ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 斎藤 憲著 「ユークリッド『原論』とは何か」 (岩波科学ライブラリー2008年)

2016年01月21日 | 書評
ギリシャ数学史に輝く幾何学の公理主義の確立 第7回

第Ⅰ巻ー数学の論証スタイルの確立 (その2)

命題1は「与えられた有限直線上に正3角形を作図する」です。線分ABが与えられた有限直線とすると、Aを中心にして半径ABの円を描き、同様にBを中心に半径ABの円を描き円の交点をCとすると三角形ABCは正三角形となるという簡単な命題です。命題の基本的構成は、言明(一般的表現)、提示(図形を導入する)、特定(命題を図に付けた名前に則して言い換える)、設定(作図の手順を決める)、証明、結論からなります。証明法では(∴)という「Aである、ゆえにBである」式に進めます。証明の途中に「というのは」という言葉で説明が入るのは、後世の注釈者の言葉であってユークリッドの言葉でない可能性が大です。テキスト中の命題も後世の注釈者が付け加えたり補足したものが混じり込んでいます。とにかくユークリッド「原論」の命題はそっけなく、かつ図は特殊例に過ぎない一般性のないものであったりとか、理解に苦しむメモ程度の記述しかないのが普通です。まして本命題の意味や目的についてとか、次のどこで使用するとか、本命題は補助命題を使ってとかという記述を全く配慮していないもので、全体的な命題間の連絡がわからないものである。作図で描かれた交点などが果たして一般性を持つかどうかという論理学的あいまいさはあるが、「原論」では「存在証明としての作図」という考えが認めらる。特殊例かもしれない作図で存在を証明したことになるかもしれないという疑義を残して厳密性を欠いている。
命題2は「与えられた点に与えられた直線(線分)を置く」という何のことやらわからない命題ですが、Aを始点とする直線ALで、与えられた線分BGを作図することです。
命題3は「Aを通る直線AB上に、与えられた直線Gに等しい線分AEを作図する」という問題で、デバイダー(コンパス)があれば誰にでもできることですが、なぜユークリッドは命題としたのだろうか。どうやらユークリッドは線分とは大きさと方向を持つベクトルと同じ考えであったようで、かつ中心から離れてある長さの直線を半径として円を描くことができるとは思わなかったようです。こうして命題1、2、3同じ範疇の線分を描く問題です。
命題4は3角形の合同条件の一つ「2辺と夾角が等しい3角形が合同である」という定理です。ユークリッドの議論は直感に全幅の信頼を置いているかのように、もう一つの3角形の一辺を重ねます。夾角も等しいので対辺は重なりの長さも等しいので3角形の3兆点は一致します。この定理をあえて証明しようとすれば、帰謬法で対辺が重ならなければ夾角は等しくないはずだという矛盾に導けばいい。やはりユークリッドは命題1、2、3の線分の作図法を念頭に入れていることになる。直線の移動、重ね合わせという操作を保障するものでした。線や円は点の運動(軌跡)によって生成することを自明としています。それはエレア派という哲学の万物は変化しないという考えへの反論であったといえます。こうして定義・要請を最初に置くことで、哲学的立場に影響されないで証明が展開できるわけです。
命題5は「2等辺3角形の底角は等しい」という定理です。ロバの橋という図を引きます。2辺の延長上にまた同じ長さの点を設定します。すると命題4の2辺と夾角が等しいので合同条件から容易に2つの底角が等しいことが証明されます。そこには共通概念「等しいものから等しいものを引くと残されたものは等しい」を使っています。
命題6は「3角形の2角が等しい時とき2等辺3角形になる」ですが、これは命題5の逆定理です。証明は容易です。
命題7は「底辺を同じくする2つの3角形の2辺がそれぞれ等しいなら、2つの3角形は重なり合う」というもので、次の命題8の予備命題です。これは重なり合わないとすると背理するという帰謬法へ持ち込みます。
命題8は「三辺が等しい3角形は合同である」これはほとんど定義に等しいが、帰謬法で証明がつきます。
命題9は「角の2分法」の作図法、命題10は「与えられた線分の2分法」の作図法、命題11、12は「直線に垂線を立てる」の作図法です。命題9-12によって、角や直線の2等分や垂線の作図という基本的な操作ができるようになります。命題間には順序と論理的依存関係が明白です。こうして「原論」第1巻は48の命題を含むが整理しておくと、命題13では2本の直線が交叉して成す角の和は2直角であること、命題14は二つの角の和が2直角なら一直線をなすという命題13の逆命題である。命題15は対頂角は等しいこと、命題18-20は一つの3角形の角と辺の関係(大小関係)、命題27-29は平行線の基本的性質、命題32は3角形の内角の和は2直角であること、命題33-41は平行4辺形の性質、命題44は平行4辺形の面積に等しい3角形を作図すること、命題45は任意の多角形を3角形に分解してひとつの平行4辺形に変形すること、命題47はピタゴラスの定理、命題48はその逆定理です。円に関する定理は第Ⅲ巻です。比例は第Ⅴ巻で、相似と比例に関する定理は第Ⅵ巻になります。

(つづく)