
雪は先輩に座って待ってて下さいと言うと、ポップコーンを買う列に並んだ。
ポップコーンの他に何か買った方がいいかな、でもそれだと逆に恩着せがましいかな‥

色々と考えながら、先輩の座っている辺りを見やった。

一人大人しく座っている先輩を、周りの人達は皆振り返ってチラ見していく。

先輩は雪を待つ間、ボンヤリしたり瞳を閉じたりして座っていた。


彼の近くに座っているカップルの、女性のほうがチラチラ淳の方を見ているので、彼氏の方は苛立っていたりした。
淳が気がついてそちらに振り向くと、彼の端麗さにカップルは二人共押し黙る。

雪はそんな先輩の周りで起こる出来事を、遠くからみつめていた。

あの人にとってはあれが普通なんだろうか。
自分にとっては現実味の無い出来事も、彼にとってはいつもの風景なのだ‥。

あの疲れて見える彼の表情。
雪は、それをいつか見たような気がした。
現実味が無いのは、今のこの状況もまたそうだった。
あんな先輩と映画を観に来るということ自体が、どこかリアルに欠けていた。

先輩は自分の方を窺っている雪に気がつくと、

ニッコリと微笑んだ。

そして雪も、つられて笑った。


キャラメルポップコーンとコーラ二つ持った雪を、手伝いに先輩が駆け寄った。
時計はもう開演時間を指していたので、そのまま二人は映画館の方へ歩いて行く。

雪は先ほどから気になっていた疑問を先輩にぶつけた。
「先輩、今日はなんだかボンヤリしてますね」

それを聞いた先輩は、「さっきゲームに集中しすぎちゃったからかな」と答えたが、
雪は「最初会った時からずっと疲れてるように見えるんですが‥」と続ける。

観念した先輩が唸った。
実は昨日乗り気のしない飲み会に無理矢理参加させられ、しこたま酒を飲まされたらしい。
未だに胃がキリキリする、と言うところを見ると、あの気だるさは二日酔いから来ていたらしかった。

見破られたことに対して、先輩は「恥ずかしいな」と言った。
雪は「なんか微妙に変だと思ったんです」と言って頭を掻く。
すると彼はこう言った。
「やっぱり鋭いね」

何気なく言った先輩の一言に、雪は少し引っかかった。
先輩は続けて「俺は結構鈍いからなぁ」ということを言って、さっきもちょっともどかしかったろうと謝った。
あの噛み合わなさを、彼もボンヤリとした頭の傍らで自覚していたのだろう。

クーポンを知らないとか、ハイタッチをしたことがないとか、そんなことは問題じゃないと雪は言った。
人それぞれ過ごしてきた時間や経験したことなど違うのだから、どうか気にしないで下さいと。
「人と人って、ある程度付き合ってみてこそ分かり合えるんだと思うんです。
最初から気が合う人なんていませんよ」


「そうかな?」と言う先輩に、「そうですよ」と雪が返す。
雪は、今でこそ大親友の聡美と自分だって最初はそんなんじゃ‥と言おうとしたが、
最初から気が合ったことを思い出して二の句を継げなくなった‥。

挙句しどろもどろになり、そういう人も居ればそうじゃない人も居る‥世の中色々人それぞれだと、
結論はどこに帰結するのかよく分からないまま尻すぼみになってしまった‥。

先輩はそんな雪を見て、「プハハハ!」と無邪気に笑う。

そんなに笑わなくても‥と言う雪に、だって面白いんだもんと笑う先輩。

雪はむず痒いような、変な気分だった‥。

映画が始まる前、先輩が雪に向かって言った。
「雪ちゃん、もしも俺が寝てたら起こしてな?一応課題だし」

「はい!任せて下さい!」

二日酔いの先輩に対して、後輩は元気よく返事をした。

映画は始まった。
内容はさすが授業の課題になるだけあって、啓蒙主義や市民革命など、お堅い歴史物である。
つ‥つまらん‥

さっきの威勢はどこへやら‥。
雪は早くも睡魔が襲ってくるのを感じた。

そんな雪の横で、先輩は真剣に画面を観ていた。
眠ることなく、ダレることなく。
そんな彼がふと隣を見ると、雪が舟を漕いでいる。

コックリコックリと、ヨダレを垂らしながらも眠気と戦っている雪を見て、淳は微笑んだ。

しかし見ていると、コックリコックリは段々軌道が大きくなり、
遂にはグラッと頭が落ちそうになった。
「雪ちゃん!」

思わず淳は雪の頭を押さえた。
そのまま逆の手で雪の肩を揺らし、何度か名前を呼ぶ。
すると雪はハッと目を覚ました。
「雪ちゃん、寝ちゃダメだって」

「課題出来なくなるよ」

すぐそこにある彼の顔。
雪は急激に意識が覚醒するのを感じた。
ガタッ!

小さく「ひぃっ」と言いながら、雪は体勢を整えた。
心臓がバクバク音を立てて踊っている。

そんな雪を見て、先輩が「急に話かけたから驚いちゃった?」と気遣った。
雪は超至近距離にあった先輩の顔に未だ動揺していたが、大丈夫ですと小さく答えた。
それ以降、雪は目を血走らせながら画面を食い入るように見た。

ふと隣の先輩を見ると、真剣な表情で観賞している。

さっき眠そうにしてたんじゃなかったっけ‥?

精神力が半端ないのか、課題がかかっているからなのかは定かではないが、
彼は瞬きもせずスクリーンを見つめている。

その端正な横顔に、じっと見つめていた雪は少し顔が赤らむのを感じて、目を逸らした。

集中集中と言い聞かせながら、その後つまらない映画を二人して見続けた。
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<映画の前に(2)>でした。
前回感じたピントのズレ‥。
それを雪は「人それぞれ経験してきたことや過ごしてきた時間は違う」からしょうがないと言いました。
その分、「ある程度付き合ってみてこそ分かり合うことが出来る」と。
価値観が違う相手でも共有する時間や経験を増やしていくことで分かり合うことが出来る‥。
雪のこの考え方は、すごく前向きで良いですね。
次回は<帰京の知らせ>です!
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