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甲子園が割れた日 中村計
関係者全員への詳細なインタビューを通じて、有名な「松井秀喜5連続敬遠事件」の真相に迫るドキュメンタリー作品。著者は今最も注目されているノンフィクション作家の一人だというので、読んでみた。関係者へのインタビューは直球勝負で、あらゆる可能性を考えながら、事件の真相に迫っていく。とんでもなくびっくりするような新発見があるわけではないが、やはり表面的な見方だけでは判らないことがいくつもあって、世の中の不思議さというものをしみじみと考えさせられてしまった。例えば、なぜ5つの敬遠をした明徳義塾のピッチャーは、全く疑いもなく監督の指示に従って全打席を敬遠したのかという疑問。これは、彼がもともと投手ではなく、野手出身の急誂えの投手だったというのが一つの理由ではないかと言う。彼自身は、投手としてのプライドというものとは関係のないところで野球をしていた選手であり、もし彼が根っからの投手であれば、あんなに素直に5つの敬遠をしなかったかもしれないという。それから、何故他のチームは「松井を全て敬遠」という作戦を採らなかったのか、あるいは何故明徳義塾だけがその作戦を採用したのか、そこにあるのは野球に対する考え方の違いだけなのだろうか、という疑問。明徳義塾の作戦の背景には、そうしたメンタリティの違いもあったかもしれないが、それだけではなく、松井以外の全ての星陵高校の選手の力量、その日の打順、明徳義塾の全国でのレベルとかが、いろいろ微妙に影響し、それら全ての要因が重なった結果が「5敬遠」だったという。当時大騒ぎになった記憶もあるし、見ながら憤慨していたのも覚えているが、今となっては、松井の怪物ぶりを示すささやかなエピソードにすぎない気もする。ただ、それをここまで詰めて真相に迫ろうとする著者の思いに感動を覚えた。(「甲子園が割れた日」 中村計、新潮文庫)
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