2月27日(水)
大津地裁が中学生の自殺はいじめが原因だとして、元同級生と保護者に3750万円の損害賠償を命じる判決を出した。いじめを無くそうとする立場からは画期的な判決であるが、それだけに先が不透明なある種の怖さも感じる。
前から歯痒かったのだが苛めをする人間に、命の尊さとか善隣愛を説いてもあまり効果は上がらない。いじめを本気で無くそうと思うなら、いじめは犯罪だと決めて、刑事罰と民事罰を課すしかないと考えていた。今回の判決はその第一歩となるもので、司法がいじめは犯罪との認識で一致して、加害者に罰を課す方向で動いてゆけば、恐らく自殺する程のいじめは激減するであろう。
それは結構なことであるが私がある怖さを感じる理由は、犯罪化が徹底されて子供の世界から、小さないじめさえ無くなるような事態になりはしないかという危惧である。私は人をいじめた経験は、自分ではないと思っているが、小さないじめを受けた記憶はある。いじめに打ち勝つ、例えば相手と殴り合う、そこまでいかなくても戦う姿勢を見せる、或いは付け込まれる元となった自分の曖昧な性格を正す、そういう経験は確実に以後の人生に役立ったと思っている。私は子供時代というものは、大人として生きてゆける自分を作る、準備期間だと考える。だからかけがえのない楽園時代という面も必要であり、同時に苦難をシミュ―レーションするという面も、必要だと思うのだ。シミュレーションを飛び越えてしまうような苦痛は勿論論外だが、行きすぎて角を矯めるようなことにならないかと、心配をするのだ。
ただ私は今のいじめの実態を知らない。昔とは全然いじめの性質が違うとの話も聞く。だから余計な心配なのかもしれない。
大津地裁が中学生の自殺はいじめが原因だとして、元同級生と保護者に3750万円の損害賠償を命じる判決を出した。いじめを無くそうとする立場からは画期的な判決であるが、それだけに先が不透明なある種の怖さも感じる。
前から歯痒かったのだが苛めをする人間に、命の尊さとか善隣愛を説いてもあまり効果は上がらない。いじめを本気で無くそうと思うなら、いじめは犯罪だと決めて、刑事罰と民事罰を課すしかないと考えていた。今回の判決はその第一歩となるもので、司法がいじめは犯罪との認識で一致して、加害者に罰を課す方向で動いてゆけば、恐らく自殺する程のいじめは激減するであろう。
それは結構なことであるが私がある怖さを感じる理由は、犯罪化が徹底されて子供の世界から、小さないじめさえ無くなるような事態になりはしないかという危惧である。私は人をいじめた経験は、自分ではないと思っているが、小さないじめを受けた記憶はある。いじめに打ち勝つ、例えば相手と殴り合う、そこまでいかなくても戦う姿勢を見せる、或いは付け込まれる元となった自分の曖昧な性格を正す、そういう経験は確実に以後の人生に役立ったと思っている。私は子供時代というものは、大人として生きてゆける自分を作る、準備期間だと考える。だからかけがえのない楽園時代という面も必要であり、同時に苦難をシミュ―レーションするという面も、必要だと思うのだ。シミュレーションを飛び越えてしまうような苦痛は勿論論外だが、行きすぎて角を矯めるようなことにならないかと、心配をするのだ。
ただ私は今のいじめの実態を知らない。昔とは全然いじめの性質が違うとの話も聞く。だから余計な心配なのかもしれない。