生まれながら
重い心身の
制約を受け
三十年以上
光る石の
輝きのように
明るく
いのちを
つむいで
生きてきた
きみたち
きみたちの
存在は
この地球上の
太陽のような
暖かさである
緑の草原に
黄色く広がる
日常の
安心である
その誰をも
責めない
疑うことを
知らない
その澄んだ
瞳の青は
新世紀の
哲学である
きみたちが
この地球上の
アジアの
日本の
東北の
青森県の
弘前市の
わが家に
誕生したことで
わたしたち
家族の
生き方を
人間としての
あるべき姿を
絶望という
漆黒の闇から
大きく
吹き払う
力として
伝えてきたのだ
ここでは
ことばは
無力である
ことばは
外皮である
ことばは
デコレーションである
しかし
制約者の
発意は
魂である
五感を
研ぎ澄ませ
見て
聴いて
触れて
感じること
すると
ぼんやりと
その実象が
意識の中に
浮かぶだろう
わたしたちは
かれらの
内なる
ほほえみから
何を学ぶだろう
敵意など
もったことも
攻撃などという
概念すらない
その存在は
ガイアの
分身である
それでも
重い心身の
制約を受け
三十年以上
光る石の
輝きのように
明るく
いのちを
つむいで
生きてきた
きみたち
きみたちの
存在は
この地球上の
太陽のような
暖かさである
緑の草原に
黄色く広がる
日常の
安心である
その誰をも
責めない
疑うことを
知らない
その澄んだ
瞳の青は
新世紀の
哲学である
きみたちが
この地球上の
アジアの
日本の
東北の
青森県の
弘前市の
わが家に
誕生したことで
わたしたち
家族の
生き方を
人間としての
あるべき姿を
絶望という
漆黒の闇から
大きく
吹き払う
力として
伝えてきたのだ
ここでは
ことばは
無力である
ことばは
外皮である
ことばは
デコレーションである
しかし
制約者の
発意は
魂である
五感を
研ぎ澄ませ
見て
聴いて
触れて
感じること
すると
ぼんやりと
その実象が
意識の中に
浮かぶだろう
わたしたちは
かれらの
内なる
ほほえみから
何を学ぶだろう
敵意など
もったことも
攻撃などという
概念すらない
その存在は
ガイアの
分身である
それでも