Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

清水香織の事情

2014-02-27 01:00:00 | 雪3年3部(キス未遂~正しさと誤りまで)
清水香織は歩いていた。

一人構内の廊下を。前を向き、口元には少し微笑みを湛えて。



髪型はゆるくかかったパーマに。眼鏡は止めて、コンタクトに。

彼女は自身が望むものを、着々と手に入れていた。



さて、そんな清水香織の昨年の姿はどうだったであろうか。

一年前の同じ場所、彼女は今とはまるきり違う姿で歩いていた。



これが去年の彼女。

ひっつめ髪に、分厚い眼鏡。背を丸め、まるで何かに怯えるような仕草で歩いている。



眼鏡が重いのかそして何か不安なことがあるのか、香織の手は眼鏡とカバンの持ち手を行き来する。

そして俯き加減で歩いている彼女と平井和美が、すれ違いざまに肩をぶつけた。



あらごめんなさい、と和美はまるで悪いと思っていない口調でそう言った。

よく見て歩かなきゃ、と付け加えて。



香織はひたすらビクついたまま、和美が通りすぎるのをチラチラと横目で窺っていた。

あんな子いたっけ? と和美が友人に向かって話す声が聞こえる‥。



そして和美は廊下の先に居る青田先輩を見つけ、声を一オクターブ上げて彼に近づいて行った。

そんな和美を見ながら、香織は心の中で一人呟く。

怖い‥。あの人に目をつけられなくないな。遊び人みたいだし、男好きで‥



いそいそと教室へ急ぐと、香織はふと入り口のところで立ち止まった。

じっと、中に居るその人を見つめる。



そこには、友達に囲まれた彼女の姿があった。

ペンを持ち理知的な表情で、友人からの質問に答えている。




彼女の名は、赤山雪。





彼女は一度も香織の方を見なかったが、香織はずっと彼女のことを見つめ続けていた。




そして見ているうちに、彼女のことを沢山知ることが出来た。

よくイヤホンをして音楽を聴いていること。たまに授業中居眠りをしていること。



次席だけあって、勉強にとても熱心なこと。

教授にもよく質問をしに行って、褒められて帰ってくること。



そして周りの人達が彼女について話しているのも耳にしたことがある。

廊下を歩く彼女の後ろ姿を見て、そのスレンダーな体型でどんな服も着こなしていると同期達は羨ましそうに口にした。



香織は彼女とのすれ違いざま、そのバランスの良い身体とそのファッションを見て息を吐いた。

華美に飾らなくとも、ブランドで固めなくとも、彼女は美しかった。



凛とした横顔が、強く印象に残った‥。






ガヤガヤと教室は学生達の談話する声で騒がしかったが、香織は一人だった。

ふと視線を上げると、キャイキャイと高い声で会話する声が耳に入ってくる。平井和美とその仲間達だ。



話題の中心は化粧品だろうか。コンパクトを持ちながら、楽しそうに話をしている。

続いて香織の視線は彼女の元に流れた。



彼女の友人の伊吹聡美が、新作のアイシャドウパレットを手に彼女らは会話していた。

「雪に似合いそう」と言う聡美に雪は、ベーシックなメイクさえしてれば良い、自分にはそんな高いものは必要無いと言う。



自分とは別世界の人だ、と香織は思う。

飾らなくとも美しい彼女を前にして、羨むよりも香織はまず俯いた‥。






シャーロット・ブロンテ、ジェーン・オースティン‥。

香織の趣味は読書だった。特にイギリス文学を好み、暇さえあれば図書館に通った。



本の中ならば、何になってなることが出来た。

革命の中で愛に生きるジェーン・エアにだって、理不尽な階級社会の中でも運命に屈せず生きる、エリザベス・ベネットにだって。

中でも心酔したのはジェーンだった。彼女は容姿が美しくないにも関わらずヒロインを張り、

激動の時代を自由闊達に生きていく力強い女性だった。



ページを捲る度に心が踊った。

香織の全細胞が本の中の彼女達と、その人生の喜怒哀楽を共にする。



しかしふと我に返ると、言い知れぬ虚しさが心の中に広がった。

表紙を閉じた本は沈黙し、先ほどまで脳裏にありありと浮かんでいたイギリスの風景も消失する。


どう足掻いても逃げられない現実、自分は自分でしかないという残酷な真実。

誤魔化しようの無いその事実に、本を読み終わった後は胸の中が酷く揺れる。



香織は赤山雪のことを思った。

彼女はどこか特別に見えるが、それでも彼女も恋人はおらず、その点では彼女も香織も同じだ。

そんなことを胸の内で呟いて、香織は束の間の安息を得る‥。





廊下を歩いていると、中庭の方で誰かが言い争う声が聞こえた。

香織は身を低くしながら窓ガラスに近寄り、その様子をこっそりと窺い見る。



声の主は、平井和美と赤山雪だった。

彼女は香織の恐れていた平井和美を真っ直ぐ見据え、口論していた。



和美と対等に渡り合う雪の姿は、香織に強烈な印象を与えた。

その姿を格好良くさえ思った。



本を握った手に、力が入った。

その物語の主人公のように、赤山雪は真っ直ぐに立っていた‥。






結局、赤山雪と平井和美の口論は決裂した。

去って行く平井和美の背中を見ながら、諦めたように溜息を吐く雪の横顔に同情した。



大学生にもなって幼稚な喧嘩をふっかける平井和美が、何よりも嫌だった。

香織は本を強く握りしめながら、心の中に残るわだかまりを感じていた‥。






そしてあの事件が起きた。

ある晴れた秋の日のことだった。



香織は見てしまったのだ。

突っ伏している雪のコップに、平井和美が何か入れるのを。



香織は思い悩んだ。

どうすればいい、私は何をすればいい、と自問自答の末、結論を出した。



深く考えるより先に、行動していた。

心臓は早鐘を打ち、手は細かく震えている。自分の中に生まれた小さな炎が、香織を突き動かしていた。






コップをすり替えたことをこっそりと伝えると、彼女は血相を変えて教室を飛び出して行った。

香織は彼女の行く先のことやこれからのことは考えられなかった。ただ、高鳴る鼓動に打ち震える。



香織は全身を震わせながら、口元に笑みを浮かべた。

それは微笑みにしてはあまりにもぎこちなかったが、しかし彼女の心からの笑みだった。

やった‥!やり遂げた‥! か、簡単なことじゃない‥!

平井和美に勝つくらいわけないわ!なんてこと無いじゃない‥! 雪ちゃんも私のお陰で助かった‥!





興奮した彼女は心の中で歓喜した。

自分のお陰で雪が救われたと、何度も何度も自身を褒め称える。


私が助けなかったら今頃恥ずかしい目に合っていたはず‥!

私のお陰よ‥!





私の‥!




香織は鏡に映った自分を眺めながら、暗示にかけるように自己を奮う。


やっぱりやってみることが大事なのよ。

やり始めたことで、もう目的は半分達成しているようなものなんだわ。




努力すれば報われるってこと、頭でなく心で悟ったのよ。それも自らね。


香織の部屋には、山のような書物が散らばっていた。

自己啓発本、理想の自分になる本、研究ノート‥。




鏡の中の自分が、変貌しようとしていた。

香織は口角の上がっていく自分の顔を見ながら、一人心の中で声を上げた。


私は特別な人間なのよ!まだ誰も気づいてないってだけ。

まだ、やり始めてないってだけ‥!





変体前のサナギは、その羽根が開くのを胸を踊らせて待っていた。


それが蝶になるか蛾になるか、分からないまま‥。



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<清水香織の事情>でした。

なぜ香織が雪の真似をするようになったのか。彼女が何を考え、どういう信念を持って行動しているのか‥。

そのプロローグ、といった内容でした。

皆様どうでしたでしょうか^^


自分とは正反対の主人公や雪に惹かれる気持ちは共感出来るんですけどね。憧れて、それに近づきたいと思う気持ちは。

しかしその後が‥。”自分は特別だ”という思い込み(錯覚?)が激しいところが‥。

問題児だなぁ(汗)



次回は<取り残された彼>です。


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