ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 杉田 敦著 「権力論」 (岩波現代文庫 2015年11月)

2017年02月19日 | 書評
ミッシェル・フーコーの政治理論と権力論の系譜 第15回

Ⅱ部  権力の系譜学
3) 啓蒙と批判ーカント、フーコー、ハーバーマスについて

  (2) 道徳と討議倫理

ハーバーマスはその「近代の哲学的ディスクルス」において次の3点からフーコー批判を行った。①歴史著述を客観的に眺めようとして現在主義に陥っている。②相対主義を導くが、権力との関係で自身の立場は不明である。③フーコーの抵抗はひとつの規範的判断を伴うが、その内容は彼自身何も語らない。反対のための恣意的な党派性のそしりを免れない。前節でも述べたが、カントの啓蒙と人間主義との分離にハーバーマスは留意していない。むしろ絶えざる自己批判としての啓蒙は近代を未完のプロジェクトとして捉えるハーバーマスの論点と共通する。しかしフーコとハーバーマスの決定的な違いは、人々の間の道徳的合意の必要性を強調するか、其れとも個人の?ン理的な自発性を強調するかの対立であった。ハーバーマスは「コミュニケーション的行為の理論」などの著作で、人々の合意形成の可能性を追求してきた。近代において「神の死」という形で従来の目的論的な秩序が失われたこと明らかであるとしても、それに対応する近代思想の態度は二分された。ニーチェらは普遍性の喪失は動かし難いとして、倫理学における価値判断は話手の情緒に過ぎないとする。フーコーもニーチェの末裔であろう。これに対して道徳の普遍性を保持しようとする立場の人は目的論的な秩序の回復を目論む。レオ・シュトラウスのようなアリストテレス主義者やマッキンタイアーらのような共同体論者(コミュニタリアン)がいる。ハーバーマスは道徳の合意はもはやあり得ないとしながら、正義についての合意は必要としており、義務論にも近い。人々の間で対話的な決定過程を求めるのである。自分に有利な戦略的行為(策略)の人と理性的に説得するコミュニケーション的行為の人の対話が成り立つかどうかは疑問であるが、自然科学者や専門家間で行われてきている「討議倫理」が可能でるとハーバーマスは期待する。ハーバーマスは「道徳と倫理的生活」のなかで、種としての人類の脆弱性とそこからくる二面性を明確に考慮したヘーゲルに注目する。二面性の問題とは、個人の不可侵性と相互的な主観性をどう折り合わせるかという問題である。個人のアイデンティティは集団のアイデンティティと相互依存性がある。ヘーゲルは「人倫」の概念を示した。ハーバーマスが構築した「討議倫理」はヘーゲル的意図を取り上げ、カント的手段で再興するものに他ならない。これに対してはアリストテレス主義者から形式的な合意に過ぎないという批判もある。ニーチェ主義者からの反論は、ハーバーマスは自律性に西洋的自由観を持ち込むだけのことだという。ハーバーマスは道徳的普遍主義自体がルソーとカントによってもたらされた歴史的産物に過ぎないと認めながら、普遍的な意味合いを持つことが可能だというのである。

  (3) 自由の実践としての倫理
ハーバーマスは道徳についての合意可能性を主張するが、フーコーは道徳規範と個人的な倫理とを峻別し、個人的倫理を強調する。個々人が自分が振る舞う流儀について決定する倫理と道徳規範が葛藤することが実践なのである。道徳規範が単に抽象的に存在することはあり得ず、かならず具体的な実践として現れるのである。倫理が普遍的なものではなく、様々な形を取り得る偶然的であることを強調する。ハーバーマスは倫理の普遍性を追求するがゆえに、権力を悪いものとみなしそれをなくそうと努めるが、権力関係は決してなくならないというのがフーコーの考えである。フーコーはコミュニケーションの中で権力関係を解消するのではなく、権力ゲームを最小限の支配ですることが、「新しい倫理」だとする。この抑圧―解放図式への反論はフロイト主義者にも向けられる。ここでフーコーは権力と支配を区別する論理を展開する。二項的な主体間の対立は支配とされるが、権力とはある社会に存在する諸々の戦略的な関係全体をさし、誰かが保有するものでもないし、誰かの意図に還元できるものでもない。すなわち「生ー権力」への転換を為した。「生ー権力」はそれぞれの人間の身体の振舞をある特定の形態に規律化するミクロな側面と、人口全体の維持や増殖を管理するマクロな側面で働くものとされる。これを「牧人―司祭権力」なる概念で呼ぶ。国家理性とは国民という群れの管理について国家が責任を持つという考えである。社会のユーティリティから福祉国家にまでわたる幅広い現代の福祉国家論につながる。フーコーは「性の歴史」でヘレニズム期に回帰して、ギリシャ的な自己への配慮から、キリスト教的な他者への配慮に取って代られた過程を描いた。晩年のフーコーはこの失われた個人の自由な倫理の復活を夢見たようである。

(つづく)
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読書ノート 杉田 敦著 「権力論」 (岩波現代文庫 2015年11月)

2017年02月18日 | 書評
ミッシェル・フーコーの政治理論と権力論の系譜 第14回

Ⅱ部  権力の系譜学
3) 啓蒙と批判ーカント、フーコー、ハーバーマスについて
  (1) 啓蒙主義者フーコー


フーコーは「言葉と物」でカント人間学を激しく攻撃したことは周知のことであるが、ハーバーマスは、フーコーらニーチェ主義者はアポリア(哲学上の行き詰まり)に陥らざるを得ないと主張した。ところがフーコーは最晩年「啓蒙とは何か」においてカントの再評価を行った。このことがハーバーマスを大いに当惑させたのである。このことは必ずしもフーコーの回心〈変心)ではないようなので、この章ではカントを巡ってフーコーとハーバーマスの対立と接点を考えることにする。カントの「啓蒙とは何か」における定義を見ると、「啓蒙とは、人間が自分未成年状態から抜け出ること」である。つまり他人の指導を離れて自立することでる。カントは啓蒙を成し遂げるには、自分の理性をあらゆる点で公的に使用する自由が保障されなければならないと強調する。理性の公的な使用と私的な使用という二分法を導入する。本来の意味における公衆一般に向って自説を述べる学者の行為であり、これは何物によっても制約されてはならない。宗教は私的な行為であるが、人間が理性を自由に使用する公的空間というべきものを想定している。明治維新の五か条の御誓文の「公議公論」がそれに近い。啓蒙こそが長期的に統治を安定させるものであって、不安定にさせるものではないとカントは確信した。こうしたカントの言葉についてフーコーはコメントしている。18世紀末にカントが言うような社会的政治的分化的転換期はなかった。カントは「啓蒙」という実践を行うだけであるとフーコーは考えた。実体がなくてもそれを実践することで過去の何かが変わるという差異だけに注目するのである。現在を受け止めるにあたって、普遍的な秩序の中でそれが占める地位や段階といったものを想定しない態度こそ、フーコーによれば近代人の態度である。フーコーは「啓蒙は批判の時代なのである」という。批判的吟味としての「啓蒙」は今後我々にとって重要であるという。フーコーにとって批判対象であったカントの人間学とカント的啓蒙は異なるのであり、カント再評価はフーコーの回心ではない。人間主義という哲学的立場は、人間とは何かを説明するための、様々な分野の人間観を借用するやりかたである。これに対して啓蒙とは、常に自らの同一性の必然性を疑い自己批判を繰り返してゆくことである。カントは確かに人間学=人文科学への道を切り開いたが、このような人文科学は、人間のあるべき姿を規定することによって、人々を規律化する権力と共犯関係にあった。人間学的な眠りから目を覚ます役割は、もっぱらニーチェに期待された。神を殺した人間たちは、人間だけに依拠する意味体系を目指したが、それは成功せずやがて人間学は破綻するとニーチェは予言した。自らの現在を批判的に吟味するカントの態度は、ヘーゲルからニーチェとウェーバーを経てフランクフルト学派に受け継がれたが、フーコー自身もそれに連なると自分を位置づけた。

(つづく)
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読書ノート 杉田 敦著 「権力論」 (岩波現代文庫 2015年11月)

2017年02月17日 | 書評
ミッシェル・フーコーの政治理論と権力論の系譜 第13回

Ⅱ部  権力の系譜学
2) ミシェル・フーコーと政治理論
  (2) フーコーの評価


ジョン・ライクマンはフーコーを懐疑主義者と呼んだ。フーコーはカント以来の哲学的人間像の独断的統一性に我慢ならなかった。フーコーの手法は「唯名論」(中世スコラ哲学において、普遍的類・概念・カテゴリーは存在しないという個別相対論)で、切り捨てた実体論からは激しい反発を受けた。フーコーが政治学者の注目を集めるのは、権力という現代政治学にとって重要なカギと言える概念が行き詰まっていたからである。1950年代はロバート・ダールの定義に見られるように、ある主体が別の主体に及ぼす権力観念が一般的であった。マルクス主義的権力観念もその典型であった。ダールはアメリカのコミュニティ調査を行い、権力は一人の手に集中してはおらず、多元的に分散しているという結論を下した。1970年代にバクラックとバラッツは、政治的争点の範囲そのものを管理する権力の存在を指摘した。紛糾しそうな争点はあらかじめ権力によって排除されているという論である。スティーブン・ルークスはさらに客体Bは自らの新の利害について認識する(アプローチする)ことを権力によって阻まれていると主張した。それはマルクス主義の「虚偽意識」論と類縁であった。権力側による抑圧が、権力を行使される側の意識を歪曲するという考えである。フーコーの系譜学は、主体なるものがそもそも権力の所産であって、なお主体の意志に還元できない戦略の存在を指摘した。ホッブス以来の近代政治理論においてもマルクス主義政治理論においても、権力はもっぱら国家のみに集中していると見なされてきたが、フーコーは権力は我々の社会の隅々まで見られるとした。そして権力全体との対決は、国家においても社会においても不可能とされ、解放の方向は否定された。フーコーの政治の歴史は絶対王制時代から近代への移行は何ら進歩ではなく、権力の移動に過ぎない党近代批判を展開した。これに対して様々な人の批判が出た。テイラーはフーコーの近代批判は度を過ぎていると反発し、近代の日常重視や平等参加は少なからぬ利得をもたらしたという近代化擁護論を主張した。ハーバーマスも近代のもたらしたものには正負両面があるとしたうえで、近代のもたらした社会化はフーコーは権力に奉仕するものと見なしているが、社会化は個人の自立性を促進したと主張した。ウォルツァーはソヴィエト社会よりも西欧社会の方が権力に対して自由度があると反論した。ナンシー・フレイザーはフーコーの近代の人間主義に対する厳しい態度は、主体―客体の関係ではなく主体も客体も人間の属性であることからきていると解説した。一方ウィリアム・コノリーはフーコー擁護の論陣を張ったが、主体を相対化するフーコーの議論を支持した。これらの批判に対してフーコーの一貫した立場は、規律する権力に抵抗することを前提とするものであった。フーコー自身はかっれの歴史記述対象はいかなる意図にもよらない恣意的なもので、彼の告発という実践的意味の表象である。テイラーは、フーコーが言う様にすべての言語表現はある真理体制に属しているから、いかなる知も権力から派生し権力に奉仕するものでしかないとするならば、フーコーの立つ位置はどこなのかを問題とした。フーコーは権力から自由な特別の位置を占めているのか。自分の批判の根拠さ絵失っているのではないかという主張である。相互に際限なく否定し合うこの言及関係のパラドックスは、フーコーの権力/知の間にも働いているようである。フーコーは我々は権力/知関係の外側には出られないという。これは我々は言語ゲームの外側には出られないとしたヴィトゲンシュタインの見解と同じになる。またローカルな抵抗として政治の観念についてもさまざな批判がある。マイケル・ウォルツアーは、フーコーは権力中心としての国家を否定し、社会内の権力作用を強調しすぎていると批判した。フーコーの権力は徹頭徹尾ばバラバラであると指摘している。社会主義国では今なおミクロな抵抗さえ全面的に否定され監視されている。では西欧において本当に国家が度外視しうるようになったのか。トム・キーナンは、フーコーのローカルな抵抗論は、真理体制には外部はないとするフーコーの理論からきていると考え、諸々の解放理論が「いつか外へ出られるから革命せよ」とするのであれば、フーコーは「出口はないから抵抗しろ」というものである。テイラーはそれでは抵抗の根拠さえ失い、保守的な諦観ではないかと反論している。支配/被支配、主体/客体、規律/自由もすべて人間内部から出ているとすれば、全面的解放とはまやかしであり、賢明に人はよりベターな権力を目指すべきということかもしれない。

(つづく)
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読書ノート 杉田 敦著 「権力論」 (岩波現代文庫 2015年11月)

2017年02月16日 | 書評
ミッシェル・フーコーの政治理論と権力論の系譜 第12回

Ⅱ部  権力の系譜学
2) ミシェル・フーコーと政治理論
(1) フーコーの仕事


フーコーは従来の政治学の主流を占めてきた学派とは全く異なる視点で権力観を示すことによって、政治学に深刻な衝撃を与えてきた。フーコーは自分の方法について最初は「考古学」と呼び、その後「系譜学」と呼んだ。「考古学」時代の著作は、「狂気の歴史」、「言葉と物」、「知の考古学」、「系譜学」時代の著作には「言語表現の秩序」、「監視と処罰」、「性の歴史」がある。考古学時代にはフーコーは「エピステーメー」(ある時代のあらゆる知識を秩序付ける構造 パラダイムに近い概念)を軸に解説している。言語表現の間に存在するルールの発見という意味で、知を規定するルールを明らかにしようとした。まだこの時期は知を規定するルールと社会実践を規定する権力の関係の問題ははっきり述べてはいない。「系譜学」の時代になると、フーコーは権力/知の相互関係について注意を向けるようになる。「真理は権力なしには存在しない」という。社会は固有の真理体制を備えていて、これは真理は権力によって生み出されることを言っている。フーコーは構造主義からもマルクス主義からも離れた。マルクス主義の解放理論の否定に関して歴史の法則というものを「系譜学」は拒否するのである。歴史とは偶然性の積み重ねに過ぎないというニーチェ主義を前面に立ててマルクス主義とは一線を画するのである。「狂気の歴史」においてフーコーは、産業育成のためには非合理的存在に対して基本的に「排除としての権力」を前提としたが、「系譜学」時代にはフーコーの権力概念は大きく変わった。犯罪者の身体と魂の改造・矯正・再生に重点を置くようになった。権力は排除であったが、今やそれは「規律」となった。規律のテクノロジ-は監獄に限らず学校、工場、病院などの施設に適用され、我々の社会を広く覆っているという。続いて「性の歴史」においてフーコーが描くのは、客体としての成立過程と相補的な主体としての人間の成立過程であった。これをフーコーは「牧人・司祭型権力」とよぶ。人間は従属的な存在でありながら、自分の真理を語る主体でもある。こういう意味で、支配者も被支配者も両方とも「主体化」の権力を及ぼされていると考える。こうして新しい権力は生命に対して積極的に働きかける権力となる。これを「生の権力」と呼ぶのである。近代からの人文科学の進歩は、法学を始め心理学、統計学、犯罪学など人間を客体化するテクノロジーとして、国民を統治する技法の開発によって、生権力の理論は支援されてきた。そこでは権威システムや規律などはいらない、個別的な「生の技術」が必要とされる。普遍的な真理に基づく革命ではなく、アド・ホックな抵抗の問題に転換された。限定的な分野で現実的・物質的・日常的闘争についての知を提供する「特定領域の知識人」こそが必要なのであると説く。

(つづく)
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読書ノート 杉田 敦著 「権力論」 (岩波現代文庫 2015年11月)

2017年02月15日 | 書評
ミッシェル・フーコーの政治理論と権力論の系譜 第11回

Ⅱ部  権力の系譜学

1) 政治における「近代」と「脱近代」
  (3) 脱近代の構図


脱近代(ポストモダン)と呼ばれる思想的系譜は、ニーチェの影響下にある。その代表的理論家であるフーコーは、人間が自分も他人も一定の型に当てはめることを告発した。フーコーは、そもそも人間には本質なぞはない、人間を特定の類型に整理することは不当であると言いたかったのだろう。アドルのとホルクハイマーは、野蛮からの解放を目指す啓蒙が、かえって新たなやばんを生むという逆説を示した。人間が労働を通じて自然を隅々まで支配する主体になろうとしてきたが、それが自分自身を疎外(抑圧)するのである。ウィリアム・コノリーは自己というものが他者との対比で初めて成り立つことを問題にした。合理的主体になれという要求を自らに課し、自分の中でそれに逆らう非合理な部分を服従させ(抑圧し)ようと努力する。そしてそれを他人にまで要求し、枠をはみだす存在は排除するか矯正しようとする。ホッブスとルソーの社会契約的理解は、それぞれ自己利益と協同体の徳というアイデンティティを人間に押し付けるものであったし、マルクスの類型存在という理想は他者の抑圧となった。さらにコノリーは現在のアメリカの保守化を労働者におけるアイデンティティの過剰が生み出したという。自らの労働にただ乗りする移民や貧困層の排除を考えているからである。人種問題や福祉政策の後退につながった。このような近代批判に対し、近代を擁護する側からの反論もなされた。共同体論者(コミュニタリアン)であるチャールス・テイラーはフーコーを批判して、フーコーは近代のもたらした良い面を過小評価していると指摘した。規律化の悪い面だけではなく、人間の生命や日常生活を優先する面を評価すべきであるとした。人間はある伝統の中で生まれてくるもので、それがアイデンティティであるのだという。テイラーは近代化の延長線上に、平等な個人の自由な結合という、彼の理想とする政治の実現を夢見ている。ハーバーマスも人間と人間との自由で平等な関係としての「相互行為」の可能性も近代によって開かかれたと主張した。これら近代派の主張は端的に言うと「近代は監獄に似ているが、監獄ではない」というが、脱近代派は「近代は監獄ではないにしても、監獄に似ている」という平行線で推移してきた。脱近代派の近代派への深刻な批判は、彼らが近代を救済するために、労働の問題を棚上げにしていることであるという。ハーバーマスへの批判は、一方で工場労働の幻術をそのままにしておいて、他方で強制の無い自由なコミュニケーションを実現するということは果たして可能なのかという点である。脱近代派のフーコー労働する存在としての人間観をわれわれが否定できるかどうかについては沈黙している。コノリーについても経済成長を至上目的とする「生産力文明」的近代を批判するが、では規律・規格化を緩めて、労働と消費を減らす覚悟はあるのかと問われるのである。西洋哲学の行き詰まりは、哲学自体があまりに近代の権力と一体化してきたため、社会における規格化の波をおしとどめる論理を構成しえないことにある。日本の近代化も、追いつき追い越せ式の効率重視の不格好なまでに誇張された西洋的近代化を再演してきたことこそ、日本の近代史の悲喜劇であった。

(つづき)

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