おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

ザ・ホエール

2024-05-17 07:24:59 | 映画
「さ」行です。

「ザ・ホエール」 2022年 アメリカ


監督 ダーレン・アロノフスキー
出演 ブレンダン・フレイザー セイディー・シンク ホン・チャウ
   タイ・シンプキンス サマンサ・モートン

ストーリー
恋人を亡くした悲しみから立ち直れずに過食症に陥ってしまった同性愛者のチャーリー。
歩行器なしでは移動すらできないほどの肥満となった今も入院を頑なに拒み続けていた。
大学で教える英作文の授業はオンラインでのみ行っていたが、自らの容姿を恥じてウェブカメラのスイッチを切っていた。
チャーリーは唯一の友人である看護師のリズに何かと世話をしてもらっていた。
ある日ニューライフ教会の宣教師トーマスがチャーリーを訪ねて来て、それからはトーマスもチャーリーの状況を心配して訪ねてくるようになった。
チャーリーは頻繁にピザを注文していたが、受け取りは対面で行われず、注文のピザはドアの外に置かれ、料金は郵便箱から持っていくという形式をとっていたが、ある日宅配ドライバーはダンと名乗り会話を交わすようになる。
チャーリーは、ずっと会っていない娘のエリーとの再会を願っていて、思い悩んだ末、エリーと再会することにした。
そして、母親に内緒で定期的に会ってくれれば12万ドルの預金を譲ると提案した。
エリーはその申し出を受け、彼女が学校の単位を取得するために提出しなくてないけないエッセイを手伝うことを条件に加えた。
チャーリーは、エリーに何か文章を書くことを条件に付けた。
リズはトーマスが頻繁にチャーリーを訪問することに不満を持っていた。
リズはニューライフの主任牧師の養女であることを明かし、チャーリーが心を病んでしまった出来事を話した。
自殺したリズの兄アランはチャーリーのボーイフレンドだったのだ。
ボーイフレンドの自殺が原因で、チャーリーは制御不能の過食症になってしまっていたのだ。
過去の出来事を話したリズのはトーマスにチャーリーへの救いはいらないと念を押す。
しかし、トーマスは自分の使命はチャーリーを助けることだとより強く信じ込む。
リズはチャーリーのために車いすを手配した。
病状は急速に悪化し死期が近いことを悟ったチャーリーは、17歳の娘エリーとの関係を修復したいと願うのだったが…。


寸評
過食と引きこもりで極度の肥満症となってしまった男が疎遠だった娘と関係を修復する話だと思っていたが、見終ると色々なテーマが盛り込まれている哲学的な作品だったとの感情が湧いてきた。
最初は肥満症となったチャーリーが、歩行器がないと歩けず床に落とした物も拾えないなど彼の身体的特徴による不自由な生活が描かれていく。
キリスト教系のニューライフからやってきた宣教師トーマスが出現してからストーリーは複雑化していく。
チャーリーは同性愛者で、生徒だったアランと関係を持っていて、そのアランは自殺しているという事実が示される。
リズはアランの妹で、家族が新興宗教であるニューライフに入信していて、リズが早々に宗教への信仰心を捨てたが、アランは親の期待に応えるように真面目に取り組んでいたことも明かされる。
なんだか統一教会の宗教二世を連想させる家族関係だ。
トーマスは、アランは祈りを神に捧げなかったから死んでしまったと言っているが、僕はそうは思わない。
アランは登場しないので彼の苦悩は想像するしかないのだが、同性愛を良しとしていないキリスト教徒の信者であるアランは、信仰とチャーリーとの同棲生活の板挟みになった結果だったのではないかと僕は思った。
チャーリーは妻と娘を捨てて1人の男性を選んだことを悔いているし、アランを救えなかったことも悔いている。
その結果として、自分のしてきたことが全て間違っていたのではないかと考えるようになってしまっている。
人には誰にだって長い人生の中では公開することの一つや二つはあるものだ。
僕にだって、あの時ああすればよかったとか、あの時もう少し手助けしてやればよかったと思うようなことはある。
それは僕の人生の中における後悔でもあるのだが、チャーリーのように自分の人生を全否定しようとは思っていない。

トーマスはエリーによって救われるが、エリーは本当にトーマスを救おうとしていたのだろうか。
僕にはたまたまそうなっただけのように感じられた。
僕にはエリーの不遇の境遇からくる悪意の方を強く感じ取られたのだ。
大麻を吸って盗撮するし睡眠薬を飲ませたりもし、点数不足のエッセイをチャーリーに書かせようとする。
そんなエリーでも、チャーリーにとっては彼女が自己肯定できる唯一の存在であることが強調されていたのだと思う。
換言すれば、チャーリーは自分の存在意義をエリーに求めたのだと思う。
その気持ちがエリーがトーマスを救った事実を聞いて、エリーは正しいと信じさせたのだろう。
それはチャーリーの希望でもあったのだと思う。
己の存在を皆から否定され続け、メアリーとの関係もうまくいかず、アランにも先立たれた彼にとって、エリーがまっとうに生きられることが自分の生きた証だと思ったことを僕は切なく思う。
自分の子供だけは真っ当に育て上げたと思って死にたいのだろう。
親にとって子供は唯一無二の存在なのだ。
小説「白鯨」が度々登場するが、僕はグレゴリー・ペックの船長を思い浮かべていた。
あの片足の船長は自分の未来を信じて白鯨を追い求めていたのだろうか。
映画を見る限り、そんな風には思えなかったけどなあ・・・。
死ぬ前にエリーに白鯨を読ませたのは、エリーに自信を持って欲しいという想いと共に、自身にも救いを求めた結果であろう。
家族で行った海辺のシーンを見た彼は死ぬ直前に救われたのだと思う。
そう思うと実に宗教的な映画であった。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿