鍋料理の季節となった。ちょっと参加を遠慮したい鍋は谷崎潤一郎と泉鏡花が囲んだ鳥鍋である。衛生に神経質だった鏡花はよく煮えてからでないと箸をつけない。谷崎の方は健たん家で食べるのがとにかく速い▼「従って(略)私が皆食べてしまい、鏡花は食べる暇がない」(谷崎『文壇昔ばなし』)。たびたび、この手を食わされた鏡花は鍋の中に仕切りを置き、これは自分が食べると主張するが、谷崎はうっかり仕切りを越えて平らげてしまう。「あっ、君それは」。鏡花の悲しげな顔が浮かんでくる▼いささかの無理を承知でたとえるのならば、鏡花はコロナ感染を強く警戒し、経済は二の次。谷崎の方は感染の心配ばかりしていては経済が回らないと考えるタイプかもしれない▼コロナ感染が急速に拡大している。感染を抑え込みたいが、経済にこれ以上、悪影響を与えたくない。このジレンマを解決する知恵がなかなか出てこない▼菅首相が「マスクをつけて静かに会食を」と訴えていた。経済のためにお店は利用して、でも警戒はして−。分からぬでもないが、落語の小言幸兵衛のせりふが浮かぶ。「あくびをしながらものを噛(か)もうったって無理なんだよ」▼忘年会シーズンの飲食業界を思えば忍びないが、鏡花の警戒を優先すべきタイミングを見失ってはならぬ。よく煮えてから経済という鍋に手をつけるしかない。
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