ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 丸山眞夫著 松本礼二編 「政治の世界」 (岩波文庫2014年)

2016年09月28日 | 書評
科学としての政治学の創造を試みた戦後初期の評論集 第8回

3) 「政治の世界」 (その3)

政治的状況の発生の出発点は、権力、財貨、尊敬、名誉と言った社会的価値の獲得、維持、増大を巡る争いです。C-Sで紛争が解決された時から、社会的価値の配分帰属が決定される。統治を安定させ強固にするには、治者は自己の重大な権益が侵されない限りにおいて、そうした社会的価値を被治者に配分する方が得策なのです。立身出世は大衆の経済的かつ上昇志向を満足させ、権力側の有能な使用人(官吏)供給源となった明治震為雷の教育政策の成功例です。そうした上昇志向は政治的自由の欠如を補完する役割を果した。治者が絶対に手放さなかった価値は政治権力であって、権力はただ被治者からの圧力によってのみ譲渡されてきた。連合国に無条件降伏した戦前の支配者は、軍隊関係者のみを除去して、そのまま権力を握り続けた。そして彼らが占領軍の命令によって民主革命を遂行したのだから、その成果は不完全であった。民衆の力によって成し遂げられた民主改革ではなかったことが、いまなお大衆の権利が不十分であることの遠因となっている。フランスの自由主義デモクラシーの根本的な建前は、市民階級を構成する人間の具体的な生活条件を不平等なままにして、抽象的な公民としての平等の権利を与えたことです。逆に言うと、法的地位の平等によって、各階層(資本家、労働者、自作農)の不平等が裏付けられている。民意とは各人が意見・利益を主張することではなく、抽象的公民として持っている一票の投票権の算術的和に過ぎない。民主主義とは頭の数を数えることだいう見解がある。ルソーは言う、彼が自由なのは投票の日だけで、仕組まれた一票を投じれば、あくる日からは再び奴隷に戻るのです。「政治的権力が大衆に与えられているのに、経済的権力は少数の支配階級が握っていることが、社会の不安定要因である。金権政治がデモクラシーを買い取ってしまうか、デモクラシーが金権支配者を排除するかのどちらかである」というアメリカの経済学者がいる。支配権力が均衡を維持するとき安定を確保することができる。均衡が破れるとき政治権力の変革が引き起こされる。権力の変革には程度の激しさの順に、
①支配関係の変革、
②権力の最高担当者の変革、
③統治組織内部の変革に分けられる。

③統治組織内部の変革とは各機関御階層関係が逆転する場合です。立法機関の優位性が崩れて、内閣府という執行機関(官僚機構)に権力が集中する場合が相当します。官僚機構にとって国会は嫌な存在で、むしろ内閣を乗っ取って権限を強化する方が好ましいと考える。これは合法的ですが、非合法に行われ軍部が優位に立つことをクーデターと呼びます。②権力の最高担当者の変革とは、人が変わるだけです。反対党に政権が移る場合「政変」、選挙結果に根拠を置けば「政権交代」です。元首の首だけ暴力的に挿げ替えて東一機構には手を付けない場合もこれに当たります。合法的に資本主義政党が政権を取っている場合、選挙で社会主義国になることはまず考えられませんが、社会主義的政策をより多く採用する政権であれば、これは②と③の範囲になります。①支配関係の変革の典型は「革命」です。毛沢東は「革命は鉄砲の先から生まれる」と言いました。戦争と革命は武力を使用する点において似ていますが、戦争は組織された国の間の権力争いで、革命は下からの自発的な反権力の内乱です。だから戦争は少数の権力者の冒険や陰謀によって起される可能性が強いのです。やむを得ざる自衛のための戦争というのは真っ赤なウソです。戦争までに無数の選択肢があります。ほとんどは権力を維持強化するための侵略戦争です。弱い国が戦争を起すことはあり得ないし、戦争に訴えるのは強い国です。戦争の性格は時代と技術の進歩に従って変化し、昔は諸侯の雇い兵だけの殺し合いだったのが、近代国家では常備軍のみならず国民全員が戦争に巻き込まれ被害を受けます。現代における「政治化」の意味を考えましょう。国民の日常生活が根本的に政治の動向によって左右される時代において、かえって多くの人が政治的な問題に関して積極的興味を失い、無批判的な態度のなり、政治的状況から逃避するというパラドックスが生まれている。「政治化」と「政治的無関心」がどうして結合するのだろうか。選挙の投票率は次第に50%を切ることが多くなった。政治的無関心が権力の乱用や腐敗を生み、それが国民の政治に対する嫌悪感と絶望感を掻き立てるという悪循環に陥っている。この大衆の非政治的受動的態度をはぐくむ地盤は、現代の機械文明の進歩がもたらしたものです。社会機構が複雑化するにつれ人間(個人)が疎外される状況です。現代国家の権力の組織化は分業の原則で官僚的権限強化の方向に傾き、一律平等の原則に従い格差は固定されたまま政策の平等化が行われます。これを人間のアトム化と呼びます。新聞・テレビメディアはニュースの選択、解説に一定の傾向をつけて。読者や聴取者の思考判断をステレオタイプ化する。これは世論誘導であり、大衆の非政治化に拍車をかけています。大宅氏はかってこれを「一億総白痴化」と言った。メディアの役割は一定のイデオロギーを大衆に注入することより、大衆の生活態度を受動化し、批判力を麻痺させることにある。現代民主主義がこうしたアトム化された大衆の行使する投票権に依存しているところに、形式的民主主義に依拠した実質的な独裁政治が容易に成立する由縁です。これに対して丸山氏の書く処方箋は、民衆の日常生活の中で政治的社会的問題が討議される場として、各種の民間の自主組織が活発に活動することが必要だと言います。だがそれから半世紀以上が過ぎた今日、新自由主義を根拠とする右傾化傾向と独裁制の危険性は強まっています。各種の民間の自主組織の組織化のエネルギーが足らなかったのか、権力側の物量作戦(無制限の国家予算)の効果が強力だったのか、少数エリートの寡占支配権力の危険性は増大するばかりである。対米従属の保守権力が崩壊するのは、米国の覇権主義とドル基軸通貨制が崩壊する時である。そこで世界は大きく変わる。

(つづく)