より一層の知識と光を求めて・・・・

時に末日聖徒/モルモン教への私見含むメモ帳にて御座候 ほな毎度どんもにて 御きげんよろしゅうで御座候

ボランティアしたとです。

2019-10-18 10:19:47 | 先祖、系図、臨死、あの世、神殿

米国のサイトで、先祖の系図調べの助けを求める人集まれみたいなのが2,3ありましたかなぁぁ・・・
で、たまWEB、ネットにつながり始めた、2004,5年くらいに、約2、3年の間、日系人の、ほとんど英語圏、アメリカだったかな、英国が一人、10人くらいの方々の先祖の記録探し(謄本の代理取得)の手伝いができましたかなぁぁ。それらサイトで4,50人くらいメール・コンタクト試みたかなぁぁ・・・今もそれらサイトの残骸?が見れるかな・・・

メールを通じて、当人の先祖に関し、各地域(ハワイ、西海岸等)の日本大使館事務所に保管されてるであろう移民入国カードから日本語で記されてる本籍地、名前等を得られることを伝え、それらを手に入れてもらって、それから現在の市役所・町役場をみつけて、本人と戸籍係との仲立ちをするわけですよね。委任状(謄本、除籍謄本を取得目的のための代理人指定)、出生証明書(直の子孫であることの証明)を添付(手書き翻訳文も添え)、定額小為替料金、返信封筒を同封(たまWEB自身のは運転免許証コピーだったか)、手紙で除籍謄本等を請求できるわけでしたね。後は謄本内容訳して謄本と共に本人に郵送。ありがとうの感謝されたわけでしたぁぁ。費用は実費だけ。

その移民カードがみつからないケースが2件ほどありましたかぁぁ。その時は東京都港区麻布の外交資料館に行きまして、移民渡航者の名簿がマイクロフィルムに収められてるということで(家族それぞれの名前、本籍地、生年月日等)、大量の時間がかかるんじゃないかと思ったんですが、意外と速くに見つけれた記憶があります。それは移民年月がわかってたからだったんだかぁぁ・・・


このボランテアのこと思い出したのは・・・これこれっす、似たケース、たまWEBも一件だけだったかぁぁ、ありましたかぁぁ・・・

“ABC特集】「会いたい・・・」 生き別れた日本人の母を探して66年ぶりに里帰り アメリカ人女性の過酷な人生

10月、1人の女性が66年ぶりに、来日しました。バーバラ・マウントキャッスルさん、71歳。

「私は少女のときに日本を離れ、老女として戻ってきたの(笑)」(バーバラ・マウントキャッスルさん)

5歳で養子縁組され、アメリカへ。差別、虐待の日々の中で、心の支えだったのが日本人の母。・・・

「キガワノブコという女性を知りませんか?」

和歌山大学観光学部の木川剛志・准教授。彼のフェイスブックに、突然、アメリカからメッセージが届いたのです。

「もともと日本生まれで、そのときの彼女の日本の名字がキガワで、キガワノブコさんがお母さんだと」(木川剛志さん)

差出人はシャーナ。彼女の母バーバラは元々の名前が木川洋子で、「いま日本人の母を捜していて、同じ『キガワ』という名字の日本人を検索、手あたり次第連絡している」という内容でした。

木川さんは直接バーバラさんに話を聞こうとアメリカに渡った

「僕自身そういうことに興味あるほうだったんで、できる限りのことはやろうと。研究者なのでそこくらいはやろうと・・・

母が亡くなっていても、その足跡を辿ってみたい」そう願ったというバーバラ。その思いにこたえ、木川さんは旅費などの寄付を募り、日本に招待することを決めました。

66年越しの悲願 故郷・日本へ

 5歳で日本を離れたバーバラが、66年ぶりに日本に降り立ちました。亡き母と、自らのルーツを辿る、旅のはじまりです。・・・

東京・八王子に移り住み、1987年に亡くなっていた、母・信子さん今回の来日で、1番の目的だという母の墓参りへ。

「母もきっと長い間私のことを考えたと思います。痛みを感じて生きていたと思います。私はあなたを見つけました。お母さんはずっと一緒にいました」(バーバラさん)・・・

そして、旅の終盤サプライズが待っていました。母・信子さんが生前働いていたパン工場の同僚があるものを持って駆けつけてくれました。

「ビッグニュースがあるの。サプライズなの。見つかったのよ写真が」(信子さんの元同僚の女性)

取り出したのは1枚の写真。

「ここ、この方」(元同僚の女性)
「That is my mother!」(バーバラさん)

そこには、和服姿の母・信子さんが確かに映っていました。

「とてもうれしい…」(バーバラさん)
  
長く失っていた母の面影。やっと再会できました。・・・

 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191017-00010000-asahibc-life


 生き別れた日本人 abc
 https://search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&p=%E7%94%9F%E3%81%8D%E5%88%A5%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%20abc

こんな、本人に会ったりとかって、またそんな劇的なことにはなりませんでしたぁ。結局、どうしても手がかり無しの情報見つからずで、本人にはなんかやはり気の毒でしたねぇぇ・・・メールからは、とても人なつっこいような、元気な女性でしたかぁぁ・・・
同じく?このエリザベス・サンダースホームだったかな、でも場所は福岡だったけど・・・

エイザベスサンダースホーム  https://search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&p=%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0

あぁ、もう記憶が・・・


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