はがきは出港直前に鹿児島で書かれた。真一さんは当時11歳、小学5年の藤田を「お父ゥやお母ァさんの言ふ事を聞いてしっかり勉強をしてください」と励まし、「お父ゥさんもお身体を大切にあまり無理をなさらない様に早くもとの様に太って下さい。お母ァさんも(妹の)真理子もお姉さんも皆お元気で。さようなら」と結んでいる。  (日刊スポーツ)

                    ◇

終戦記念日となると沖縄を語るタレントが必ず登場する。

昨日のTBS「朝ズバ!」は久々に登場したみのもんたが深刻に眉間にシワを寄せて沖縄戦を語った。

大田中将の有名な電文「県民斯ク戦ヘリ」で有名な沖縄の「海軍壕跡」をビデオで紹介し、電文の内容を紹介し始めた。

あれ? 沖縄のメディアが最も嫌う切り口の沖縄戦報道だ。

確かTBSの沖縄の系列局はRBC(琉球放送)だしRBCは沖縄タイムスの系列のはず。

興味を持って見ていたら、案の定 「沖縄県民斯ク戦ヘリ

県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

と言う電文肝心のの部分は飛ばしてしまっていた。

そして突然、戦争はいけない、

「憲法の平和主義は守るべきだ」 と論調が一気に急旋廻する。

 

そもそも、みのもんたと沖縄戦との関りは何だったのか。

この20年間、夏休み、終戦記念日には沖縄へ行っている。その理由は、沖縄が戦争の記憶をいまもとどめているからだ。「摩文仁の丘に行ってください。沖縄戦で命を失ったすべての人の名前が石に刻まれています」>

<母から聞かされた戦争の思い出――戦時中、みのがお腹にいるとき、父親が招集された。赤紙が来たのは、みのの兄のお通夜の席だったという。>

この20年間、夏休み、終戦記念日には沖縄へ行っている

一瞬冒頭の藤田まことさんの顔がダブってきて「みのもんたの父や兄も沖縄戦の犠牲者だったのか」と思ったが、・・・・

ちょっと待てよ、みのもんたは父の経営する」会社を引き継いでおり、父が亡くなったの最近ではなかったのか。

それにみのもんたの兄が戦死したとは年齢的に考え難い。

みのもんたは沖縄戦にどう関っていたのか。

大きな戦争という括りでいえば沖縄戦は日本人全部が係りがある。

だが、そのような抽象論は措いて、みのもんたの沖縄への直接の関りは何だったのか。

「この20年間、沖縄へは夏休みで」遊びに旅行していただけではなかったのか。

その証拠に、突然

「いま、憲法を変えようという動きがあるが、国と国との紛争の解決の手段として軍事力を使わない――それだけは守るべきだと思いますよ」

と護憲アピールし、沖縄戦を真摯に語るみのの姿は、

いかにも取ってつけたような感じがした。

自分をの休暇中の沖縄旅行を無理に沖縄戦に結びつけて、

旅行費用を経費として浮かすだけではなく、休暇旅行を無理やり仕事のネタにしている姿が浮かんでくる。

そう言えばやはり休暇中のビデオで何処かの高級店で東国原宮崎知事と高級料理を食べながらのインタユーらしきものも放映していた。

その時も休暇中の食費も経費で落とすのかよ、と直感的に感じたものだ。

画面では「沖縄の戦場跡で静かに平和を祈っている」なんて殊勝なことを言っていながら

その実、那覇の高級クラブあたりでドンチャン騒ぎしていたりたりして。

結局、みのもんたも「沖縄戦」を食い物にしただけ、といったら言い過ぎだろうか。

                     ◇


 “音やん”藤田まことが兄が戦死した沖縄で平和をかみしめる 

 「このシリーズのロケ地としては、これまでで一番遠い所まで来た」と語るのは、17日放送のテレビ朝日系土曜ワイド劇場『京都殺人案内28涙そうそう沖縄・音川刑事の一番長い日!』(後9・00)に主演している藤田まこと。今作の舞台となる沖縄は藤田にとっても大切な場所で、終戦の前年、6歳年上の17歳の実兄が、那覇沖で戦死したという。「兄が沖縄にある記念碑“平和の礎(いしじ)”に眠っている」と藤田。「それだけに、沖縄では性根を入れてやらなあかんと思っている。この(ロケ地の)津堅島も激戦地の一つで、100人以上の人が亡くなっているので、身の引き締まる思いがする」と緊張の面持ちで話し、平和の尊さをかみしめていた。 (ORICON Style 12月16日 11時00分)

 

 【追記】

「朝ズバ!」が尤もらしく沖縄戦を語る割には、大田中将のことを大田中尉と間違えて、番組最後で慌てて訂正していた。

当日記でも大田少将と過去記事で述べたくだりがあるが、

大田沖縄方面根拠地隊司令官が海軍壕で電文を送った時は海軍少将であり、自決後に特別進級で海軍中将に進級している。

以後の記述は大田中将に統一したい。 
 

◆「海軍壕跡」が沖縄の「平和ガイドコース」から外されているのと同じく、例年行われる慰霊祭についても沖縄マスコミは相変わらず冷たい。

今年も記事には「 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」の電文の紹介どころか、大田中将の名前さえ報じていない。

ちなみに沖縄サミットを決定し守礼の門のデザインの2千円札を発行した小渕元首相は大田元中将の電文を常に心に刻んでいたという。

み霊4000人の冥福祈る/旧海軍司令部壕で慰霊祭【写真】 (沖縄タイムス)

昨夜のNHK「どうする、これからの日本」に出演していた沖縄のサヨクの方も「平和ガイド」だった。 

太田中将自決の地「海軍壕」が「平和ガイドコース」から外れた理由

コメント (4)

クーデター勃発?それとも「沖縄密約」?  防衛省の内紛 

2007-08-16 07:48:40 | 県知事選

シビリアンコントロールとは自衛隊に課された最大の義務である。

であるから、組織のトップがスカートをはいた女性であろうが誰だろうが、その命令なく行動は起こせない。 

トップの命令無しに行動すればクーデターとなる。

日経新聞の社説は当日記では余り引用しないが、昨日の社説には考えさせられる。

小池防衛大臣と森屋事務次官の確執について次のような切り口で始まる。

<この瞬間にミサイルが日本の領域に飛んできたら防衛省は、どんな対応ができるのだろう。それが心配になる内紛である。>

防衛省が自衛隊という実力部隊を抱える組織である事実を考えると、問題が多い。

事務当局の最高首脳が政治家に抵抗するのを見た自衛官たちは、政治家による軍の統制という意味でのシビリアンコントロールのあり方に疑問を持ちかねない。>

大臣・次官という序列の軽視は、上官命令を内容によっては無視できるとする空気を自衛隊内部に醸成しかねない。

<守屋氏の抵抗の背景に政治家の存在があるかどうかは明確ではない。仮にあるとすれば、自衛官たちに一部の政治家と結んで要求を実現する道もあると教える。戦前の軍部がとった危険な手法に近い。

各省の事務方と新任の大臣との確執は小泉新政権の時の田中外務大臣の時を想い出す。

そもそも事務次官とはどのような存在なのか。

各省の長である大臣を助け、府務・省務を整理し云々(国家行政組織法第18条第2項)の正確な記述ははここでは省略。

要すれば、事務次官とは大臣、副大臣等の下にあって、各省において職業公務員(官僚)が就く一般職の職員のうち最高の地位で、事務方の長といわれる。

だが、大臣、副大臣の下にありながらその省内の影響力は隠然と大臣、副大臣をしのぐ。

制度上は大臣の指揮下にあるはずだが、キャリアー官僚の中のエリートの中のエリート言われる事務次官は、

何時辞任するか分らない新任大臣に対しては、面従服背だとは良く言われること。

ましてや守屋防衛事務次官は2003年8月1日就任の異例の長期任務を誇る防衛庁の主のような男である。

チャラチャラした女大臣になめられて溜まるかと言う気持ちでもあったのだろう。

だが、小池大臣が記者会見で言うように

この問題以外にも、これまで何度も携帯で電話しても返事があるのは何時も翌日だった。 危機管理上問題だ。」

と言うことが事実だとしたら、日経社説が危惧する冒頭の文に再び考えさせられる。

この瞬間にミサイルが日本の領域に飛んできたら防衛省は、どんな対応ができるのだろう。それが心配になる内紛である。>

防衛省と言えば基地問題を抱える沖縄にとっては御馴染みの省。

小池大臣は過去に内閣府特命担当大臣(沖縄担当)を二度も勤めており沖縄では御馴染みの顔だし、環境大臣の時「クールビズ」を流行らし沖縄の「かりゆしウエア」の普及の功労者でもある。

一方守屋事務次官も03年の主任以来、沖縄のマスコミには御馴染みの有名人。

沖縄マスコミが「小池・守屋問題」をもっと詳しく報じても良いと思うのだが、意外と素っ気無い。

地元マスコミに代わって日刊スポーツが生臭い報道をしている。

強気の小池氏に「密約説」…沖縄絡みで憶測、本人否定  (8月15日 21:13)
守屋武昌防衛事務次官の更迭を強く求める小池百合子防衛相をめぐり、「守屋氏と対立する沖縄県側と密約があったのでは」との憶測がくすぶっている。基地問題で強硬路線を唱える守屋氏を更迭し、代わりに普天間飛行場の移設問題で県側に理解を求めるという筋書き。守屋氏の人事と移設手続き開始が「同時進行」しているのは不自然というのが根拠で、小池氏は火消しに躍起だ。

 「事務次官が書類を上げるプロセスがあるが、正式なものが上がってきていない」。塩崎恭久官房長官は15日午前の記者会見で、守屋氏の後任を決める人事検討会議が、27日に予定される内閣改造後になるとの見通しを示した。

 しかし小池氏は、同日午前の会見で「私は手順的に何も間違えていない。役所の意思決定を明確にするのは大臣の役割」と強気の姿勢を崩さず、午後には米軍普天間飛行場移設予定地の沖縄県名護市に入った。

 在任5年目に入った守屋氏は「県側の要求に譲歩してばかりでは移設が進まない」というのが持論。一方の県側は、日米両政府が決めた普天間飛行場代替施設のV字形滑走路案に反対。移設に向けた環境影響評価(アセスメント)手続きの第一段階となる「方法書」の受け取りを拒否し、守屋氏と対峙(たいじ)してきた。

 小池氏は今月7日、守屋氏に退任を通告し、那覇防衛施設局は同日、方法書を県に送付。小池氏はすぐさま訪米し、8日にはゲーツ国防長官に移設進展を報告、歓待を受けた。このため関係者から「展開があまりにスムーズだ」と“疑惑”が浮上。防衛省や沖縄で「県側が方法書受け取りを容認し、引き換えに小池氏が守屋氏更迭で動いた」との見方が広がった。

 小池氏は15日の会見で「そういうストーリーが流れるのは非常に遺憾」と強調したが、今回の名護市入りが訪米前に決まっていたこともあり、密約説は収まる気配がない。16日まで名護市に滞在する予定の小池氏は、島袋吉和名護市長との会談も取りざたされており、動向に注目が集まっている。

(2007年8月15日21時13分  スポーツ報知)

 

                      ◇


日本経済新聞・社説2 

積年のウミ出た防衛省内紛(8/15)

 この瞬間にミサイルが日本の領域に飛んできたら防衛省は、どんな対応ができるのだろう。それが心配になる内紛である。次官人事をめぐって小池百合子防衛相に守屋武昌次官が抵抗する光景は、防衛省が自衛隊という実力部隊を抱える組織である事実を考えると、問題が多い。

 守屋氏に退任を求め、後任に警察庁出身の西川徹矢官房長をあてたいとする小池氏の行動には、手続き面で問題があった。が、中央省庁の人事権は原則的に大臣に属するのも事実である。守屋氏の抵抗は防衛省に特有の問題を想起させる。

 事務当局の最高首脳が政治家に抵抗するのを見た自衛官たちは、政治家による軍の統制という意味でのシビリアンコントロールのあり方に疑問を持ちかねない。大臣・次官という序列の軽視は、上官命令を内容によっては無視できるとする空気を自衛隊内部に醸成しかねない。

 守屋氏の抵抗の背景に政治家の存在があるかどうかは明確ではない。仮にあるとすれば、自衛官たちに一部の政治家と結んで要求を実現する道もあると教える。戦前の軍部がとった危険な手法に近い。

 7月に刊行された防衛白書で久間章生前防衛相は、防衛省への移行を機に政策官庁に生まれ変わるとする決意を述べた。私たちはその際「古い体質の内局幹部を一掃する若返り人事の断行が直ちに重要となる」と指摘した。在任4年を超えた守屋氏の退任はそれに沿う決定である。

 抵抗の中身が自身の退任ではなく後任の人選をめぐる内容であれば、一定の正当性はある。イージス艦情報が漏れた事例を踏まえ防衛省の秘密保全のあり方を強化するために警察庁出身の西川氏を起用するとの説明にどの程度の説得力があるかも明確ではないが、後任人事に問題があるとすれば、後任を育てなかった自身にこそ、一義的な責任がある。

 今回の内紛には内閣改造を前にした塩崎恭久官房長官と小池氏との政治家同士の思惑も絡む。官邸の人事検討会議がそれに絡めて議論されている。各省大臣が官僚の言うがままにならないように制度化された会議が結果的に官僚の抵抗の手段に使われるとすれば、制度設計者が考えなかった皮肉である。

コメント