フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 明治大学教授の宮越勉さんから『志賀直哉 暗夜行路の交響世界』(翰林書房、6700円)という本をいただきました。一言で言えば「『暗夜行路』に関する総合的な研究書」です。
          
 この本を「総合的」な研究書というのは、『暗夜行路』という一作品に対して、実にさまざまな角度から考察しているということです。この本の第Ⅰ部は志賀の短編作品を扱っていますが、それぞれの章が、何らかの意味で長編『暗夜行路』に結びつく意図で考察がなされています。また、『暗夜行路』を直接論じる第Ⅱ部でも、第1章では主人公の時任謙作が祖父の呪縛からどのように解放されるかを論じ、第2章では『暗夜行路』の「序詞」がその後の作品世界といかに連関しているかを論じています。さらに第3章では、『暗夜行路』前篇第一と作者志賀直哉の日記の比較から『暗夜行路』の「アレンヂ」のあり方を論じ、第4章では『暗夜行路』に挿入されるさまざまなエピソードのうちの悪女たち(栄花と蝮のお政のエピソード)がいかに作品に幅と深みを与えているかを論じています。
 という具合に、全400頁にもわたる大著のすべてが、大作『暗夜行路』をさまざまな角度から論じることになっているのです。
          
 このことは、
『暗夜行路』を論じる方法に関しても「総合的」だということを意味します。
 作品内をていねいに読み込む章もあれば、作者の日記を重視して作者の実人生と考えあわせる章もあります。また、作品を完成形として考察する部分もあれば、作品が出来上がる草稿の過程を重視して論じる部分もあり、そのような分析の方法という意味でも、この本は『暗夜行路』に関する「総合的」な研究書と言えると思います。
 長編とは言え、『暗夜行路』一作だけでこれだけの考察を積み重ねた著者の研鑽の過程に、心から敬意を表したいと思います。



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