皆さんは覚えているだろうか。
去年雪が、平井和美から嫌がらせを受けていた時のことを。
青田先輩と親しいと勘違いされ、嘘をつかれたりミスプリントを寄越されたり‥。
その時雪は平井和美の後ろ姿に中指を立てた。
F◯ck You!
そしてふと視線を感じて振り向いたのだった。
そこには彼が居た。
ぼんやりとした視線を送りながら、彼女のその姿を目にする青田淳が‥。
‥ということと同じような場面が、今年に入ってまた繰り返されたのだった。
今度の相手は横山だったが‥。
去年と引き続き雪は石になった。
中指を立てた格好のまま‥。
デジャブ‥
雪はアセアセと先輩の方へ駆け寄った。
一体いつからここに居たのかという問いに、彼は「今さっき」と簡潔に答える。
「で、何でそうやってたの?」
彼はストレートに、雪が中指を立てていたことの理由を聞いてきた。
雪は幾分取り乱しながら、ゴニョゴニョと言葉を濁す。
「い、いや‥ただ‥横山の奴にちょいちょいムカついて‥」
そう言って顔を逸らす雪を見て、彼は意地悪く微笑んで首を傾げた。
「ふぅん?」
雪はタジタジしながら言い訳を口にする。
横山とは色々あったから、まぁその‥ゴニョゴニョゴニョ‥。
淳は軽く息を吐くと、彼女に向かって一つ提案した。
「そう?俺が話をつけようか?」
雪は思わぬ彼の発言に幾分驚いたが、すぐに首を横に振った。
先輩がそんなことをする必要は無いと言って。
‥何だかそうしちゃいけないような‥感じ‥
しかし雪が遠慮したのは彼を巻き込む心苦しさからではなく、
彼女の第六感がその提案を受け入れるのを拒否したからだった。
要するに、嫌な予感がしたのだ。
彼が意図を持って意地悪く微笑むのを、雪は去年何度も見てきたのだ‥。
それきり黙り込んだ雪を前に、淳は腕組みをしながら唸るように言った。
「度々イライラさせられるね」
去って行く横山の後ろ姿を眺めながら、「とにかく気をつけて。また何かあったら俺に言って」
と雪に伝え、彼女がそれに頷いた。
「まぁ‥あんな奴に度々神経使ってちゃ、時間がもったいないですよ」
雪は悟ったように、息を吐きながらそう言った。
すると隣の彼はニッコリと微笑んで、彼女の頭をワシャワシャと撫でる。
「そうだね。時間も財産だよ。大切に使わなきゃ」
それは、正しい答えを出した子供を褒めるような仕草だった。
彼は同じ場所に位置する先輩として、彼女があるべき答えに辿り着いたことを褒めたのだ。
そして彼は雪の目の高さまで背を屈め、大切な”時間”をどういう風に使うと良いかを提案した。
「例えば‥俺と昼飯食べるとか!」 「へっ?先輩お昼まだなんですか?」
二人はそのまましばし顔を見合わせた。
お互いが予想外の行動をしていたようだ‥。
雪は先に授業が終わったので、聡美と太一とすでに昼食を済ませたことを話した。
そうだったんだ‥と淳は残念そうに言った後、呟くようにこう口にした。
「俺と食べようよ‥」
先輩であり彼氏である淳にそう言われ、
雪の心にグサッと”リョウシンノカシャク”の矢が幾つも刺さった。
背中にペタッと”恋愛初心者”のレッテルが貼られる。
雪は弁解するように先輩に向かって言葉を紡いだ。
「す、すいません‥違う授業だったから、先輩は柳先輩と一緒に食べるだろうとばかり‥」
「柳は雪ちゃんと食べろって言って、先に行っちゃったんだよ」
「‥‥‥‥」
さすが彼女持ちの柳。
いつもおちゃらけているだけかと思われがちだが、何気に気を使える男なのである。
しかしますます立つ瀬のない雪は二の句を継げないまま、申し訳無さそうに彼の袖を小さく掴んだ。
「次は絶対一緒に食べますから」「次「は」じゃなくて次「から」ー」
タハハ、と雪が頭を掻く。
彼は少し拗ねながら、もう腹ペコだから行こうと彼女を促す。
はいはい、と雪が頷く。
秋風の吹くキャンパスの中を、二人は肩を並べて歩いた。
口にする会話は授業のことや履修のことなど、何気ないことだったけれど。
彼の横を歩く彼女は、ごく自然な表情で微笑んでいた。
一年前は敵対心と悪感情ばかりを抱き続けた、大嫌いだった彼の隣で。
ザワッ、と強い風に緑が揺れた。葉擦れの音が聞こえる。
その風は二人の間にも吹き抜け、彼女の柔らかな髪をたなびかせる。
風は彼のサラサラとした髪も揺らした。前髪が上がり、形の良い額が見える。
二人を真上から照らす日差しの眩しさに、彼は目を細めた。
いい天気、と淳は呟いた。
風に揺れる緑が、日差しを映してキラキラと輝いている。
彼が優しい眼差しで、彼女を見つめる。
彼女は少し照れたような表情で、その視線を僅かに下に流す。
彼が彼女の小さな手を握った。彼女がぎゅっと握り返す。
伝わってくる温かな体温が溶け合うと、一層距離が縮まった。
二人は木漏れ日の中を、手を繋ぎながら歩いた。
黄金色の日差しがキラキラと輝きながら、木々の間から二人に注ぐ。
雪は自然と微笑んでいた。
心の中に温かなものが芽生えゆくのを感じる‥。
そして二人は並木通りを抜けると、様々な科の学生達が行き交う広い道に出た。
お昼休みともあって、道は学生で溢れている。
そして次第に雪の心は変化していった。
握り合う掌に、ジットリと汗をかいていくようだった。
手を繋ぐの、初めてってわけじゃないのに‥何か今更‥
チラッと行き交う人達を窺ってみると、皆こちらを見ている気がした。
ジロジロと人々は、彼、彼女、繋いだ手、と左右上下に視線を動かし、すれ違って行く。
雪はだんだんと緊張していった。
先輩と付き合うことになった日想像していた悪夢を、現実に見ているような気になる‥。
青田と赤山付き合ってるらしーよ。 え?!マジで?!ありえないんだけど!
あれが経営学科の青田の彼女だと。 誰?あの子 何かの間違いじゃね?
違う違うって言っといて結局付き合ってんのかよ‥
いつまで続くことやら? しーっ!
雪は慣れない状況の中、極度の緊張で手足が同時に出るようになってしまった。
しかし隣の彼といえば相変わらずの端麗さで、何も頓着していないようだ。
そんな彼を意識して、雪はより一層ギクシャクしてしまう。
不自然な彼女の行動に、淳が「どうしたの?」と彼女に聞いた。
雪はビクッとしながら、構内をこうやって歩くのは初めてだから、と口にする。
雪は軽く息を吐きながら言った。
「なんだか変に恥ずかしくって‥」
神経過敏な自分の悪い癖だ、じき慣れますよ、と雪は付け加えたが、
それを聞いた淳はキョトンとした顔で問うた。
「ん?何が恥ずかしいの?」
皆に見られることが当たり前の淳は、彼女の言葉の意味が分からなかった。
変に手を振りすぎて歩いていたかと思って、繋いだ手をオーバーに振ってみる。
「こういうこと?」 「それともこう?」
彼の長い腕が、大きな軌道で弧を描く。
雪は彼からされるがままに、その場でブンブンと振り回された。
「いや、こうか?それともこうか?教えてよ」
うわあああ!と雪の叫びが辺りにこだまする。
止めて下さいと必死で口にする雪を見て、彼は心底楽しそうに大口開けて笑った。
「はははは!」
それはどう見ても仲の良いカップルのやり取りで、彼の大きな笑い声に皆が振り返っていく。
そして去年から彼に目を付けていたキノコ頭は、ハンカチを噛み血の涙を流し、悔しがっていた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<木漏れ日の中で>でした。
いや~いいですね!爽やかな回でした。
木漏れ日や秋の風、そして彼と手を繋ぐ感覚‥。
それらを想像してみると、少し俯いて微笑む雪ちゃんの気持ちが分かる気がします。^^
次回は<漠然>です。
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去年雪が、平井和美から嫌がらせを受けていた時のことを。
青田先輩と親しいと勘違いされ、嘘をつかれたりミスプリントを寄越されたり‥。
その時雪は平井和美の後ろ姿に中指を立てた。
F◯ck You!
そしてふと視線を感じて振り向いたのだった。
そこには彼が居た。
ぼんやりとした視線を送りながら、彼女のその姿を目にする青田淳が‥。
‥ということと同じような場面が、今年に入ってまた繰り返されたのだった。
今度の相手は横山だったが‥。
去年と引き続き雪は石になった。
中指を立てた格好のまま‥。
デジャブ‥
雪はアセアセと先輩の方へ駆け寄った。
一体いつからここに居たのかという問いに、彼は「今さっき」と簡潔に答える。
「で、何でそうやってたの?」
彼はストレートに、雪が中指を立てていたことの理由を聞いてきた。
雪は幾分取り乱しながら、ゴニョゴニョと言葉を濁す。
「い、いや‥ただ‥横山の奴にちょいちょいムカついて‥」
そう言って顔を逸らす雪を見て、彼は意地悪く微笑んで首を傾げた。
「ふぅん?」
雪はタジタジしながら言い訳を口にする。
横山とは色々あったから、まぁその‥ゴニョゴニョゴニョ‥。
淳は軽く息を吐くと、彼女に向かって一つ提案した。
「そう?俺が話をつけようか?」
雪は思わぬ彼の発言に幾分驚いたが、すぐに首を横に振った。
先輩がそんなことをする必要は無いと言って。
‥何だかそうしちゃいけないような‥感じ‥
しかし雪が遠慮したのは彼を巻き込む心苦しさからではなく、
彼女の第六感がその提案を受け入れるのを拒否したからだった。
要するに、嫌な予感がしたのだ。
彼が意図を持って意地悪く微笑むのを、雪は去年何度も見てきたのだ‥。
それきり黙り込んだ雪を前に、淳は腕組みをしながら唸るように言った。
「度々イライラさせられるね」
去って行く横山の後ろ姿を眺めながら、「とにかく気をつけて。また何かあったら俺に言って」
と雪に伝え、彼女がそれに頷いた。
「まぁ‥あんな奴に度々神経使ってちゃ、時間がもったいないですよ」
雪は悟ったように、息を吐きながらそう言った。
すると隣の彼はニッコリと微笑んで、彼女の頭をワシャワシャと撫でる。
「そうだね。時間も財産だよ。大切に使わなきゃ」
それは、正しい答えを出した子供を褒めるような仕草だった。
彼は同じ場所に位置する先輩として、彼女があるべき答えに辿り着いたことを褒めたのだ。
そして彼は雪の目の高さまで背を屈め、大切な”時間”をどういう風に使うと良いかを提案した。
「例えば‥俺と昼飯食べるとか!」 「へっ?先輩お昼まだなんですか?」
二人はそのまましばし顔を見合わせた。
お互いが予想外の行動をしていたようだ‥。
雪は先に授業が終わったので、聡美と太一とすでに昼食を済ませたことを話した。
そうだったんだ‥と淳は残念そうに言った後、呟くようにこう口にした。
「俺と食べようよ‥」
先輩であり彼氏である淳にそう言われ、
雪の心にグサッと”リョウシンノカシャク”の矢が幾つも刺さった。
背中にペタッと”恋愛初心者”のレッテルが貼られる。
雪は弁解するように先輩に向かって言葉を紡いだ。
「す、すいません‥違う授業だったから、先輩は柳先輩と一緒に食べるだろうとばかり‥」
「柳は雪ちゃんと食べろって言って、先に行っちゃったんだよ」
「‥‥‥‥」
さすが彼女持ちの柳。
いつもおちゃらけているだけかと思われがちだが、何気に気を使える男なのである。
しかしますます立つ瀬のない雪は二の句を継げないまま、申し訳無さそうに彼の袖を小さく掴んだ。
「次は絶対一緒に食べますから」「次「は」じゃなくて次「から」ー」
タハハ、と雪が頭を掻く。
彼は少し拗ねながら、もう腹ペコだから行こうと彼女を促す。
はいはい、と雪が頷く。
秋風の吹くキャンパスの中を、二人は肩を並べて歩いた。
口にする会話は授業のことや履修のことなど、何気ないことだったけれど。
彼の横を歩く彼女は、ごく自然な表情で微笑んでいた。
一年前は敵対心と悪感情ばかりを抱き続けた、大嫌いだった彼の隣で。
ザワッ、と強い風に緑が揺れた。葉擦れの音が聞こえる。
その風は二人の間にも吹き抜け、彼女の柔らかな髪をたなびかせる。
風は彼のサラサラとした髪も揺らした。前髪が上がり、形の良い額が見える。
二人を真上から照らす日差しの眩しさに、彼は目を細めた。
いい天気、と淳は呟いた。
風に揺れる緑が、日差しを映してキラキラと輝いている。
彼が優しい眼差しで、彼女を見つめる。
彼女は少し照れたような表情で、その視線を僅かに下に流す。
彼が彼女の小さな手を握った。彼女がぎゅっと握り返す。
伝わってくる温かな体温が溶け合うと、一層距離が縮まった。
二人は木漏れ日の中を、手を繋ぎながら歩いた。
黄金色の日差しがキラキラと輝きながら、木々の間から二人に注ぐ。
雪は自然と微笑んでいた。
心の中に温かなものが芽生えゆくのを感じる‥。
そして二人は並木通りを抜けると、様々な科の学生達が行き交う広い道に出た。
お昼休みともあって、道は学生で溢れている。
そして次第に雪の心は変化していった。
握り合う掌に、ジットリと汗をかいていくようだった。
手を繋ぐの、初めてってわけじゃないのに‥何か今更‥
チラッと行き交う人達を窺ってみると、皆こちらを見ている気がした。
ジロジロと人々は、彼、彼女、繋いだ手、と左右上下に視線を動かし、すれ違って行く。
雪はだんだんと緊張していった。
先輩と付き合うことになった日想像していた悪夢を、現実に見ているような気になる‥。
青田と赤山付き合ってるらしーよ。 え?!マジで?!ありえないんだけど!
あれが経営学科の青田の彼女だと。 誰?あの子 何かの間違いじゃね?
違う違うって言っといて結局付き合ってんのかよ‥
いつまで続くことやら? しーっ!
雪は慣れない状況の中、極度の緊張で手足が同時に出るようになってしまった。
しかし隣の彼といえば相変わらずの端麗さで、何も頓着していないようだ。
そんな彼を意識して、雪はより一層ギクシャクしてしまう。
不自然な彼女の行動に、淳が「どうしたの?」と彼女に聞いた。
雪はビクッとしながら、構内をこうやって歩くのは初めてだから、と口にする。
雪は軽く息を吐きながら言った。
「なんだか変に恥ずかしくって‥」
神経過敏な自分の悪い癖だ、じき慣れますよ、と雪は付け加えたが、
それを聞いた淳はキョトンとした顔で問うた。
「ん?何が恥ずかしいの?」
皆に見られることが当たり前の淳は、彼女の言葉の意味が分からなかった。
変に手を振りすぎて歩いていたかと思って、繋いだ手をオーバーに振ってみる。
「こういうこと?」 「それともこう?」
彼の長い腕が、大きな軌道で弧を描く。
雪は彼からされるがままに、その場でブンブンと振り回された。
「いや、こうか?それともこうか?教えてよ」
うわあああ!と雪の叫びが辺りにこだまする。
止めて下さいと必死で口にする雪を見て、彼は心底楽しそうに大口開けて笑った。
「はははは!」
それはどう見ても仲の良いカップルのやり取りで、彼の大きな笑い声に皆が振り返っていく。
そして去年から彼に目を付けていたキノコ頭は、ハンカチを噛み血の涙を流し、悔しがっていた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<木漏れ日の中で>でした。
いや~いいですね!爽やかな回でした。
木漏れ日や秋の風、そして彼と手を繋ぐ感覚‥。
それらを想像してみると、少し俯いて微笑む雪ちゃんの気持ちが分かる気がします。^^
次回は<漠然>です。
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