畑に吹く風

 春の雪消えから、初雪が降るまで夫婦二人で自然豊かな山の畑へと通います。

山の畑の住人たち

2016-09-30 04:43:43 | 自然

 9月20日を過ぎたら、ツバメが全く見えなくなりました。
そして、風向きによっては「アキアカネ」が飛翔する姿が見えるようになっています。

 昔だったら、空を覆わんばかりに数多く見えたアキアカネでしたが今は激減してしまった。
これは、水路の三面コンクリート化と稲作に使う農薬「ネオニコチノイド」のためと言われています。



 でも、ほとんど農薬を使わない我が家の山の畑には色々な生き物が見られる。
ゴボウの葉の上に、キリギリスの雌を見つけました。産卵を終え、死期をまっているのでしょうか。



 ネギの土寄せをしていると、少し急になった畝を登っては落ちる生き物が見えた。
どうやら、ガマガエルの赤ちゃんのようです。



 成長すると、手のひらには乗らないほどの大きさになると言うのにまだ小さい。
これで、雪降り前にちゃんと冬眠の体制に入られるのかなー。

 カエルは他には、アマガエルの姿が多く見かけられます。
どのカエルも、農薬がほとんど無くて、昆虫の天国状態で餌が多く、皆太っていますよ。



 大根の葉の上に、ショウリョウバッタの雌雄がいます。
いわゆる「おんぶバッタ」状態で、小さな雄が上になった姿がおんぶしているように見えるのです。

 小学生が農業体験で山の畑に来た時も、大きなバッタの「おんぶバッタ」を見つけ大喜び。
何でも知っていると感心されるスベルべだけれど、さすがに性教育にまでは言及しませんでしたよ。



 この日は、今の時期にしては暑い日で気温が30度を超えたと言います。
先日紹介した、朝顔に似たサツマイモの花には日本ミツバチの姿が見られました。



 周りには誰一人見えない中で働いていても、生物好きなスベルべは全く退屈はしません。
腰を伸ばし、空を見上げると、山際の上昇気流に乗って舞う、何羽ものトンビも見えます。

 でも、もちろん休んでばかりは居られません。
ネギの土寄せを終える頃には、古いワイシャツは汗で肌に張り付き、作業ズボンさえ、びっしょりに。

 同じスタイルでの仕事は疲れます。
お昼上がりをするまでに、土寄せ二畝を残し、サツマイモ掘りに仕事を変えたのでした。
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連載83-1「貧乏旅行」(その1)

2016-09-30 04:38:37 | 旅行

 (50年も前の写真です。仲間の一人は亡くなり、もう一人とは先日50年ぶりに再会) 

  「貧乏旅行」(その1)

 高校二年から三年なる春休みに、同じクラスの同級生二人と旅に出ることになった。
目的地には東北を選んだ。
生意気にも柳田國男の「遠野物語」に魅せられ、憧れた結果の目的地だったように思う。

 昭和40年の高校生なんて、旅とは言ってもかろうじてコートは来ているものの、中は学生服。
ファッショナブルな服装を沢山持つ、今の中高生に比べたら、質素な服装や暮らしがほとんどだった。

 新津から磐越西線に乗り換え、一泊目は会津若松を選んだ。
そこを宿泊地に選んだのは鶴ヶ城を見たい事と、一人の同級生の友達、中学校時代の同級生が、
会津若松の造り酒屋に出稼ぎに来ていた事も理由の一つだった。

 鶴ヶ城の悲話に涙し、宿に帰り夕食になる頃、
友達の友人がこっそりと絞り立ての日本酒が入った一升瓶に新聞紙を巻いて持って遊びに来てくれた。
悪戯ざかり、生意気盛りの4人はその一升瓶を空にしたように覚えている。

 翌日は郡山で東北本線に乗り換え、一気に平泉へと向かった。
工業高校で日本史になど力を入れていない教科書では有ったが、
その中に有った東北の古い都であった藤原三代が栄え、
栄華を誇った平泉もどうしても見たい場所の一つでも有った。

 東北本線の平泉駅から、しばらく歩き、長くてなだらかな石段の道を登ると中尊寺だった。
まだ冬の名残の濃い三月とは言え、観光客の姿など皆無であり、静かに遠い昔をしのぶことが出来た。
あの有名な金色堂にさえ、観光客の姿は皆無だったのだから不思議なようにさえ思えた。

 今だったら、三月の吹雪が舞うような季節でも観光客の姿を見ないなどと言うことは考えられないのだが。
次に訪れたのは源義経終焉の地と言う伝説の残る「高舘」で、
義経堂のある高台から下に流れる北上川を望み往時の武士たちの戦を偲んだ。

                  (続く)
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