これが私の生きる道

こむずかしいことやきれいごとは
書いてありません。
読みやすさを心がけて書いています。
読んでみてください!!

何度でも

2011年03月30日 19時52分53秒 | 音楽
先日、放送された「上を向いて歩こう」には
いたく感動させられましたが
この視聴率が9.4%という微妙な数字で
いささか複雑な気持ちです。
裏番組の金八先生がほぼ20%で
大河ドラマもあったとはいえ
15%位はいっているかと思っていました。
更にその2日前に放送された
テレビ東京の「懐かしの昭和メロディ」の10.4%より下というのは
視聴率が作品の質とは関係ないとはいえ
世間的にはこの程度の関心なのかなぁ
というのが正直なところです。

彼らが出ていたらあと2~3%は上がっていただろう
ドリカムには「何度でも」を歌ってもらいたくて
見終わった後、歌詞を改めて読み直したんですが
これが今の状況にぴったりなことに
気づかされました。


「何度でも」

こみ上げてくる涙を何回拭いたら
伝えたい言葉は届くだろう?
誰かや何かに怒っても出口はないなら

何度でも何度でも何度でも立ち上がり呼ぶよ
きみの名前声が涸れるまで
悔しくて苦しくてがんばっても
どうしようもない時もきみを思い出すよ
10000回だめでへとへとになっても
10001回目は何か変わるかもしれない

口にする度本当に伝えたい言葉は
ぽろぽろとこぼれて逃げていく
悲しみに支配させてただ潰されるのなら

何度でも何度でも何度でも立ち上がり呼ぶよ
きみの名前声が涸れるまで
落ち込んでやる気ももう底ついて
がんばれない時もきみを思い出すよ
10000回だめでかっこ悪くても
10001回目は何か変わるかもしれない

前を向いてしがみついて
胸掻きむしってあきらめないで叫べ!

何度でも何度でも何度でも立ち上がり呼ぶよ
きみの名前声が涸れるまで
悔しくて苦しくてがんばっても
どうしようもない時もきみの歌を思い出すよ

この先も躓いて傷ついて傷つけて
終わりのないやり場のない怒りさえ
もどかしく抱きながら
どうしてわからないんだ?伝わらないんだ?
喘ぎ嘆きながら自分と戦ってみるよ
10000回だめで望みなくなっても
10001回目は来る
きみを呼ぶ声力にしていくよ何度も
明日がその10001回目かもしれない…



もうこの曲を復興ソングとして
各局で流してもらいたい位です。
吉田さん自体が大切な人を亡くしているから
余計に説得力があるし
被災者の方の心にも響くと思うんですよね。
今年のドリカムワンダーランドは絶対行きたいなぁ。

それとミスチルライブの本格的な再開が今週末からはじまるみたいで
大阪城ホールと和歌山公演が合同で、
大阪ドームが会場になったのはかなりのウルトラCです。
普通は同じ会場で延期が当たり前だけど
これだけ日程を詰めてくるということは
この後、夏場にスタジアムライブあると考えても
あながち間違いじゃないなぁと
秘かに期待しています。

でもアリーナからドームって
スクリーンなどのセットの大きさとか
上手くいくものなのかなぁ。
コミュの書き込みで
ドームじゃなくてそのままの会場が良かったってあったけど、
その気持ちは分かります、
ドームだと結構大雑把になっちゃうし。
とはいっても仙台公演の人に比べれば見れるだけでも幸せってもんで、
振り替えするっていってもいつの日になるか分からないし
チケットだって無くなっちゃった人、いるだろうし。
ライブに行けないやるせなさだけは
自分でも理解できます。


ためる

2011年03月29日 21時28分55秒 | 思うこと
今回のような大災害があると
やっぱり貯金はしておかないといけないなぁと思う人と
お金を貯めていてもしょうがないなぁと思う人に
はっきり二分されるような気がします。
基本的に前者はマイナス思考な人で
後者はプラス思考な人が多いと思います。

いくら貯めていたっていきなり何が起こるか分からないんだから
使える内に使ったほうがいい、
という意見は納得できます。
それまで買いたいものを我慢して貯めていても
次の日まで生きれる保証なんてないし
無きゃないで何とかなるものだったりします。

逆に、災害にあって住むところもなくしたときに
頼りになるのは現金だったりします。
不動産や株などの資産はすぐにお金にすることはできないし
現金があればとりあえずホテルにも泊まれるし
当座の食事なども買うことができます。
(売っているところがあればの話ですけど)

自分は貯めておきたい派なので
より一層、貯めなければいけないなぁと感じることが多いですけど
一方で、お金なんて儚いものだなぁ
と思うことも増えました。
風が吹けば一瞬で消えてしまうようなイメージでしょうか、
実際はそんなことはないんですけど
苦労して貯めた先に見えるものは
希望よりも悟りの方が強い気もします。

今、副収入で1億円、手に入れたとして
仕事を辞めて、生きていくことは十分可能です。
もっか嫌なことの90%以上は仕事にまつわることですから
それが無くなれば、嫌なことがほとんどなくなるわけです。
が、実際それで生活していったら
それはそれで生きるモチベーションみたいなものは持続するのか
どうも良く分かりません。
嫌なことがなくなる=幸せになる、ということならば
間違いなく幸せになれますが
そう簡単にいくものでしょうか。
案外上手くいくような気もするし
うつになりそうな気もするし、難しいところです。

貯まるといえば、震災があった頃から
体重がいやに増えてきました。
こういうことがあると危険を察知して
脂肪を蓄えようとするものなのでしょうか。
食べる量は特に増えていないし
間食もそんなにしないのに何か変です。
それともストレスで知らぬ間に
食べてしまっているのか。

今までそんなに増えたことがなかったので
女性が体重計のメモリを気にする気持ちが
よく分かるようになりました。
あの数字のインパクトってすごくありますね。
また体重が増えると身体自体は健康になっているようで
疲れにくいし、病気もしなくなるので
こっちの方が正常なのか、という気もしないではありません。

でも今まで履けていたズボンが
ボタンを締めるときにすごくきついので
それは本当に困ります。
あと献血するときに毎回
体重が変わっていないか聞かれるので
そこで本当の体重を言おうかどうか
相当悩みます。

上を向いて歩こう

2011年03月28日 20時35分51秒 | 音楽
昨日は宿直だったので今日録画したのを見ました。
被災地にいる方がこの番組を見れていたのか
もし見ていたらどう感じるのかは
当人でないから分かりません。
結局、安全圏から応援されても・・・
って感じる人も絶対いないわけはないでしょう。
(この番組自体、電気代の無駄だ、っていう意見は
被災地の方は計画停電のことはとりあえず関係ないし
他の県、東京都の問題だから本質的ではありません)

それはそれとして置いておいて
出演していたアーティストが歌う前に
メッセージを贈っていましたが
その中で好感がもてたのは
布施明とスガシカオの両名でした。

布施明は「心配ないと言っても心配でしょう、
大丈夫って言っても大丈夫じゃないのは分かっています」
と語っていて、
これは被災者の方の心情をよく汲み取った内容だと感じます。
「大丈夫」や「頑張れ」で助かるのなら
そんな簡単なことはありません、
たぶん今はこの不安な気持ちをどうか分かってもらいたい、
そんな風に思っている人が結構いらっしゃるんじゃないでしょうか。

今日「PON」に精神科医の名越氏が出演していましたが
こういうときにこそ、
心の専門家が現地に赴いて、話を聞いてあげることが必要だと思うんです、
こんなバラエティ番組に出て
通り一遍のことを語られたって
何も救われません。

スガシカオは
「また笑顔でライブをやろう、必ずライブやろう」
というメッセージで
被災地にいるスガシカオのファンは
これを聞いて間違いなく
生きる希望を抱くことができたと思う。
もう少し復興が進んだ暁には
被災地に住んでいるファンクラブの人だけを集めて
無料ライブを開いてもらいたい、
それがアーティストの人ができる一番の
支援になると思います。

そしてユーミンの
「強くなれば、明るくなれるし、やさしくなれる
日本は変わろうとしている 変わることを恐れない強さ」
特筆するようなファンでは全然ないけど
さすがに一時代を築いた人だと
はじめて思いました。

「ライフイズビューティフル」という映画があって
親子3人がユダヤ人ということで強制収容所に送られてしまって
子供を不安がらせないように
これはゲームで、泣いたり、ママに会いたがったりしたら減点。
いい子にしていれば点数がもらえて、
勝ったら、本物の戦車に乗っておうちに帰れる、という嘘をついて
自分も恐怖を感じているはずなのに
子供の前で明るく振舞っていて
これは本当の強さだと思うんですね。
自分なんかは今回もそうだけど
すぐにその場の雰囲気に呑まれて
悲観的になってしまうから弱い人間だと反省します。

語弊があるかもしれませんが
今回の地震が、日本の変わる契機になってしまったのかと思います。
石原都知事の「天罰」っていう言葉自体は良くなかったけど
本質で言いたかったことはそんなに間違っていないと思っていて
日本は何か変な方向に進んでいっていた雰囲気は
かなり感じていました。
長い時間を掛けて
異常なことが正常だと思い込まされていた
そんな感覚でしょうか。
電気エネルギーへの依存、人と人とのコミュニケーション、
氾濫している情報、など
見直すきっかけになるのでしょうか。

aikoと一青さんは
歌前のメッセージがシンプルでよかったと思います。
aikoは何を歌うか気になってましたが「キラキラ」でした。
最初は歌詞が今回のメッセージに合っているのかなぁと
思いましたが
大切な人を信じて待っている、という内容なので
そういうことかと腑に落ちました。
途中で「その前にこの世が無くなっちゃってたら」という所では
aikoが手を振って、そんなことない、
みたいなジェスチャー取っていたのが印象的でした。

「ハナミズキ」はまぁこの場で歌うのには
一番適しているというか
「果てない波がちゃんと止まりますように」って
ぴったり符合しちゃっているし
歌っていて涙をこらえていたのは
自分より辛い人たちがいるのに
私が泣いちゃいけない、って思っていたと勝手に想像していました。

それと現実問題として
アーティストはそこそこ売れていないと
いくら強い思いを持っていても
それが多くの人には伝わらないと思いました。
去年ハイチのチャリティーライブに行って
キャンドルジュンも言ってましたけど
出演してほしいと声を掛けても
有名な人は事務所からNGが出てしまうって。

今回の番組は
名前を聞けばほとんどの人が知っている人が出ていたし
だからスポンサーもついて放送網も広がり
より多くの人に伝えられると
実力云々よりそれが大きいです。
会社でもそうですが、そこそこ実績を残さないと
いくらそれが本質をついたするどい意見でも
誰も耳を傾けてくれません。

最後にできればドリカムといきものがかりには
出てほしかったかなぁ。
ドリカムは「何度でも」
いきものがかりは「ありがとう」
この2曲があったらかなりいいと思ったんですけどね。

さよなら、でんこちゃん

2011年03月26日 20時49分52秒 | 思うこと
現在は除外されている東京23区(一部は今も実施されている)内も
夏場になれば、計画停電の対象になることは間違いなく
今からその対策を立てなければなりません。
たしか家のマンションは水道直結で
上階に上げるのにポンプを使っているはずで
それが正しければ4階位なら
水圧は落ちるけど断水にはならないはずですが
3~4時間、水が出なくてもそんなに困りません。

一番問題になりそうなのが
夜の照明で、乾電池では電圧が低いので
そうそう照度は期待できません。
明かりさえ確保できれば
本を読んで過ごすことができるので
逆に読書に集中できるチャンスですが
もう少し流通が落ち着いたら
いい照明器具を探しに行こうと思っています。

本の他にはウォークマンは充電しておけば
数時間はもつのでこれを聴くのもいいかもしれません。
音楽だけでなく過去のポッドキャストも相当あるので
これを聞いていても退屈しなそうです。
もう少し前向きなものとしては
筋トレでもしようかと思っています。
腕立てと腹筋と背筋で体幹を鍛えて
しっかりした身体を取り戻すことができるかもしれません。

一般家庭はともかく、
商売をしている人は停電したら休業する他なく
それはすなわち収入が入ってこないことにつながります。
よく行く温泉も計画停電がないときでも
休憩所が休止していて
それじゃ行ってもしょうがないかと他の温泉に行きました。
それに休みの日でも、いきなり停まったら嫌だから
電車で出かけることが少なくなったし
何より何かを買おうという意欲が湧いてきません。

もちろん今は節電一色で
でも普段大量に電力を消費している人に限って
節電、節電言っているような気がして
それはそれで不快なものです。
待機電力が無駄だからと使わない電気機器の電源コードを
コンセントから外したって言ってましたが
エアコンを切った方がそれの何倍も
省エネになるんですけど・・・
あと冷蔵庫に温度調節を「強」から「中」にして下さい、
って何かの注意書きに書いてあったけど
元々「弱」にしてあったし
そんなの今更言うことかと。

個人的な意見としては、
公式なお願いとして、夏場はエアコンを使わないで下さい、って
言ってしまってもいいと思う。
窓の開かないオフィスビルやお店はしょうがないとしても
一般住宅は無くても何とかなるし
室外機の熱風がない分、外は涼しくなるはずです。
設定温度を下げて下さい程度では
とてもじゃないけど乗り切れないのは目に見えています。

今回の電力危機は、俯瞰で捉えると
電力バブルがはじけたような状態ではないでしょうか、
膨らみ続けた電力消費がついに弾けてしまったと。
バブルが弾けた後、消費を見直したのと同様に
電力についても抜本から見直す機会になりそうです。
24時間営業するのが当たり前になった
コンビニをはじめとする小売業、
見てくれを重視した昼間なのに明るすぎる照明、
夏は寒すぎ、冬は暑すぎる過剰な空調、
あるのが当たり前と思っているエスカレーターやエレベーター
数え上げればきりがありません。

実際、今、あらゆる場所が間引き照明になっていても
エスカレーターが停まっていても
それほど不便さを感じません。
要はこれを受け入れられるかどうかの問題でしかないのです。

でも東京電力は今後数年間は大変厳しい時代を
迎えるのは間違いないでしょう。
「オール電化」が衰退するのは確実で
もう本上まなみのあのCMもお蔵入りで二度と見れないし
「でんこちゃん」ももう見れないんだろうなぁ。

自分は自分でしかない

2011年03月25日 19時04分02秒 | 思うこと
この先、かなり極端な意見が書かれています。
常識を重んじる方にはおそらく合わない話だと思います。

来週の北海道公演から
ミスチルのツアーが再開されるとのことで
個人的には大変喜ばしい限りです。
毎度毎度書いているのであまり真実味はありませんが
今回のライブはそれはもうすごくいい内容なので
中止にするには惜しすぎるものです。

はっきりいってこのライブを通じて
被災者の方々に勇気を与えるとか
そんなことはないし、
詭弁に過ぎないと思います。
逆にそんなことしているばあいか、
って妬む人の方が多いでしょう。

もし自分が被災した立場なら
「絶対に大丈夫」とか「頑張れ」とか言われたくないし
そう思っている気持ちは嘘でないにしろ
所詮は、安全で守られている立ち位置から言うことは
被災者の為というより自分たちの為に言っているように
感じるのです。

これから野球が始まったら
「東北の人、頑張って」と言った内容のプラカードを持った
観客席が映し出されるのが予想されますけど
それを避難所のテレビで見れたとして
「よし、頑張ろう」ってモチベーションの上がる人なんて
いるとは思えないし
そう思うなら野球なんて観に行ってんじゃないよ、
って自分なら絶対そういう感想を持ちます。

コミュの書き込みをみても
こんな状態でライブに行っても楽しめない、って意見も多いけど
自分の親族や知り合いが被災しているならともかく
それじゃこの前のニュージーランド地震で
日本人が被災したときは何で平気だったのか、って
そう思います。

悲しいけど自分以外の人が感じている辛さ、痛み、苦しみは
想像することはできるけど
完全に自分の中で再現することはできません。
だから分かった気になって
安易にとやかく言うのは
どんな状況においても意味はないし
逆に失礼なことにも感じます。

カスケード~やがて時がくれば~

2011年03月24日 23時47分23秒 | 演劇
今日は舞台を観に行きました。
日本がこんなときに、っていう雰囲気もありますが
もっと視野を広げれば、普段の日でも
生活に困窮している人はいて、
不測の事態で苦しんでいる人がいるわけで
そんなこと言ってたらきりがない、
と自分に言い聞かせました。

昨日は宿直で、観劇中に眠くなったら困るので
5時から昼寝(夕寝?)することにして
ウトウトしてたらあっという間に熟睡してしまい
気づいたらもう出発しなきゃいけない時間で
ハッと目覚めたときは
一瞬ここがどこで何時なのか理解できませんでした。
そんなこんなで手早く支度を済ませ家を出ました。

今回観に行った一番の動機は
主演の安藤聖目当てでした。
去年、ブス会という舞台ではじめてみて
こんなに演技が出来て、ルックスもいいのに
何でもっと露出しないんだろうなぁという感想をもって
興味を持ちました。
それに作・演出は岩松了さんで
一青さんの舞台「箱の中の女」も手がけていたので
全く内容が理解できないことはないだろうと
いう安心感もありました。

劇場は、下北沢駅前劇場で今回2回目です。
おそらくこれが典型的な小劇場という感じなのでしょうか、
とにかく隣の人との間隔が狭くて
これって太った人はくるな、ってことかなぁと
今日も感じました。
幸いなことに片方の席が空いていたので
良かったです。
前から2列目だったのですが
1列目が自由席で、背もたれはないのですが
値段も安いので、それはどうなのかなぁと思いました。

簡単なあらすじは、
チェーホフの「かもめ」を上演することになって稽古をしてきたが、
主演の俳優が急死してしまうという感じで
映画の「メメント」「アレックス」のように
時がさかのぼっていくタイプで
時間的に最新のシーンからはじまり
一番過去のシーンで終わるという形です。
なのではじめの内は、時系列が理解できずに
混乱してしまいました。

それにはじめて見る役者さんばかりで
誰がどの役をやっているかも理解しなければならず
役者さんの下にテロップが出てくれれば
楽なのになぁと罰当たりなことを思いました。

まだ2作しか見ていないので当たっているのか分からないですが
岩松さんの作品って、パッと見てすぐに分かりやすい話ではないし
終始笑わそうという感じでもないので
今回も開始20分位までは
何だかよく分からない話だな、
とりあえず安藤さんだけ見て帰れればいいか位な感じだったんですけど
30分を過ぎるあたりから引き込まれてきて
上演時間は2時間弱でしたが
ものすごく短く感じました。
「箱の中の女」に比べれば比較的内容が分かりやすく
セリフがちょっと観念的だけど
考えさせられるものが多かったです。

時間がどんどん遡っていくので
過去にこういうことがあったから
さっきまでのシーンでこういうことだったのかぁと
腑に落ちる感じが結構気持ちよかったです。
「かもめ」というお話を知らなくても
さほど支障はありませんが
セリフで引用している部分があるので
知っていると余計に楽しめる気がしました。

舞台の裏側みたいな場面が多く
例えば、テレビなどで露出が多い俳優が稽古場に来ると
席を譲ったり、挨拶を丁寧にするところとか
芸能事務所との関係で役柄が決まったりすること
なんか現実の舞台裏でもこんなことが本当にあるんだろうなぁ
って面白かったです。

お目当てだった安藤さんは
やっぱり素晴らしくて
間近で見られてすごくありがたがったですが
もっと出番を増やしてもらいたかったです。
安藤さん以外では吉牟田眞奈さんって女優さんが良くて、
出てくるだけで期待感が持てる
お笑い面でかなり引っ張ってました。

結局主役の役者が死んだ理由はよく分からず仕舞いで
彼が、自分が悪い、って言うことで
逆に相手を追いつめていくんですけど
確かにそういうことってあるよなぁって思いました。
自分も弱音を吐きがちな人間なんで
分かる気がしました。

最近よく小劇団のお芝居を観に行くようになりましたけど
まだまだ自分の知らないところで
面白い、隠れたものがたくさん埋まっているなぁって
宝探しに似たものがあります。
これからも素敵な宝に出会えればいいなぁと思います。

失う怖さ

2011年03月22日 21時49分53秒 | 思うこと
今さらですが、震災で亡くなられた方々は
その日に自分がそんなことになるなんて
全く想像もしていなかったし
人によっては何が何だか分からないまま
この世を旅立った方も多数いらっしゃたでしょう。
天災だけでなく交通事故でも事件に巻き込まれるでもそうですが
この予期していないことに
巻き込まれる恐怖というのは
相当ショックなものです。

いくらそれまで人一倍賢明に生きていようが
注意深く過ごそうが
社会生活を営む限り、
それに遭わない保証はどこにもありません。
ここまで生きてきたのは半ば当然のように思えるけど
実はこれはこれで相当運がいいのではないかと
捉えることもできます。

さきほどニュースで見ましたが
家が流された方は
もちろんその家は使えないし
この先、復興が進んでも同じ場所に家を建てる気には
中々なれないでしょう。
そこで土地を売るにしても
そのような場所だったら高く売れないし
現実的にとても大変な状況です。

今回の震災で、親・兄弟、果ては伴侶やお子さんを
亡くされた方も少なからずいるでしょう。
避難生活ももちろん大変でしょうが
それよりこの空いてしまった心の穴を埋める
手立てはあるのでしょうか。
もし自分が奥さんや子供がいて
いなくなってしまったら
生きる気力を無くしてしまうと思います。
間違いなく何を糧に生きていけばいいか
途方に暮れてしまいます。

そんなことを考えると
元々それらを持たない方がいいのかなぁとさえ思ってしまいます。
物やお金は取り返せても
この喪失感には敵いません。
でもそんなに大切に思えるものなのだから
持てたらどんなに素晴らしいことなのかなぁとも
逆説的に思ったりもします。

それでも日本は他の国よりは治安はよくて
完全に安全な社会というのは不可能なわけで
巨大な力に捕まることもあるかもしれないけど
何とかそれを上手くかわしながら
生きていくしか他に方法はないようです。

懺悔

2011年03月21日 17時53分34秒 | 思うこと
今日レンタルしたDVDを返却しに行く途中に
ゴルフの打ちっぱなし場があって
そこでカンカン、ゴルフボールを打つ姿を見て
何だか不謹慎だなぁと瞬間感じました。

でもこれが自分の興味のある、
例えば映画を見るとか舞台を見るとかだったら
こういう思いにはならないことを考慮すると
結局、自分が興味のない娯楽に対してだけ
感じるんだなぁと思いました。

テレビでのバラエティ番組や笑って話すこと、
果ては津波のシーンを見て
すごいと思うことすら
不謹慎といえば不謹慎です。
どこまでが許されてどこまでが許されないかなんてことは
イメージでしかありません。

そもそも世界中では戦争や飢餓でたくさんの方が毎日亡くなっていても
普段私たちがそれを意識することはありません。
国が違うといえばそれまでだけど
同じ地球に住む者として大きく見れば
不謹慎と取れなくもありません。

日記でこういうことを書いているのは
カタルシスとして自分の不安を緩和させるのと共に
何にもできないことに対しての
懺悔しているような気持ちがあります。

余震が続いているからまだ緊張感があるけど
これがゴールデンウィークを過ぎる頃には
この危機感に似たものが薄れてきて
被災者の方のことも忘れてしまうんじゃないかと、
そして原発の問題も生活優先で
なかったことになるんじゃないか
それを受け入れてしまう自分がいることも。

避難所ですごい寒くて食事もほとんど取れず
不安な気持ちで過ごしているに違いないのを尻目に
仕事に行くのが嫌だ、と
小さなことに憂鬱になっていること、
チケットの取れているライブは
日程通り行われるのか心配していること、
不謹慎の固まりです。
他人を無条件に思いやれる人物になれないものでしょうか。

電気のありがたさ

2011年03月20日 19時54分31秒 | 思うこと
原発も何とかなりそうな雰囲気になってきて
多少、心の動揺も収まりつつあります。
関東地方では平日は計画停電が続いており
公共の場では節電が始まっています。
駅では照明の消灯はもちろんのこと、
エスカレーターも停止している場所が多く
職場でも余計な電力を使わないよう
気を使っています。

こうなって分かったことですが
これまでいかに余計な電力を使っていたかということです。
見栄え重視の照明や
歩いても大した負荷でもないのにエスカレーターを使ったり
過剰な空調だったり
こういうものに囲まれて、
運動能力や動物の本能みたいなものを無くしていたのかもしれません。

電力が安定してきたら、またしょうこりもなく点灯しはじめるのは
目に見えています。
ほとんどの人が無駄だなぁと感じても
今回のように大義名分がないと
消灯したりエスカレーターを止めたりするのは
難しいというのも
世の中の仕組みとして分かっています。

プロ野球セリーグの開幕が25日から29日に延期になりましたが
25日にしたかったのは、
おそらくナベツネだったと思われます。
選手はもちろん、オーナー、コミッショナーでさえも
本当はやりたくなかったのではないでしょうか。
でも頂点にいる人がこうと決めたら
下のものは従わざるをえません、
だから人の上に立つ人は賢明な人物でないといけないのです。

うちは端っことはいえ東京23区内で、
今まで一度も計画停電されていません。
地域によって電気を供給している変電所が違うとかで
まのがれているようです。
非常に助かるのと同時に
他の周りの地域は停電しているわけで
やっぱり東京はひいきされているなぁと感じます。
今回の事態がある程度収まった後、
今まで以上に東京一極中心になる感じもします。

もちろん原発は恐怖の対象に違いなく
震災から1週間経っても浮き足立たせている存在なのは
間違いないのですが
直接的に多数の死傷者を出したのは
津波だということをもう一度認識しておく必要があります。
今回の規模の津波が食い止める防波堤は
計算上では可能らしいですが
コスト面など考慮すると現実的ではないらしいです。

でも地震や津波は天災で、原発は人災だから
今後、原発の方がより批判を浴びるのは
間違いないでしょう。
しかし東京電力、保安院だけを責めるだけの話ではなく
ここまで電力を使用しなければならなくなった
日本国内の生活にも問題はあるでしょう。
それが生きていく為にどうしても必要というのならともかく
無駄な贅肉のような、そんな使い方をしているのは明確で
今実施している節電の50%でも行っていれば
もしかしたら原発を使用しなくても
平気な世の中になるのでしょうか。

やわらかい風

2011年03月18日 22時10分54秒 | 音楽
やわらかい風が吹いたら ふと目を瞑って
元気で過ごしてるかな?
そんなことを思うんだ

君の自転車の後をジョギングして
かけてく遊歩道 それで嬉しかった

何気なく笑い合えたな 会話なんてなくたって
忙しく過ごしてるかな?
風邪なんかひいていないかな?

君が抱いてた悲しみ 寂しさ もどかしさ
何にもしてやれなかったなぁ それが悔しかった

もっと大きな器で もっと優しくて
そういう僕なら君を救えたろうな

世知辛い時代だとアナウンスされてるけど
君と過ごした時間があるから 僕は恵まれてるって言える

始まりも終わりも どこかあやふやで
頭の切り替えが 上手くいかないまんま

何気なく笑い合えたな 今もそうならいいな
忙しく過ごしてるかな?
誰かと出会っているかな?

やわらかい風が吹いたら
また目を瞑って
元気で過ごしてるかな?
そんなことを思うんだ
やわらかい風が吹いたら
やわらかい風が吹いたら

揺れる想い

2011年03月16日 18時09分52秒 | 思うこと
ここ数日は気持ちがとても上下して
気分が安定してません。
昨日は職場の人が今の原発の状態が
チェルノブイリとほとんど変わらないレベルだと言うのを聞いて
あぁもうお終いだなぁ、と絶望感いっぱいでいましたが
その後調べたらチェルノブイリとは
原発の方式が違うらしいので
そこまでの危険性はないということでホッとしていたら
今日になって格納容器が損傷したかもしれない、という報道を見て
これが壊れると放射能物質が流失してしまい
被害が甚大になるそうで
また下に叩きつけられました。

今まで経験したことがないので
今後もっとひどいことになるのかそうでもないのか
全く想像が付かず
もしかしたら後で振り返ってみて
3月から野球をするかどうかなんて
ノンキなこと、よく言ってられたなぁ
ってことになるのかもしれないと思うと
またまた絶望感に襲われます。

今日駅前を歩いていたら
スーツケースを転がした人数人とすれ違いました。
おそらく海外に避難するのかと思われます。
外国の人は結構もう国外に脱出しているみたいです。
自分も働いていなければ
国内でも南の方に逃避行したいところですが
現実はそうもいきません。

原発で復旧作業している方々は
ものすごい恐怖と闘っていると思います。
自分だったらとてもじゃないけど
耐え切れないでしょう。
被災地の方面は雪も降って相当寒いとのことで
特に夜は寒くて眠れないそうです。
多分自分だったら精神から病んできて
数日でダウンしてしまうことでしょう。
当面危険のない、しかも暖かい部屋で食事に困らない状況で
頑張って下さい、なんて
おこがましいことは言えません。

テレビ番組はちょこちょこ放送されはじめました。
中には不謹慎に感じる人も当然いるだろうことは
想像に難くありませんが
これを流せる位なんだから
そこまで最悪な状況ではないのだろうと思えることができるので
個人的には放送してもらいたいです。
昨日は楽しみにしていた「美しい隣人」の最終回で
感想としては、まぁまぁかなぁといったところです。
それまでの流れとしてはもうちょっとイケたと感じましたが
ハードルを上げすぎたのかもしれません。

良かったと思ったところが、
リオが駿と自転車の練習したいたときに
沙希に寝返っていたところで
彼の立ち位置が今までよく分からなかったけど
あれは意表をつかれました。
あと絵里子が「(沙希と会うまでは)自分が幸せかどうか
考えたこともなかった」というのが正にその通りだなぁ、って
人って本当に幸せなときって
自分が幸せかどうかなんて本当に考えたりしないものなんですよね、
もうそう考えはじめたときは
幸せではないということですね。

そしてラストは分かりにくくしてあったけど
沙希が自殺した後、
絵里子が一人で、おそらくあの沼だと思うんだけど
死体を処理して、
何もなかったような様子でやり直すという
最後は絵里子が一番怖かったというオチだと解釈しました。
まぁDVDにはもっと分かりやすい
解説があると思いますけど。

こんな地震が起きる前だったら
もっと集中できたと思うんですけど
終始、横と下にテロップが流れてもいましたし。
あと今日Superflyのチケットが当選したけど
やっぱりいつものようには
喜びいっぱいという気持ちにはなれなかったのが悲しいです。
いつになったらこのどんよりとした気持ちから
解き放たれるのでしょうか。

学ぶべきこと

2011年03月14日 20時08分48秒 | 思うこと
新聞やニュースを見ると
なぜか気持ちが悪くなってしまい
直視できない日々が続いています。
ものすごい負のエネルギーに呑み込まれそうになります。
今日は仕事が休みでしたから良かったですが
明日からどのような姿勢で
社会生活と向き合えばいいか
不安で仕方ありません。

あれから3日経って、近所ではパッと見
以前と変わらない様子に見えますが
その内実は大変なことになっています。
とにかくスーパーの棚にあれだけ商品がないのは
はじめての経験です。
普段、こんなに商品積んでいて
全部売れるのかなんて思っていましたが
カップラーメン、パンに関しては
もはや何も残っていない状況です。

原油高に加え、今回の一件で
物の値段は何割か増しになるのは間違いないでしょう、
需要に対して供給が全然追いついていませんから。
安定した電力の供給が
安定した物資の供給につながり
物の値段の安定をもたらしていたことに
改めて気づきました。

でもこれが落ち着いてしばらくしたら
食べきれもしないものを注文して
案の定、それを残して、
それが残飯の山となる
元通りの日常に戻るに違いありません。
見栄えだけのパーティー、宴会、会合
人が集まる所に無駄な食材ありです。

節電のおかげで計画停電は一部行われなくて済みました。
というか普段いかに無駄な電力を使用しているのか
それも証明されました。
きらびやかな夜のイルミネーション、
過剰な暖房、冷房
抑えようと思えばできるものなのです。
クリスマスシーズンになるとイルミネーションを
無邪気に喜んでいましたが
それも原発の稼動の上に成り立っていたものなんですね。

今回の一連の顛末は、
もしかしたらこれからの未来の行くべき姿を
指し示しているものなのかもしれません。
食べられる分だけ食材を用意する、
余計な電気は使わない、
24時間営業が当たり前のコンビニを見直したり
徐々に何かをそぎ落としていく
そんな時代に向かっていこうとしているように感じます。

それは何も貧弱になっていくことではなくて
その分を人と人のつながりで補っていければ
最近失いつつある何かを取り戻せる
そんな気がします。

今の本心

2011年03月13日 18時18分58秒 | 思うこと
もしかしたら不謹慎な文章もあるかもしれませんが
きれいごとを書いても仕方がないので
ありのままに書きます。
最近、震度4程度の地震が東北地方で続いていたので
そこでエネルギーが放出できていて
逆に大きな地震はないと思っていただけに
今回の大地震は意外でした。
地震というと火事のイメージが強くて
津波がこんなに恐ろしいものだったのは衝撃的でした。
今まで津波情報が流れる度に
番組が見づらくて邪魔だなぁって思っていた位で
そんなに重要なものだとも思っていませんでした。

東京では目に見えるほどの建物の倒壊などはなく
案外耐性があるんだなぁと思いました。
震度5というのは自分の記憶している限りでははじめてで
もっと道路なども陥没するものと想像していました。
落ち着いたら耐震偽造のマンションが
今回の地震でどうなったか調べてもらいたいです。

でも電車と携帯が止まってしまうだけで
こうもバタバタしてしまうものなんですね、
道路もひどい渋滞で、こういう見た目で、
余計に興奮してしまっているような感じもしました。

今何ができるか色々考えてみましたが
自分的には献血が一番いいのかなぁって思います。
実際に被災で怪我された方に必要なことも
少なからずあるでしょうし、
ありすぎて邪魔になることもないでしょう。
でも先週、献血したばかりで2週間はすることができないのは
何ともタイミングが悪いものです。
募金もいいとは思いますが
いかんせん、そのお金がどのように使われるのかがはっきりせず、
天下りのおっさん達の懐に消えてしまうんじゃないか
っていう疑心が消えません。

救援物資を贈るのは向こうが必要としているものならばいいけれど
中には自分が着なくなった防寒性の薄い夏物の服や
ゴミに出すとお金を取られるから
これ幸いにて送ってくる人もいるそうで
阪神大震災のときもそれの処分が大変だったって話があって
必ずしもいいことでもないみたいです。

ボランティアに行くというのも一つの手でしょうが
こういうことを経験している方なら役に立つでしょうが
興味本位のいわゆる使えない人がいくのは
足手まといになりかねません。
中には自分探しの延長程度の気分で
ボランティアに参加する人もいるでしょうし
そういう人にかぎって、
ワンマンでチームワークを乱したり
施しに対して感謝されなかったら
不満を漏らしたりしそうで
人選を行った方がいいように思います。

あとネット社会で情報が多すぎて
本当に必要な情報がどれなんだか
分かりにくくなっているような気がします。
テレビの報道にももちろん不備はあると思いますけど
あれはあれで仕方がないところでしょう。
リハーサルも台本もなく
ある程度、衝撃的な映像を流し続けて時間を稼いで
こんなこと必要かという情報を放送しているのは事実ですが
ならば一体どんな報道をすればいいかなんてよく分からないし
嫌なら見なければいいだけの話で
実際自分はほとんど見ていません。
見たからって被災者の方が助かるわけでもないし。

地震の余波で原発が大変なことになって
改めて自分たちは安全圏にいて
この恩恵に授かっているんだなぁと思います。
原発を無くすのが一番かもしれないけど
今の快適な生活を満たす電力を満たす為に原発はあって
そもそも火力や水力でまかなえるならば
こんな危険なものをわざわざ作らなかったはずで
原発を無くすから、エアコンは使わないで下さい、って言われたら
それをみんなが許容することはできるのでしょうか。

うちは夏も冬もエアコン使わないから平気だけど
これが例えば余計な電力を使うからと
ライブや舞台はこれから行いません、って言われたら
原発続けて下さい、って正直な所、思ってしまいます。
何とも虫のいい話ですが
原発の近辺にお住まいの方には
ものすごく税金を減らしたり
こういう事故が起きたときに
手厚い保護を受けられる施設などを
これこそ税金を投入して作ってもらいたい
というのが、偽らざる心情です。

最後に、震災が3月11日にあって
同時テロが9月11日にあって
次は6月11日に何か大きな出来事があるのではないかと
都市伝説的なことは信じていません。

まさにささやき

2011年03月10日 21時52分37秒 | 思うこと
今から100年後には
現在生きている人間の99%以上は間違いなく消えている。
いま、使いきれないほどのお金を持っている人も
これ以上ないというほど円満な家庭を築いている人も
幸せ過ぎる人も
やることなすこと上手くいかない人も
いつ死のうか迷っている人も

そんな大局的にみれば、
人間が抱く喜びや悲しみなんて
ほんと取るに足らないことで
重要なことなんて実は何もないんだと思う。
最近政治が混迷を極めているけれど
それでさえもちっちゃい出来事のように感じる。

それでも現実には些細なことに一喜一憂して
あたかも己が地球の中心のように
物事を考えてしまうのは
やはり愚かな証拠なんだろうか。

よく死ぬ間際に幸せな人生だったって
思えるような人生を過ごしたいというけれど
そんなこと考える余裕はあるのかな。
幸せな人生を送ってきた人は
もっと生きたいと願い
不幸な人生を送ってきた人は
やっと楽になれると思うのならば
死の一瞬手前で人の幸不幸は逆転するものじゃないか
と考えてもおかしくない。

死後の為に現世では修業やお布施を生きがいに
生きている人もいていいと思う。
でもそれを悪用してお金儲けの道具にしている人も
いることには目を配ってほしい。
ものすごい確率でその世界は存在しないのだから。

最近、将来設計として50歳までに5000万円貯めて
その後は週3日位、月10万円位の仕事をして
のんびり生きたいと、真剣に考えるようになりました。
田舎には興味ないけど
温泉に週1回行く位で贅沢しなければ
案外余裕で暮らしていけるんじゃないかと

大事な話は右耳で、口説きたいなら左耳に

2011年03月09日 18時58分49秒 | 思うこと
今日4ヶ月ぶりに献血に行きましたが
採血中に個別に与えられているテレビが
デジタル放送対応に切り替わったのに伴い
今まで見れていたCS放送が見れなくなっていて
これが楽しみの一つだったので
結構ショックでした。

自動販売機からも大好きだったコーンスープが消えてしまっているし
次回から他の場所に変えようか悩み中です。
新宿はそういった点で設備は揃っているんですが
取材を受ける割合が高く人気ゆえか
スタッフに慢心というかサービス精神が足りないように見えるから
また行きたい、って気にならないのが難点です。

毎週楽しみにしていた「大切なことはすべて君が教えてくれた」が
先週あたりからまさかの大失速で
かなりつまらない展開になってしまいがっかりしています。
主演の戸田恵梨香の出番を増やすに比例し
サスペンス感よりヒューマンタッチな描写が増え
悪者ぽかった修二の兄貴までいい人に変わってしまい
人物の深さが一気になくなってしまいました、
結局最後はみんないい人にしたいのね。

そんなんでダラダラ見ていたのですが
修二と夏実が両者共、携帯で通話するシーンで
右耳に携帯を当てて通話しているのを見て
あれって思いました。
固定電話でも公衆電話でも
自然と左手で受話器を取るようになっていて
それは右手でメモが取れるからだと思うんですけど
なので当然携帯も左手で持つのが当たり前でした。

試しに右手で持って携帯を使ってみましたが
やはり違和感がありました。
他の人はどうかと思って街中で観察していると
何人かは右手で携帯を持って通話している人がいました。
気になったのでネットで「右耳」「電話」で検索すると
これについて書かれたレポートがあって
脳の機能から言うと右耳で聞いた方が
利に適っているそうです。

左右に分かれた人間の脳は、左脳は言葉などの論理的分野をつかさどり、
右脳は絵画など感情的分野をつかさどり
右脳と左脳は体の各部に対してクロスしているから、
「電話で相手の話を聞く」という言葉の分野なら左脳を使う、
つまり右耳で聞くのがいいというわけです。
確かに電話で聞いた話って
上手く記憶できないなぁと思うことがあって
例えば、相手から携帯番号を伝えられても
メモがないと切った後にすぐに忘れてしまい
ただ単に記憶力がないだけかもしれませんが。

携帯っていえば会社の先輩が
今度発売されるドコモのスマートフォンを予約してきたって
話てたなぁ~。
今使っているスマートフォンも
数ヶ月前に機種変したばっかりで
ちょっと前はサイバーショット携帯があれば
他はいらないって言っていたのに・・・
もう二つ折りの普通の携帯は
なくなっていくんですかね。
月の使用料1000円の自分にとっては
どっちでもいいんですけど。

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