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食いしん坊夫婦の日記

日々楽しかった事や美味しかったものなどを紹介していく日記です!
簡単な家庭料理もやってます☆

日曜日のスーパーは・・・かなり辛いです

2011年03月28日 | 日記
3月28日 (月)


また新しい一週間が始まりましたね

最近は仕事へ向う車の中で ぼーっと考え事をしたい時と 音楽が聴きたい時があります
今日は音楽が聴きたかった

嵐のベストアルバムを聴いていると4曲目の「台風ジェネレーション」と言う曲に引っかかりました
歌詞が胸にグングンぶつかってくるのです

「じゃあ行って来るよ

    あっ お別れじゃないからね!

                また会えるよ」


最初にそのような歌詞でした・・・

何だかナマステが私に残してくれた言葉のような気がして・・・

曲を聴いているうちに、遠い昔、私が20歳の時の遠距離恋愛時代のワンシーンもよみがえってきました

お別れの時に私が電車に乗り込み、ナマステが窓の外にたって少し笑顔を浮かべて発車するまで見送ってくれた
電車が発車して笑顔が見えなくなると涙がこぼれて悲しくなった

あの時の優しい顔、もう28年前の事なのに覚えてる


「あの時電話で君に別れを告げた」


この歌詞も胸に突き刺さりました

いつか仕事からの帰り道、もう少しで家に着くっていう頃に突然携帯が鳴った

「ただ母さんの声が聞きたくなっただけだよ」

その後一週間もたたないうちに 死んでしまったんだよね


いつか病院の外まで見送りに来てくれて「ありがとう」って満面の笑みを浮かべてはっきりした声で言ってくれたよね
そして身を乗り出して私の車が見えなくなるまで手を振ってくれた

思い起こせば、色んな場面であなたは私に別れを告げていたんだね
自分はもうすぐこの世から居なくなる、そんな予感をきっと誰よりも強く感じとっていたんだね
あの頃・・・
一体、毎日どんな思いでいたんだろう
家族大好きだった父さん  家族と離れて、毎夜、どんな思いで一人ぼっちでベットに横たわっていたんだろう
悩みがたくさんあっただろうに・・・

そんな事を思ってるうちに涙が溢れ出しそうで
「いかん、これから仕事へ行くのに!」 とグッとこらえました



昨日は夕方から長女に牡蠣がたくさん詰まったお弁当を届けました

長女が勤めているパソコン教室は大きなスーパーの中に入っています
仕事が終わるまで、その中のスーパーで食器などを見ていたのです

すると・・・

ふと気付くと、回りはご夫婦だらけ

後ろで食器を眺めている女性がいる
棚に隠れて頭しか見えないからもしかして一人??

いや、横にご主人がいた

何だか一変に寂しくなっちゃった

どこを見ても日曜のスーパーは年を重ねた貫禄のあるご夫婦だらけ
今更ながら あなたの存在に気付かされたよ

私達もよく一緒に買い物したね
とっても楽しかった

一緒にお手洗いへ行って出てくると、ナマステが外で待っていた
探せばどこかに居た
姿を見つけるだけで心強かった

いつも頼りない私をしっかりガードしてくれていたものね

大きなものを失ってしまった
一人になったんだ・・・

ずっと夫婦で居れば時には喧嘩したり、良い事ばかりじゃなくて、腹も立ったりするけれど

色んな後始末を私や子供に押し付けて一人どこかへ行ってしまって歯がゆいけど・・・

やっぱり次の瞬間は   良い想い出だけを残して行ってしまったね
良い事ばかりが浮かんできて・・・ 辛いな~   寂しいな~


今日は胸の内をブログに吐き出してしまいたかった
朝から、今日は投稿しようと決めていた

こんな悲しみをこれからいくつも乗越えて生きていかなければならないんだな
あ~ 暫くは日曜のスーパーは辛くなるかもしれないからやめとこ


こんな事を聞いてくれて有難う  ごめんなさいね



長女の仕事が終わって、ふと食べたくなったカレーに誘うと
腹ペコの長女も うんうん!!と二つ返事でカレー屋に付き合ってくれました

職場の近くにあるインドの方が経営なさってる 美味しくて癖になりそうな カレー屋さん
もう5回くらいは通ったな

最近では、ナンピザ ナンサンドがお気に入りです

昨日もナンサンドとチキンカレーと巨大なナン
タンドリーチキン、サモサ、サラダが乗ったセットを注文して 二人でたらふく頂きました
カメラを持って行ってなかったので画像が載せられなくて残念です

とにかく腹いっぱいに食べたわ~


やはり娘はいいですね 


また食べに行こうね~と約束して分かれました

お弁当は旦那さんの晩御飯にするそうです


今日は職場でお姉さんに(時々登場するけど、職場の大好きなお姉さん的存在の大先輩)最近ハマッてる一品を教えて貰いました
 
小松菜のじゃこ炒めカリカリ油揚げ乗せ



材料は今、安くなっている小松菜、じゃこ、油揚げ

フライパンに油を熱して、本当はニンニクを炒めるんだけど次の日の仕事に差し障りがあるので
私は代わりに生姜を炒めました
そこへ、ざく切りにした小松菜とじゃこを入れて炒めます

少し、歯ざわりが残る程度に炒めたら、味付けは みりん 酒 醤油

お皿に盛って上からグリルで焼いてカリカリにしておいた油揚げをトッピングするだけ

小松菜のほろ苦さとカリカリの油揚げ
これを食べると気分はかなり春です


今日は仕事から帰って料理はせずに残り物を食べようと思ってたんだけど
これを作るついでに残った牡蠣フライなどで丼ぶりを作って食べる事にしました


贅沢な牡蠣三昧丼です

フライパンに水、だしの素、砂糖、醤油を入れて、青ネギを入れて煮ます
本当は玉ねぎでもいいけど、私はネギが大好きなので

ネギの煮えるこの匂いが何とも、食をそそるわ~

少し煮つまってきたら、牡蠣フライと牡蠣の天麩羅と山芋の天麩羅を並べて
小松菜の料理で残ったカリカリの油揚げも入れて
溶き卵を流します

フタをして卵とじ丼に



やっぱ~ 牡蠣丼は最高です

しかも下のご飯は白ご飯ではなく、残り物の牡蠣ご飯です

ダブル牡蠣丼



これは 申し訳ないけど、かなり美味しいです

是非、一度お試し下さい

極端な話だけど、肉や牡蠣の代わりにカリカリ油揚げだけを入れても美味しいと思います


今日は私のほんと、愚痴交じりのような胸の内を聞いてもらいましたね
ゴメンナサイね・・・

いつもは居るのが当たり前で気付かないと思うけど、やっぱり夫婦ってどちらが欠けてもいけません
寂しいです

どんなに喧嘩する夫婦だって・・やはり本当にこの世に居なくなるとポッカリと穴が開いたよう
中にはよほど、憎しみ合って例外だよ!って方もいるかも??しれないけど、基本、夫婦はフタ付きの丼のような関係だと思ってます
二人で無意識の内に協力して 中の具が冷めないようにしっかり包み込んで、見守ってる
中の具は二人の子供であったり、お互いの弱点であったり、それをしっかりカバーしている


どうぞ相棒の良いところをちょっと思い出して これからも仲良く人生を共に歩いてくださいね
私達の分までよろしくです


明日は、職場のお姉さんと、前に同じ課に居た女性4人で仕事が終わってから食事をする予定です
何でも私に元気になってもらいたいから・・・だそうです
でも職場に居る間はもうすっかり笑顔でいます

ここ何年、職場の人間関係に本当に恵まれています
それだけでもどんなにか救われています

ブログでお話する方々も本当に暖かい方ばかりで・・・
頭の下がる思いです

これからも頑張って明るく生きていきますね

どうぞお導きよろしくお願いします


私も少しでも多くの方に元気を発信出来たら良いな!と思っています
一度しかない人生、「今日と言う日は残された日々の最初の一日」
コメント欄にそう打って下さった方がいます
本当にそうだな~と思います

生かされていると言う事に幸せを感じて、大切に過ごして行かなくちゃ
同じ生きるなら少しでも楽しく前向きになれるように・・・

生きていれば良い事ばかりじゃない・・ 困難な事はいっぱい
それでも皆 この世で与えられた使命を持って生まれてきたのだから

頑張りましょう


辛いことも悲しいことも料理をしている時には その時間だけでも不思議と忘れている
そんな私の励みにこれからも応援をよろしくお願いします               

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義父の一周忌

2011年03月26日 | 日記

3月26日 (土)

ここ数日寒い日が続いております
昨日なんて雪が降って真冬に逆戻りしたのかと思った

今日は義父の一周忌でした
義父は昨年の4月の終わりに他界しました、最後は肺ガンでした
亡くなる間際は痛み緩和のためのシップを体中に貼り、殆ど病院のベットで寝たきりでした
日本中に探しても、5人しかいないような異常なまでの頑固で我がまま放題の義父でしたが、亡くなる暫く前からは、いい人に戻っていました

意識もなく寝たきりの姿を見て・・・

「ワシもいずれ、親父みたいになるんかの? ワシの未来の姿じゃの!」

ナマステは時々、そんな言葉を言っていました
去年の今頃は直腸ガンを切り取り、とりあえず落ち着いて普通の生活が出来るので退院していました
まだまだ元気でした

義父は胃ガンから肺がん、ナマステは直腸ガンから肺がん、そして最後は脳への転移による脳からの呼吸停止でした

2月の終わり頃だったかな? 「ワシは死ぬとかどうとかじゃなくて4月頃は、はぁダメかもしれんで!」と義兄に言ったらしいんです
そのせいか、4月に予定していた一周忌を少し早めて3月26日にしていたのです

そして今日がその当日、ナマステはおそらく前の晩から外泊許可を取り
今日の一周忌で皆と同じ時を過ごす事を楽しみにしていました

きっと、皆と会うのは最後になるだろうと本人も覚悟していたはずです

ところがその楽しみにしていた日を迎える事のないままナマステは旅立ってしまいました
せめて、今日まで命を繋げてやりたかったな

実家の近所の方から、ナマステの事を聞きました
薬局の奥さんです
去年の夏に2回、突然店にやって来てホッカイロを買って帰ったそうです
ある時は腹痛を止める薬だったそうです

ホッカイロはナマステの必需品でした!お尻の痛みを少しでも緩和させるため
ガンが再発したときに今度は腸の外側に神経を挟むようにガンが出来ていて、死ぬ直前まで痛みに苦しめられていたのです
夏ごろと言うと義父の初盆に帰った時の事かな。


亡くなる前の最後の日曜日に家で過ごしたナマステを病院へ送り届けるとき、最後のドライブで二人が向かった先は長女夫婦のアパートでした
私が作ったおかずを送って行くついでに届けようと思って
少し雨が降っており暗かったので、道に迷っては困るだろうと気遣ってくれてナマステも一緒について来てくれました

その時に、車の中でふと 「今度調子が良い週末にでも広島市内へ行ってみるか~」
そう私に言ったのです

病気になる前はよく二人で市内のデパ地下巡りや本道りを目的もなくブラブラ歩いたものでした


車ではもう無理だから新幹線で行こうね!と話して私も実現できると良いなと楽しみにしていました
突然、そう提案してくれたナマステの前向きな気持ちもその時は、とても嬉しかったのです

今更ながらに色んな会話が思い出されてきて・・・  どの会話も一生忘れられないと思う



昨日、第三回目の七日法要が終わったけど今、ナマステはどのあたりで何をしてるのだろう?
こちらの事は心配しないでいいから・・・
父さんは向こうの世界でゆっくりと安心して体を楽にして過ごしてね


今日は近くの友達が美味しそうな生もみじ饅頭を持って来てくれました
日替わりでめくれる、何枚も写真が入る写真立ても・・・

家族や孫の写真を入れて毎日眺めて寂しくないようにって


友達が来るし、長女達にも少しおかずを持たせてやろうとまたせっせと台所に立ちました

私の励みになる時間です
誰かに食べてもらうために作る料理は 本当に作り甲斐があり楽しいです


まず最初に作ったのはマカロニ入りのポテトサラダ

この手のサラダ、最近本当に体が欲するわ~ (笑)



マカロニ、ジャガイモ、キュウリ、玉ねぎ、ハム

この余ったサラダを翌日、トーストに挟んで食べるのがこれまた大好き



もやし入りのチャーハンです



マーガリンたっぷり引いたプライパンで、刻んだもやし、ピーマン、卵、ハムを炒めて、ご飯を入れ、
酒をたらして、しっかりほぐしながら炒めます

味付けは塩コショウ、醤油

マーガリンとピーマンの相性がバッチシなんだわ! 何とも言えない良い匂い




かき揚げです




ゆでタケノコ、ピーマン、人参、鶏肉

材料は鶏肉以外は細切りで、もちろん、カリッと揚がる天麩羅粉を使用


このかき揚げをインスタントラーメンの上にトッピングして食べるのがこれまた美味、美味 




毎週金曜日は七日法要でお霊具膳が要るので必ず、煮物を作ります



肉なしの煮物五種と決まっています

今週は、さつま芋、人参、大根、厚揚げ、インゲン これできっちり五種

ちょっと油断していると焦げ付く寸前だったので汁気がない・・・
しかし、さつま芋は甘くて本当に美味しいですな~



このような物を作って、遅いお昼ご飯はランチ風にして一人で味見しながら頂きました



お友達や娘達にはお弁当にして持たせてやりましたよ



明日もう一日、貴重なお休みですが まだやらなくてはならない用事が待っています
長女が生牡蠣を持ってきたので、こちらも料理して届けてやる約束になっています

だから明日も料理を含め、忙しい一日となりそうですよ

寂しいなんて感じてる暇もなさそうです 

 
辛いことも悲しいことも料理をしている時には その時間だけでも不思議と忘れている
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私の励みは家族のために料理する事

2011年03月23日 | 日記
3月23日 (水)


今日も何だか寒い一日でした


昨日は仕事の合間もふと、ナマステの事を考えたり、仕事から帰る時は急に寂しくなって・・・
どの道を走っていても二人の想い出が蘇ってばかり

何で私を置いて死んでしまったのよ~
これからどうやって生きていけばいいのよ

そんな事を一人呟きながら車を走らせて帰りました
熱い涙が流れて止まりませんでした

そんな日もあるよね!と自分に言い聞かせながら・・・

病気が発覚してからナマステと一緒に歩いた1年間、お休みたんびに色んな所へドライブに出かけて
本当に中身の濃い最高に楽しい日々を過ごしました
車の中でも会話は今思い出してもすごく楽しかった

でも、今はその中身の濃い一年間がペシャンコに凝縮されたみたいで
中身の飛んだ薄い本のように思えるのです

今、思い出すのは楽しかったドライブの事より病院の外の自動販売機で缶コーヒーを買いながら一緒に話した事
たわいのない言葉だけど妙に懐かしく、かなり日が経過しているのに つい昨日の事のように声が思い出されて・・
余計でも悲しいのです


今日は昨日ほどは悲しくありません

こんな日がこれから繰り返し、繰り返し、訪れるんだろうな
悲しみが襲ってくるんだろうな・・・


ナマステが入院して一人の生活がもう何ヶ月も続いています
一人の生活にもだいぶ慣れました

平日、私だけの時は料理は全くしないけれど、娘達が帰ってくるとなると話は別です

どんなに落ち込んでいても誰かが帰ってくると聞けば嬉しいものです
そして、私がしてやれる事
やはり美味しい料理を作って食べさせてやる事くらいじゃないかなぁ?

娘達や婿達も喜んで食べてくれます
だからまた私も皆の喜ぶ顔が見たいから張り切って作る  


今日はこの最近に作ってカメラ残しておいた料理を紹介してみようと思います
どうか呆れないでお付き合い下さい 

高野豆腐と芽ひじきの煮物



うちの娘達って 高野豆腐が大好きなんです


先日、長女の旦那さんが沖縄の保存食?である豚味噌を挑戦して作ったようです

味噌の中に酒やみりんやその他の調味料を入れて、豚バラの小さいブロックをその味噌の中に混ぜてあるものでした
何でも半年くらい持つそうなんです

その味噌は白ご飯の上に乗せて食べても普通に美味しい

いつか長女の所へ遊びに行って一緒に焼肉を食べた時にその豚味噌をくれたので
持って帰って、色んな料理の隠し味としても使っています 


その豚味噌を使った豆苗の炒め物

豆苗、人参



ゴマ油で炒めて、味付けは砂糖、醤油、豚味噌

これって何故か?ピーナッツバターが入ってるんじゃないか?って思う感じのコクが出て美味しかった



家で眠っていた安いビビンバの素とナマステがネット懸賞でゲットした牛丼の素を使って
パスタを作りました



和風パスタの出来上がり






鶏手羽肉のドレッシング揚げです

今回はゴマドレッシングを使いました



鶏手羽肉を残ったドレッシングの中に丸一日漬け込んで置きます
そこへ青海苔を入れて混ぜドレッシングを鶏肉により密着させます

ザルに上げて、汁気を取り
片栗粉と小麦粉を混ぜたものをまぶして油でじっくりカラリと揚げます


何とも良い味と食感になるんだわ 



昔から家族の大好きな貝割れのハム巻きです



ハムの上にマヨをちょんと乗せて貝割れを置いてクルクル巻くだけ



アスパラの豚肉巻きフライ



これはいつだったか?三女の旦那さんが迎えに来た時に作ってやったもの



タケノコを長女の旦那さん作の豚味噌で炒めてみました



豚味噌がいい仕事してくれます



カレー風味のポテトサラダ



レンチンしたジャガイモを適当に切り、塩モミして水洗いして固く絞った玉ねぎと
塩もみして絞ったキュウリ、ハムを塩コショウ、砂糖小さじ1杯で和え
さらに、カレー粉を入れて混ぜたものです



金平ごぼう



具の中にさつま揚げの細切りも入れてます

味付けの最後に隠し味としてこれまた豚味噌も少々 



穴子のちらし寿司を作ってみました



中の具は人参、たけのこ、カマボコとシンプルだけど、穴子の刻んだものも加えています



金平牛蒡が残っていたので、ネギ入りの卵焼きの中心にして巻きました



甘くてジューシーで美味しかったですよ 



おろしトンカツです



いつもは出来上がりに貝割れ大根をたっぷりとトッピングするんだけど、今回は茹でたほうれん草を置いて
フタをして強火で1分、煮ました

タレは水、砂糖、醤油、だしの素

ナマステが亡くなる1週間前、最後の外泊の時に食べた料理はおろしトンカツでした

とにかく、私の手料理でおろしトンカツは何回食べても飽きんと言うほど好んで食べてくれていました

亡くなる前に話しは出来なかったけど
最後に、大好きだったおろしトンカツを食べさせてやれた事、本当に良かった
せめてもの救いです
今でもその時に食べてる姿を覚えてるから 思いだすと胸が詰まるけど・・・



またまたある日は鶏手羽肉のドレッシング揚げ



この時は和風醤油ドレッシングの中に漬け込んでおきました

竜田揚げのような口あたりで美味しいです



長芋入り緑のお好み焼き



お友達からネギをたくさん頂いたのでお好焼きにたっぷり入れました
他にもほうれん草を・・・
緑の野菜たっぷりのお好み焼きです

ネギとほうれん草のほかには、小さく切ったコンニャク、紅しょうがを入れています

今回は小麦粉、だしの素、水、山芋で衣を作り材料を入れて混ぜて関西風に焼きました
食感は柔らかくてフワッフワッ 



お好み焼きソースもたっぷりと・・・



そして、まだまだ金平牛蒡が残っていたので
前の晩にまた卵焼きの中心にして巻いて今日のお弁当にも入れました




ちょっと牛蒡がツンツンはみ出てるところが気になりますが・・・ 



と言う訳で駆け足で ここ最近の料理を並べてみました




私の元気の素はきっと料理をする事にもあります

色んな食材を使って家族のために料理をして食べさせてあげること
作ってるときは不思議と悲しいことも忘れることが出来ます

ただ皆に喜んで欲しいから心を込めて作るのです



さぁ、今週は明日行けば、次の日は7日法要の第3回目があるのでまたお昼から帰らせてもらい
仏様のお膳の用意などをする予定です


ナマステにも心を込めて、おりょうぐ膳をお供えしてやります


今日は思い切って、ランキングのタグを貼り付けさせて頂こうと思います
少しづつ、いつもの私を、私なりに取り戻して行けたらと思っています

生きていれば色んな事があってそれは決して楽しい事ばかりではなく、むしろ悩んだり苦しんだりする時期のほうが多いかもしれない
それでも私もとにかく頑張るので、皆さんも一日、一日を大切に頑張りましょう

どうぞこれからも応援よろしくお願いします


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前を向いて・・・

2011年03月14日 | 日記



3月14日


ご無沙汰しております

心配をしてここへ訪れてくれている方々に心からお礼を申し上げます

先日 テレビをつけていたら地震速報が流れて大きな地震だとは思っていましたが、その後流れるテレビ映像を目にするうちに
大変な事になったと思いました
阪神大震災の事が頭をよぎりました
日ごと、明らかになる被害映像
テレビを見ながら怖くて、怖くて震えが来ました

被害に遭われた方々のお気持ちを考えると・・ 言葉につまります

明けない夜はない
必ずいつか穏やかな日が来ると信じて、今はまだ始まったばかりでそれどころではないだろうけれど頑張ってください
心の中で祈っています
ナマステにもしっかり手を合わせて頼んでおきます

今、こうして生活しているけれど、それは当たり前の事ではない
明日は何が起きるか分からない
ナマステの死、そして今回の大震災を目にして改めて思いました
こんな事がないと普段は全然考えないことでした

生かされている事、普通にご飯が食べられ、お風呂に入り、睡眠できること
これは本当なら毎日でも感謝しなくてはいけない事なんですよね


先週の今日はナマステの葬儀でした

あれ以来、日々過ぎ去るのが早かった

悲しんでばかりもいられない程、色々な手続きにも追われていました
先週の金曜日は第1回目の七日法要も無事に終わりました

ナマステは今、どうしているのかなぁ~
仏様になるための修行の準備にまだ追われているのかな?

あの世と言うものが本当にあるのなら、不謹慎な言い方かもしれませんが
今回の震災で亡くなられた大勢の方々と向こうで知り合って
話などをしているかもしれません
とても人懐っこい人で 知らない場所、人、すぐに溶け込んで仲良くなっていましたから・・・


ナマステの急変を知らされてから今日まで 娘達、その旦那さん達もしっかり支えてくれました
よくやってくれました

三女はそのまま残ってくれて今日の午後から旦那さんが迎えに来るので帰ります

でもまたちょくちょく戻ってくれるみたいなので今はしっかりその思いやりに甘えておこうと思っています


葬儀が終わって数日はふとした瞬間、こんな事を言ってはいけないけれど
「後追い」と言う事も考えました

今ならまだナマステが近くにいる 追いつけるかもしれない・・・
「来たんか! バカじゃの~ 何しよるんね!」と叱りながらも迎えて喜んでくれるかもしれない

もちろん 実行する勇気はありません  後に残すものがたくさんあるからそんな事は出来ません
ただ、「後追い」をする人の気持ちが、こう言うものだったのだと分かると思った瞬間でした

今はそんな事は全然思っていませんよ
だってもうかなり向こうに行ってしまったから追いつけないし
精神的にも落ち着いてきました
とにかく49日まで忙しいけれど、一生懸命にお世話をしてあげること頑張りたいと思っています


ナマステが亡くなる3日前、私が帰る時に病院の入口までついてきてくれました
もう寒いから見送らなくてもいいから早く中に入っていいよ~
そう言うと「あと何回手を振れるか分からんから」と笑いながら答えて、私の車に向かって手を振ってくれました

いつもはしんどそうに振っている姿が印象的でしたが
この時は私の姿が隠れて見えなくなるまで身を乗り出して一生懸命に手を振ってくれました
後から考えると不思議です

それから亡くなる前日、私が昼休憩に行くと起き上がって昼食のお蕎麦を食べようとしていました

「食べられそう?」と声をかけると 「無理じゃわ~」と答えて横になっていました

食べないと点滴をすると言われたからと 一回は無理にでも食べようとした様子です

ナマステは点滴が大嫌いです
それは点滴をしている間は自由に行動が出来ないからです
点滴を転がしながら歩く事にストレスを感じていたみたい
とにかく縛られることが大嫌いでした


その日の夕方、病室へ訪れて毎月の手続きに必要な書類の事でナマステに一つ確認の質問をしました
その時はう~んと思い出せずに考えこんだので
「また調子が戻ってから聞くね!」と言いながら私も疲れていたので「じゃあ頑張ってね」とすぐに帰りました

あの時にもっと病室に居てやれば良かった
次の日に会ったときにはもう 物言わぬ人となっていましたから
本当にもっともっと話しておけば良かった

今回も抗がん剤の副作用がキツイけどきっとまたいつものように復活して元気になってくれる
そう思っていました

本当に明日はどうなるか分からない


今回こうして振り返ってみれば偶然と一言では言い切れないほど不思議な事がたくさんありました


ナマステが亡くなった日、この日は私は普段からとても親しみを感じている友達のところへ行っていました
この友達の旦那さんもナマステの同級生で小さい頃は同じアパートに住んでいたので子供をつれてお互いの家を行き来していました

そこへ偶然ですが、ナマステが事業をしていた頃にずっと片腕になってくれた事務員さんがやってきました
この方とは私も仲良くさせて頂いていました
会うのはもう何年かぶりです

年頃も同じ三人で楽しくお喋りをしていました
するとその時に病院からナマステの急変を告げる電話が入りました

私が慌てて事故をしないようにと色んな事を気遣ってくれて後先も考えずに何もかも放り出して
二人が一緒に病院へ着いて来てずっと一緒に居てくれました
あの時、私一人、家で知らせを聞いていたら
どんな思いでハンドルを握っていただろう?


それから葬儀が終わって翌日、長女夫婦を交えて話していたら
「やっぱり最後にお父さんを見たのは僕の知り合いじゃ」と旦那さんが言います

どういうことなのかよく聞いてみると

私が看護師さんから聞いた話では亡くなる当日の昼前にナマステはおそらくトイレへ行こうとして
廊下でこけたそうです
その時にちょうど前日に盲腸で入院していた長女の旦那さんの小さい頃からの友人が
ナマステを発見してすぐに看護師さんに知らせてくれたのだそうです

旦那さんが、亡くなったナマステの荷物を病室に取りに行った時にバッタリとその友人に会って
「なんでこんな所に居るのか?」と驚いたと言っていました
しかもナマステの隣の部屋です

旦那さんも何年もその友人には会ってなかったのにね
偶然過ぎる出来事でした



それから通夜の日

庭の梅の木が急に花開いている事に気付きました

今年は前年とは比べ物にならないくらいに立派です



この梅の木はもう十数年前にナマステと苗木から植えたものです


長女の旦那さんも気付いていました

亡くなった日の晩、急に蕾が膨らんできたと・・・

そして通夜の晩、いきなり開いたと・・・



きっと昔からサプライズの大好きなナマステの仕業です

何年か前の結婚記念日にはそっと寝室のテレビの上に胡蝶蘭が置いてあったり

誕生日には風呂から上がって鏡台に行くとイスの上にプレゼントが置いてありました


クリスマスには家のどこかにプレゼントが隠してありました

もちろん 子供達も子供部屋などを探して見つけ出しては喜んでいました

その様子をちょっと笑みを浮かべながら、自分は何も知らないみたいに
それでも笑いをこらえているようなナマステの姿を今でも覚えています
とにかく家族を喜ばせることが大好きな人でした


会社の資金繰りが上手くいかなくて、追い詰められたある年のクリスマスには
自分で手料理を作って、娘達も全員集めて家で食事をした後
最後にPCで打った手紙を一人一人に手渡してくれました

「苦労をかけてゴメンネ 何もしてやれなくてすまない でも父さんも頑張るからね!
 皆もそれぞれに一生懸命に頑張って これからも幸せに成長していって欲しい」
そんな内容が書いてあったと思います

娘達はそれを読んで蔭でひっそりと泣いていたようです


あれから風が吹くと この風はナマステだと思っています

顔にあたる風は時には暖かく優しい風
そして時には冷たい風
すべてナマステの言葉のような気がするんです

あ~ 今日はこんな調子なんだな!とか・・・
今の気持ちなんだな!とか・・・

特に暖かい風が顔にあたると私に 「頑張れよ!」と声をかけてくれているような気がして力が出ます


私も明日から仕事に復帰しようと思います
いつまでも落ち込んでばかりはいられません

生きて行くためには働かなくてはなりません

前に少しづつ進んでいかなければ
きっと大丈夫 前に進んでいれば何とかなる

これからは家に居るときに何が起きても今まで助けてくれていたナマステはもういません
寂しくて不安で仕方ない
本当に居なくなってしまったのね・・・

これが現実だから  まだ半信半疑になるところもあるけれど

とりあえず 今を生きていってみます


こんな震災で日本中が大変な時にこのような記事を更新しても良いものかと気が引ける思いですが
今の私の心の内を記録しておこうと思いました
どうかお許し下さい



孫の陸斗です

おとつい生後2か月になりました




甘えん坊ですぐにグズるけど、車に乗ると嬉しそうに機嫌よく眠ってしまいます

ナマステの通夜、葬儀では全く、グズらずにいい子して眠ったりしていたので
皆から「この子はいい子じゃ~」と誉めてもらいました
もしかしたら、空気を悟っているのかもしれません??



あ~ う~ とかお喋りもするし顔を見てニコ~って笑ったり可愛いやつです
でもそんな機嫌の良い時は決まって後が大変 
突然ギャン泣きが始まったり

今日はパパが迎えに来ることが分かって嬉しいのでしょうか?
一段とよく喋るし笑っています


震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、現地の方が少しでも早く普通の生活に戻れますように
これからも祈り続けていきたいと思います

皆さん、頑張っていきましょう






中島みゆき 『世情』 の流れる中で・・

2011年03月09日 | 日記
早いもので葬儀から2日目の朝です


連日 たくさんの方から暖かい心を頂き本当に感謝しています

ずっと携帯から読ませて頂いていました
色んな人から頂く言葉 どんなに私に力を与えてくれたことでしょう
そしてご自分のブログでも私達の事を気遣ってくださった事

もう少し落ち着いたら一人一人に必ず気持ちを伝えに行かせていただきます

ナマステの所にも有難う
ナマステはきっと読んでいます
ブログ大好きな人でしたから・・・

こんなに多くの人に支えてもらい私もナマステも幸せです

心配して下さっている多くの方々のためにご報告を兼ねてPCを開きました


3月6日

通夜の日は冷たく寒い雨でした


ナマステがまだ生きている時に私に言っていた言葉
「ワシの葬式の時には中島みゆきの『世情』を流してくれ~の」

この願いを最後にきいてやりたくて、通夜の始まる前に急きょ、長女夫婦にCDに焼いてもらいました
ナマステがまだ結婚前に・・・ ずっと若かった頃からこの曲が大好きでした

この曲が好きだったって事 人懐っこいけど、ちょっと意地っぱりで ちょっと寂しがり屋で
いつも自分の信念を貫こうとするあの人に、ほんと合ってる



その大好きな曲の流れる中で通夜、葬儀、出棺

ナマステはきっと泣きながら聞いていたと思います

「 みんな来てくれてありがとうの~ 本当に今まで有難う 」って言ってる そんな姿が浮かびます


闘病中は本当に孤独で過酷な闘いだったと思います

よく頑張ったね! 本当に・・・   私は頭が下がるよ 父さん ほんとすごい  誉めてあげるよ
体が限界に来ている中でも家族を励まして、一家の主としてみんなが頼れる存在でいてくれたよね
本当にすごい
私は忘れないよ 娘達も・・・ 大好きな父さんの事を・・・



3月7日


打ち付けるような冷たい雨だったにも関わらず 葬儀の時は傘もささなくてよいほどの小雨
大勢の方々に見送られてナマステは会場を後にしました

何度も家族と通った道、職場への懐かしい道をナマステと一緒に眺めながら火葬場へと向かいました

火葬場へ到着した時には不思議な事に太陽の光が射してきました

きっとナマステは傍に居たのです

これから僕は旅に出るよ 皆 笑って見送ってね って



無事に葬儀も終わりました

ナマステは胸に抱えられるほど小さくなりました

私の車で連れて帰りました

長女の旦那さんが、助手席にナマステを座らせて、ちゃんとシートベルトをかけて
寒くないように 転んでしまわないように ブランケットでしっかり巻いて固定してくれていました


遺影は長女の結婚式の時のものです

優しく微笑んでいます

ナマステの顔を見るといつも「調子はどう?」と話しかけてしまいます

毎日、病室のドアを開けてからの第一声は 私のこの言葉でした

一言返事をしてくれていたけれど今は返事をしてくれません
ただじっと私の顔を見て優しく微笑んでいるだけです

こうしてブログを打ってると 涙が流れて流れて悲しいけど これからもナマステと色んな会話をしたいと思います
声は聞こえてこないけどきっと心で会話できる日が来るはずです


私は大丈夫です

ナマステが私にちゃんと残してくれたものがあるから

最愛なる娘三人 新しく加わった優しく頼もしい息子達 孫の陸斗 そして娘夫婦のご両親達
ぽんた&ゆきち

そして多くのお友達  私とナマステの生活の一部だったブログ

頑張って生きていきます
強くなります


きっと乗越えていきたい いや乗越えていかなくちゃいけない

これからも支えになってください
よろしくおねがいします

そして 本当に有難う







その日はあまりにも突然に…

2011年03月06日 | 日記
3月5日(土) 午後5時55分

ナマステは天国へ旅立ちました。
まだもう1か月は生きていてくれる。
それから先の事はその時に考えればよい。
なのに、あまりにも突然でした。
病院から電話がある30分くらいまでは、まだ看護師さんとの会話は成り立っていたそうです。

3時過ぎに病院から電話があり急変を知らされ、今から急いで向かいます!
そう答えると、間に合わないかもしれませんと言われました。

私が病院へ着いた時にはすでに呼吸が止まり脳死状態でした。
娘が全員揃い、ナマステの兄が到着するまで薬でかろうじて動いている心臓をどうにか動かしてもらいました。
手を握るとまだ暖かかった。

2時半頃に、そろそろ女房が来るだろう…
そうナマステが言ってた事を看護師さんから後で聞きました。
待ってくれてたんだね。
ゴメンネ…
本当に間に合わなくてゴメンネ…
こんな事なら昨日、もっとたくさん話をしておけばよかった。
もっと話したかった。
それだけが残念でたまりません。
病室を出る時に、頑張ってね!と手をふると2回ほど手をふりかえしてくれました。
あれが最後の姿になってしまいました。

振り返れば、虫の報せのような事がたくさんありました。

帰宅途中に電話がありしっかりした声で、母さんの声がただ聞きたくなった。
そして最後に、じゃあ気をつけて帰れよ!
あの言葉が別れの言葉だったのかもしれません。

ナマステは壮絶な闘病生活をよく耐え抜きました。
途中、弱気になりすぐ泣き出す日々もありましたが、その後は泣き言一つ言わずに、強く前を向いて歩いていました。

立派だったよ。
もう痛みや、辛い闘病の苦しみから解放されたからゆっくり休んでね。
とっても穏やかな顔をしています。
微笑んでさえもいます。

本当に今まで私と歩んでくれて有り難う

私達家族にはナマステを送り出すという大役が待っています。
頑張ります。

まだ信じられないけど…
これから日ごと悲しみがどっと押し寄せて来ると思うけど…

これが現実だから


最後に応援してくださった皆さん、本当に有り難う。ナマステは最後まで諦めずに人生を生き抜きました。
誉めてやってください。

本当にありがとうございました。

明日の記憶・・・

2011年03月04日 | 日記


今日も 遊びに来てくれて ありがとう 

                      By ぽんた 





3月4日 (金)


無事に今週の仕事を終えてひとまずホッとしています

日々、人と接する時には笑顔を忘れずに明るくしていました

そうすると本当に会話していても楽しくなれる自分がいます


ナマステは、月曜日から抗がん剤を打ったのですが、火曜日、水曜日は割りと元気でした

電話をしても2回目のコール音ですぐに出て、しかも力強い大きなしっかりした声でビックリしたほどです


水曜日は病院に寄った後、車を走らせてもうじき家に着くと言うときに ナマステから電話がありました

何か言い忘れたことでもあるのかな?と出てみると

「今どこ~?」と言います

「もうすぐ家に着くところよ!」  「どうしたん?」

「いや、別に用事はないけど、ただ声が聞きたくなっただけ

「え~ 父さん、明日死なんでよ」と思わず気になって、不安になって言ってしまったほどです

「死にゃ~せんわい」と返事してましたけど・・・


私の事を気にしてくれるほど、ちょっとの間、調子が良かったのでしょう 

ここ最近はしんどくて、ただ生きているのが精一杯と言う感じでした

去年の長女の結婚式が終わってから暫くは何度かドライブへ行けるくらいにまだ元気に歩けていましたが
その後はかなり体力も落ちて急に痩せてきました

この2日間の元気は、これまでの容態を考えると、本当に奇跡的のようにも思えたのです

しかし、昨日あたりから副作用が押し寄せてきて また横になって、しんどさを耐えているのが精一杯と言う状態です
今は話をするのさえも辛そう

だからそんな時はそっと励まして病室を後にします

きっとまた復活すると思いたい いつも不安はあるけれど信じていたい


私とナマステを繋ぐ糸が、だんだんと細くなり、ところどころ、また若干太くなり、また細くなる・・・
でも、かろうじて切れずに繋がっている
そんな闘病生活です

命の糸が切れる事がないように・・・ そう ただただ、願うのみです 

でもね  辛いよね  痛いよね  苦しいよね・・・ 残酷だよね 


コメント欄でちぃさんに『嵐』の曲の中で「明日の記憶」と言う歌がいいよ!と教えてもらいました

ずっと気になっていたんです

そして今日、仕事帰りに思い切って探して買って来ました

嵐の2枚組のベストアルバム




帰りの車の中で早速聞きました 

誰もが知っている彼らのベストアルバムだけあって 聞いた曲の中に、たくさん知っている曲がありました 

あ~ これ聞いた事あるわって 


今まで知らなかっただけで 私の携帯の着信音は嵐の曲でしたわ 

ずっと前に、リアルタイムランキングからダウンロードして着信音にしていたらしい・・
結構私の身近にも居たのね 嵐さんって 


家までの帰り道は40分くらいだから車の中では全部聞けない

だからどうしても聞いてみたかった「明日の記憶」の入ってるDISC2のほうを流しながら駆け足で聞きました

中でも 「サクラ咲ケ」「One Love」「5×10」が良かったな 


そして一番聞いてみたかった「明日の記憶」

まさにナマステと一緒に過ごして来た想い出がよみがえりました

出だしからこみ上げるものがありました  

こんなにも胸にじ~んと来る曲 何て切ない曲  いい歌だな~って思った 


嵐のベストアルバムは まだごく一部しか聞いてないのでこれからいつも鞄の中に入れて
車に乗った時に聞きながら走ろうと思います 
 

お友達のうるうるママさん ちぃさん そして ののこさんもじゃなかったかな?

嵐の大ファンの方々は・・・


嵐の歌に元気を貰っておられる様子をずっと見てるうちに、きっと人を元気にする魅力が十分ある5人組みだとは思っていました

何だか気持ちが分かるような気がします


アルバムを手にしてレジで順番を待っている時に振り返ると嵐のコンサートのDVDが流れていた・・・

えっ この子らって、こんなに格好良かったかしら?

「い いかん! 惚れてまうやん」って一瞬焦りましたわ 


まだどの曲も少し聴いただけだけれど、「前に向かって進みなさい」って背中を押してくれるような元気の出る曲が多いのが印象的でした  


 どんな状況になっても落ち込みません!諦めません  ナマステを励まして頑張ります
乗越えます!
これからも勇気を下さい! 私達の背中をたたいてください
三女も無事に出産を終えました! 孫も抱けました
今度は桜 去年見た桜の花を二人で見たい・・
桜の季節を目標に頑張って
たくさん家に帰って、ぽんた&ゆきちの頭をなでる事が出来ますように
夏に生まれる長女達の子供も見せてやりたい・・・
夢や希望は尽きません・・・まだまだ生き続けて欲しい
家族や孫の成長を見届けて欲しい
たくさんのお願いだけれど、これからも、応援のほど よろしくお願い いたします  
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それでもやっぱり家が一番いいんです!

2011年02月26日 | 日記


今日も 遊びに来てくれて ありがとう 

                      By ぽんた 



2月26日 (土)


休日の私の朝ご飯

バナナにヨーグルトに そして ベーグルとマフィン




焼いたベーグルにはマヨとサラダ菜とハムとチーズを挟み
焼いたマフィンにはケチャップと少し砂糖を加えたスクランブルエッグとハムを挟んでいます

ムシャムシャと 思い切りかぶりつく  
ベーグルはモチッと噛み応えがあるから食べるのに時間がかかるし
お腹に溜まるので腹持ちも良いような気がする 
しかし、2個も よ~食べたわ~ 


ナマステが渋る先生に 半ば無理やり外泊許可を取りました

10時過ぎくらいに迎えに行って、看護師さんから痛みを取るシップの貼り方の説明を受けて、家に連れて帰りました
医療用のシップで決して患者以外には貼らないで下さいというもので
貼った後のシールのカラも病院に返却しなくてはいけないのですよ
これといつものオプソと言う緊急痛み止めももらって帰りました
こちらのカラ袋も病院に返却しなければなりません

家に帰ると寝室でテレビを見ながらベットに横になっていました  
まだテレビを見る気力があるので少しは安心です

随分と痩せこけて 身長が174センチなのに体重が55キロになってしまいました 

本当に細くなり 時々フラついてコケるのではないかとヒヤヒヤします
私の余分なところに付いた脂肪を切り取って貼り付けてあげたいくらいよ 


夕食はナマステの希望通りに おろしトンカツを作ってやりました

 

昔からよほど大好きなのよね
何かある毎に、これが食べたいと言う 


私は昼からそれは、それはたくさん食べ続けてお口が休まる暇はありませんでした 

具体的にはネーブル バナナ スナック菓子 チョコパイにおかきに・・・ それから何だっけな~ 
食べても、食べてもお腹がいっぱいにならないと言う悲惨な状態でした 


だからさすがに夜はそれほどお腹もすいてなくて
食べまいかな~とも思ったけど、一応食べました 

ご飯の上にお茶漬けの素と梅干を乗せて熱いお茶をかけてサラサラ~ っと

お茶漬けと一緒に食べたのは

ぬか漬けをアレンジしたおかずです

朝から漬け込んでいたぬか漬けの大根と人参を薄くスライスして
刻んだネギと共に フライパンで水と砂糖、酒、醤油で炒り煮して 最後にゴマ油と一味唐辛子を振り入れて煮汁を絡めたもの



ぬか漬け独特な歯ごたえでパリンパリンしていくらでも口に入ってしまう危険な食べ物 

生の大根とは違って ぬか漬けだから適当に塩気も隠し味になってるし
この食感は漬物ならではのもんです 


おろしトンカツでカツを揚げるついでに私はこんな物を揚げて食べました

残って冷凍していた餃子の皮を自然解凍して、これまた残り物のキムチと
それから、らいん屋親父さん のところで目にした QBBのブラックペッパー入りベビーチーズ
これを切ったものを包んで油でカラリと揚げたものです




キムチとチーズを包んで揚げると、まるで肉を食べてるみたいな感じで満足感あり
あら不思議 

遊びに行った先のブログでチーズを見ると 大のチーズ好きな私は つい目が点になる 

らいん屋親父さん 勝手にリンクさせていただきましたよ
ごめんなさいね 


ナマステも炊き立てご飯とおろしトンカツを黙々と食べていました
2切れ残しただけです


今日のお昼にナマステを連れて帰って一足先に車から降りて、玄関横の郵便受けを見る姿を車の中から見ていたのです

元気な時の事を思い出して・・・

家の中に居てもナマステが帰って来た車の音がして、それから必ず郵便受けを開け閉めする音が聞こえてきてたよな~

庭のプランターに巻いた野菜の種に如雨露で水をあげていたよな~
「何かしらんけど芽が出とる」と嬉しそうに私に報告してきたり
そんな姿を思い出したり

いつまでこの姿が見れるのだろうな~ とか

そんな事を考えながら車を下りると 「何か来とるで」と言うのです

受け取った封筒の裏には一昨年、ブログを通してお友達になったマーヤさんの名前が書いてありました

何が入ってるのだろう?と開けてみると なんと トールペイントが施された素敵なポーチでした



私の好みが分からないからって言ってたけど・・・
マジで私好みの素敵な絵で感激しました 

ピンクとブルーの花 まるで仲良し夫婦のようです
本当に有難う 

マーヤさん は、花や生き物をこよなく大切に愛する人で
トールの勉強をして資格を取り、教室も開いていらっしゃいます
 
旦那さんの転勤で今は山形で生活されています
初めての冬の厳しい寒さも経験されて、大変だったと思います 

プライベートでも色々あり気も滅入っているであろう時にこんな素敵な物を製作してプレゼントしてくれて本当嬉しいです

これからいつも鞄に忍ばせて大切に使わせてもらいます 


そしてポーチの中にも 可愛らしいマーヤさんが入っていました 

まさに こんな感じの女性



今年、髪の長いスラリと背の高い えらい美人さんの写真入りの年賀状が混じっていて
えっ?この人誰?って思って名前を見るとマーヤさんでした

ご主人も写ってたけどやはり背が高くハンサム

とっても素敵なご夫婦です 
色々大変な事もあるけれど、体を壊さずにこれからも幸せな人生を二人で歩いて欲しいと願っています 


さぁ 今夜は何時まで起きてられるかな
寝るのが勿体無い 

明日はまたやらなくてはいけない事もあるし・・・
やっぱ 娘でもナマステでも家に居てくれるだけで嬉しいですね
一人は本当に寂しく つまんない 


随分と暖かくなったので過ごしやすくなりました
こうしてブログ投稿をしている間も上の寝室からぽんた&ゆきちの時々騒ぐ声や
ナマステが見ているテレビの音が聞こえてきます

やっぱり私もナマステも住み慣れた家が一番です 


 どんな状況になっても落ち込みません!諦めません  ナマステを励まして頑張ります
乗越えます!
これからも勇気を下さい! 私達の背中をたたいてください
三女も無事に出産を終えました! 孫も抱けました
今度は桜 去年見た桜の花を二人で見たい・・
桜の季節を目標に頑張って
たくさん家に帰って、ぽんた&ゆきちの頭をなでる事が出来ますように
夏に生まれる長女達の子供も見せてやりたい・・・
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今回も辛い副作用を自力で乗越えて・・・

2011年02月10日 | 日記


今日も 遊びに来てくれて ありがとう 

                      By ぽんた 



2月10日 (木)


今週は4日行けば嬉しい三連休なので 気分的にもかなり救われました  

日曜日の夕方くらいから喉の奥が風邪の引き始めのように  変  になり

月曜日も喉と鼻の境目あたりがムズムズと気持ち悪いので早めにパブロンのお世話になりました
風邪の引き始めには あの黄色い錠剤が効くんだわ 

喉が痛いけれど まだ何とか大事に至らずに今週の仕事を終える事が出来てほ~って感じです 


先週の月曜日に抗がん剤を打って その3日後あたりから悲惨な副作用が出始めて
かなり苦しい思いをしていたナマステですが
今回も無事に乗越えて 少しづつ元気を取り戻してくれました 

副作用の続く間は声もまともに出ないくらいです

それがおとついくらいから普通にまた話せるようになり私もホッとしています 

きっと今回も大丈夫 と思ってはみるものの、あれでも急に容態が悪くなりはしないかと
そんな不安も毎回、毎回付いて回ります



また ご飯も食べられるようになりましたよ 




相変わらずおかずは最悪ですが・・・




「今日は写真を撮るからね~」

「皆に見てもらわなくちゃいけないから


何も言わないけれど 「そうか!」 と返事をするように
時々カメラを意識しながら 一生懸命に食べ始めました



どんなにおかずがマズそうでも文句一つ言わずに食べています 



その姿を見ていると何だかとってもいじらしくて 可哀想になってね 

かなり身体もしぼんでしまったし・・・

このまま治る病気なら良いけど、治らないんだと思うと胸が締め付けられるように 可哀想で 



そう思った瞬間、すぐに頭を切り替えて考えないようにしています

『 今はこの先の病状の不安の事は考えない 』

『 今 生きている この瞬間だけを考えて明るく笑って同じ時を共有していたい 』と  


今日 ナマステの兄から電話があり
兄の長男のところにも、三人目が出来たって 

何だか最近、ベビーラッシュで兄も喜んでいるみたいです
「これでお前が少しでも長生きしてくれたらいい」と言ってくれたそうです

ここ数年衝突ばかりしていた兄弟ですが
何があってもやはり兄の存在と言うものは大きいのでしょう
そう言ってもらえた事が余程嬉しかったと見えてご機嫌でしたよ


「 きっと夏に生まれる長女の子供も見られるよ

そうこうしていたら何年か経ちました!みたいになるかもしれないじゃん 」


いつもはそれは絶対に有り得んと 私の言う事を完全否定するナマステも
副作用が抜けてだいぶ楽になったこともあり
頑張ろうと明るい気持ちになってくれているみたいです


明日は三女が帰って来ます

三女の旦那さんのお父さん、お母さんがナマステのお見舞いに来てくださるようなんです
その時に三女も一緒に着いて来て、病院で集合して帰りはそのまま家に連れて帰りますよ

孫の陸斗とも暫く会ってないけれど、また表情なども少し成長しているのではないかと思います 


土曜日は早いもので 産後の1か月検診です

検診が終わればナマステも一緒に家に帰ることになっているので
今週は楽しみがあるから、きっと病院にいてもそれを励みに楽しみにしている事でしょう

病院食は最悪だから家に帰ったら何か食べたいものを聞いて作ってやろうと思っていますよ

三女はこの前聞いたらグラタンが食べたいと言っていましたからね!
美味しいグラタンを作ってやろうと思っています

さぁ~ 今週末は忙しいぞ~ 

雪が降らなきゃいいけどな・・・


それから今朝、ちょっと・・・  ちょっとどころか、かなりショックを受けたニュースが飛び込んで来ました

私の生まれ故郷、20年間過ごした山口県宇部市の常盤公園と言うところにいる
黒鳥がある日死んでいたので調べると鳥インフルエンザに感染していたそうです

そのために白鳥の湖で知られている常盤湖に生息する白鳥など400羽が殺処分されたようです

私は小さい頃から常盤公園が大好きでした

特に人の傍まで寄ってくる、人なつっこい白鳥に餌をやりながら時を過ごすのが大好きでした
時が経つのを忘れてしまうのではないかと思えるほどに楽しい空間でした

結婚前にナマステが宇部に遊びに来た時にも何度か訪れた事のある素敵な湖です

白鳥の姿は優雅で可愛くて、心癒される存在でした
今でも「キュ~ キュ~」 と何とも切なげな、湖面に反響する白鳥の澄んだ鳴き声が頭の中に流れています
本当に可哀想で・・・残念で・・・

今度、生まれて来るときは人間に生まれ変わっておいでね! そう願わずにはいられません


去年の5月3日の事です

偶然にも、長女夫婦と私とナマステの4人で山口へドライブへ行ったのですよ
この常盤公園にも寄りました 

記事として残しています

興味ある方は、もし良ろしければ覗いてみてやって下さい
最後のほうに可愛い白鳥の姿が写っています

ナマステとの想い出の1ページ 常盤公園の白鳥 

この頃のナマステはまだ今と比べると数段、元気でした
痛みはあるけれど抗がん剤の合間に、まだドライブにバンバンに行けていました

本当に月日の流れは早いです

また 行けるといいな~
車は無理だけど新幹線に乗って一日でいいからどこかへのんびりと行けるといいな~

そんな希望も胸に抱いて、これからも家族のために長生きして欲しいと、励まして一緒に生きたいと思っています



どんな状況になっても落ち込みません!諦めません  ナマステを励まして頑張ります
乗越えます!
これからも勇気を下さい! 私達の背中をたたいてください
三女も無事に出産を終えました! 孫も抱けました
今度は桜 去年見た桜の花を二人で見たい・・
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たくさん家に帰って、ぽんた&ゆきちの頭をなでる事が出来ますように
夏に生まれる長女達の子供も見せてやりたい・・・
夢や希望は尽きません・・・まだまだ生き続けて欲しい
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古いアルバムの中に~想い出がいっぱい♪

2011年01月30日 | 日記
今日は思ったほど寒くはなかったので家事をするのもあまり苦になりませんでした

平日は朝早く家を出て帰宅もかなり遅くなるのでご飯を食べて陸斗をお風呂に入れて
後は翌日に備えて、なるべく早く寝るだけ
だから週末にまとめて 一気に掃除します 

だだ~っと家事をしてはちょいと座り、つい菓子パンを食べ
さらにまた動いては インスタントラーメンを作って食べの悪循環 

動いた後に何も食べなければお腹回りもさぞかしスッキリするだろうに

この振って湧いてくるような食欲って一体何???


今日はナマステと私の 昔~ 昔~ の古いアルバムの中からほんの数枚だけれどブログにアップしてみようと思います

写真が小さめなので    迷ったけれど、思い切って顔は隠しません
かなり昔なので顔も変わってるし・・・


今から紹介する1枚目からの写真は付き合い始めて半年後くらいの秋かな?

付き合ったきっかけは私とナマステの共通の友達からの紹介です


私が雨の日にトボトボと傘をさして歩いて帰っている時に
丁度友達を乗せたナマステが通りかかり「あの子よ!前言った子!
雨の中歩いているから乗せてあげて!」と言ってくれたそうで

そうして車に乗せてもらい送って帰ってもらったのがきっかけです

紹介と言ってもその友達は初めから私を紹介するつもりはなかったそうなんです
ナマステは当時、ハッキリ言って遊び人だったので紹介するつもりは毛頭なかったと

だからあの雨の日にあの場所を通らなかったら、そして友達がナマステの車に乗ってなかったら
絶対に知り合うこともなく卒業していたと思います

あっ ナマステに言わせれば私も相当な遊び人だったそうです 


秋芳洞へ遊びに行った時の写真です

私が短大2年の20歳でナマステが大学4年の22歳

知り合った頃は本当に色白でお坊ちゃまって感じのするつっぱり不良青年でした

これは好青年風に髪をおろしたバージョンですが

初めてアパートへお邪魔したときはリーゼントのいかつい兄ちゃんで
なのに・・聞いてる曲はクラッシック 小フーガ ト単調が好きとか言ってたな??

変わった人~ としか思いませんでした






ナマステのファッションはいつもこんな感じでした
本人いわく ヨーロピだそうです

笑っちゃうけどこの下にサスペンダーをしていたのですよ


ジーパンをはいたところなんて一度も見た事がない・・






ナマステは大学を卒業して実家の広島へ帰り家業を継ぐハメになったので
この頃から土木の仕事をするようになり
色も真っくろ黒すけ~ のあらっぽい 不良風 

緑色のワンピースはナマステがプレゼントしてくれたものです
年代を感じます
今は有り得ん このデザイン
ワンピース自体も着んよね 



しかもこのダサくて黒くてデッカイ ショルダーバックは何 


水谷豊にも東山紀之にもいっちょん似てませんわね 
男は顔じゃないよ! 喋り 喋り 
話が面白いと騙されるのよ 

上の写真は結婚する前に二人で京都旅行へ行った時のものです
私はこの時は松山に仕事の研修のために住んでいたので迎えに来てくれて松山空港から
大阪までそして空港からバスに乗って京都に入ったんだっけな??
本当にこの日を楽しみに遠足気分で行って来たのを覚えています

この時私は初めて飛行機と言う乗り物に乗ったんだった 


当時は絶対に「この人でなきゃ嫌じゃ」って言うくらいに大恋愛?で結婚しました

私は一人娘だったので両親は嫁に行くのを大反対したけれど
最後は根負けして許してくれました 


そうして生まれたのがこの三人の娘達

この頃は可愛かったな~

右から長女 三女 二女です




お休みの日に遊園地や動物園
家族5人で色んなところへお出かけしたものです 



孫の陸斗です
元気にミルクタイム




かなり顔もしっかりしてきてどう見ても男の子って感じでしょ 

夜は比較的によく寝てくれるほうだけど
昼間は すでに抱き癖 

ギャン泣きして大変です


昨夜は痛みに悩まされていたナマステですが
今日の昼間は痛みもまだ耐えられる程度の様子でぽんた&ゆきちと一緒に寝室でテレビを見たり
寛いでゆっくりして過ごせたみたいです 


一日中 家に居ると外へ出るのが億劫になっちゃうのよね
しかもさぶいし・・・

でも でも ウサギの餌を切らしてる
どうしても買いに行かなくちゃ 
そんな訳で6時半頃から私一人でひとっ走り買い物へ行って来ました

いつものウサコのフードのほかに奮発しておやつ
今回はかじりま専科のスティックビスケットを 

お腹をすかせてご飯の到着を待ちわびていたウー(ウサギの名前)も
目をパチクリさせてがっついていました 



今日作って食べたもの

数日前からこれがどうしても食べたかったのよ~

職場の人に厚揚げを煮て最後にニラをたっぷり入れると美味しいと聞いたので・・・
テレビでも紹介していたようです

厚揚げとニラだけでは何じゃからと 家にあったジャガイモと玉ねぎ
豚肉もプラスして作ってみました

豚肉とジャガイモと玉ねぎを良く炒めて
水 砂糖 みりん 酒 醤油で味付け ジャガイモが柔らかくなるまで煮て
最後に適当な長さに切ったニラを1束投入してフタをして少しだけ火を通す



ニラが効いててこれが美味しいのよ
1束ってかなり多いけど火を通すと恐ろしくしぼむ 

ニラがしんなりした食感が大好き 

ニラって安い時期は3束100円で売ってるような気がするけれど、今は158円
高い 



もう一品は鶏手羽元の唐揚げ



この手羽元はおでんを作った時に入れようと思ってたんだけど
気が変わったのでそのまま冷凍しておいて
唐揚げ粉を仇のようにしっかりまぶしてじっくり揚げたものです



大好きな土曜日も終わりに近づいて来ました

そうそう 今日は娘が陸斗を風呂に入れて私が服を着せる担当をしました
ミルクを飲んで満足して目もトロンとして寝るかと思えば、ベットに下ろしたとたん
ぎゃーぎゃー泣き出す

こりゃ大変だ・・・

月曜日に旦那さんが迎えに来て いったん市内に帰るんですって

1か月検診までにまた戻ってくるみたいだけれど
アパートに帰ってから環境に慣れるまで暫くは苦労するだろうな~ 

男の子って小さい頃は育てるのが大変だと一般的に男の子を育てた親は言いますもんね
その点 女の子は楽だったわ~ 


ふと時計を見るとすでに11時を過ぎてるではありませんか
今日ももうじき終わるな~

明日 もう一日、ナマステと三女達 そしてぽんたやゆきちとお休みの日を充実させて過ごしたいと思っています

では おやすみなさい 



どんな状況になっても落ち込みません!諦めません  ナマステを励まして頑張ります
乗越えます!
これからも勇気を下さい! 私達の背中をたたいてください
三女も無事に出産を終えました! 孫も抱けました
今度は桜 去年見た桜の花を二人で見たい・・
桜の季節を目標に頑張って
もう一度家に帰って、ぽんた&ゆきちの頭をなでる事が出来ますように
夢や希望は尽きません・・・まだまだ生き続けて欲しい
家族や孫の成長を見届けて欲しい
たくさんのお願いだけれど、これからも、応援のほど よろしくお願い いたします  
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