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【私説・論説室から】

2017年06月25日 | Weblog

大風呂敷を広げたものの 2017年6月21日

 「ネタニヤフ(イスラエル首相)には我慢ならん。奴(やつ)はうそつきだ」(サルコジ仏大統領)

 「君もうんざりだろうが、ぼくは君より頻繁にネタニヤフと交渉しなくちゃならないんだぜ」(オバマ米大統領)

 二〇一一年のG20サミットの会場。マイクのスイッチが入っているのに気づかない両首脳の陰口が拡散した。首脳間の反目がたたって、オバマ政権時代の米・イスラエル関係は最悪だった。

 打って変わってネタニヤフ氏とトランプ大統領はウマが合うようだ。二月に訪米したネタニヤフ氏は「イスラエルにはトランプ氏ほどの偉大な友人はいない」と持ち上げた。

 トランプ氏は五月のイスラエル訪問で、中東和平の再開に向けイスラエルとパレスチナ自治政府の仲介に意欲を見せた。「和平は容易ではない。イスラエルもパレスチナも難しい決断を迫られるだろうが、和平は可能だ」と双方に歩み寄りを促した。

 ただし、和平仲介の具体策を示したわけではなく、大風呂敷を広げてみせただけ。トランプ氏にはなにごとも自分の思い通りになると錯覚しているふしがうかがえる。

 偉業を成し遂げたいというヤマっ気が発端にもみえる和平仲介。歴代の米政権が挫折を繰り返した和平が、トランプ氏の鶴のひと声で実現するほど甘くはない。 (青木睦)


今日の筆洗

2017年06月25日 | Weblog

「天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき惜しげもなく天へ召しかえした」。若者とは坂本龍馬。司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』の最終回。近江屋で龍馬が刃(やいば)にたおれる場面である▼「惜しげもなく天へ召しかえした」の部分。最近見つかった自筆原稿によると当初は「惜しむように」だった。線で消し「惜しげもなく」と修正している▼読み返す。やはり、この部分、「惜しげもなく」でなければならぬ。そう思う。三十一歳での龍馬の死は早い。惜しいと書きたくなる。されどである。大政奉還、薩長同盟。龍馬の大仕事に天が心から満足し「よくやった」と考えるのなら「惜しげもなく」の方がぴたりとくる。それは精いっぱい生きたと同じ意味であるまいか▼小林麻央さんが亡くなった。病床にあってもそのブログには同じ病の人への慰めや励ましの言葉があふれていた。誰かのためにの大仕事を最後まで続けていた▼この人にも「惜しむように」が似合わぬか。そのときを迎えても「可哀想(かわいそう)に」とは思われたくない。そう書いていた。病気が「私の人生を代表する出来事ではないから」▼かなえた夢、出会い、家族との生活。それこそが人生を代表する出来事。だとすれば、お別れは「可哀想」とか「惜しい」よりも「精いっぱい生きた」の方がふさわしかろう。