今、この事件の”渦中の人”は完全に赤山蓮から清水香織に移行してしまっていた。
今や教室中の人々が清水香織を見て呆然としている。青ざめながら震える、その主人公に。

蓮の”本当の彼女”、小西恵はキョトンとした顔で彼女を見つめ、
我知らず先ほどまで話題の中心だった赤山蓮は、訝しげな表情で彼女を見ている。

唯一の味方であると思われた直美も嘘を吐かれたことで愕然とし、
元々彼女をコマとして利用しようとしか思っていなかった横山は、見るからに呆れていた。

そしてギャラリーの中でも一際冷たい視線を送っていたのは青田淳だった。
まるで罠に掛かった動物を観察するかのような、冷淡な蒼い瞳で。

そして暫し無言のまま香織と相対していた雪だったが、次第に事態が把握出来てきた。
「あんた‥」と口を開きかける。

しかし次の瞬間、香織は凄い形相で雪へと手を伸ばした。
「返してよ!なに人の携帯勝手に見てんの‥?!」

香織は雪が持っている携帯を取り戻そうと、力の限り雪の手に爪を立てた。
雪は困惑しながらもそれに応戦し、暫し二人はその場で揉み合う。香織の爪が雪の指に食い込み、雪は痛さに顔を歪めた。

雪はそこで、これまで抑え溜め込んで来た怒りが完全に限界を迎えたのを感じた。
ブチッと、頭の奥で何かが切れる音がする。膨れ上がる憎しみにまかせて、大声で捲し立てた。
「あんたこそどういうことよ!」

携帯を投げ捨てると、床にぶつかって電池が外れた。どうなろうともう、どうでも良かった。
脳裏に、いつか見た不吉な夢の風景が浮かぶ。

自分の周りに居る大切な人達が、彼女によって奪われるかもしれないという不安が、色濃く映った心象風景。
そして今その不安な予感は的中し、彼等の中でも最も親しい、いや自分の家族が侵されようとしている。

雪は叫んだ。
胸の中で煮え滾る怒りと共に、背筋を凍らせるような恐怖に全身を震わせながら。
「嘘にも限度ってもんがあるでしょ?!うちの弟の写真で何しようっての?!」

「私の弟!私の弟なのよ!」

「どうして人の弟を‥!」

「何考えてんのよっ‥!!」

恐ろしいまでの剣幕だった。
普段とは全く別人の雪の姿に蓮は当惑し、相対する香織も完全に気圧されてしまっている。

水を打ったように静まっていたギャラリーも、暫く経つと徐々にヒソヒソと囁き始めた。
香織は脂汗をかきながら、苦し紛れの言い訳を口にする。
「あ、あれは‥ただの似た人で‥」

馬鹿の一つ覚えのようなその言い訳に、同期の女子が「プッ」と吹き出した。
その子の隣に居た同期は、思わず笑った子をたしなめていたが。

その嘲笑で我に返った香織は、突然カッと赤面した。
今自分が置かれている状況が、徐々に客観的に把握出来てしまいそうになっているのだ。

足がガクガクと震えていた。
固い地面に立っているはずなのに、まるで高く積まれた砂の城の上に立っているかのように足元が覚束ない。

土台の無い砂の城の上は、あっけないほど簡単に崩れて行く。
嵐に壊されるまでもなく、自分の震えでそれはガタガタと崩落して行く。

そしてそれに抗うかのように、鼓膜の奥で響いてくる声があった。
クスクスと聞こえて来るのは、自分に対する幻の嘲笑だった。

厳しい現実を突きつけられた時、いつも彼女は妄想する。
それは自らに虚像の暗示を掛けて来た彼女が無意識で発揮する、防衛本能のようなものだった。

物や人の良い所ばかりを掬い取り、その光の部分しか見て来なかった彼女の愚かな癖。
妄想の世界で完結してしまい、厳しい現実と向き合うことが出来ない弱き彼女ゆえの癖。
そして今回もまた彼女は思い込むことで、責任の所在を他人に押し付けることで、闇雲に自分を守ろうとしていた。
「‥満足?」

香織は俯いたまま、低い声で口を開いた。
「あんた知ってたんでしょ?全部知ってて‥それで私を‥」

「皆の前で晒し者にしようと‥あんた‥」

そして香織は雪のことを鋭い視線で射るように睨んだかと思うと、いきなり飛びかかって大声を上げた。
「あんたわざとやったんでしょおっ?!!」

雪は突然襲い掛かって来た香織と、髪の毛を引っ張られる激しい痛みに驚愕した。
すぐに蓮と太一が二人の元へ駆け寄ったが、香織の叫びは止まらなかった。
「発表の時も!新しい服着て来た時も!」

「一体いつまで!いつまで私を困らせる気なのおっ‥?!」

香織の瞳孔は開き、狂ったように雪の髪の毛を掴む手に力がこもる。
自らによって自分の城が崩れ無残な姿に成り果てるのを、雪の非にするため香織は無我夢中だった。

雪は掴まれた手の合間から、顔を上げて真っ直ぐに香織を見据えた。
彼女が口にした主張を現実的に受け止め、真っ向から反論する。いや、応戦する。
「誰がよ?!」

雪は香織と同じく彼女の髪の毛を掴むと、その勢いで二人は床に倒れ込んだ。
ギャラリーは騒然とし、どよめきの声がいくつも上がる。

マウントポジションに位置した雪が、床に倒れた香織を上から睨みつける。
瞳の奥に紅い炎が燃えていた。香織は瞬きも出来ぬまま、じっとその瞳と相対する‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<砂の城(4)ー崩落ー>でした。
激しい展開になって参りました‥。
さて、香織の城はあっけなくも崩落。残すは雪の城のみとなりました。
次回は<砂の城(5)ー本音ー>です。
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今や教室中の人々が清水香織を見て呆然としている。青ざめながら震える、その主人公に。

蓮の”本当の彼女”、小西恵はキョトンとした顔で彼女を見つめ、
我知らず先ほどまで話題の中心だった赤山蓮は、訝しげな表情で彼女を見ている。


唯一の味方であると思われた直美も嘘を吐かれたことで愕然とし、
元々彼女をコマとして利用しようとしか思っていなかった横山は、見るからに呆れていた。

そしてギャラリーの中でも一際冷たい視線を送っていたのは青田淳だった。
まるで罠に掛かった動物を観察するかのような、冷淡な蒼い瞳で。

そして暫し無言のまま香織と相対していた雪だったが、次第に事態が把握出来てきた。
「あんた‥」と口を開きかける。

しかし次の瞬間、香織は凄い形相で雪へと手を伸ばした。
「返してよ!なに人の携帯勝手に見てんの‥?!」

香織は雪が持っている携帯を取り戻そうと、力の限り雪の手に爪を立てた。
雪は困惑しながらもそれに応戦し、暫し二人はその場で揉み合う。香織の爪が雪の指に食い込み、雪は痛さに顔を歪めた。

雪はそこで、これまで抑え溜め込んで来た怒りが完全に限界を迎えたのを感じた。
ブチッと、頭の奥で何かが切れる音がする。膨れ上がる憎しみにまかせて、大声で捲し立てた。
「あんたこそどういうことよ!」

携帯を投げ捨てると、床にぶつかって電池が外れた。どうなろうともう、どうでも良かった。
脳裏に、いつか見た不吉な夢の風景が浮かぶ。

自分の周りに居る大切な人達が、彼女によって奪われるかもしれないという不安が、色濃く映った心象風景。
そして今その不安な予感は的中し、彼等の中でも最も親しい、いや自分の家族が侵されようとしている。

雪は叫んだ。
胸の中で煮え滾る怒りと共に、背筋を凍らせるような恐怖に全身を震わせながら。
「嘘にも限度ってもんがあるでしょ?!うちの弟の写真で何しようっての?!」

「私の弟!私の弟なのよ!」

「どうして人の弟を‥!」

「何考えてんのよっ‥!!」

恐ろしいまでの剣幕だった。
普段とは全く別人の雪の姿に蓮は当惑し、相対する香織も完全に気圧されてしまっている。

水を打ったように静まっていたギャラリーも、暫く経つと徐々にヒソヒソと囁き始めた。
香織は脂汗をかきながら、苦し紛れの言い訳を口にする。
「あ、あれは‥ただの似た人で‥」

馬鹿の一つ覚えのようなその言い訳に、同期の女子が「プッ」と吹き出した。
その子の隣に居た同期は、思わず笑った子をたしなめていたが。

その嘲笑で我に返った香織は、突然カッと赤面した。
今自分が置かれている状況が、徐々に客観的に把握出来てしまいそうになっているのだ。

足がガクガクと震えていた。
固い地面に立っているはずなのに、まるで高く積まれた砂の城の上に立っているかのように足元が覚束ない。

土台の無い砂の城の上は、あっけないほど簡単に崩れて行く。
嵐に壊されるまでもなく、自分の震えでそれはガタガタと崩落して行く。

そしてそれに抗うかのように、鼓膜の奥で響いてくる声があった。
クスクスと聞こえて来るのは、自分に対する幻の嘲笑だった。

厳しい現実を突きつけられた時、いつも彼女は妄想する。
それは自らに虚像の暗示を掛けて来た彼女が無意識で発揮する、防衛本能のようなものだった。

物や人の良い所ばかりを掬い取り、その光の部分しか見て来なかった彼女の愚かな癖。
妄想の世界で完結してしまい、厳しい現実と向き合うことが出来ない弱き彼女ゆえの癖。
そして今回もまた彼女は思い込むことで、責任の所在を他人に押し付けることで、闇雲に自分を守ろうとしていた。
「‥満足?」

香織は俯いたまま、低い声で口を開いた。
「あんた知ってたんでしょ?全部知ってて‥それで私を‥」

「皆の前で晒し者にしようと‥あんた‥」


そして香織は雪のことを鋭い視線で射るように睨んだかと思うと、いきなり飛びかかって大声を上げた。
「あんたわざとやったんでしょおっ?!!」

雪は突然襲い掛かって来た香織と、髪の毛を引っ張られる激しい痛みに驚愕した。
すぐに蓮と太一が二人の元へ駆け寄ったが、香織の叫びは止まらなかった。
「発表の時も!新しい服着て来た時も!」

「一体いつまで!いつまで私を困らせる気なのおっ‥?!」

香織の瞳孔は開き、狂ったように雪の髪の毛を掴む手に力がこもる。
自らによって自分の城が崩れ無残な姿に成り果てるのを、雪の非にするため香織は無我夢中だった。

雪は掴まれた手の合間から、顔を上げて真っ直ぐに香織を見据えた。
彼女が口にした主張を現実的に受け止め、真っ向から反論する。いや、応戦する。
「誰がよ?!」

雪は香織と同じく彼女の髪の毛を掴むと、その勢いで二人は床に倒れ込んだ。
ギャラリーは騒然とし、どよめきの声がいくつも上がる。

マウントポジションに位置した雪が、床に倒れた香織を上から睨みつける。
瞳の奥に紅い炎が燃えていた。香織は瞬きも出来ぬまま、じっとその瞳と相対する‥。

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<砂の城(4)ー崩落ー>でした。
激しい展開になって参りました‥。
さて、香織の城はあっけなくも崩落。残すは雪の城のみとなりました。
次回は<砂の城(5)ー本音ー>です。
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