日々、土器実測(仮)

発掘された遺物の図化作業メインのお仕事ブログのはずが、日々の徒然・スピ話ばっかりになっちゃってる日記。

普通

2012年01月11日 | Weblog
最近、抱えているマイナスの思いが、とてもリアルに表に浮かび上がって来る事があるのですが、それらの感情は、自分の中で当然の事として自覚していると思い込んでいたものです。
でも実際リアルに感じて来ると、なぜこの感覚を普通だと思っていたのかが俄然疑問に思われて来る。
それは、絶対上手く行かない、幸せになれないと云った事なのですが、何時も物事が上手く行き始めるとわ~っと湧きあがって来て、よくなる事への不安を煽るようなものでした。
前はそんな風になっても、それがむしろ普通の状態で、状況が悪いのが当り前と思っていたし、そうならないと困る(と云うと変ですが)感じがありました。
自分の状況が悪くある事が必然と云う刷り込みがあったのです。
自分では変化を望み、よくなりたい、上手く行きたいと願っていたつもりでも、実は心の奥底で、変化を恐れていたと云う事になるのでしょうか。

今も色んな事をしている時に、ふと、これが上手く行ったらどうしようと思う事があります。
上手く行ったらいいに決まっているのに、なぜかそこに大きな不安を感じるのですよね。
そしてその事を考えるだけで、不安でドキドキして来る。
全くおかしな話です。
でも今感じる感覚は、前とは明らかに違っています。
前はよくなる事への不安から、元通り状況が悪くいる事に、よくなりたいと思いつつも恐らく安堵していたところがあったと思うのですが、今は葛藤している感じがします。
よくなったら怖いよとささやく声に、それは違う!と抵抗している自分がいると云うか、よくなる事が本当の自分だと必死になっていると云うか……。
何とかここを乗り切れたらと云う思いも出始めて来ました、不安でどうにかなりそうですが。

表面的には望んでいないはずの事が、実は自分にとって当り前で安堵出来る状態って、どう云う事なのかと訳が分からなくなります。
本来はそんなおかしな事、ある訳がないはずで。
でも自分にそれが起きているのですから、認めるしかありません。
この恐怖や不安の原因は何処から来るのか分かりませんが、その感覚に、あんあたたち違ってるよと突き付けないといけないのですね、多分。
幸せになる事への恐怖と不安、何なんでしょう一体……。


今日で10カ月、あっと云う間に時間は流れます。
でも心はそのままと云う人が、まだまだ沢山いると思います。
今を生きて行きましょう。
合掌。