もう日も沈みかけた頃、雪は一人校舎の前で佇んでいた。
青田先輩の授業が終わるのを待っているのだ。
先ほど”今日は先に帰ってて”と太一にメールも送った。
明日の空き時間は図書館に行って勉強しようか‥明日の朝ごはんは何食べようか‥
取り留めのない事を考えながら、音楽を聴いていた。
♪朝日が眩しい果てしない水平線 キラキラ輝く海に向かって、私は未来を問いかける‥♪
ふと、名前を呼ばれた気がして顔を上げると、青田先輩が目の前に立っていた。
雪はイヤホンを外し、「話したいことがあるんですけど」と遠慮がちに言う。
すると柳先輩がピンと来た顔をして、「んじゃ、俺お先~」と皆を連れて帰って行った。(GJ!)
二人は顔を見合わせた後、中庭のベンチへと移動する。
雪はベンチに座りながらも、ソワソワと落ち着かなかった。
勇気を出して呼び出したものの、なかなか話を切り出せない。
隣に座る先輩も何も言わず、二人の間には暫し沈黙が流れた。
初夏の夜は、虫の声も風の音も聞こえない。
押し黙った雪の横で、ふと先輩が口を開いた。
「さっき‥」 「はい?」
「さっきミーティングの時何かあった?」 「え?」
「いや、何か疲れて見えたから‥」 「ああ‥あれは」
「ただ皆の時間が合わなくて‥」 「ああ‥」
「そっか」
「‥‥‥‥」
会話は途切れ、また沈黙が続く。
ふりだしに戻ってしまった。
雪はしっかりしろ!と自分を鼓舞すると、
意を決して声を出した。
「あの、先輩!」
「すみませんでした」
「先輩の了承も得ずに、勝手に恵と話を進めてしまってごめんなさい」
「‥‥‥‥」
話を続ける雪の言葉を、先輩は静かに聞いていた。
雪は強引に紹介したことは謝るけれど、誤解はしないで欲しい、と続ける。
「恵のことがあるから、先輩と過ごしていたんじゃありません。
最近‥先輩と色々話すようになって、先輩のこと良い人だなって思い始めたんです」
だから恵に先輩のことを勧めたんだと雪は言った。
誤解しないでほしいのは、何か目的があって先輩に近づいたのではないということ。
誰もが始めから、何らかの目的のために対人関係を持つわけではない。
下心や野望、そんな邪なものを持っているなら話は別だが、バカ正直の自分では到底ムリだと雪は言った。
すると先輩は頷きながら、「そうだろうね」と納得していた。
きっと何もかもバレバレだろうね、と付け加えて。
居心地の悪くなった雪は、尚の事言いたいことを強調した。
「ですから私が言いたいのは、人間関係というものは何かを共にすることによって、
自然と親密になっていくということです!」
「何か特別な目的があって先輩に近付いたわけじゃ‥」
そんな雪を、先輩はいつの間にか優しい瞳で見つめていた。
「雪ちゃん」
「俺の方こそごめんな」
彼の予想外の謝罪に、雪は目を見開いた。
そんな雪の前で、先輩はフッと笑う。
「少し戸惑っちゃって‥気がついたらあんな態度取ってたんだ。
雪ちゃんが困ってるのも分かってた」
そう言って下を向く彼は、言葉を選びながらゆっくりと喋る。
彼のそんな姿を、雪は初めて見たような気がした。
「正直俺が‥あまりにも‥」
「ガキみたいで‥」
「情けないよ」と言って恥ずかしそうに頭を掻く彼。
自覚はあるんだな、と雪はその反応を見て思った。
子供っぽい無視や冷たい態度を取ったことを、先輩が認めているということ。
そして今こうして彼は謝ってくれた。
「今回のことはお互い無かったことにしよう」と言う彼の図らいに、雪は頷いた。
その横顔を見ながら、雪はなんだか拍子抜けする思いだ。
去年までは傲慢で堅苦しい人だとばかり思ってたけど‥こういう素直な面もあったんだ‥
二人を包む穏やかな空気に雪は安堵し、口元には自然に笑みが戻っていた‥。
気がつけば、時計は夜十時を指していた。既にとっぷりと日は暮れている。
「遅くなっちゃったね」
そう言って時計を仰ぎ見る先輩に、雪は自分が呼び止めたせいで遅くなってしまったと詫びた。
しかし先輩は「いや、そういう意味じゃなくて」と前置きしてから、雪にこう申し出る。
「行こう。送るよ」 「!」
当然のようにそうスマートに言う先輩に、雪は幾分戸惑った。
人に甘える癖のない雪は、そういう展開にあまり免疫が無いのだ。
「いや、あの先輩も忙しいでしょうし‥
私なら大学の近くに部屋借りてるんで、気を遣って頂かなくても‥」
けれど先輩は「自分のせいで長く待たせちゃったから」と譲らない。
「それに女の子が夜道を一人で歩いたら危ないだろ。行こう」
雪は女の子扱いされたことに照れながらも、まだ渋っていた。
先輩はそんな雪を見て、穏やかに言う。
「夕飯食べに行こうとか言わないから。心配しないで」
行こう、と言うと彼はそのまま歩いて行った。
そういう意味で拒んでいたんじゃなかったのだが‥。
雪は複雑な気分で、先輩の後に続いた。
家の前まで送ってもらうと、
先輩は「おやすみ」と言ってすぐに来た道を戻って行った。
雪は、そんな彼の後ろ姿に声を掛ける。
「あの、先輩!」
「期末テスト終わったら、ディナーご馳走させて下さい!」
もちろん高いやつで!と雪は言った。
そんな彼女に、淳は訝しげに返す。
「いくらくらい?」
雪は咄嗟のことで頭がついて行かなかったが、自分の思う”高いやつ”の値段を適当に口に出す。
「ひ、一人1500円くらい?2000円?2500円?‥3000円!!」
先輩が何も言わないので、どんどん値段が釣り上がって行く。
「どのくらいなら満足していただけるでしょうか?」とオロオロした雪に、
先輩は吹き出した。
「プハハハハ!」
先輩の笑いはなかなか止まらない。お腹まで抱えて笑う彼に、雪は困惑した。
「冗談言わないで下さいよ。太一じゃあるまいし‥」
ようやく笑いの治まった先輩は、「約束な」と微笑んだ。
二人は今度こそ別れ、雪は小さくなっていく先輩の後ろ姿を見送った。
そんなに一緒に御飯食べたいなら、食べてやろうじゃないの
雪は前回、家の前で淋しげに去って行った先輩の後ろ姿を思い出した。
君とご飯を一緒に食べることがこんなにも大変だなんて、と言った彼。
その願いを叶えてやろうじゃないのと、雪は一人ニヤリと笑った。
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<和解>でした。
雪が先輩を待っている間に聞いていた歌はこちらです↓
ドッジ弾平 韓国語版主題歌
まさかのアニソン‥!
しかしなかなか良い曲だそうで、大人でもカラオケで歌う人がわりといるそうです。
先輩と雪がようやく仲直りをしましたね!
拗ねたことを自覚している先輩は幾らか意外でしたが、
やっぱり雪は特別なんでしょうねぇ。
次回は<遭遇>です!
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