ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 金子勝・児玉龍彦著 「日本病ー長期衰退のダイナミクス」 (岩波新書2016年1月)

2017年04月23日 | 書評
失われた20年のデフレ対処法の失敗は、アベノミクスのブラセボ経済策によって「長期衰退期」を迎えた 第13回

6) 周期性のコントロールが消える時-制御不能のスパイラル (その2)

 金融資本主義は企業そのものを売買の対象とするため1990年の国際会計基準はそのルールとなった。グローバリズムが席捲し世界中で中期の周期性は、1980年代後半は不動産バブル、1990年代末はITバブル、2000年代半ばは住宅バブルという様に10年ごとにバブルとその崩壊が繰り返される「バブル循環」へ変質した。株価や不動産などの資産価格が景気をけん引した。そして他方でレーガノミクスに始まる「新自由主義イデオロギー」に基づいた労働市場を含めた規制緩和政策が採られた。金融緩和と構造改革の政策バッテリーは資産を持つ者の地盤をより一層有利にし、非正規雇用者を貧困に落とし格差の拡大を猛烈に進めていった。1980年代末の世界的な不動産バブルが発生し、1990年代には投機マネーが襲い、金融通貨危機が次々と発生した。92年の欧州通貨危機、94年メキシコテキーラ危機、アルゼンチンの通貨危機、97年東アジア経済危機、98年ロシアのデフォルト危機、2000年アメリカのITバブル崩壊が起きた。東西冷戦が終焉した1990年代にアメリカの情報・金融産業の覇権が強まり、日本は90年代からバブル崩壊の不良債権処理に失敗して衰退した。ヨーロッパはEUを組織して独自経済圏の囲い込みに成功した。法制化された金融市場の規制の束が剥がされるたびにバブルは悪化し、パッチワーク式に応急策がとられ(BIS規制、バーゼル2)、量的金融緩和策が繰り返された。「影の銀行システム」と言われる金融規制を迂回する仕組みや、プログラムで取引をする「ハイフリークエンシートレーディング」のような情報技術を応用した金融工学が拡大した。その結果2008年サブプライムローンをきっかけに起きたリーマンショックのため世界中が経済危機に陥った。米欧日の中央銀行は政策金利をゼロにし、金利機能をすべて殺したため、金融市場は麻痺状態に陥った。経済の制御系が壊れてゆく過程をたどってゆこう。日本経済の長期衰退期は、市場経済の制御系が次第に破壊されてゆく過程でもあった。中曽根時代の新自由主義的政策にはまだバブルを引き起こす力が残っていた。バブルがはじけ大量の不良債権が発生す津と急激な信用収縮が進み、政官財の無責任体制で制御の仕組みが破壊された。素政府は低権利製作や財政政策で銀行の流動性を供給して当面の破綻を防いだものの、貸し渋りや貸しはがしが横行し中小企業の弱い部分から壊滅した。1990年代は「失われた10年」となり、長期停滞を産み落とした。21世紀に入り小泉政権は公共事業を圧縮しつつ、金融緩和により円安誘導政策が中心となった。また雇用や社会保障を破壊し、企業の労働コストの引き下げを図った。金融緩和による円安と労働コスト引き下げで、輸出主導企業は潤った。ともあれ大手企業の収益は改善されたが、ひどい格差社会と地域経済の衰退がもたらされた。小泉政権の金融自由化政策はリーマンショックで行き詰まり、原発ルネッサンス政策は福島第1原発事故で破たんした。安倍政権が採るアベノミクスは過去のバブル創出の手法の踏襲で、それ自体の新味はない。従来のマクロ政策を拡大してゆくと、金融市場は麻痺し、国家への依存度を深めるというパラドックスが表面化し次の破綻を用意する。第1次安倍政権下でリーマンショックを経験しているので、世界的バブルの再現は無理となり、世界中がデフレ期を迎えようとしている。その中で第2次安倍政権は、デフレ脱却と称してインフレターゲット論による異次元の金融緩和に踏み切った。日本の雇用・社会保障の崩壊、少子高齢化と地域の衰退にもかかわらず、法人税減税・労働者派遣法改正・社会保障削減策など、大手企業の利益増加のための政策だけは充実していた。財政赤字の無制限な拡大と異次元の金融緩和は同時進行した。さらに「官製」株価維持のための、年金基金の投入と日銀によるETF購入によって、株価による調整機能も失われた。円安政策は外国人投資を呼び込み次の外的ショックを用意している。産業構造の転換策は全くの無策で長期停滞は長期衰退に変化した。アベノミクスは既存の政策の総動員に過ぎず、成長戦略は小泉時代の焼き直しでしかない。不良債権化した原発を再稼働させる方向へ突き進んでいる。これによって情報通信技術IoTによるエネルギー転換と新しい産業構造への移行は実現できないし、世界の孤児になろうとしている。超低金利政策と量的金融政策は繰り返される中で、そこでも利益を上げるための新しい金融商品が生まれ、次のバブルを用意している。金利機能がマヒする中で、長短の金利差を利用した、金融による金融のためのビジネスが発達してくる。アービートラージ取引がそれである。これは国債と民間の債務の金利差を組み合わせ、長期と短期の金利差も併せて民間のスワップより国債の金利が高い時に、将来国債の金利が下がることを見越して儲ける商品である。ジョン・メリウェザーがLTCMというロケットヘッジファンドを立ち上げた。19倍のレバレッジを掛けたのである。デリバリーポジションは170兆円、スワップが95兆円、先物が64兆円という巨額になった。ヘッジファンドが「影の銀行システム」として100兆円以上の決済にかかわるなど、グローバル金融資本がシステミック・リスクの時代に入っていることが分かっている。米国には金融と証券を分けて統制するグラス・スティーガル法が制定されたが、クリントン大統領の時代にその境界が取り除かれた。2001年のITバブル崩壊後、金融デリバティブ商品の店頭取引への傾斜が強まった。金融のリスク変動に備えるヘッジファンドが次のショックを準備してゆくことが繰り返された。監督機関チェックを受けないヘッジファンドやSIVなどが、影の銀行システムとして金融デリバティブ商品を拡大した。異次元の金融緩和の弊害が、中国バブルの崩壊のような世界経済のショックのもたらす危害の幅を大きくするだろう。それとともに深刻なのが国内の格差の拡大と固定化である。成長なき金融緩和は多くの国民の資産と収入を減少させ貧困に追い込んでゆくのである。

(つづく)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読書ノート 金子勝・児玉龍彦著 「日本病ー長期衰退のダイナミクス」 (岩波新書2016年1月)

2017年04月22日 | 書評
失われた20年のデフレ対処法の失敗は、アベノミクスのブラセボ経済策によって「長期衰退期」を迎えた 第12回

6) 周期性のコントロールが消える時-制御不能のスパイラル (その1)

 経済活動は通常景気循環という周期性を持つが、毎回同じことを繰り返しているように見えて、少しづつ変化が蓄積してゆく。景気循環を繰り返して経済の構造が変質してゆき、それが世界経済のレベルに影響を与え、時には大きな危機的変化となって現れる。それが再び国民国家のレベルに跳ね返って、その国の経済構造が自体が大きな変化を迫られる。ヨーゼフ・シュペーターは大きな産業の交代の波を50年周期の「コンドラチェフ循環」と呼んだ。周期関数のように波が高まるとブレーキがかかり引き戻す力が働く。これをフィードバック制御と言ってもいい。1960年代の日本の高度成長期にはいろいろな景気の波はあったが1980年代を頂点として、日本産業はやがて行き詰った。こうした事態を新しい産業構造への転換で乗り切るか、それとも旧来型の産業構造を維持するため無理な政策を重ねて衰退の道をたどるのか、日本は岐路に立たされた。結局金融自由化の流れの中で、日本経済は土地投資のバブル経済にのめり込み、それが崩壊すると大量の不良債権が発生し、日本はその本格的な処理を誤ったため後者の衰退の道をたどることになった。日本病のメカニズムを見るとき、サイクルを通して時間軸で現象を見ることが重要である。長期の周期性は、エピゲノムのような制御系の制御をになうメカニズムの変動が重要である。外部の環境の変化が内部に複数のシグナルを誘導する。イグナルの条件が整ったときにエピゲノム変化制御系のスイッチが入るのである。それは原子力ムラ(産官学複合体)の利益協同体には、制御がかからないとの同じである。首都圏に原発がないのは、原発の危険性がよく認識されていたからである。都会への資源の集中と、地方へのリスクの分散は表裏一体である。東京都は子供を産む数が最も少ないという事実は、東京では若い人の生活の持続可能性が見出しにくいのである。その裏返しの原発・基地に依存させられている地域の問題こそが「日本病」の症状の一つである。戦後日本経済の周期性の変質を見てゆこう。経済活動には基幹的に3つの周期性が考えられる。第1は2-3年ごとの在庫調整である。第2は10年ごとの設備更新を軸とした景気循環である。第3は50年ごとの産業構造の変化がもたらす周期性である。1950年代半ばから1970年代の石油ショックまでの高度成長期は設備投資主導型の高度経済成長の時代であった。高度成長期の景気循環はGDP成長率を上回る設備投資の高い伸びにけん引された。GDPの伸びを後追いする形で賃上げが実現し、それが大量生産・大量消費の経済を支えた。累進的所得税と法人税などの直接税中心の税制は、高度成長に従って高い税収の伸びを示した。ただし日本製品の国際競争力はまだ不十分で、材料は輸入に頼っていたので、GDP成長率が上昇すると貿易収支が赤字になるという状況であった。それを設備投資がけん引し、春闘で賃金伸び率を調整して再び景気が回復する党サイクルを描いてきた。1960年代末あたりから日本製品が競争力をつけてくると、この国際収支の壁はとれてきた。日本企業はパックスアメリカーナに依存して市場を増やし、アメリカの産業基盤を脅かすようになった。製造業において日本とドイツの挑戦が始まり、アメリカはベトナム戦争の敗北によって貿易収支を悪化させた。それが1971年のニクソンショックにつながったのである。ニクソンの新経済政策は、ドルと金の兌換性を廃止し為替レートの切り上げを求めた。スミソニアン合意は破棄され先進国は変動相場制に移行した。円高に対して田中首相は「日本列島改造論」に基づいて大規模公共事業計画で内需主導経済に切り替える政策に転換した。しかし2回の石油ショックで狂乱インフレが発生し、さらに賃上の急速な上昇が起こった。国際競争のついてきた日本経済は円高によって再び行き詰まった。企業は減量経営を行い、賃上げ率は製造業の生産性に張り付くことになった。こうして生産性向上に労働者を協力させることによって、輸出競争力を維持しながら、日本経済は輸出主導型に変わった。1985年のプラザ合意で円高不況が発生する時、企業は減量経営、借金返済と内部留保によって、安全資産として不動産を購入した。「土地神話」がまことしやかに、借金をしてまで土地を購入するバブルに陥った。世界的な金融自由化によって海外でも資金調達ができるようになり、銀行は次第に貸出先を失った。中曽根政権は規制緩和と民活路線、リゾート法によって後押しした。その後の日米構造協議に基づく公共事業拡大の公約がこうした動きを促進した。1990年代に入るとアメリカ経済は製造業をあきらめ、金融と情報を中心とする産業構造にシフトした。金融資本主義の誕生である。金融資本主義は、足の速い証券化を普及させ、グローバリズムが闊歩した。株価や不動産価格が上昇し、景気循環はバブル循環に変わった。

(つづく)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読書ノート 金子勝・児玉龍彦著 「日本病ー長期衰退のダイナミクス」 (岩波新書2016年1月)

2017年04月21日 | 書評
失われた20年のデフレ対処法の失敗は、アベノミクスのブラセボ経済策によって「長期衰退期」を迎えた 第11回

5) 21世紀日本経済の長期衰退傾向 (その2)

 長期衰退はなぜ生じたかというと、バブル崩壊と不良債権処理に失敗による信用収縮(クレジット・クランチ)が直接の原因である。その後の構造改革路線によって雇用の流動化(非正規雇用の増大)と賃金抑制が恒常化したことでデフレが定着した。新しい産業を創出するどころか、日本製品の国際競争力を失い(スペック上のガラパゴス的進化はあったが)、結局財政赤字で幻の需要を作っていたため、ひたすら金融緩和政策をエスカレートさせてゆくしか方策はなかったようだ。不良債権処理における銀行及び企業経営者による粉飾決算の責任を問わなかったという「モラルの崩壊」に最大の原因があった。企業の失敗(民間債務)は国民の税金(公的債務)に付け替え、さらに銀行は合併を繰り返して「大きくて潰せない」規模に肥満させた。こうして「日本病」は、バブル崩壊後の不良債権処理から福島第1原発事故まで、経営者も監督官僚も責任を取らないという、日本の国体の根幹にある権力者集団の「無責任体制」が為せることであった。グローバルレベルにおける国際通貨制度の変動相場制への移行と金融自由化は、財政政策(財政規律)よりも金融政策(キャシュフロー)を景気対策の基本とさせた。そして米日欧の中央銀行は政策金利をゼロとし、異常な金融緩和策を取るようになった。ドルと金とのリンクが無くなって以来、実体経済共結びつきを失い、通貨制度は「紙本位制」となった。論理的には貨幣は信用が失われない限り、中央銀行はいくらでも紙幣を印刷してもいいことになった。変動相場制と為替交換によって、相対的に自国の通貨価値が決まるという究極の全地球的資本主義となった。市場には中央銀行が印刷する。投機マネーが溢れ、金融資本主義はさまざまな金融デリバティブ商品を提供した末に2008年リーマンショックに行き着いた。企業そのものが売買の対象になるような金融資本主義の下で、量的金融緩和が繰り返されると、実は貨幣が国家の信用に支えられているというパラドックスが表面化した。金を銀行に預けると利子が生じ、銀行は預金を運用して、預金者と借入者の間を仲介するという通常の経済学から離れて、政策金利がゼロとなり、マネーがあふれだすと、金利というフィードバック機能もなくなって当然未来の先取りという虚のバブルが発生する。貨幣の信用の背後にある国家の信用を前提に、いけるところまで行くという政策は、資本による国家の独り占めという、妙なナショナリズムと結合する。それが新自由主義経済では自由市場と強い国家の結合となる。「市場に任せる」という新自由主義イデオロギーは、国家が人々の期待や意識をコントロールできるというパラドックスの上に立っている。日本経済が再生するためには、米国における情報通信産業などの先端産業からの遅れ、他方で従来型産業における中国・韓国など新興国の追い上げという挟みうちにあっている状況を客観的に把握しておかなければならない。日本では「信用」を先に拡大し、実体経済をけん引させて経済成長を図ろうとしたインフレターゲット論は完全な失敗に終わった。

(つづく)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読書ノート 金子勝・児玉龍彦著 「日本病ー長期衰退のダイナミクス」 (岩波新書2016年1月)

2017年04月20日 | 書評
失われた20年のデフレ対処法の失敗は、アベノミクスのブラセボ経済策によって「長期衰退期」を迎えた  第10回

5) 21世紀日本経済の長期衰退傾向 (その1)

 2008年米国のサブプライムローン住宅バブル問題に端を発するリーマンショックでは、関わりの少なかった日本で最も深刻な実体経済の落ち込みを経験し、ギリシャなど欧州諸国の一部ではソブリンリスクという国家存立の危機を迎えかねない事態となった。国内経済のメカニズムとグローバル経済の変動がどこかでリンクしたのである。これを線形では理解できない「複雑系の制御システム」と呼ぶ。予測の操作と言われる金融工学手法の暴走を検討すると、今のグローバルな超低金利政策と異常な金融緩和策は、リーマンショックの解決策ではなく、異なった形での経済危機の繰り返しとその深刻化ではないかという可能性が浮かび上がってくる。アベノミクスの帰結を予測するには、戦争中を除いて例を見ない日銀の異常な金融緩和の本質的な危険性を直視なければならない。国家信用だけが頼りの金融緩和策は信頼の相互関係が崩れた瞬間に信用は縮小しショックを引き起す。本書はここで共著者の児玉龍彦氏による遺伝子発現制御機構としての「エピゲノム」の働きを説明する。個別遺伝子の制御よりは上位に存在し、全体のホメオタシス(生命維持や世代交代)よりは下位の中間的な制御システムである。詳細は省くが、「制御系の制御」であるエピゲノムは複数の条件が整って準安定的なスイッチが入る。複数の情報が支配されるとエピゲノムは固定化されやすくなる。制御系の制御が変化し、情報支配を通じて格差が固定化されると、情報とルールを支配する勝ち組と、ルールで支配される負け組に別れて固定化される。「日本病」は1980年代後半のバブル以降の大きなエピゲノムの変化から生まれた。膨大な不良債権を責任を問わないままに政府債務に変え(国民に支払わせる)て経済の制御系を制御する。ここでルールを変えたのである。それによってエピゲノム制御系が傷ついたのである。規制緩和というフィードバックの解体を唱える「小泉構造改革」によって社会の解体が進み、リーマンショックによってさらに制御系のルールがおかしくなった。リーマンショック以降世界中でゼロ金利と未曽有の量的金融緩和の事態の中で、「予測(期待)を操作する」アベノミクスになると、マネタリストの経済学者と経済官僚らはあらゆる手段を動員してその場しのぎの方策が繰り返された。こうしてエピゲノム病と言える「日本病」が日本全体を蝕んだ。経済制御系の制御の変化は直接的な生活からは把握しずらいので、経済情報をさらに隠すためにあらゆる手法、とくにメデァ統制が行われ、偏った情報しか流されなくなっている。エピゲノム病は外的因子への耐性が弱いため、ショックで傷つきやすい体質、すなわち衰退的傾向が顕著になる。アベノミクスの下で、日本はいよいよ長期衰退期に入った。それはいままでの失敗の年長だけではない本質的な衰退への道である。失われた20年の間日本のGDPはほとんど停滞していた。それは安倍政権になっても同じであるが、経済成長がないまま円安を演出したため、ドル建てで見た日本のGDPは充足に縮小した。2012年と21014年のGDPの変化を見ると、米国は7.8%増加、中国は24%増加、日本は22.5%減少となり、GDPの大きさは今や日本は中国の半分以下である。一人当たりのGDPは2014年度は世界の27位まで落ち込んだ。日本製品の国際競争力は電子家電・半導体・液晶パネルなどで急速に低下した。一方相対貧困率は2012年に16%に増加し、生活保護世帯数は2015年度に162万世帯、受給者数は216万人に増加した。子供の貧困率は21012年いは16%に増加し、6人に一人は貧困児童となった。母子世帯の貧困は顕著で、年収平均は180万円以下である。地域の衰退もひどい状況である。公立病院の破綻、工場の海外移転で雇用が減少し、少子高齢化と過疎化が同時に進行した。同時に地方の主張選挙や地方議会選挙で無投票当選の割合が高まった。首長選挙の無投票選挙率は2014年に17%に、都道府県議選挙では33.4%が無投票であった。無投票選挙の増加は地域の問題を民主主義的に解決する能力の低下を意味している。

(つづく)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

読書ノート 金子勝・児玉龍彦著 「日本病ー長期衰退のダイナミクス」 (岩波新書2016年1月)

2017年04月19日 | 書評
失われた20年のデフレ対処法の失敗は、アベノミクスのブラセボ経済策によって「長期衰退期」を迎えた  第9回

4) 「主流派」経済説と実感のずれー金融資本主義と実体経済・社会 (その2)

 次にアベノミクスの社会保障制度の切り下げを見る。2014年4月に公布された「地域医療介護総合確保推進法」によって、一定の収入以上だと利用者負担の増加が進められる。また陽気五度3以上でないと施設入所が認められず、要支援以下の訪問介護は市町村に任せることになった。又病院のベッド数管理厳格化で、在宅医療や在宅看護に移すというものです。その上21015年の介護報酬改定では全体でまいなす2.27%の切り下げが行われた。介護報酬を引き下げながら(実態)、介護職員の報酬を上げる(建前)という政策は官僚の常套手段的矛盾である。社会保障制度が持続可能性を失いつつあることは誰しも気付いている。「社会保障と税の一体化」と言って2014年4月に消費税は5%から8%に引き上げられた。しかしこの3%分の増収はほとんどが財政再建に回され、1/5だけが社会福祉に回るのである。政治家の真っ赤なウソであることは分っていたはずなのに、民主党野田内閣に国民は手も無く騙されたのである。増税で内閣がつぶれることはしばしばあったし、選挙時には増税はタブーであった。その困難を民主党政権でやってもらい、安倍内閣をその恩恵を受けている。増税と裏表の関係で法人税減税と公共事業のためのに消費税増収分は消えた。名だたる大手企業で史上最高益を上げながら法人税をほとんど払っていない企業も存在する。アベノミクスは法人税減税と公共事業型の旧来型の財政構造に逆戻りをしている。アベノミクスで一部大企業だけが減税の恩恵を受けるという消費税増税方法は、財政支出と税負担の間にあるフィードバック関係を破壊した。税負担の普遍性モラルの崩壊である。安倍政権内ではもはや財政規律を云々する政治家も官僚もいなくなっていた。昔アメリカが風邪を引いたら日本は肺炎になるといわれた。現在は中国が風邪を引いたら日本は死ぬかもしれないほどの影響を受ける。さらに米国がゼロ金利政策片脱出すると、新興国からマネーが引き上げられ、新興国の軽罪の悪化は避けられない。だから財政金融政策という偽薬に頼らずに、確実な内需を作りだす政策が必要なのである。特に地域において新たな産業と雇用を生み出すことが望まれる。アベノミクスの第3の矢は経済成長すなわち新規産業の創出であったが、これまで何の手も打っていないというより無策なのである。2014年6月に「規制改革実施計画」が閣議決定された。残業代を支払わないホワイトカラー・エグゼンプションや保険外診療を大幅に認める混合診療などは小泉時代からの焼き直しに過ぎず、格差と地域疲弊をもたらすだけである。400にのぼる経済特区からは新たな産業が生まれた事例は何一つない。法人税減税で企業が新事業に乗り出すどころか、内部留保を増やすだけい終わっている。アベノミクスの第3の矢「成長戦略」は、ほとんど新味がなく、過去の失敗の検証もないままスローガンが繰り返されているだけである。第1次安倍内閣の時に打ち出された「原発ルネッサンス」の復活がある。日本の原子力産業は海外展開で巨額の損出(サウステキサス原発、ヴォーグル原発、サンオノフレ原発、ベトナム原発受注中断、台北第4原発)を抱え、東芝にとってはウエスティングハウスの原発部門買収は不良債権化している。3.11福島原発事故以降、発電コストが高くなり、コストの秘密が暴露され、世界の原子力産業はつぎつぎと原発から撤退している。フランスのアレバの倒産、ドイツのジーメンスの撤退、米国GEも原発から撤退した。安倍政権が原発受注を進めた結果、世界で不良債権化している原発の損失を日本の原発メーカーがかぶっている。その中で日本の原子力規制委員会は次々と原発再稼働を進めている。電力不足も原発低コスト論も全くの嘘であることはだれの目にも明らかである。こうしてアベノミクスの3本の矢は完全に失敗した。ひょっとすると安倍政権が狙っていたのはアベノミクスの経済政策ではなく、それは国民の目をそらす隠れ蓑であったかもしれない。安倍政権が最優先でやってきたことは、むしろ政治面における特定秘密保護法制定、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、武器輸出3原則の見直し、安全保障関連法案成立、原発再稼働、TPP合意などであった様だ。だから安倍政権の経済政策だけを議論して検証しても、安倍首相は「息を吐くように嘘をつく」ことで暖簾に腕押しになる。2015年9月自民党総裁選無投票選出後の記者会見で、経済優先で一億総活躍社会を目指すと宣言し、「名目GDP600兆円」、「希望出生率1.8」、「介護離職ゼロ」という新3本の矢を打ち出した。これまでの政策の検証もなく、又きれいなウソを言っていた。最も笑えたのは「希望出生率1.8」である。これは希望なのか、実現可能性のないたわごとなのか、政策目標なのかさっぱりわからない。出生率目標を首相が言及したのは世界史上安倍だけである。

(つづく)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加