goo

美術の誘惑 宮下規久朗

普通の美術解説書のつもりで読み始めたのだが、本文の冒頭の数行で「著者」にまつわるある出来事が開示され、そのために全く違う読み物になってしまった。色々な美術の鑑賞の仕方を提示してくれる軽い読み物のはずが、その明かされた事実により、この本全体が、人生にとって美術とは何か、何をもたらしてくれるのか、というテーマで書かれた著者渾身の1冊になっていると感じた。著者の造詣が西洋美術から東洋美術まで実に幅広いこと、言及された美術作品のほとんどがカラー図版で紹介されていることなど、美術解説書として非常に親切で優れているということが二の次になってしまうくらい、この本が突きつけてくるテーマは重い。美術解説書を読みながら涙してしまったことも最初なら、こうした観点で美術を鑑賞することを教えてくれた本に出会ったのも最初の経験だった。これまでに読んだ美術書の中で最も心を打たれた1冊だったことは間違いない。(「美術の誘惑」 宮下規久朗、光文社新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )