麻のごとく乱れる日本<本澤二郎の「日本の風景」(4932)

<梅花の宴でも聞こえてきたやくざ+神道・統一教会・自民公明>

 子供のころ机もなくごろ寝しながら読んだ時代劇小説には、必ず「天下麻のごとく乱れる」という文字が出てきたものだが、世の中の様子を知るようになると、どうやら現在の日本が「戦乱」の渦中に入り込んでいる。「新しい戦前」はその通りだろうが、カネがないのに43兆円かけて武器弾薬を、非戦の憲法をないがしろに買い込むカルト勢力に怒り狂う日々だ。

 当たり前の民主国家であれば議会審議はストップし、内閣は瓦解するはずだが、翼賛議会の下では何でもスイスイと成立する。議会は自民党から共産党までが腐りきって、責任を果たそうとはしない。むしろ、そのことを読売産経どころかNHKまでもが支援している。

 この国は完全にやくざ議員に牛耳られている。カルトの神道・統一教会と創価学会によって、戦前の軍国主義をより巨大化しようとしている。反対する市民の声はかき消されている。腕力・暴力が先行する野蛮な三流国へと落下している。昨日の「梅花の宴」でも、そのことが聞こえてきた。パソコン人間は、周囲の世界との交流がいかに大事かを教えてくれた「梅下の餃子宴」だった。

 

<「太陽光発電説明会」を牛耳るやくざ=昼寝する警察>

 先に南房総をドライブした時、今も繰り返されている砂利採取現場に圧倒された。市内の住民の目を盗んで地球を破壊する行為が、バブル経済が崩壊して40年も経つというのに、おかまいなく森林と山と大地が掘り返され、そこへと有害な産業廃棄物が投棄されているという。これは普通の人間では出来ない。やくざである。政党も役人もやくざ化している!

 

 わが松本英子の生まれ故郷の茅野村にも、大規模な太陽光発電計画が持ち上がり、そのための住民説明会が何度か繰り返されたという。参加した住民は水田耕作者、つまり水利組合の農家の面々だ。

 住民の安全をはかるために自民党や公明・共産の地方議員が参加して、様子を見るということは決してない。業者の説明会の監視役は、ほぼ決まってやくざが腕組みして、農民を監視しているというのだ。

 警察が監視すればいいのだが、警察はやくざと関係を持っているため、昼寝をしているのだという。江戸期の十手捕縄の世界だろう。米国だと西部劇の場面ではないか。ヤクザ監視の説明会に出た農民は、ぶつぶつ言いながらすごすごと帰宅する!これが偽らざる法治国家の日本の風景である。

 やくざが取り仕切る地方での乱開発に役人は沈黙し、警察も逃げている。そのため、この国の美しい大地は破壊・汚染されていく。

 

<林地区の放射能汚染物質の大量埋設疑惑事件が次々と>

 憲法は住民自治を約束し、それを政府・自治体に命じている。実際は、言葉だけの世界であることも判明してきた。千葉県袖ヶ浦市の水源地・林地区と高谷地区の住民は、憲法を無視する行政に泣いている。もう2年以上も太陽光の地中に埋設された放射能汚染物資や、有害な産廃瓦礫による深刻すぎる土壌汚染に、住民は命の危険にさらされている。

 産廃場からの汚染水から有毒危険物質が多数見つかっても、行政は悪党業者に対して法的措置をとろうとしない。むろん、この業者もやくざかその関連の面々で、違法行為を公然と敢行する。しかも、住民は相手の存在を知っているため、住民運動は停滞している。都市部のように活動的ではない。

 しかも、昔なら新聞テレビが飛びつく大事件であるが、今は全く違う。筆者はやくざによる「木更津レイプ殺人事件」を公開しているが、警察も動かないし、新聞も逃げてしまった現場経験者だから、現状を理解できる。そうはいっても産廃場からの放射能や有毒物質が、水田や河川に流れ込み、それを飲料水にしている君津・木更津・袖ヶ浦の市民の命は、耐えることが出来ない。

 

 50年前に300万円を借金して家を建てた頃の水道は、安全そのもので夏は冷たく、冬は暖かかった。原因は地下水のためだった。いまは汚染水そのものの小櫃川から汲み上げたものだ。とうの昔に安全を奪われてしまっている。放射能埋設物や有毒瓦礫埋設物が襲い掛かっている房総半島の危機は拡大しているだろう。

 放射能埋設物は、既に君津市の水源地にも1万トン以上が投棄され、それが現在も法廷で争われている。やくざ産廃業者はウケに入っているのである。地方もまた「乱」の時代に突入している。

 

<高給と肥大化する責任放棄の行政組織・霞が関>

 林・高谷地区の住民の話では、霞が関の中央官庁が肥大化・無責任化しているとの指摘にも驚く。たとえば環境省には、全国から産廃・太陽光・放射能など多くの問題が問合せてくる。昔は担当者が応じたが今は違う。「こちらのコールセンターに電話しなさい」と指示してくる。

 ところがそこは聞置くだけの、みなし公務員が担当して「問題を処理する役所ではない」と突っぱねる。それでいて国からのカネで生活している。責任なしの無責任な組織に幹部が天下りしている。したたかな霞が関が昨今の役所なのだ。知らなかった!住民の声は聞こえない肥大官庁に変身しているのである。「小さい声を聞く」政党も怪しいことが判明している。騙しだまされる日本に変質した21世紀の霞が関は、高給だけが保障してくれる無責任官庁だ。

2023年3月3日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)