住職のひとりごと

広島県福山市神辺町にある備後國分寺から配信する
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インド思い出話1-ヨーガの郷リシケシ

2006年11月28日 13時36分42秒 | インド思い出ばなし、ネパール巡礼、恩師追悼文他
もうかれこれ17年も前のことになるが、はじめてインドに行ったときの話をしよう。高野山から戻り2年目の私は、何も知らずに5月のインドに降り立った。5月のインドは乾期で、とても暑い。灼熱の大地そのもの。カルカッタからブッダガヤに行き、干上がったネーランジャラー河を歩いた。大塔のあるマハーボーディ寺、金剛座、日本寺。くまなく歩いた。しかし数日すると暑さで気力も萎え、もう逃げ出したくなった。

それでもその時ブッダガヤの安宿で、部屋に洗面器の水を持ち込み、長くなっていた髪をカミソリで剃り上げたことを記憶している。それから、リキシャとバスでガヤの町に戻り、列車の予約をした。目指すはリシケシ。しかし、2日後にしか予約が取れない。近くの安宿で、昼間はベッドに横になり、時折起き出してパンとバナナをかじり、本を読み日を過ごした。

そして、夜半にドゥーン・エキスプレスの2等寝台にやっとのことで乗り込んで、丸1日。一日中出入りするインド人たちを眺め寝台に横になっていた。口にしたのはバナナだけ。昼間には横になっているのに上がり込んできたり荷物を置かれたり。トイレに行くのも荷物と場所がなくなりはしないか不安で一杯だった。

なんとか、ハリドワールに着く。そこからバスで一時間。リシケシの町に到着しても目指すアシュラムはまだ先で、そこからまだ20分はリキシャを走らせたであろうか。ガンジス河沿いのヨーガの聖地リシケシに着く。

灼熱地獄から神が舞い降りたかのような穏やかな地、冷たい雪解けのガンジス河の水に神々しさを味わった。インドの人々が神と崇めるガンガー。そのありがたさが身にしみた。ガート沿いの店の並ぶ通りから少し上がったところに目指すアシュラムがあった。

その頃東京でヨーガを教えていただいていた成瀬雅春氏からの紹介で、シヴァナンダ・アシュラムにはいる。傾斜地に沢山のお堂や僧院が建てられていた。外国人用のゲストハウスに案内される。しかし、ここで、もうすでにいけなかった。ホッと安心した途端に下痢の洗礼だった。気分が悪く熱もある。ベッドに横になって、山が過ぎるのを待ち、アシュラム内の病院に行く。診療時間外で待たされる。やっとのこと英語で説明して薬をいただいて飲む。

二三日でよくなった。隣の部屋にはかわばたあつさんといって、別府でヨーガ道場をされていて、シヴァナンダ・アシュラムの本を書くために滞在されている日本人の先生がおられた。英語に不自由なく、様々な御案内をしてくださった。とても感謝している。ここのアシュラム内での挨拶は、合掌して「ハリオーム」という。神様オーンということだろうか。オーンは聖音である。

また、朝と昼、食堂で食事が出された。給仕をするアシュラムに住む修行者たちの白い布を腰と肩に掛けて巻いている姿がとてもすがすがしく美しかった。私は、日本語で話のできるスワミジを訪ねて、インドの宗教について話を伺ったり、朝晩のお勤めに参加して、現代インドのヒンドゥー教を体験させていただいた。

「ハレラーマー・ハレラーマー・ラマラーマー・ハレーハレー・ハレクリシュナー・ハレクリシュナー・クリシュナクリシュナー・ハレーハレー」というマントラを何回唱えたろうか。毎日、24時間このアシュラムではこのマントラを唱え続けているそうだ。鎌倉時代に東大寺大仏殿の勧進を行った重源が、高野山の別所で、四六時中三人の聖に念仏を唱えさせることをはじめたそうだが、それと同じようなことをここでもしていた。

毎週サト・サンガという晩に開かれる集いがあり、様々な信者からの質疑応答に続き、祈りの会が開かれた。また夕方には毎日、マハームリトゥンジャヤ・マントラというマントラを力一杯唱えるプージャーがありよく参加した。またヒンドゥー教のホーマーという真言宗で焚く護摩の原型も拝見できた。2週間の宿泊を許されただけだったが、貴重な時間を過ごした。

それから、そこを出て河向こうのヨーガ・ニケタンというアシュラムに居をかえた。そこは特別にクラスがなく、宿泊だけ。そして、そこに移って何日目だろうか。ある日暑いのでガンジス河に沐浴して涼んでいると、後ろから、ヌッと、一人白い襦袢を着た男の人が現れた。臨済宗の雲水さんだった。

何でも、伊豆で托鉢して暮らしておられて、インドにでも行きたいと思って東京で托鉢しているとき、30万円もの封筒をいただいたのだそうだ。それで、すぐにインドに来て、リシケシというところでみんな修行していると聞いたのでやってきたとのことだった。

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