無言で睨み合う雪と香織の周りを、ギャラリーが取り囲んでいる。
その中には無論、青田淳の姿もあった。
女は怖いねぇ、と笑う柳の横で淳は、一人腕時計に目を落とす。
そろそろ”彼”が来る頃だ、と。
瞬きもせず香織を睨み続ける雪に向かって、とうとう香織が口を開いた。
「な‥無いわ!無いわよ!マ、マジで呆れるわ本当!もうこんなこと止めてよ!」
自分に非などないと、香織はそう言って雪に背を向けた。他の子達も「もううんざり」と言って、教室を出て行こうとする。
すると聡美が怒りながら香織を引き止め、雪と香織を中心とする揉め事は更なるゴタゴタへと発展しようとしていた。
そんな中、遂に”彼”が教室に顔を出した。
「我らが淳さん、どっこかな~~?」
渦中の人‥赤山蓮は鼻歌交じりに教室を覗き込んだ。その後ろには恵も居る。
しかし中を窺った蓮はその雰囲気に異変を感じた。何やら誰かが揉めているらしい。
ケンカか?と呟きながら中を見回した蓮は、ギャラリーの中に淳の姿を見つけた。
大きな声でその名前を呼び、恵の手を引っ張って彼の元へと駆け寄る。
「淳さ~ん!俺らメール貰ってすっ飛んで来ました!
めちゃうまな店に連れてって下さるって~!」
淳と蓮が交わした「二人が付き合い始めた記念にご飯を奢る」という約束を、
昨日の今日で実行に移してくれて嬉しい、と蓮は笑って言った。先ほど淳が、その旨のメールを蓮に送ったのだった。
ふと青田先輩の方へ視線を流した直美は、ハッと息を飲んだ。
隣の子の腕を掴み、見覚えのあるあの男の子の方へ指を差す。そして二人はコソコソと会話し始めた。
「ねぇちょっと‥アレ香織の彼氏じゃない?」「え?マジで!さっきの写真の子だ!」
「でしょでしょ?」 「ねぇアンタも見てみて!」
隣の子がその隣の子に伝え、またその隣の子が隣の子に伝え‥。渦中の人、”香織の彼氏”が来たことは、
みるみるギャラリーに伝わって行く。
「ってか香織の彼氏が来たってことは、もっと事が大きくなるんじゃ‥」
「てか青田先輩と知り合いなの?マジで?」
教室の中心で騒ぎを起こしている雪と香織の他に、”香織の彼氏”を発見した直美達の方でも静かな騒ぎが起こっていた。
そんなことなど露ほども知らない蓮は、キョロキョロと辺りを見回しながら口を開く。
「ところで何かあったんすか?何でこんなザワザワ‥」
蓮が耳をそばだてると、ギャラリーの話し声が聞こえて来た。
あれ見てみろよ、ケンカだとよ、今あの二人が言い争ってんだ、と。
そして中心に居る二人を目にした途端、蓮は目を見開いた。
何を考えるより先に、大きな声で叫んでいた。
「姉ちゃん!」
ひときわ大きなその声に、雪と香織は振り返った。雪は目を丸くし、香織は顔面蒼白だ。
蓮は雪の方へ近づくと、ゴキゲンな様子で姉に話し掛けた。
「なんだよ~!一緒の授業だったん?ってか何してんだよ~」
蓮は淳と雪が一緒の授業だったことを知らなかったので、嬉しそうにそう言って微笑んだ。
けれど喧嘩をしていたことには顔を顰め、小さな声でボソボソ言う。
「まさかケンカ?亮さんの話はマジだったのか‥」
蓮は、亮からしばしば聞いていた姉の武勇伝を今回実感し、本当だったかと言って一人頷いた。
雪はなぜいきなり蓮が現れたのか分からず、終始不思議そうな顔をしている。
すると蓮は雪と肩を組み、気楽な調子で話し始めた。
「も~止めようよ!てか姉ちゃんも一緒に行くっしょ?早く行こうぜ~!」
雪は眉を顰めながら、一体なぜここにアンタが居るのよと聞いた。蓮は軽い調子でそれに答える。
「え?俺? 俺は淳さんがご飯ご馳走してくれるって言うから来たんじゃ~ん!
姉ちゃんがくれなかった祝パン!キンカンと俺が付き合うこと、淳さんに話したんだ~」
キンカンも来てる‥と続けようとした蓮だったが、
ふと姉弟は変な空気を察して黙った。切れ長の大きな瞳が四つ、後ろを振り返る。
そこに広がっていたのは、奇妙な光景だった。しんとした空間の中、ギャラリー全員が雪と蓮のことを見ている。
皆不思議そうな顔をして、無言で二人に視線を送っているのだ。
二人はそんな光景の中心で揃って目を丸くした。
”渦中の人”赤山蓮は、今まさに文字通り中心に居る‥。
なんだか怖くなった蓮は、思わず姉にしがみついた。
「ななな何?!何でいきなり皆こっち見んの?!姉ちゃん、この人達俺に何か用かな?!」
「わ、私も分かんない‥。皆、何で見てんの?」
ギャラリーがざわめき始めた。姉ちゃん? 姉ちゃんって? と皆しきりに囁いて顔を見合わせている。
そんな中、目を見開いた柳が淳の肩を興奮気味に叩いて言った。
「えぇ?!あの子が赤山ちゃんの弟?!マジで?!」
それに対し淳は、「うん、どうして?」とキョトンとした表情で答えた。
すると柳は、学科中に響く声でこう言ったのだ。
「どうしてって!清水っちの写真の、あの子の彼氏じゃん!
ってことは、赤山ちゃんの弟と清水っちが付き合ってるってこと?!」
柳のその言葉により、教室中の視線が清水香織に注がれる。
白かった香織の顔が、更に一層青ざめた。
雪も蓮も、何が何やら意味が分からなかった。すると蓮の隣に居た恵が、低く震える声で蓮に問う。
「ちょっと蓮‥これは一体どういう‥」
全く身に覚えの無い疑いを掛けられた蓮の目玉は飛び出した。
蓮は、そこに居る全員に見えるよう自分の本当の彼女の肩に両手を掛け、大声で弁明する。
「どういうことすか!清水っちって誰っすか?!人違いじゃないっすか?!
俺の彼女はここに居ますよ!皆さん変なこと言わないで下さいよ!」
蓮は更に弁明を続けた。自分は初めてここに来たし、あの人が誰なのかも全く知らないと。
蓮は最後に「そうでしょ姉ちゃん?!」と言って、姉に同意を求める。
次第にザワザワと騒がしくなっていく空気の中で、清水香織はブルブルと震え始めていた。
視線は宙を彷徨い、明らかに動揺している。そんな中、直美が香織に声を掛けた。
「香織、これは一体どういうことなの?」
香織は直美と視線を合わせぬまま、「ちち違う‥!あれはただの似てる人で‥」とどもりながら言い張った。
あんたまさか‥と言いながら、直美は香織に訝しげな視線を送る。
雪はつかつかと香織に近寄ると、香織の鞄を奪い携帯電話を探した。
制止しようとする香織を振り切り、強引に画像フォルダを検索する。
そして表示された写真を見て、雪は目を見開いた。蓮は携帯を覗きこむやいなや、大きな声を上げる。
「うえっ?!なんだこりゃ!俺じゃん!」
「‥‥本当にあんたなのね?」
「そうだよ!これ俺の服!アメリカで買った!」
ガタガタと、香織の震えは今や目に見えるほど大きくなっていた。
指の先から血の気が引いていく。
そんな香織の姿を、赤山姉弟はキョトンとした顔で見ていた。言われてみれば二人はそっくりだった。
切れ長の大きな四つの瞳が、その真実を真っ直ぐに映し出す。
目の前が白く歪んで行くのに、香織は目を見開いたまま浅い呼吸を繰り返していた。
嫌な汗が背中を伝う感覚が、スローモーションのようにゆるりと感じられる。
ギリギリまで積まれた砂の城に、大きな嵐が近付いて来ていた。
崩れるのは雪の城か、香織の城か、それとも両者か。
けれどそれを予測することは出来ないのだ。実際に嵐を迎えるまでは‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<砂の城(3)ー渦中の人ー>でした。
柳の「清水っち」呼び、オリジナルで考えてみたんですがなかなかいいんじゃない?と自分では思っていたり‥。^^;
日本語版ではどうなるんですかね~。
さて砂の城シリーズも佳境に入って参りました。
次回は<砂の城(4)ー崩落ー>です。
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その中には無論、青田淳の姿もあった。
女は怖いねぇ、と笑う柳の横で淳は、一人腕時計に目を落とす。
そろそろ”彼”が来る頃だ、と。
瞬きもせず香織を睨み続ける雪に向かって、とうとう香織が口を開いた。
「な‥無いわ!無いわよ!マ、マジで呆れるわ本当!もうこんなこと止めてよ!」
自分に非などないと、香織はそう言って雪に背を向けた。他の子達も「もううんざり」と言って、教室を出て行こうとする。
すると聡美が怒りながら香織を引き止め、雪と香織を中心とする揉め事は更なるゴタゴタへと発展しようとしていた。
そんな中、遂に”彼”が教室に顔を出した。
「我らが淳さん、どっこかな~~?」
渦中の人‥赤山蓮は鼻歌交じりに教室を覗き込んだ。その後ろには恵も居る。
しかし中を窺った蓮はその雰囲気に異変を感じた。何やら誰かが揉めているらしい。
ケンカか?と呟きながら中を見回した蓮は、ギャラリーの中に淳の姿を見つけた。
大きな声でその名前を呼び、恵の手を引っ張って彼の元へと駆け寄る。
「淳さ~ん!俺らメール貰ってすっ飛んで来ました!
めちゃうまな店に連れてって下さるって~!」
淳と蓮が交わした「二人が付き合い始めた記念にご飯を奢る」という約束を、
昨日の今日で実行に移してくれて嬉しい、と蓮は笑って言った。先ほど淳が、その旨のメールを蓮に送ったのだった。
ふと青田先輩の方へ視線を流した直美は、ハッと息を飲んだ。
隣の子の腕を掴み、見覚えのあるあの男の子の方へ指を差す。そして二人はコソコソと会話し始めた。
「ねぇちょっと‥アレ香織の彼氏じゃない?」「え?マジで!さっきの写真の子だ!」
「でしょでしょ?」 「ねぇアンタも見てみて!」
隣の子がその隣の子に伝え、またその隣の子が隣の子に伝え‥。渦中の人、”香織の彼氏”が来たことは、
みるみるギャラリーに伝わって行く。
「ってか香織の彼氏が来たってことは、もっと事が大きくなるんじゃ‥」
「てか青田先輩と知り合いなの?マジで?」
教室の中心で騒ぎを起こしている雪と香織の他に、”香織の彼氏”を発見した直美達の方でも静かな騒ぎが起こっていた。
そんなことなど露ほども知らない蓮は、キョロキョロと辺りを見回しながら口を開く。
「ところで何かあったんすか?何でこんなザワザワ‥」
蓮が耳をそばだてると、ギャラリーの話し声が聞こえて来た。
あれ見てみろよ、ケンカだとよ、今あの二人が言い争ってんだ、と。
そして中心に居る二人を目にした途端、蓮は目を見開いた。
何を考えるより先に、大きな声で叫んでいた。
「姉ちゃん!」
ひときわ大きなその声に、雪と香織は振り返った。雪は目を丸くし、香織は顔面蒼白だ。
蓮は雪の方へ近づくと、ゴキゲンな様子で姉に話し掛けた。
「なんだよ~!一緒の授業だったん?ってか何してんだよ~」
蓮は淳と雪が一緒の授業だったことを知らなかったので、嬉しそうにそう言って微笑んだ。
けれど喧嘩をしていたことには顔を顰め、小さな声でボソボソ言う。
「まさかケンカ?亮さんの話はマジだったのか‥」
蓮は、亮からしばしば聞いていた姉の武勇伝を今回実感し、本当だったかと言って一人頷いた。
雪はなぜいきなり蓮が現れたのか分からず、終始不思議そうな顔をしている。
すると蓮は雪と肩を組み、気楽な調子で話し始めた。
「も~止めようよ!てか姉ちゃんも一緒に行くっしょ?早く行こうぜ~!」
雪は眉を顰めながら、一体なぜここにアンタが居るのよと聞いた。蓮は軽い調子でそれに答える。
「え?俺? 俺は淳さんがご飯ご馳走してくれるって言うから来たんじゃ~ん!
姉ちゃんがくれなかった祝パン!キンカンと俺が付き合うこと、淳さんに話したんだ~」
キンカンも来てる‥と続けようとした蓮だったが、
ふと姉弟は変な空気を察して黙った。切れ長の大きな瞳が四つ、後ろを振り返る。
そこに広がっていたのは、奇妙な光景だった。しんとした空間の中、ギャラリー全員が雪と蓮のことを見ている。
皆不思議そうな顔をして、無言で二人に視線を送っているのだ。
二人はそんな光景の中心で揃って目を丸くした。
”渦中の人”赤山蓮は、今まさに文字通り中心に居る‥。
なんだか怖くなった蓮は、思わず姉にしがみついた。
「ななな何?!何でいきなり皆こっち見んの?!姉ちゃん、この人達俺に何か用かな?!」
「わ、私も分かんない‥。皆、何で見てんの?」
ギャラリーがざわめき始めた。姉ちゃん? 姉ちゃんって? と皆しきりに囁いて顔を見合わせている。
そんな中、目を見開いた柳が淳の肩を興奮気味に叩いて言った。
「えぇ?!あの子が赤山ちゃんの弟?!マジで?!」
それに対し淳は、「うん、どうして?」とキョトンとした表情で答えた。
すると柳は、学科中に響く声でこう言ったのだ。
「どうしてって!清水っちの写真の、あの子の彼氏じゃん!
ってことは、赤山ちゃんの弟と清水っちが付き合ってるってこと?!」
柳のその言葉により、教室中の視線が清水香織に注がれる。
白かった香織の顔が、更に一層青ざめた。
雪も蓮も、何が何やら意味が分からなかった。すると蓮の隣に居た恵が、低く震える声で蓮に問う。
「ちょっと蓮‥これは一体どういう‥」
全く身に覚えの無い疑いを掛けられた蓮の目玉は飛び出した。
蓮は、そこに居る全員に見えるよう自分の本当の彼女の肩に両手を掛け、大声で弁明する。
「どういうことすか!清水っちって誰っすか?!人違いじゃないっすか?!
俺の彼女はここに居ますよ!皆さん変なこと言わないで下さいよ!」
蓮は更に弁明を続けた。自分は初めてここに来たし、あの人が誰なのかも全く知らないと。
蓮は最後に「そうでしょ姉ちゃん?!」と言って、姉に同意を求める。
次第にザワザワと騒がしくなっていく空気の中で、清水香織はブルブルと震え始めていた。
視線は宙を彷徨い、明らかに動揺している。そんな中、直美が香織に声を掛けた。
「香織、これは一体どういうことなの?」
香織は直美と視線を合わせぬまま、「ちち違う‥!あれはただの似てる人で‥」とどもりながら言い張った。
あんたまさか‥と言いながら、直美は香織に訝しげな視線を送る。
雪はつかつかと香織に近寄ると、香織の鞄を奪い携帯電話を探した。
制止しようとする香織を振り切り、強引に画像フォルダを検索する。
そして表示された写真を見て、雪は目を見開いた。蓮は携帯を覗きこむやいなや、大きな声を上げる。
「うえっ?!なんだこりゃ!俺じゃん!」
「‥‥本当にあんたなのね?」
「そうだよ!これ俺の服!アメリカで買った!」
ガタガタと、香織の震えは今や目に見えるほど大きくなっていた。
指の先から血の気が引いていく。
そんな香織の姿を、赤山姉弟はキョトンとした顔で見ていた。言われてみれば二人はそっくりだった。
切れ長の大きな四つの瞳が、その真実を真っ直ぐに映し出す。
目の前が白く歪んで行くのに、香織は目を見開いたまま浅い呼吸を繰り返していた。
嫌な汗が背中を伝う感覚が、スローモーションのようにゆるりと感じられる。
ギリギリまで積まれた砂の城に、大きな嵐が近付いて来ていた。
崩れるのは雪の城か、香織の城か、それとも両者か。
けれどそれを予測することは出来ないのだ。実際に嵐を迎えるまでは‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<砂の城(3)ー渦中の人ー>でした。
柳の「清水っち」呼び、オリジナルで考えてみたんですがなかなかいいんじゃない?と自分では思っていたり‥。^^;
日本語版ではどうなるんですかね~。
さて砂の城シリーズも佳境に入って参りました。
次回は<砂の城(4)ー崩落ー>です。
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