小西恵は、普段あまり来ることの無い校舎の中を歩いていた。

すると背後からふいに名前を呼ばれた。聞き覚えのある声だ。
「あれぇ!恵ちゃんじゃ~ん!こんなとこで何してんの?!」

雪の先輩の、健太先輩だった。嬉しそうに恵に近付く。
ここで授業があって、と言う恵に、健太は偶然にも自分もここで授業があるんだと言った。

そのまま教室に入ろうとする恵を、健太は大きな声で呼び止めた。
聞きたいことがあるんだと言って。
「最近俺も忙しくて、青田とまともに話すチャンスも無かったんだが、
青田と赤山ってさぁ、上手くいってんの?」

「はい?!」

いきなり切り出された雪と青田先輩の話に、恵は目を丸くした。
しかし健太は話を続ける。
「この前のグルワの時、二人の間にヒヤッとした冷気が漂っててさぁ。
今あの二人喧嘩中なの?何か聞いてる?」

恵が「何の話だかサッパリ‥」と言うと、健太はそんな恵の様子に驚いた。
なぜなら今、二人が付き合ってるという噂で学科中が大騒ぎだからだ。
雪と親しい恵がそのことを知らないということに、健太は大仰なリアクションを取る。
「そんな噂が立ってるっていうのに、二人の雰囲気がどうもおかしいんだよ!」

健太は事情が飲め込めない恵に、詳しい話を聞かせてあげるよと言ってお茶に誘おうとするが、
恵は、彼の目を見てキッパリと断った。
そして正面切って、彼に向かって意見した。
「先輩の学科ではそういう噂が流れてるのかもしれませんけど、
人のプライバシーを勝手に言いふらすのは良くないことだと思います」

言葉を続けようとした恵だが、健太はそれを遮るように口を挟む。
「恵ちゃんはまだ青田について知らないからそんなこと言うんだろうけど、
実のところアイツは女の子に対して‥」

青田淳をdisりながら喋る健太。
恵は彼の言葉を切るように、キッパリとこう言い切った。
「雪ねぇが誰と付き合おうと、あの先輩がどんな人だろうと、
あたしがどうしてあなたからその話を聞かされなきゃならないんですか?」

「どうしたら自分の後輩達のことを他の学科生のあたしに言いふらすことが出来るんですか?
しかも何の根拠も無い話をぬけぬけと‥」
「え?あ、いや‥俺はそういうつもりじゃ‥」

明らかに向けられている非難の目。
健太はタジタジだった。続ける言葉も見当たらない。
恵はそんな彼を残して、「失礼します」と早急に彼の前から立ち去った。
なんでこうなんだよ!こんなはずじゃ‥
教室に入ってからも、健太の不機嫌さはMAXのままだった。
机を叩いたり、前の席にいる佐藤広隆の襟首を引っ張ったりと、周りに多大な迷惑を掛けている‥。


そんな健太の呻き声が響く教室に、赤山雪が登場する。
昨夜も遅くまで課題をしていたので、欠伸を噛み殺して眠たそうだ。
顔を上げると、視線の先に青田先輩が居た。

いつも通り人々に囲まれているが、
その瞳は先日のグループワークの時と明らかに違う。

「おはようございます」

雪が挨拶を口にすると、先輩は「おはよ」と返してくれた。
いつもの笑顔だ。

それから二人は軽く会話を重ねた。
眠そうだねと言う先輩に、欠伸を見られてたのかと照れ笑いをする雪。

その空気は、この前の二人の間に流れるそれとは全く違っていた。
周りの学生達は彼らの冷戦状態が解けて、普段通りになったことをさわさわと囁いている。

雪は先輩との雰囲気に安堵して、一瞬周りの人達の目を忘れた。
「そういえば、昨日は無事帰れましたか?」

あの辺りは道が複雑だから‥と続けた雪だったが、
次の瞬間尋常じゃない教室の雰囲気を察する。

ほぼ全員が、雪たちの方を見ているのだ。
しまったここは教室だったと、雪は口を押さえた。
脳裏には墓穴を掘る自分の姿が浮かぶ。

しかし先輩はその雰囲気を気にせず、彼女に気遣いの言葉を掛けた。
「雪ちゃんこそ昨日遅くなって大丈夫だった?」

取り繕う雪。
先輩は尚も言葉を続ける。
「雪ちゃん家の近くは夜道も結構暗いし、道も狭くて物騒だよな。街灯も少ないし‥」

あまり夜遅くまで出歩かない方がいいよ、と言う先輩に、雪は場を誤魔化すかのような大きな笑い声を上げた。
そして世の中の女の人は皆そうすべきですねと、一般論を掲げて周りに聞こえるように言う。

先輩はそんな雪を見て彼女の意図を察すると、

「そうだね」とだけ言って微笑んだ。
その後教室では、この様子を恵に見せたかったと健太が呻き、

周りの人達は雪にどういうことなのかと詰め寄った。

淳の方でも、柳が詳細を聞きたがった。

夜遅くに家まで送ってやったわけ?とニヤニヤ笑う柳に、淳は「遅くなったからね」と淡々と答える。
同じグループの後輩女子が、本当に雪ちゃんとそういう関係だったんですかと尋ねて来た。

周りの人間はそっと続きを窺っている。
「え?そういう関係って何が?」

淳は答えを濁した。
するとそんな様子に痺れを切らした佐藤広隆が、
無駄口叩いてないでさっさと席に座れと着席を促す。

柳はその頑なさに閉口し、続けて後輩女子と他愛のない話を続けた。
その様子に佐藤は舌打ちし、グループワークに取り掛かろうとした時だった。
「佐藤~!どこ行くんだよ!」 !!!

健太のヘッドロックが炸裂。
その勢いに咽る佐藤に、健太は弱っちいなぁと悪びれない。
「おいお前、最近課題の方は順調に進んでるか?もちろん俺にも見せてくれるよな?」

先ほどよりも幾らか弱いヘッドロックで、健太は佐藤の頭を撫でた。
健太は俺は4年で就活が忙しいんだと言うと、佐藤が僕も4年なんですけどと噛み付く。

しかし健太はもう29歳‥。お前はまだ一年二年留年しても問題ないだろと独自の理論で攻めてくる。
佐藤は苛ついた。
そんな彼の態度など意に介さず、健太は佐藤の持つノートに目を留めた。
どうやらそれは、卒業テストのサブノートのようだ。

健太はノートを手に取ろうと佐藤に近づいた。コピーさせてくれよ、と。
佐藤はそれを腕で抱え込みながら言った。
「これは僕が3ヶ月も前から課題別に整理してきた、苦労の賜物なんです!」

だから貸すことは出来ないと言う佐藤に、健太は「だからいいんじゃないか」と言った。
「一生懸命頑張ったのに、一人で見るだけで終わらせちゃ勿体無いだろ?
俺が存分に使い回してやるよ!」

健太には彼なりの理論があって、佐藤の言葉は彼には届かない。
背を向けた佐藤に対して、健太は先輩がこんなに頼んでるのにひどいじゃないかと言い掛かりをつけ始めた。
どうせ卒業試験は合格か不合格かの評価なので、佐藤自身に被害が出るわけではない。
「青田を見習えってんだ」

健太は青田淳を引き合いに出して話を続けた。
青田はいつも文句一つ言わずにノートを貸してくれるのに、全体首席の成績まで修めている、と。
お前はこんな小さなことに目くじらを立てて器が小さい、と。
呆れたように。馬鹿にしたように。

‥佐藤の堪忍袋の緒が、とうとう切れた。
「だったら青田に貸してもらえばいいだろう!!」


教室は暫し、時が止まったかようにしんとした。
佐藤の大声に、教室中の人間が彼ら二人の方を向いている。
健太が慌てて周りを見回し、誤魔化し笑いをする。

どうしたんだろうと、柳は淳に話しかけた。
淳はその大きな目で佐藤を見ている。

佐藤はその雰囲気と視線の矢に耐え切れず、そのまま何も言わず教室を後にした。

健太と佐藤の騒ぎが終わり、教室は徐々にざわめき始めた。
雪たちのグループも、毎度の二人の喧嘩に呆れ顔だ。

あの二人は喧嘩しない日の方が少ないと、誰かが嘲るように言って、笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<いつもの通りに>でした。
恵が健太先輩にやってくれました。大人しそうに見えますが、ああやって正面切って意見するところを見ると、
彼女は竹を割ったような性格なんでしょうね。
雪と先輩も仲直りしましたね。よく絵を見てみると、周りの人達はいつも淳と雪のことを窺っています。
それだけ注目度の高い二人なのでしょうね~!よっ、首席と次席!
次回は<予想外のランチ>です。
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すると背後からふいに名前を呼ばれた。聞き覚えのある声だ。
「あれぇ!恵ちゃんじゃ~ん!こんなとこで何してんの?!」

雪の先輩の、健太先輩だった。嬉しそうに恵に近付く。
ここで授業があって、と言う恵に、健太は偶然にも自分もここで授業があるんだと言った。

そのまま教室に入ろうとする恵を、健太は大きな声で呼び止めた。
聞きたいことがあるんだと言って。
「最近俺も忙しくて、青田とまともに話すチャンスも無かったんだが、
青田と赤山ってさぁ、上手くいってんの?」

「はい?!」

いきなり切り出された雪と青田先輩の話に、恵は目を丸くした。
しかし健太は話を続ける。
「この前のグルワの時、二人の間にヒヤッとした冷気が漂っててさぁ。
今あの二人喧嘩中なの?何か聞いてる?」

恵が「何の話だかサッパリ‥」と言うと、健太はそんな恵の様子に驚いた。
なぜなら今、二人が付き合ってるという噂で学科中が大騒ぎだからだ。
雪と親しい恵がそのことを知らないということに、健太は大仰なリアクションを取る。
「そんな噂が立ってるっていうのに、二人の雰囲気がどうもおかしいんだよ!」

健太は事情が飲め込めない恵に、詳しい話を聞かせてあげるよと言ってお茶に誘おうとするが、
恵は、彼の目を見てキッパリと断った。
そして正面切って、彼に向かって意見した。
「先輩の学科ではそういう噂が流れてるのかもしれませんけど、
人のプライバシーを勝手に言いふらすのは良くないことだと思います」

言葉を続けようとした恵だが、健太はそれを遮るように口を挟む。
「恵ちゃんはまだ青田について知らないからそんなこと言うんだろうけど、
実のところアイツは女の子に対して‥」

青田淳をdisりながら喋る健太。
恵は彼の言葉を切るように、キッパリとこう言い切った。
「雪ねぇが誰と付き合おうと、あの先輩がどんな人だろうと、
あたしがどうしてあなたからその話を聞かされなきゃならないんですか?」

「どうしたら自分の後輩達のことを他の学科生のあたしに言いふらすことが出来るんですか?
しかも何の根拠も無い話をぬけぬけと‥」
「え?あ、いや‥俺はそういうつもりじゃ‥」

明らかに向けられている非難の目。
健太はタジタジだった。続ける言葉も見当たらない。
恵はそんな彼を残して、「失礼します」と早急に彼の前から立ち去った。
なんでこうなんだよ!こんなはずじゃ‥
教室に入ってからも、健太の不機嫌さはMAXのままだった。
机を叩いたり、前の席にいる佐藤広隆の襟首を引っ張ったりと、周りに多大な迷惑を掛けている‥。


そんな健太の呻き声が響く教室に、赤山雪が登場する。
昨夜も遅くまで課題をしていたので、欠伸を噛み殺して眠たそうだ。
顔を上げると、視線の先に青田先輩が居た。

いつも通り人々に囲まれているが、
その瞳は先日のグループワークの時と明らかに違う。

「おはようございます」

雪が挨拶を口にすると、先輩は「おはよ」と返してくれた。
いつもの笑顔だ。

それから二人は軽く会話を重ねた。
眠そうだねと言う先輩に、欠伸を見られてたのかと照れ笑いをする雪。

その空気は、この前の二人の間に流れるそれとは全く違っていた。
周りの学生達は彼らの冷戦状態が解けて、普段通りになったことをさわさわと囁いている。

雪は先輩との雰囲気に安堵して、一瞬周りの人達の目を忘れた。
「そういえば、昨日は無事帰れましたか?」

あの辺りは道が複雑だから‥と続けた雪だったが、
次の瞬間尋常じゃない教室の雰囲気を察する。

ほぼ全員が、雪たちの方を見ているのだ。
しまったここは教室だったと、雪は口を押さえた。
脳裏には墓穴を掘る自分の姿が浮かぶ。

しかし先輩はその雰囲気を気にせず、彼女に気遣いの言葉を掛けた。
「雪ちゃんこそ昨日遅くなって大丈夫だった?」

取り繕う雪。
先輩は尚も言葉を続ける。
「雪ちゃん家の近くは夜道も結構暗いし、道も狭くて物騒だよな。街灯も少ないし‥」

あまり夜遅くまで出歩かない方がいいよ、と言う先輩に、雪は場を誤魔化すかのような大きな笑い声を上げた。
そして世の中の女の人は皆そうすべきですねと、一般論を掲げて周りに聞こえるように言う。

先輩はそんな雪を見て彼女の意図を察すると、

「そうだね」とだけ言って微笑んだ。
その後教室では、この様子を恵に見せたかったと健太が呻き、

周りの人達は雪にどういうことなのかと詰め寄った。

淳の方でも、柳が詳細を聞きたがった。

夜遅くに家まで送ってやったわけ?とニヤニヤ笑う柳に、淳は「遅くなったからね」と淡々と答える。
同じグループの後輩女子が、本当に雪ちゃんとそういう関係だったんですかと尋ねて来た。

周りの人間はそっと続きを窺っている。
「え?そういう関係って何が?」

淳は答えを濁した。
するとそんな様子に痺れを切らした佐藤広隆が、
無駄口叩いてないでさっさと席に座れと着席を促す。

柳はその頑なさに閉口し、続けて後輩女子と他愛のない話を続けた。
その様子に佐藤は舌打ちし、グループワークに取り掛かろうとした時だった。
「佐藤~!どこ行くんだよ!」 !!!

健太のヘッドロックが炸裂。
その勢いに咽る佐藤に、健太は弱っちいなぁと悪びれない。
「おいお前、最近課題の方は順調に進んでるか?もちろん俺にも見せてくれるよな?」

先ほどよりも幾らか弱いヘッドロックで、健太は佐藤の頭を撫でた。
健太は俺は4年で就活が忙しいんだと言うと、佐藤が僕も4年なんですけどと噛み付く。

しかし健太はもう29歳‥。お前はまだ一年二年留年しても問題ないだろと独自の理論で攻めてくる。
佐藤は苛ついた。
そんな彼の態度など意に介さず、健太は佐藤の持つノートに目を留めた。
どうやらそれは、卒業テストのサブノートのようだ。

健太はノートを手に取ろうと佐藤に近づいた。コピーさせてくれよ、と。
佐藤はそれを腕で抱え込みながら言った。
「これは僕が3ヶ月も前から課題別に整理してきた、苦労の賜物なんです!」

だから貸すことは出来ないと言う佐藤に、健太は「だからいいんじゃないか」と言った。
「一生懸命頑張ったのに、一人で見るだけで終わらせちゃ勿体無いだろ?
俺が存分に使い回してやるよ!」

健太には彼なりの理論があって、佐藤の言葉は彼には届かない。
背を向けた佐藤に対して、健太は先輩がこんなに頼んでるのにひどいじゃないかと言い掛かりをつけ始めた。
どうせ卒業試験は合格か不合格かの評価なので、佐藤自身に被害が出るわけではない。
「青田を見習えってんだ」

健太は青田淳を引き合いに出して話を続けた。
青田はいつも文句一つ言わずにノートを貸してくれるのに、全体首席の成績まで修めている、と。
お前はこんな小さなことに目くじらを立てて器が小さい、と。
呆れたように。馬鹿にしたように。

‥佐藤の堪忍袋の緒が、とうとう切れた。
「だったら青田に貸してもらえばいいだろう!!」


教室は暫し、時が止まったかようにしんとした。
佐藤の大声に、教室中の人間が彼ら二人の方を向いている。
健太が慌てて周りを見回し、誤魔化し笑いをする。

どうしたんだろうと、柳は淳に話しかけた。
淳はその大きな目で佐藤を見ている。

佐藤はその雰囲気と視線の矢に耐え切れず、そのまま何も言わず教室を後にした。

健太と佐藤の騒ぎが終わり、教室は徐々にざわめき始めた。
雪たちのグループも、毎度の二人の喧嘩に呆れ顔だ。

あの二人は喧嘩しない日の方が少ないと、誰かが嘲るように言って、笑った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<いつもの通りに>でした。
恵が健太先輩にやってくれました。大人しそうに見えますが、ああやって正面切って意見するところを見ると、
彼女は竹を割ったような性格なんでしょうね。
雪と先輩も仲直りしましたね。よく絵を見てみると、周りの人達はいつも淳と雪のことを窺っています。
それだけ注目度の高い二人なのでしょうね~!よっ、首席と次席!
次回は<予想外のランチ>です。
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