青田淳は赤山雪の帰りを待っていた。
以前この辺りで車から彼女を降ろしたことを思い出し、ここに佇んで随分と時間が立った。
苛立ちのあまり河村亮に電話を掛け、その行動と生活態度に苦言を呈したが、
却ってそれは淳の心を波立たせた。
もう待っていても仕方がない。
淳は車の解錠キーを押す。
すると路地の方から、女の嘆くような声が聞こえた。
振り返ると、ボロボロになった彼女が歩いている。
手にはヒールの折れたパンプスをぶら下げ、裸足の足元は土で汚れていた。
雪は深い溜息を吐く。早く帰ってお風呂に入りたいと呟きながら。
下を向いて歩いていた彼女は、見覚えのある革靴がそこにあるのに気がついた。
雪が顔を上げると、誰かが目の前に立っている。
青田淳。
予想だにしない人物の登場に、雪は目を見開いた。
「へっ?先輩??」
淳もまた驚いていた。
数時間前に会った彼女の姿とは、まるで違っていたからだ。
雪は先ほどレストランで会った”青田淳の友達”について報告しようとしたが、淳がその言葉を遮った。
「どうして裸足なの?」
そう言われて、雪は自分の足元に目をやった。
裸足もそうだが、言われてみると今の格好もありえない‥。
恥じるような雪を前にして、淳はその手にぶら下げられたパンプスを持ち、彼女の腕を取った。
「送ってくよ」
淳は、靴を貸そうにも自分のでは大きすぎるので、
急いで帰るのが一番良いと言って、その手を引く。
暗く狭い路地に、革靴と裸足の足音がなんとも奇妙に響いていた。
その間も、先輩は何も喋らない。
雪はなんとも気まずい空気を感じていた。
チラリと見た彼の横顔は、不機嫌そのものだ。
雪は空気を変えようと、「この近くに何か用でもあったんですか?」と切り出した。
先輩は一瞬雪の方を見たが、すぐまた前を向いてしまった。
「電話、繋がらないから‥」
彼は、「一緒に映画を観に行った帰り、この辺りで降ろしたことを思い出したから」と言った。
まさか本当に会えるとは思ってもみなかったと続ける彼に、雪は困惑した。
彼が自分に会いに来たということが、信じられなかったからだ。
何か急用でもあったのか、課題のことか‥と質問しようとする雪の言葉を、先輩は途中で遮った。
「ずっと考えてたんだ。今日‥今日雪ちゃんが俺に‥」
先輩は、その続きを言わなかった。
その代わりに、最近雪が彼に対して気楽に接し、楽しそうに話してくれるようになったと思っていると彼は言った。
雪と彼との距離は縮み、二人の仲もそれなりに深まって来たと思っていたと。
けれど‥。
彼はその氷のような横顔で、ポツリとこう言った。
「雪ちゃんも、理由があったんだね」
雪は咄嗟に、「そんなんじゃ‥」と否定した。
しかし脳裏に恵の顔が思い浮かんで、その否定を続けることが出来なくなった。
「め、恵のことなら‥今日はあんな形になっちゃったんですけど‥そのことでしたら‥」
しどろもどろになった雪の弁解に、先輩は「否定しないんだね」と止めを刺した‥。
気まずいまま二人は、雪の家の前に到着した。
それじゃ、と言って去ろうとする先輩に、雪は咄嗟に声を掛ける。
しかし振り返った彼の横顔は、最近の彼のそれとは違い、冷ややかだった。
そして彼は振り返ることなく、呟くようにこう言った。
「君と一度食事することが、こんなにも大変なことなんてな」
カツカツと、革靴は高らかな足音を響かせながら遠ざかって行く。
雪はその後姿を、複雑な思いを抱えながら見つめていた。
その背中が小さくなるまで、その足音が聞こえなくなるまで‥。
同じ頃、亮は拾った携帯をポケットから出して眺めていた。
レストランで、淳の女が座っていた席に残されていたものだ。
どう見ても型の古いそれは、売っても金にはならなそうだった。
届けに行ってあの女から謝礼費でも貰おう、と亮は電源の切れた携帯をオンにする。
すると着信画面に、”不在着信七件”という表示が光った。
こいつも借金背負ってやがるのか‥と亮は何気なくその履歴を見る。
「ん?」
その履歴には、見覚えのある名前と番号が表示されていた。
”青田淳010ーXXXX”
青田淳の不在着信は四件もあった。
亮はそのままメール受信にある青田淳のメールを開く。
”気持ちは大分落ち着いた?元気だせよ!それじゃ又後で授業でな。”
”うん、プリントは俺がもらっといたよ^^”
”雪ちゃん、映画だけど午後のでも平気?”
その親しげなメールの数々に続けて、亮は写真フォルダを開いた。
亮の目に飛び込んできたのは、仲睦まじ気な二人の写メ。
にこやかな淳の笑顔を見て、亮は思わず叫んだ。
「ぎょええっ!なんじゃこりゃ!!」
しばし転げ回った亮だったが、しばらくすると冷静になってきた。
腕組みをして顎に手を置き、探偵宜しく今の状況を整理してみた。
淳の奴がヘラヘラいい顔しながら良くしてやってたのに、
あの女は「何の関係でもない」と言って、合コンに出た‥。
合コンに出たということは、彼女が淳のことを何とも思っていないということだ。
すると彼女の言い分は事実だったいうことで‥。
「なるほどねーん」
真実が一本の線に繋がった。
するとこれからのシナリオが、自然と見えてくるようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<誤解>でした。
あちゃー、先輩拗ねちゃいましたね。
雪が先輩に気がついて目を丸くしているコマ、日本語版では「幽霊?」と言っていますが、
本家版では「ターミネーター?」と言っています。
ダダンダンダダン、とあのテーマが聞こえてきそうですね! ^^
次回は<弁解>です。
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以前この辺りで車から彼女を降ろしたことを思い出し、ここに佇んで随分と時間が立った。
苛立ちのあまり河村亮に電話を掛け、その行動と生活態度に苦言を呈したが、
却ってそれは淳の心を波立たせた。
もう待っていても仕方がない。
淳は車の解錠キーを押す。
すると路地の方から、女の嘆くような声が聞こえた。
振り返ると、ボロボロになった彼女が歩いている。
手にはヒールの折れたパンプスをぶら下げ、裸足の足元は土で汚れていた。
雪は深い溜息を吐く。早く帰ってお風呂に入りたいと呟きながら。
下を向いて歩いていた彼女は、見覚えのある革靴がそこにあるのに気がついた。
雪が顔を上げると、誰かが目の前に立っている。
青田淳。
予想だにしない人物の登場に、雪は目を見開いた。
「へっ?先輩??」
淳もまた驚いていた。
数時間前に会った彼女の姿とは、まるで違っていたからだ。
雪は先ほどレストランで会った”青田淳の友達”について報告しようとしたが、淳がその言葉を遮った。
「どうして裸足なの?」
そう言われて、雪は自分の足元に目をやった。
裸足もそうだが、言われてみると今の格好もありえない‥。
恥じるような雪を前にして、淳はその手にぶら下げられたパンプスを持ち、彼女の腕を取った。
「送ってくよ」
淳は、靴を貸そうにも自分のでは大きすぎるので、
急いで帰るのが一番良いと言って、その手を引く。
暗く狭い路地に、革靴と裸足の足音がなんとも奇妙に響いていた。
その間も、先輩は何も喋らない。
雪はなんとも気まずい空気を感じていた。
チラリと見た彼の横顔は、不機嫌そのものだ。
雪は空気を変えようと、「この近くに何か用でもあったんですか?」と切り出した。
先輩は一瞬雪の方を見たが、すぐまた前を向いてしまった。
「電話、繋がらないから‥」
彼は、「一緒に映画を観に行った帰り、この辺りで降ろしたことを思い出したから」と言った。
まさか本当に会えるとは思ってもみなかったと続ける彼に、雪は困惑した。
彼が自分に会いに来たということが、信じられなかったからだ。
何か急用でもあったのか、課題のことか‥と質問しようとする雪の言葉を、先輩は途中で遮った。
「ずっと考えてたんだ。今日‥今日雪ちゃんが俺に‥」
先輩は、その続きを言わなかった。
その代わりに、最近雪が彼に対して気楽に接し、楽しそうに話してくれるようになったと思っていると彼は言った。
雪と彼との距離は縮み、二人の仲もそれなりに深まって来たと思っていたと。
けれど‥。
彼はその氷のような横顔で、ポツリとこう言った。
「雪ちゃんも、理由があったんだね」
雪は咄嗟に、「そんなんじゃ‥」と否定した。
しかし脳裏に恵の顔が思い浮かんで、その否定を続けることが出来なくなった。
「め、恵のことなら‥今日はあんな形になっちゃったんですけど‥そのことでしたら‥」
しどろもどろになった雪の弁解に、先輩は「否定しないんだね」と止めを刺した‥。
気まずいまま二人は、雪の家の前に到着した。
それじゃ、と言って去ろうとする先輩に、雪は咄嗟に声を掛ける。
しかし振り返った彼の横顔は、最近の彼のそれとは違い、冷ややかだった。
そして彼は振り返ることなく、呟くようにこう言った。
「君と一度食事することが、こんなにも大変なことなんてな」
カツカツと、革靴は高らかな足音を響かせながら遠ざかって行く。
雪はその後姿を、複雑な思いを抱えながら見つめていた。
その背中が小さくなるまで、その足音が聞こえなくなるまで‥。
同じ頃、亮は拾った携帯をポケットから出して眺めていた。
レストランで、淳の女が座っていた席に残されていたものだ。
どう見ても型の古いそれは、売っても金にはならなそうだった。
届けに行ってあの女から謝礼費でも貰おう、と亮は電源の切れた携帯をオンにする。
すると着信画面に、”不在着信七件”という表示が光った。
こいつも借金背負ってやがるのか‥と亮は何気なくその履歴を見る。
「ん?」
その履歴には、見覚えのある名前と番号が表示されていた。
”青田淳010ーXXXX”
青田淳の不在着信は四件もあった。
亮はそのままメール受信にある青田淳のメールを開く。
”気持ちは大分落ち着いた?元気だせよ!それじゃ又後で授業でな。”
”うん、プリントは俺がもらっといたよ^^”
”雪ちゃん、映画だけど午後のでも平気?”
その親しげなメールの数々に続けて、亮は写真フォルダを開いた。
亮の目に飛び込んできたのは、仲睦まじ気な二人の写メ。
にこやかな淳の笑顔を見て、亮は思わず叫んだ。
「ぎょええっ!なんじゃこりゃ!!」
しばし転げ回った亮だったが、しばらくすると冷静になってきた。
腕組みをして顎に手を置き、探偵宜しく今の状況を整理してみた。
淳の奴がヘラヘラいい顔しながら良くしてやってたのに、
あの女は「何の関係でもない」と言って、合コンに出た‥。
合コンに出たということは、彼女が淳のことを何とも思っていないということだ。
すると彼女の言い分は事実だったいうことで‥。
「なるほどねーん」
真実が一本の線に繋がった。
するとこれからのシナリオが、自然と見えてくるようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<誤解>でした。
あちゃー、先輩拗ねちゃいましたね。
雪が先輩に気がついて目を丸くしているコマ、日本語版では「幽霊?」と言っていますが、
本家版では「ターミネーター?」と言っています。
ダダンダンダダン、とあのテーマが聞こえてきそうですね! ^^
次回は<弁解>です。
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