おそらくそうなんだ。
仏教の開祖たる釈迦牟尼(以下釈迦と表記)は仏像なんて見た事も想像したこともなかったはずだ。そもそも釈迦は何かを礼拝するなんてことはこれっぽっちも考えていなかったはずだ。だから、釈迦が今の様子を知れば、礼拝の対象として造られた仏像の存在理由が理解できないのじゃないだろうか。
釈迦が入滅後何百年も経って、後世の人たちが作った仏教において必要になったので出来たのが仏像なのだ。こう考えれば、納得できる。
以前私は、釈迦は偶像崇拝を否定していたのに何故後に仏像なんていう偶像ができたのか?とよくわからなかった。
釈迦が説いたのは「四諦」であり、「八正道」の実践修行である。
今我々が仏像に向かって合掌したりお経をあげたりすることは、全く釈迦の考えた仏教ではない。