おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

誰よりも狙われた男

2024-06-10 07:02:06 | 映画
「誰よりも狙われた男」 2013年 アメリカ / イギリス / ドイツ

                                     
監督 アントン・コルベイン                                    
出演 フィリップ・シーモア・ホフマン レイチェル・マクアダムス
   ウィレム・デフォー ロビン・ライト グリゴリー・ドブリギン
   ホマユン・エルシャディ ニーナ・ホス ダニエル・ブリュール
   メディ・デビ ヴィッキー・クリープス コスティア・ウルマン

ストーリー
ドイツの港湾都市ハンブルク。
ドイツ諜報機関でテロ対策のスパイチームを指揮するバッハマンは、密入国した青年イッサをマークする。
イッサはイスラム過激派として国際指名手配されている人物だった。
テロ対策チームを率いるギュンター・バッハマンは、彼を泳がせてさらなる大物を狙う。
一方、親切なトルコ人親子に匿われ政治亡命を希望するイッサを、人権団体の若手女性弁護士アナベル・リヒターが親身になってサポートしていく。
イッサはアナベルを通してイギリス人の銀行家トミー・ブルーと接触を図る。
ブルーの銀行にテロ組織の資金源である秘密口座の存在が疑われるため、バッハマンはその動向を監視していた。
ドイツの諜報機関やCIAがイッサの逮捕に動き出す中、彼を泳がせることでテロ組織への資金援助に関わる大物を狙うバッハマン。
アナベルとトミーの協力を強引に取り付けるや、ある計画へと突き進むバッハマンだったが…。


寸評
スパイ映画ではあるが派手なアクションや銃撃戦などはない沈鬱とも言える静かな映画だ。
しかし、9.11事件によって大きく様変わりした諜報戦の現場をリアリティたっぷりにみせる。
舞台はドイツのハンブルグで、ハンブルグといえば9.11実行犯の潜伏先で、テロの兆候に気づくことができなかったトラウマがあることが冒頭でスパーインポーズされる。
9.11は米国を中心とする西側諸国にとっては想像以上に大きな出来ごとだったことがよくわかる。
それはドイツ諜報機関内の路線対決や米国CIAの介入でことさら強調されている。
バッハマンには過去に情報提供者を死なせてしまった後悔の念が有り、できれば無駄な殺生をさけたいとの気持ちが有るようなのだが、それとは対象的に米国などは(映画ではドイツも含めて)テロでやられる前に、その温床になりそうなものは誰であろうとも事前に力で叩き潰してしまうのだといったポリシーで動いているようなのだ。
それはあたかも9.11以前と以後の対応の違いを象徴しているようでもあった。
ラストの有無を言わさぬ行動などは、まるでイラク戦争じゃないかと思ってしまう。

作品としては丁寧な描写が見所で、バッハマンがいつも煙草を吸っていて、その吸い方に彼の性格を表しているようなところまで行きとどいている。
リアリズム追求のスパイ映画で、ラブロマンスなど入り込む余地などないのだが、バッハマンが尾行中のカモフラージュのための抱擁シーンでみせるチーム女性の見せる表情など、細かいところまで気を配っていて、チーム全体の人間臭さも醸し出し、通り一辺倒な組織体として描いていない。
そんな細かな配慮が、諜報戦という我々からすれば想像の世界をリアリティのある現実世界に感じさせるのだろう。
冒頭から静かに進んできたが、最後にこの映画で唯一といえるバッハマンの叫びで終わるが、最後は彼の無念さと世界の不毛を感じさせ、その印象は強烈だ。
2014年10月23日、カナダの国会議事堂でイスラム信者の犯人による銃の乱射事件が有り、カナダ首相の直前まで迫るという事件が発生したというニュースを目にする。
当時そのタイムリーさで、私達の考えている安全保障のイメージが時代遅れになりつつあることを、この映画は冷酷に突きつけていたのだと思うに至った。

バッハマンを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンは「カポーティ」を見て、これはオーソン・ウェルズの再来だと注目していたのだが、46歳の若さで急逝してしまった。
稀代の俳優を失ったことになり、その若さと共に実に惜しいことをしたと思う。