ドドドッ、と雪と香織は凄い勢いで床に倒れ込んだ。互いが互いの髪の毛を引っ張り、声の限りに罵り合う。
「あんたのせいでぇっ‥!」
しばし雪にマウントポジションを取られていた香織が、
叫びを上げながら必死で身体を入れ替える。
「あんたが私を困らせるからぁ‥っ!」
今度は仰向けになった雪が、香織からの攻撃を真っ向面から受け止めたかと思うと、
顔へと伸びて来た手を、身を逸らしながら避けた。香織はまだ叫びを上げる。
「全部あんたのせいよぉっ!」
雪は香織の手首を掴むと、強い力で彼女を組み敷いた。瞳の中で紅い炎が轟々と燃える。
「いいかげんにして!」
仰向けになった香織は憎しみの表情を顔中に湛えながら、
「悪女!」と叫びながら雪の頬を張った。
雪はその痛みにまた憎しみが燃えるのを感じ、
「誰がよっ?!」と言いながら香織の頬を叩いた。
そして再び取っ組み合う二人の姿を見て、ギャラリーは今や大騒ぎだった。
男子学生が面白そうに嗤いながら、二人を指差して会話する。
「女同士ってマジで髪の毛引っ掴んで喧嘩すんだな」 「ウケるw」
心配そうな顔で雪の名を呼ぶ恵の横で尻ごみをする蓮と太一、そして興奮気味の聡美。
「皆止めんじゃないわよー!雪行けーっ!今まで散々コケにされてきたんだから、
ケリつけなくっちゃあ!」
四年男子、健太と柳は遠巻きに二人を眺めている。
「てかやっぱ性格悪りぃ‥」「笑っちゃ悪いと思いつつ‥ぷぷぷ」
そしてそんな中横山翔はニヤニヤ嗤いながら、二人の喧嘩の動画を録っていた。
「赤山は顔が映んないように特別に取り計らってやろ‥」
そう言って携帯を持っていた横山だが、不意に後方の高い所からそれに手が伸びた。
横山が顔を顰めて振り返ると、青田淳は横山から取り上げたそこから、今録った動画を消去していた。
背の高い彼は、背の低い横山を冷たい視線で俯瞰する。
淳は横山に携帯を手渡すと、静かな口調でこう言った。
「動画はこんな時に録るもんじゃないだろ」
そしてギャラリーの中で携帯を手にしている学生達にも、淳は注意を促した。
「同じ学科生同士でこういう事は止めないか」 「そ、そうだぞ!おら、消せ消せ!喧嘩も止めさせろ!」
先ほどまで笑いを堪えていた柳も、淳の一言に乗じて周りに注意し始めた。
そして騒ぎの中心である雪と香織の取っ組み合いは、ようやく周りから仲裁の手が入ろうとしていた。
引き剥がされる雪と香織。
すると香織は泣き叫びながら、雪に向かって本音を吐露する。
「課題も!服も!あんたが何か特許でも持ってるって言うの?!
何でそんなことで人を困らせるのぉっ‥!」
「いつも私をいじめてばっかりで‥!
私を困らせるのはもう止めてよぉぉ!お願いよぉぉ‥!」
涙ながらの香織の吐露。
しかし雪には意味が分からなかった。目を大きく開けながら、雪もその本音を口に出す。
「何言ってんの?!あんた、自分がしたこと覚えてないの?!」
「なんで私の人形を盗んだの?!どうして私を羨んだりしたの?!
どういう理由で私の弟に近付いたの?!ねぇ、なんでよ!!」
雪は胸に湧き上がる怒りに突き動かされるように声を上げた。
瞳の中に、紅の炎が立ち上る。
「私から離れるべきはあんたよ!あんたの方よ!」
「あんたなんだよっ‥!!!」
あの不吉な夢の中の心象風景。
自分が居るべき場所に取って代わられる不安、叫び出したい程の恐怖。
嫌だった。嫌いだった。
今すぐにでも、彼女にその場所から出て行って欲しかった。
だから雪は心のままに叫んだのだ。
自らが立つ砂の城が、自分の叫びでぐらりと傾く‥。
その魂が震えるような吐露の後、教室はしんと静まり返った。
香織は幾つも引っかかき傷がついた顔を涙でぐじゃぐじゃにしながら、そのままその場に崩れ落ちる。
雪は立ち上がりながら、香織に向かって静かに口を開いた。
「そうね‥レポートの件は私が悪かったことにするわ。
だけど、その他の事はどれ一つとして私に非は無い。今のあんたの主張は、私としては理解が出来ないわ」
雪の語りに、ギャラリー達も静かに耳を傾けていた。雪は俯きながら言葉を続ける。
「‥もっと理解出来ないのは、どうして他人を羨んで生きるのかってこと‥。
とっくに二十歳も過ぎてるってのに、自分のスタイルも知らないで‥」
「私を少しずつ奪って行って‥」
雪はそう言って深く息を吐いた。頭の奥がズキズキと痛む。
太一や先輩が宥めるように雪の肩に手を置く。もう止めようと声を掛けながら。
すると暫し腰を抜かしたようにその場に座っていた香織が、ギッと歯を食い縛りながら口を開いた。
「‥じゃない、あんたは」
その消え入りそうな声で発せられた一言に、雪達の動きが止まった。
そのままじっと、彼女を窺い見る。
すると香織は顔を上げ、根底にあった心情を叫ぶように口にした。
「私が欲しいもの、あんたは全部持ってるじゃない!!」
雪は予想外とも言えるその言葉に目を剥いた。しかし香織は続ける。
子供のように声を上げて泣きながら。
「あんたは‥彼氏も成績も友達も全部持ってるのに‥!何がそんなに悔しいのよぉぉ‥!!」
号泣しながらその場で突っ伏す香織を、雪は暫し唖然として眺めていた。
しんとした教室に香織の泣き声だけが響き、雪は苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。
「‥あんたが何を思ってそんな風に言うのかは分からないけど‥」
香織は涙と傷でボロボロになった顔を上げ、彼女の心中の吐露を聞いた。
雪は自らの記憶を辿るように、瞳を閉じて大切なものを一つ一つ口に出す。
「私は‥愛情も、成績も、友達も、」
必死に父親を気遣う場面、徹夜でレポートに明け暮れる場面、気まずい思いを押して聡美と本音で話し合った場面‥。
そんな思い出深い記憶が、頭の中を駆け抜けて行く。
「そして‥」
そして雪は隣に立っている、淳の方へと顔を上げた。
彼氏も、という言葉の代わりに。
ゆっくりと雪は香織の方へと向き直り、最後に彼女の本当の気持ちを口に出した。
「‥何一つとして、簡単に手に入れたものは無いよ」
それが、赤山雪のリアルだった。
努力して努力して、血の滲むような思いで手にした大切なもの達。
辛いことから目を逸らさず、痛い思いをして向き合い続けてきたからこそ、手に入れることが出来たそのもの達。
雪が立っている砂の城は、彼女の汗と努力が染みこんだ、しっかりとした土台を持っていた。
そして今、それは崩落すること無く、立派に雪を支えている。
不格好に形が崩れはしたが、きっと彼女は再び、そこも努力で埋めて行く‥。
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<砂の城(5)ー本音ー>でした。
雪と香織の違いが顕著に表れた回でしたね!
互いに脆く見える砂の城の上に立っているけれど、見せかけだけの香織はすぐ崩れ、
努力の汗で固めた雪の城は崩れない‥。
そんな風景が書きたくて続けた「砂の城」シリーズでした^^ 気に入って頂けたら嬉しいです。
次回はシリーズ最後!<砂の城(6)ー残ったものー>です。
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