ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 小保方晴子著 「あの日」 (講談社 2016年1月)

2017年04月26日 | 書評
STAP幹細胞問題をめぐる前代未聞の理研ODBスキャンダルはどうして起こったのか。 第1回



 小保方晴子著 「あの日」(講談社2016年1月)を読了して、全容の概要をまとめます。まず、研究者としてのすべてを否定され、地位を奪われた小保方さんの無念が伝わってきます。現役時代に同じような分野の研究をしてきた私にとって、書いてある生物科学的な内容はよくわかりました。「あの日」とはアメリカ留学に旅立った希望に満ちた日(2008年9月1日)のことだろうと思います。部外者の私としては、この書は「小説」と読んでもいいのですが、内容は100%科学と科学者の問題です。当たっているかどうは分りませんが、このスキャンダルの構図は以下のように思いました。

①  抗争の構図は、京都大学山中教授のiPS細胞再生技術に遅れを取った理研再生科学総合研究センターCDBの幹部研究者GDらの抗争です。登場主要人物は、自殺された小保方さんの論文指導者で副センター長笹井先生と、告発者として登場する山梨大学教授若山先生(その前は理研CDBの主任研究者PIだった)と、そして理研CDBの複数の幹部研究者です。彼らが小保方氏が東京女子医科大学のオーバードクター研究員としてアメリカ・ハーバード大学バカンティ教授と共同研究したいわゆる「STAP幹細胞」に注目し、クローン技術で有名であった魔法の手を持つと言われた若山氏が「STAF幹細胞」をキメラマウスで発現させるために理研に取り込んだことに端を発します。
② 私が理解できる範囲では小保方氏の「STAP幹細胞」(スフェア細胞)までは確実に再現できる学問的業績だと思う。問題は、それを先行するIPSを超える技術だと宣伝したものの、キメラマウス作製過程の再現性の問題があって若山氏はできたというが(ネイチャ―レターの部分)、検証実験では確認できなかったことに分けて考える必要があります。どうもこのキメラマウスの件は若山氏の先走りで再現が採れないことを黙っていたこと、およびそれが話題になることを避けるために論文撤回策動を行い、小保方さんに全責任を押し付けたことがこのスキャンダルの真相ではないだろうか。私はこの騒動の報道を見ていて、最初に感じたのが若山氏の怪しげな立場と言動であった。このスキャンダルは若山氏の正義感から出たものではなく、自己の責任を隠すための策動だと私は直感した。主著者として恥ずべき姿勢である。糾弾されるのは小保方氏ではなく、若山氏であった。それを覆い隠したのがメディアの魔女狩り的大報道であった。目くらましの術にたけた若山氏は恥ずかしくないのだろうか。確信犯が恥ずかしがるわけでもないが、それを許している理研組織の腐敗の罪の方が大きい。
③ ネイチャー掲載論文(論文とレター)の反響が大きく報道され、STAP細胞に過剰な期待が先走りしたため(iPS細胞再生技術とは研究レベルが違い過ぎるのは明白だったが)、疑惑が発生した時かえってメディアの反動が大きすぎた。
③ 昔からネイチャーやサイエンス掲載論文の何割かは「ガセネタ」といわれ、生物学研究の先陣争いは過熱していた。間違いや先走りは日常茶飯事であった。
④ 理研幹部研究者にSTAP細胞反対派(というより個人的抗争)が、第3者が知ることができない情報、データーを執拗にメディアにリークし、デマ騒動を煽った。チーフ著者であった若山氏自身の告発(ゲル電気泳動写真の誤引用)を引き金にして、理研内の反対派が結束し、それに理研幹部連が絡んで内部スキャンダルが理研を覆い尽くした。ここからがスキャンダルの始まりである。2,3の幹部は小保方氏擁護にまわったが、反対派がリークする怪しげな情報によってメディアの小保方叩きは収まらなかった。
⑤ メディア全体の「社会的制裁」は峻烈を極め、科学的業績の判別が不可能になった。そのメディアを利用し事態を有利に展開した若山氏と「STAP幹細胞」反対派の全面勝利となり、笹井氏は自殺した。若山山梨大学教授は最初STAF細胞を研究に取り込み、ネイチャ論のチーフ著者(論文の最期に書かれる著者)であったにもかかわらず、論文の取り下げを主張したという矛盾は説明できない。論文の主著者が掲載されるまでデータの瑕疵に気が付かなかったとは奇異の思える。論文の主著者は論文の訂正や擁護に回るはずの若山氏が若い研究者に全責任を転化するという倫理観の欠如はいただけない。これは罠としか思えない。自分がチーフ著者である立場と責任をすっかり忘れているほど厚顔無恥であったのだろうか。理研内における抗争の相手として笹井副センター長を陥れるために、その部下であった小保方氏をエスケープゴートに仕立て上げ、小保方氏を叩き潰すことで笹井氏の追放を狙った一幕の惨劇であった。理研アカデミズムの内幕はそれほどえげつない政治的手法がまかり通るような世界であった様だ。
⑥ 理研の調査委員会構成の摩訶不思議さと結論ありきの高圧的姿勢は、政府の専門家審議会の常套的手段とそっくりである。告発者でかつ論文チーフ著者である若山氏が、自分も被告であるにもかかわらず、調査委員会に出入りしデータ、情報を提供していたという。調査する主体と被告者が一体化していた事実は理研の幹部連の腐敗ぶりを如実に表している。つまり理研CDB全体がSTAP細胞全否定派で占められていたこと、そして若山氏が鵺的存在で自分の責任は免れる立場にあったことを示す。調査委員会しか知らない内部情報ががメデァにリークされ、メディアの世論形成が理研幹部の思い通りになった。なんか今の政治手法を見ているようです。
⑦ そしてこのスキャンダルは文科省も絡んだ「理研CDB解体論」にまで発展した。内部スキャンダルは外部に利用される。
⑧ 早稲田大学の小保方氏の博士号剥奪は、メディアにこびた前代未聞の茶番劇である。さらに分子生物学会会長の数度の声明は、メディアの火花を避ける自己保身と誰かの根回しが感じられ、生物科学アカデミアのどろどろした体質が感じられる。 ⑧ このスキャンダルには、弱いものを叩きのめすという奴隷根性むき出しのメディアの暴力性、そしてジェンダー論も絡んでいるようです。ジェンダー論の大御所上野千鶴子先生のからの追求を期待します。
⑨ もっとも弱い若い女性を叩くというサディスチックな隠微な体質を持つメディアは、そんなことをするより、政府にたいして健全な意見を言うべきです。電波法を引き合いにして営業停止をちらつかせて政府にたいする反対意見を封じ込め、大政翼賛会を作ろうとする安倍政権に対して、きちんとものをいうべきです。
⑩ 小保方さん、正しいと思う様に生き抜いてください。自殺しないでください。いずれ真相が明らかになり、名誉回復がやってくることを祈ります。政治家も一度は刑務所に入らなければ本物ではないと言われます。かってプルサーマル原発燃料問題で政府を厳しく追及した佐藤栄作福島県知事は汚職問題をでっちあげられ、知事の職を追われました。権力の前に曝された個人は無力かもしれませんが、信念を曲げない人が立派です。

以下のまとめには、小保方氏の個人的感想や個人的言動はできるだけ避けて、科学的事実だけで語らしめることにします。パッシング拷問を受けた人、自殺した人の気持ちを取り上げないのはおかしいですが、感情的な敵味方論に陥らないためにはやむを得ません。又このスキャンダルの全貌を理解するには、小保方氏の手記だけでは不十分と思われる。笹井芳樹氏、若田山梨大学教授の二人の人物を併せ考えなければならない。それにはかなりの調査が必要で、読書ノートの範疇ではない。だからこの問題を考える上でのとっかかりとして小保方氏の手記をまず取り上げると了解したい。笹井氏の遺書さえ私達には読めない状況で、ネット上では様々な情報が飛び交っており、いちいち取り上げていたら混乱するばかりである。ただ不思議なことに、笹井氏と若山氏では役者が違いすぎる。笹井氏は京都大学医学部卒で京都大学再生医科学研究所教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)グループディレクター、同 副センター長である。かたや若山氏は茨城大農学部獣医学科卒で、学歴だけの問題ではないが学力が違い過ぎるのである。学者とテクニシャンを比較するようなもので普通なら喧嘩にもならない。そして若山氏は英語が大の苦手だという。こんな初歩的なことさえ疑問なのである。報道されない何か裏がありそうに思われる。理研という伏魔殿の組織にもメスを入れなければならない。

(つづく)
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読書ノート 金子勝・児玉龍彦著 「日本病ー長期衰退のダイナミクス」 (岩波新書2016年1月)

2017年04月25日 | 書評
失われた20年のデフレ対処法の失敗は、アベノミクスのブラセボ経済策によって「長期衰退期」を迎えた 第15回 最終回

7) 「日本病」からの出口 (その2)

 異常な金融緩和と硬直化する財政赤字の下で、格差が固定し社会基盤の解体が進んでいる。社会は深刻な亀裂と不安定に直面している。それを防ぐには格差や差別ではなく「共有」を基礎とする新しいルール作りが唯一の解決策である。年金と健康保険制度の一体化、社会保障を普遍的制度に統一すること、地域単位での子育て、社会参加を目指す雇用創出などの制度設計が求められる。そのためにはてょうに財源と権限を委譲することである。雇用制度と同じように産業政策の基本は地方の問題である。「逆東京問題」である。東京だけに建築ラッシュが起こり、東京オリンピックをやることはむしろ日本経済の衰退を加速化させるのである。東京で労働の集約を行い地方が過疎になり、東京のための発電所や基地を地方が負担するジレンマを解消しなければならない。いわゆる迷惑施設の地方への集約が、沖縄基地問題や福島・刈羽崎原発の過密化を招いた。東京への膨大な人口の集中は、雇用機会を失った若者が東京に吸い寄せられ、東京は若者の生活に不安定と困窮と過重労働を強いて、子どもの特殊出生率を最低にし、少子高齢化問題を悪化させた。TPPで農業破壊を進めて補助金漬け農業で保護し、不良債権化した原発の再稼働、原発輸出産業に東芝・日立・三菱といった電機・重工業メーカーを追いやる政策は長期衰退の速度を加速させるだけである。むしろ地域分散ネットワーク型の産業社会を目指さなくてはならない。市場経済も生命も多重なフィードバックで出来上がっており、すでに線形では理解できない複雑な仕組みとなっているうえに、時間的スケールで系の制御履歴が重なっている。エピゲノムという考え方は生命の発生と分化そして進化を解き明かすドグマである。実は今起きている日銀の異常な金融緩和による麻痺した経済はまさにエピゲノムそのものである。18世紀イギリスで生まれ、最後の貸し手としての中央銀行は、公定歩合、預金準備率、債権オペレーションなどの政策を手に入れ、マクロ経済をコントロールするようになった。しかし中央銀行は政府機関でもなく民間企業でもないという曖昧な性格のために、政治的圧力に弱く、抵抗する機能は期待できない。日本病を脱するためのアプローチは、情報を基礎とする新しい科学技術の方法論でなくてはならない。事前よくとしての現状の認知・認識が出発点である。そのためにはバイアスのかかっていないデーターを使って、民主主義的な議論で収斂してゆくコンセンサスの形成が求められる。だが、バブル崩壊後の25年の歴史は情報伝達の逸脱の歴史であった。姑息な官僚国家日本では、都合のいいデータから政策を決める伝統が依然根強く、無責任体制で失敗が繰り返される「失われた時代」が続いた。もっと根本的なところで情報の支配が行われている。アメリカのNSAを中心とするアングロサクソン国家群5か国(米・英.・豪・カナダ・ニュージランド)の情報機関は一体化したシステムでアップル、グーグル、アマゾン、マイクロソフト、フェイスブックなどを集め、通信メガデータ管理(人間の管理)をしようとしている。安倍政権はマスコミ対策に強権を発揮し情報を歪めている。こうしたデータ操作・マスコミ支配は後進国の独裁政権のような出口のない政策を暴力的に進めることに他ならない。出来上がるのは戦前の大政翼賛会か大本営発表のような閉鎖的なタコツボ社会であろうか。国際的には安倍政権「極右」として評価されている。科学を自然科学と人文科学に分けると、次の時代の価値を予測するには優れて人文科学・社会科学的な人間把握が必要である。歴史、倫理、哲学と美術、言語学や教育学が大きな要素である。フィッシャー統計は分散したデータを扱い危険率を設定して仮説の妥当性を計算するが、内部構造を持つものは正規分布には従わない。設問の分岐点の設定次第で決まるデータのねつ造はアンケート世論調査では常態化している。人間生活のための産業構造の転換は、理系人間のスペック(仕様)思考では限界がある。物と情報の結びつきはもっと人間的で、現場的であり当事者主権の予測の科学でなければならない。アベノミクスは歴史修正主義ノスタルジアに基づき、時代遅れの自己中心の愛国主義しか中身がないため、本質はファッシズムであり、人文科学を敵視する。文科省の「人文・社会系学部の削減統廃合」案は笑ってすまされない、まさにファッシズムである。歴史の全体をバイアスなしに経験として捉える文化が「日本病」の出口である。人の数だけ推論サイクルを繰り返すのが民主主義の根幹である。それがベイズ推定によって無秩序にならないで収斂するやり方である。アベノミクスはすでに危険水域にある。

(つづく)
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読書ノート 金子勝・児玉龍彦著 「日本病ー長期衰退のダイナミクス」 (岩波新書2016年1月)

2017年04月24日 | 書評
失われた20年のデフレ対処法の失敗は、アベノミクスのブラセボ経済策によって「長期衰退期」を迎えた 第14回

7) 「日本病」からの出口 (その1)

「日本病」がこれから先にたどるであろう奇跡を予測してみる。あるいは最悪のシナリオかもしれない。今の日本病の深刻さを理解するには、過去の履歴が大切である。市場や生命といった複雑系にあるフィードバックは周期性を生み出すが、フィードバックが多重に重なると周期性の波が重なり、非常に複雑なパターンを示すものである。まず過去の状態についての経験的なデーターからモデルを作り、そこで何が起こったかのデーターを加えて、何回かの繰り返しを行いモデルを改良するという道筋で予測が可能となる。アベノミクスの異次元の金融緩和は、雇用制度の規制を解体しながら行われている。消費税増税と法人税減税がカップリングして行われた。円安で輸出大企業の決算を史上空前の好業績に押し上げ、株価は上昇している。しかし実質賃金は伸びず家計消費は一向に増加しない。円安による輸入物価の上昇で貿易赤字が恒常化したまま、製造業の就労人口は増えず、企業の内部留保だけが増えた。大企業と資産投資家が益々富み、中小企業、非正規労働者、高齢者、地方はますます貧しくなってゆく。格差拡大の結果と消費税増税と物価上昇で国民は消費を削減してゆく。そこへ年80兆円の日銀による追加金融緩和が行われながら、それは日銀当座預金に積み上げられるだけで、信用(実物経済)の拡大にはつながらない。しかし年金基金、銀行などの国債は日銀に買い取られ株式投資が増える官製相場が作られる。株式市場は官製相場の尾ために調整機能を失っている。次々と制御機能が解体され、金融緩和が行われても物価は上昇せず、実質賃金も家計消費も増えないなかで、円安誘導を行っても国内市場が拡大しないため製造業の国内回帰もない。その結果痴呆の衰退も急速に進む。再び地方自治体の統廃合が行われるであろう。GDPは増加するどころか実質低下傾向になり、市場は麻痺し格差拡大と国民の窮乏化が加速される。半導体や情報通信産業など先端産業で後れを取った旧来型産業の権益を保護するため、原発再稼働、インフラ輸出を成長戦略とするが、失敗を繰り返すだけである。エネルギー転換と情報通信技術に基づく分散ネットワーク型産業構造への転換でますます後れを取るだろう。この中で最も被害をこうむるのが若者である。すでに4割の若者が非正規雇用者でスキルを積む道を閉ざされている。若者は過酷な奴隷労働にさらされ、低賃金で結婚もできない。母子家庭はさらに悲惨である。これらは少子高齢化という人口問題ではなく、労働と資本の分配の問題である。この状況で海外の経済情勢の変動が起きるとどうんるだろうか。2008年のリーマンショックにおいて日本はサブプライムローン関連の投資は少なかったはずなのに、ショックが実体経済に与えた影響はアメリカよりずっと大きかった。それは若者の雇用を切り、国内市場が疲弊していたからであった。今アベノミクスの下で中国のバブル崩壊が与えるショックを予測すると、これ以上の金融緩和策効果は全く期待できない。官製株価相場に年金基金をつぎ込んでいるため、新規の融資を行う余裕はない。実質賃金は上がっていないので国内市場は期待できない。インフレターゲット論に従って物価上昇に期待しているが、唯一の株高が崩れると、日本経済を再び大きく落ち込ませる。戦争やハイパーインフレだけがリスクではない。日本国家が破産するというソブリンリスクも起こりかねない。こうして1000兆円を超える国債価格に低下が始まり、長期金利が上昇する。国債返済で国家財政は破綻する。福祉・公的医療が維持できなくなり、国民負担が上昇しさらに投資が減少する。外国へのインフラ投資に依存する輸出策が重視しされているので、海外のショックは事態を悪化させる。制度やルールに関する軋轢が始まっている。TPPでアメリカのルールに協力している日本の選択肢は狭い。そしてアメリカの戦争の下請けとなって武器輸出をするしか道は残されていない。米国や中国の圧倒的な軍事力に勝てない日本に戦争を起す力はない。結局日米安全保障枠内で、中東での米国の戦争の下請けということになる。そして国内でテロの発生を見ることになる。アベノミクスは政治的にはマスコミ支配を通じて不安定な独裁政権を目指すことになるだろう。これは安倍政権の強さではなく、脆さにつながり早晩、政権崩壊は必至である。

(つづく)
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読書ノート 金子勝・児玉龍彦著 「日本病ー長期衰退のダイナミクス」 (岩波新書2016年1月)

2017年04月23日 | 書評
失われた20年のデフレ対処法の失敗は、アベノミクスのブラセボ経済策によって「長期衰退期」を迎えた 第13回

6) 周期性のコントロールが消える時-制御不能のスパイラル (その2)

 金融資本主義は企業そのものを売買の対象とするため1990年の国際会計基準はそのルールとなった。グローバリズムが席捲し世界中で中期の周期性は、1980年代後半は不動産バブル、1990年代末はITバブル、2000年代半ばは住宅バブルという様に10年ごとにバブルとその崩壊が繰り返される「バブル循環」へ変質した。株価や不動産などの資産価格が景気をけん引した。そして他方でレーガノミクスに始まる「新自由主義イデオロギー」に基づいた労働市場を含めた規制緩和政策が採られた。金融緩和と構造改革の政策バッテリーは資産を持つ者の地盤をより一層有利にし、非正規雇用者を貧困に落とし格差の拡大を猛烈に進めていった。1980年代末の世界的な不動産バブルが発生し、1990年代には投機マネーが襲い、金融通貨危機が次々と発生した。92年の欧州通貨危機、94年メキシコテキーラ危機、アルゼンチンの通貨危機、97年東アジア経済危機、98年ロシアのデフォルト危機、2000年アメリカのITバブル崩壊が起きた。東西冷戦が終焉した1990年代にアメリカの情報・金融産業の覇権が強まり、日本は90年代からバブル崩壊の不良債権処理に失敗して衰退した。ヨーロッパはEUを組織して独自経済圏の囲い込みに成功した。法制化された金融市場の規制の束が剥がされるたびにバブルは悪化し、パッチワーク式に応急策がとられ(BIS規制、バーゼル2)、量的金融緩和策が繰り返された。「影の銀行システム」と言われる金融規制を迂回する仕組みや、プログラムで取引をする「ハイフリークエンシートレーディング」のような情報技術を応用した金融工学が拡大した。その結果2008年サブプライムローンをきっかけに起きたリーマンショックのため世界中が経済危機に陥った。米欧日の中央銀行は政策金利をゼロにし、金利機能をすべて殺したため、金融市場は麻痺状態に陥った。経済の制御系が壊れてゆく過程をたどってゆこう。日本経済の長期衰退期は、市場経済の制御系が次第に破壊されてゆく過程でもあった。中曽根時代の新自由主義的政策にはまだバブルを引き起こす力が残っていた。バブルがはじけ大量の不良債権が発生す津と急激な信用収縮が進み、政官財の無責任体制で制御の仕組みが破壊された。素政府は低権利製作や財政政策で銀行の流動性を供給して当面の破綻を防いだものの、貸し渋りや貸しはがしが横行し中小企業の弱い部分から壊滅した。1990年代は「失われた10年」となり、長期停滞を産み落とした。21世紀に入り小泉政権は公共事業を圧縮しつつ、金融緩和により円安誘導政策が中心となった。また雇用や社会保障を破壊し、企業の労働コストの引き下げを図った。金融緩和による円安と労働コスト引き下げで、輸出主導企業は潤った。ともあれ大手企業の収益は改善されたが、ひどい格差社会と地域経済の衰退がもたらされた。小泉政権の金融自由化政策はリーマンショックで行き詰まり、原発ルネッサンス政策は福島第1原発事故で破たんした。安倍政権が採るアベノミクスは過去のバブル創出の手法の踏襲で、それ自体の新味はない。従来のマクロ政策を拡大してゆくと、金融市場は麻痺し、国家への依存度を深めるというパラドックスが表面化し次の破綻を用意する。第1次安倍政権下でリーマンショックを経験しているので、世界的バブルの再現は無理となり、世界中がデフレ期を迎えようとしている。その中で第2次安倍政権は、デフレ脱却と称してインフレターゲット論による異次元の金融緩和に踏み切った。日本の雇用・社会保障の崩壊、少子高齢化と地域の衰退にもかかわらず、法人税減税・労働者派遣法改正・社会保障削減策など、大手企業の利益増加のための政策だけは充実していた。財政赤字の無制限な拡大と異次元の金融緩和は同時進行した。さらに「官製」株価維持のための、年金基金の投入と日銀によるETF購入によって、株価による調整機能も失われた。円安政策は外国人投資を呼び込み次の外的ショックを用意している。産業構造の転換策は全くの無策で長期停滞は長期衰退に変化した。アベノミクスは既存の政策の総動員に過ぎず、成長戦略は小泉時代の焼き直しでしかない。不良債権化した原発を再稼働させる方向へ突き進んでいる。これによって情報通信技術IoTによるエネルギー転換と新しい産業構造への移行は実現できないし、世界の孤児になろうとしている。超低金利政策と量的金融政策は繰り返される中で、そこでも利益を上げるための新しい金融商品が生まれ、次のバブルを用意している。金利機能がマヒする中で、長短の金利差を利用した、金融による金融のためのビジネスが発達してくる。アービートラージ取引がそれである。これは国債と民間の債務の金利差を組み合わせ、長期と短期の金利差も併せて民間のスワップより国債の金利が高い時に、将来国債の金利が下がることを見越して儲ける商品である。ジョン・メリウェザーがLTCMというロケットヘッジファンドを立ち上げた。19倍のレバレッジを掛けたのである。デリバリーポジションは170兆円、スワップが95兆円、先物が64兆円という巨額になった。ヘッジファンドが「影の銀行システム」として100兆円以上の決済にかかわるなど、グローバル金融資本がシステミック・リスクの時代に入っていることが分かっている。米国には金融と証券を分けて統制するグラス・スティーガル法が制定されたが、クリントン大統領の時代にその境界が取り除かれた。2001年のITバブル崩壊後、金融デリバティブ商品の店頭取引への傾斜が強まった。金融のリスク変動に備えるヘッジファンドが次のショックを準備してゆくことが繰り返された。監督機関チェックを受けないヘッジファンドやSIVなどが、影の銀行システムとして金融デリバティブ商品を拡大した。異次元の金融緩和の弊害が、中国バブルの崩壊のような世界経済のショックのもたらす危害の幅を大きくするだろう。それとともに深刻なのが国内の格差の拡大と固定化である。成長なき金融緩和は多くの国民の資産と収入を減少させ貧困に追い込んでゆくのである。

(つづく)
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読書ノート 金子勝・児玉龍彦著 「日本病ー長期衰退のダイナミクス」 (岩波新書2016年1月)

2017年04月22日 | 書評
失われた20年のデフレ対処法の失敗は、アベノミクスのブラセボ経済策によって「長期衰退期」を迎えた 第12回

6) 周期性のコントロールが消える時-制御不能のスパイラル (その1)

 経済活動は通常景気循環という周期性を持つが、毎回同じことを繰り返しているように見えて、少しづつ変化が蓄積してゆく。景気循環を繰り返して経済の構造が変質してゆき、それが世界経済のレベルに影響を与え、時には大きな危機的変化となって現れる。それが再び国民国家のレベルに跳ね返って、その国の経済構造が自体が大きな変化を迫られる。ヨーゼフ・シュペーターは大きな産業の交代の波を50年周期の「コンドラチェフ循環」と呼んだ。周期関数のように波が高まるとブレーキがかかり引き戻す力が働く。これをフィードバック制御と言ってもいい。1960年代の日本の高度成長期にはいろいろな景気の波はあったが1980年代を頂点として、日本産業はやがて行き詰った。こうした事態を新しい産業構造への転換で乗り切るか、それとも旧来型の産業構造を維持するため無理な政策を重ねて衰退の道をたどるのか、日本は岐路に立たされた。結局金融自由化の流れの中で、日本経済は土地投資のバブル経済にのめり込み、それが崩壊すると大量の不良債権が発生し、日本はその本格的な処理を誤ったため後者の衰退の道をたどることになった。日本病のメカニズムを見るとき、サイクルを通して時間軸で現象を見ることが重要である。長期の周期性は、エピゲノムのような制御系の制御をになうメカニズムの変動が重要である。外部の環境の変化が内部に複数のシグナルを誘導する。イグナルの条件が整ったときにエピゲノム変化制御系のスイッチが入るのである。それは原子力ムラ(産官学複合体)の利益協同体には、制御がかからないとの同じである。首都圏に原発がないのは、原発の危険性がよく認識されていたからである。都会への資源の集中と、地方へのリスクの分散は表裏一体である。東京都は子供を産む数が最も少ないという事実は、東京では若い人の生活の持続可能性が見出しにくいのである。その裏返しの原発・基地に依存させられている地域の問題こそが「日本病」の症状の一つである。戦後日本経済の周期性の変質を見てゆこう。経済活動には基幹的に3つの周期性が考えられる。第1は2-3年ごとの在庫調整である。第2は10年ごとの設備更新を軸とした景気循環である。第3は50年ごとの産業構造の変化がもたらす周期性である。1950年代半ばから1970年代の石油ショックまでの高度成長期は設備投資主導型の高度経済成長の時代であった。高度成長期の景気循環はGDP成長率を上回る設備投資の高い伸びにけん引された。GDPの伸びを後追いする形で賃上げが実現し、それが大量生産・大量消費の経済を支えた。累進的所得税と法人税などの直接税中心の税制は、高度成長に従って高い税収の伸びを示した。ただし日本製品の国際競争力はまだ不十分で、材料は輸入に頼っていたので、GDP成長率が上昇すると貿易収支が赤字になるという状況であった。それを設備投資がけん引し、春闘で賃金伸び率を調整して再び景気が回復する党サイクルを描いてきた。1960年代末あたりから日本製品が競争力をつけてくると、この国際収支の壁はとれてきた。日本企業はパックスアメリカーナに依存して市場を増やし、アメリカの産業基盤を脅かすようになった。製造業において日本とドイツの挑戦が始まり、アメリカはベトナム戦争の敗北によって貿易収支を悪化させた。それが1971年のニクソンショックにつながったのである。ニクソンの新経済政策は、ドルと金の兌換性を廃止し為替レートの切り上げを求めた。スミソニアン合意は破棄され先進国は変動相場制に移行した。円高に対して田中首相は「日本列島改造論」に基づいて大規模公共事業計画で内需主導経済に切り替える政策に転換した。しかし2回の石油ショックで狂乱インフレが発生し、さらに賃上の急速な上昇が起こった。国際競争のついてきた日本経済は円高によって再び行き詰まった。企業は減量経営を行い、賃上げ率は製造業の生産性に張り付くことになった。こうして生産性向上に労働者を協力させることによって、輸出競争力を維持しながら、日本経済は輸出主導型に変わった。1985年のプラザ合意で円高不況が発生する時、企業は減量経営、借金返済と内部留保によって、安全資産として不動産を購入した。「土地神話」がまことしやかに、借金をしてまで土地を購入するバブルに陥った。世界的な金融自由化によって海外でも資金調達ができるようになり、銀行は次第に貸出先を失った。中曽根政権は規制緩和と民活路線、リゾート法によって後押しした。その後の日米構造協議に基づく公共事業拡大の公約がこうした動きを促進した。1990年代に入るとアメリカ経済は製造業をあきらめ、金融と情報を中心とする産業構造にシフトした。金融資本主義の誕生である。金融資本主義は、足の速い証券化を普及させ、グローバリズムが闊歩した。株価や不動産価格が上昇し、景気循環はバブル循環に変わった。

(つづく)
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