写真はフランス、シャルルドゴール空港の空。
今の時代なら大問題になるのだろうが、
私が中学生の頃、国語を担当してくれた先生は、
とても風変わりな面白い人で、
教科書や黒板など、ほとんど使わない授業をよくしたものだった。
それは、たとえばカセットデッキを持ち込んで、
中島みゆきの音楽を一時限聞かせる、とか、
ただひたすら、小松左京の小説を読んで聞かせるとか。
さらに『じゃリン子チエ』の単行本を持ち込んで、
生徒に読ませるなんてこともあった。
くしゃくしゃの髪に無造作に載せた野球帽。
あからさまに気に入った生徒は贔屓し、
それを公言して憚らなかった。
「俺が嫌いなのは根性がイヤらしい子供」
「だからそういう子供には何もしたくない」
...と。
反面、彼が気にかけたのは、家庭環境に恵まれない子供で、
特にそれでも一生懸命頑張っている子には、公然とエールを送った。
私はお世辞にも『頑張っている』とはいえない生徒ではあったが、
やはり家庭環境から、彼にとっては不憫に感じられたのか、
「キミは面白い人だよね」と、何かと目をかけてくれ、
時には食事に連れて行ってくれたこともあった。
その傍若無人さから、噂も絶えない人で。
『実は経歴から校長も逆らえない』とか、
『独身と言ってはいるけど、実は隠し妻と子がいる』とか、
いろんなことが生徒たちのあいだで言われていた。
けれど、彼の名誉のために言っておくならば、
『贔屓はする』とはいっても、
たとえば真夏の教室で、生徒にアイスを振る舞う時には、
(もちろん彼のポケットマネー。もちろん授業中)
必ず全員にそれを与え、自由に楽しませたし、
結局は各生徒の記憶と心に、
他のどの授業にもないような、
大きなものを残したと思う。
彼が好きなものはきっと人生の真理で、
だからそれを伝えたかったのだと。
その後、中島みゆきは多感な時期だった私の大好きなアーティストとなり。
『じゃリン子チエ』も長きに渡る愛読書となった。
『じゃリン子チエ』の中では、
ネコやヤクザやチンピラや無職が人生の真理を語り、
自意識過剰で愚かでひ弱な人間の目を、
少しだけ覚ませてくれる。
「お前の理想は歩く文学全集やからな」
そう、鬱になった仲間のネコを皮肉るネコのセリフを理解しようとすることは、
まだ若い学生には、大きな意味があったと思う。
あの先生が今も元気か、それはわからないけれど。
たとえば定年ではないにしても、
こんな窮屈な世の中では、
教師は続けていないだろう。
...国語は今も、私の大好きな教科だけれど。
授業は今も続いている。
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