「太平洋奇跡の作戦 キスカ」 1965年 日本
監督 丸山誠治
出演 三船敏郎 山村聡 中丸忠雄 稲葉教男 田崎潤 児玉清
志村喬 西村晃 佐藤允 久保明 藤田進 平田昭彦
ストーリー
昭和18年5月29日北太平洋アリューシャン列島のアッツ島玉砕に続き、それより120浬離れた孤島キスカ玉砕は時間の問題とされていた。
大本営海軍部の司令長官川島中将(山村聡)は、5200名の守備隊見殺し説の強い中で、キスカを救えとくい下り、この作戦に大村海軍少将(三船敏郎)を指命した。
この日からキスカ島無血撤退の準備は進められた。
おりしもキスカ島は、米太平洋艦隊の厳重な封鎖にあい、食料弾薬の欠乏の前に、守備隊の運命は風前の灯であった。
撤退作戦は、十数隻の軽巡洋艦及び、駆逐艦を使って、北太平洋特有の濃霧に隠れ、隠密裡にキスカ島に到着、一挙に守備隊収容撤退させるしかなかった。
一切の運命を霧に託すこの作戦は、救援隊全滅の公算も大であった。
国友大佐(中丸忠雄)を潜水艦でキスカ島に送りこんだ大村艦隊は、7月7日、キスカ島突入の態勢に入ったが、霧が晴れたためやむなく反転帰投を余儀なくされた。
再び濃霧を見込んで7月22日、キスカ島へ向った。
だが濃霧は味方に不利に動いた。
旗艦阿武隈の三重衝突で、艦船に傷を負ったのだ。
だが敵をふりきった阿武隈は一路キスカに向った。
戦況は悪化し、救援隊のキスカ島入港時間は判らず、守備隊は、毎日日没後約二時間の間、海岸に集結し待機するという方法をとった。
7月29日、救援隊は、常識に反して、岩礁の多い難所を廻り、島影を利用して、ネスカ湾口の探照灯に導かれ米軍の封鎖網を見事くぐりぬけた。
かくして旗艦阿武隈、木曽は、米軍の目をかくれて、無血救援を完成したのだった。
その後、米軍は熾烈な砲弾戦を続けたのち、無人と化したキスカ島を確認したのであった。
寸評
この映画は女性が一切出てこない作品で、名作といってもいい作品になっていると思う。
加えて言うなら太平洋戦争を舞台にした戦争映画にしては、戦後製作のものでは架空の戦闘物と真珠湾を除けば恐らく唯一日本が勝利する(作戦が成功する)という作品ではないか。
もっとも、戦闘に勝利するのではなく退却戦なのだが・・・。
記憶に間違いがなければ、私がリアルタイムで劇場で見た日本映画における戦争スペクタクル映画はこれが最初だったと思う。
日本軍の勝利(?)にワクワクしてしまうので、やっぱり自分は日本人なんだなぁと単純に思ってしまっていたと思う。
全くと言っていいほど悲壮感が無いのもこの映画の魅力でもあった。
救出を主張する川島中将の姿は単純に感動させるし、全編にわたり帝国海軍がさまざまな困難を乗り越え作戦を遂行してゆく様子を、手に汗握るサスペンスを織り交ぜながら、テンポよくまとめている。
団伊久磨の音楽も素晴らしく、特にラストのキスカ・マーチは名曲で、撤退シーンの爽快さを一層も盛り上げてくれていた。
外国映画では「ナバロンの要塞」や「大脱走」など結構あるが、日本映画でよくこれだけの面白く爽快感がある作品を作れたものだと思う。
敵を叩きのめしたわけでもないのに、無人となったキスカ島への米軍の艦砲射撃が始まった時には、思わず「ざまあ見ろ!」という気分になってしまうからナショナリズムというものは怖い。
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