スケッチブック30

生活者の目線で日本の政治社会の有様を綴る

スケッチブック30(学問ノススメ)

2018-11-28 20:41:07 | 日記
11月28日(水)
 今学問ノススメを読んでいる。私は福沢の史実を何も知らなかったが、どうもこの本も彼も誤解していたようである。テレビドラマなどでは福沢は、ちゃらちゃらした西洋かぶれの男に描かれ勝ちだ。時代遅れれだが不器用な攘夷論者に比べて、好感が持てなかった。学問ノススメもそういう男が書いた、これからは洋学を勉強すれば立身出世できるぞ、俺のところに来て洋学を勉強しろ、そういうような本だと思っていた。
 だが本を読んでみるとどうも違うようである。福沢も芯は攘夷論者であるのだが、ただ外国人を見たら切れという単純な攘夷論者ではない、ということなのではないかとの気がしてきた。学問ノススメもただの洋学推奨本ではない。
 洋学を身に着けて立身出世を図るということは、別に福沢先生に教えて貰わなくても、当時の人々には常識であったようだ。福沢は洋学こそがこれからの日本に必要な学問だと説くが、それが現状は猟官の道具に使われている有様を、嘆き批判している。つまり徳川時代に漢学者が官途に就くための勉強をしているのに変わらないと、批判をしているのだ。
 福沢は学問をする目的は、学問の中に存在している真理を、世の中で実際に実現することだという趣旨の言を、述べる。漢学の中にはそういう真理がない、だから漢学の勉強は封建体制という限定的な制度の中で、己の立身をする為の役にしかたたない。ところが今の洋学者はまるで昔の漢学者のようにひたすら政府に雇用されることばかり願っている、洋学という真理を手元に置きながらその活用が出来ていない、そう激しく批判するのが、学問ノススメである。
 福沢は決して官僚を否定しているのではないが、学問をした者は単に明治政府という枠内に留まってはいけない、学問の真理を実践して、明治政府を学問に沿って押し広げてゆく者でなければならない、そういうことを言っているようなのである。だから学問ノススメは一種の国士養成本の部類に入るものであろう。
 福沢は維新後の日本の成り行きを非常に心配していたものと思われる。明治維新は西洋列強クラブとでもいうものに、新参者が新入しただけである。クラブに入ったからといって安泰になった訳ではなく、これから恐ろしい西洋諸国と競争してゆかなくてはならない、その中で食われてしまうかもしれないのだぞ。ヨーロッパでは国が潰された例はいくらでもある。日本もよほど頑張らないとそうなりかねない、そんな恐怖心を強く持っていたと考える。洋学者が徳川時代の漢学者のような発想しかしていないと、日本は危ないぞと警告するのが、学問ノススメである。
 学問の真理の実現とは、例えば学問をした人間が、大学とか病院の設立とか、銀行や製造業や商事会社や新聞社を起こすことである。明治政府の富国強兵政策と同調するものであるが、福沢は民間の力でそれを為すことが肝要だと、考えていたようである。想像するばかりだが福沢は、政府はどうしても幅の狭い事しかできない、民間なら学問の真理を縦横に押し広げられる、そんな風に思っていたようなのだ。それなくして西洋諸国に勝てない、そう思っていたようである。そして自分がその先頭に立つと広言している。一万円札に描かれるのも当然だと感心した。