がじゅまるの樹の下で。

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知念グスク周辺

2011年10月09日 | ・琉球史散策/神話・近代

南部史跡ご紹介のコ~ナ~。

前回の知念グスクに引き続き、2009年7月に訪問した時の写真です。

今日は知念グスク周辺。

すぐ近くにはノロの屋敷跡がありました。

グスクの近くにはノロの屋敷跡があることが結構あります。

ちなみに、ノロとユタってどう違うの?

って聞かれることがありますが、

皆さんお分かりですか?

…って、ワタシもテンペストをきっかけに知ったんですけどね

似ているようで実は性質や働きが違うのです。

ノロは王府から任命された、いわば国家公務員のようなもの。

しっかりとした組織の中に位置づけられていて、
王府から任命され、辞令書ももらいます。

祈ることも個人的なことではなく、
国家や担当する地域の安寧や五穀豊穣、航海安全のことです。

そして、その人が霊力が高い(サーダカー)生まれかどうかは関係なく、
世襲制で受け継がれるのだそうです。

ちなみにノロ組織のトップに位置するのが、
聞得大君です。

ノロさんが組織に位置づけられた国家公務員だとしたら、
ユタさんは例えば私塾の塾講師のようなもの。

組織に位置づけられているわけでなく、
資格や手続きなども必要ない。

その人個人の「霊的な目覚め」によってなされており、
世襲制ではない。

そしてユタさんはあくまで「個人営業」なので、
個人的な人生相談的なことも行います。

変な言い方をすると、ゆえに「自称」でもいいわけで、
当たりはずれがあるというか、
詐欺まがいなことをする「自称」ユタさんも現れる、ということですね

なので、エリート階級に位置する由緒あるノロさんにしてみれば
勝手に目覚めて勝手に名乗って勝手に“営業”しているユタさんは
おもしろくない存在でもあったのです。

王府でもしばしばユタを禁止する動き(ユタ狩りのような)がありましたが、
それでもユタと、ユタを求める民衆の欲求は抑えきれなかったのだそうです。

王府が解体された今、
王府組織の中にあったノロさんは減少の一途にありますが
ユタさんは今でも普通にいて、
ノロよりもユタという言葉のほうが耳慣れている沖縄です。

さて、こちらは確か知念グスクのある丘の中腹辺りにあった御嶽。

さすが聖地・知念グスク界隈。

立派です。

草むらをガサゴソしていると、
一応、知念按司の墓の案内板が。

…この奥か……。

雨も降っていたし蒸し暑い日だったので
やめときました…

知念グスクのある丘を降りると、
道沿いにすぐあるのがコチラも聖地・知念大川(ちねんうぅかー)。

王府時代からの聖地巡礼「東御廻り」のスポットでもあります。

この日もちょうど、御拝をしている方々がいました。

(グスクや史跡巡りをしていると、このような方々に出くわすことは全然珍しいことではありません☆)

 

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コメント (11)
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