ブログ 「ごまめの歯軋り」

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熊倉正修 著 「日本のマクロ経済政策」

2021年06月09日 | 書評
東京都文京区音羽  「鳩山邸」

熊倉正修 著 「日本のマクロ経済政策」 

岩波新書(2019年6月)(その1)

序章 漂流する日本のマクロ経済政策

自民党は2012年末の衆議院選挙に圧勝して第2次安倍内閣が発足し、以降19年7月まで第4次安倍内閣が続いている。安倍内閣は2013年6月「日本再興戦略」において、今後10年間の平均で名目GDP成長率3%程度、実質GDP成長率2%を実現すると宣言した。同年日銀首脳部8名が交代し異次元金融緩和で年率2%の物価上昇率を2年以内に実現すると目標を掲げた。そのために「アベノミクス」という経済政策を行うといった。アベノミクスとは①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略の「3本の矢」ことであった。異次元金融緩和とはインフレ目標が実現されるまでは国債などの金融資産を買い入れることである。しかしながら6年が経過した時点でインフレ目標は達成されていない。実質経済成長率も年率で1.3%弱に過ぎない。金融大緩和前の10年間とあまり変わりはなかった。物価上昇率は2014年の消費税増税を差し引くと、0.4%の上昇率に止まっている。それでも財界の安倍内閣の評価はいい。一つは失業率が下がったこと、第2に円安が進み輸出製造業は潤った。2020年に東京オリンピック特需が、25年には大阪万博の開催も決まった。土地建物・建設業界は、しばらくは好況である。しかしその需要がなくなった時の不況は必至である。安倍内閣の動きが表面的に派手に見えるのは、もともと日本において希薄だった客観的・長期的な観点が完全に放棄され、目先の景気浮揚策のすべてに手を付けているからである。場当たり的といってもよいし、もっと問題なのは政治的抵抗が少なければ後に問題を巻き起こす可能性が高い政策であっても実施してしまうことである。やるべきことも政治的に難しいことは先送りすることである。日本の経済政策の典型的な病理は「政府債務」である。安倍政権後6年間で累積国債発行高は812兆円から972兆円に増加した。これはもう放漫財政の末期的症状である。

日本の経済政策の質が低い直接的な原因は、政府・官僚・中央銀行の政策運営に対して責任を求める仕組みが欠如していることである。政府を構成する政治家や官僚が機会主義的行動に流れるのは当然である。日本において社会保障制度の改革(痛みを伴う)を先送りする「シルバー民主主義」によって持続性のない政策が行われているという人がいるが、日本の財政危機は民主主義の未熟さ行き過ぎ(配分の誤り)ではなく、むしろ日本の民主主義の未熟さによって、政府官僚の場当たり的人気政策中心の運営をしっかり是正して来なかったせいである。本書は近年のマクロ経済政策を鳥瞰し問題点を指摘しどのように克服するかを、国民とともに考えることである。経済政策にはマクロ経済政策(国の経済全体に影響を与える政策)とミクロ経済政策(個別の産業・企業に係わる政策、国民の再配分のための政策)がある。第1章で日本政府の外国為替市場介入をテーマとする。外国は既に過去20年間の失敗から学んで実質的に為替介入を卒業した。しかし日本政府の為替政策は前近代的におこなわれている。第2章は政府の外貨準備の管理をテーマとする。特別会計で100兆円余りが投資ファンドのように運営されそれは一般会計の歳入不足に補填されている。第3章では日本の金融政策の問題点を異次元金融緩和がさらにゆがめていることをテーマとする。デフレ対策と称した金利ゼロ政策は日銀のインフレ促進策と全く逆行するものでこれでは効果は相殺されている。異次元金融緩和の最も重要な問題は、それが財政ファイナンス以外の何物でもないことである。累積債務の金利重圧にあえぐ政府が仕組んだ芝居であるが、出口がない政策(金利を元に戻すと日本の金融政策は破綻する)である。第4章は財政政策をテーマとする。政府は「経済再生なくして財政再建なし」と称して財政再建を先送りし、バブル再来に邁進している。財政再建を決めるのは経済成長率ではなく政府の責任感である。第5章では日本が先進国にふさわしいマクロ経済政策を行える条件をテーマとする。政府や官僚に持続的で合理的な政策運営を促し、数十年単位の財政計画とそれを客観的にチェックする独立機関が必要である。政治家や官僚が機会主義によって計画と仕組みを骨抜きにするのは目に見えているため、日本がまともな国に生まれ変わることができるかどうかは、国民の意思と行動にかかっている。日本人はもともと自己改革能力や創造力の弱い国民性であるが、これを乗り越えないと日本は破滅する。

(続く)