TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「天院と小夜子」22

2015年12月11日 | T.B.2017年

 彼は、動かない。

 もし

 ほかの東一族の誰かが発動した紋章術ならば
 彼にとって、それは、たいしたことではなかった。
 きっと、深く傷付くこともなかった。

 でも、

 宗主が発動した、紋章術には勝てない。

 判っている。

 彼は、判っている。

 どんなに

 一族の中で強くても

 ――呪術がかけられている限り、宗主には勝てない、と。

 そう、判っていても、

 彼は、動くことが出来なかった。

 砂一族が、攻撃を発したから。
 砂一族から、東一族の宗主を、守らなければならなかった、から。

 悔しかった。

 彼女を殺されても

 家族を侮辱されても

 自身の生い立ちを、責め続けられても

 自分は、

 宗主を

 ……父親を

 守ってしまうことが。


 宗主が、何かを云っている。


 彼は倒れる。
 血を、吐く。
 苦しむ。

 宗主の紋章術。
 背中に刺さった、砂一族の毒。

 両方が、彼をむしばんでいく。


 宗主が何かを云っている。

 彼には、聞き取れない。
 目を開こうとするが、何も、見えない。


 毒が、回っていく。


 宗主が、立ち去る音が聞こえる。
 いつの間にか、砂一族もいない。

 残されたのは、近くの水辺の音。


 あたりに、誰もいなくなる。

 彼は、声を出そうとする。
 出ない。

 もう一度。

 けれども、出ない。

 彼は少しだけ身体を動かす。
 手を、動かす。

 何かが、手に触れる。


 ……あれ?


 手に触れたものを掴み、
 開かない目を、彼は開こうとする。

 これは、

 東一族の、装飾品……?

 ぼやける視界で、彼はそれを見る。

「……小夜、子」

 なぜだろう。
 彼女がなくしたと云っていた装飾品が、そこにある。

 彼女、を、追いかけられるかもしれない。

 そんな気がして、

 彼は再度、わずかに身体を動かす。
 あたりを見る。

 水辺。

 そして、

 旧ぼけた、舟。

 彼は、それに近付こうとする。
 もう自分が助からないのは、判っている。

 ――そうだ。

 この舟に流されて、

 そのまま人知れず、逝ってしまおう。

 自分の役目は、きっと、終わったのだ。


 それから、水辺でその舟を見たものは、誰もいない。




2017年 東一族の、ある少年の物語

「悟と諜報員」6

2015年12月08日 | T.B.2000年

その日の朝、
目覚めと同時に悟は思いつく。

「そうだ、病院に行こう!!」


「……あのさぁ、悟」

受付に居るのは医師助手の男。
透という青年の兄で稔(みのり)という。

透が諜報員なんじゃないか、と
探りを入れた時にも会っている。

「なんだ?」
「悟、この前も来てなかった?
 元気そうだけど、何なの?」

そう、そんな理由で
悟が病院に来るのは今週2度目。

「なんだか体調が悪い様な
 そうでないような気がするから
 ビタミン剤打ってくれ!!」

稔は
おおぃ、と口から抜けるような声を出す。


「先生、仮病人が来ています」


順番を経て
診察室に入った悟に
西一族の医師である高子(たかこ)がため息をつく。

「ここは遊びに来る所じゃないんだけど」

じゃあ、往診に出てきます、と
助手である稔が出て行くと
高子は悟に向き直る。

「……潜入先で何かあったの?」

誰が諜報員であるかを把握しているのは
村長とその補佐役。
また、諜報員同士も同じく。

そして医師。

直接の諜報には携わらないが、
いざという時には
迅速に治療を行う為だ。

「ここ最近、直子の母親が
 ここを訪れなかったか?」

「直子の?」

高子は立ち上がり、
カルテを取りに行く。

考えてみれば簡単なことだった。

病や狩りの為の予防接種
そういう理由で
村で一番、人が行き来する場所。

信頼できる医師という事もあり
つい家族や世間話をしてしまう。

どこよりも情報が集まる所だ。

医師である高子は
実は足が悪く走れない、
もちろん狩りの腕もない。

西一族で専門職に就く者は
基本的に体力面で劣る者が多い。

戦闘面での不安はあるが
話を聞き、その情報を流すだけという事であれば
出来ない役目ではない。

「お待たせ」

高子がカルテを持って戻ってくる。

「……直子の母親、は来ていないけど
 1ヶ月程前に祖母が来ているわ
 腰痛の治療だけど……どうかしたの?」

「いや」

はやり、と悟は合点する。
そう、本人からの情報でなくても
家族からの世間話で
直子の行動が村長に筒抜けになっていたという事。

「よく分からないけど、
 用事はそれ?」

「ああ」

内部諜報員というよりは
ついでで知り得た情報を報告するという所か。
少し考えて居た物とは違ったな、と
悟は気が抜けた気分になる。

高子が諜報員を把握している事は
諜報員の方も知っている。

それならば
裏切りを考える者は
高子にも気をつけていれば良いという話だ。

いずれ、
見直さなくてはいけない点か。

「ねぇ、終わったなら
 もう良いかしら?
 こう見えても結構忙しいのよ」

「ああ、悪い悪い」

悟は席を立つ。

「近頃患者さんとも
 きちんとやりとりが出来ていないの。
 もう少し話せたら良いのだけど。
 村長に医師の増員を考えるように言ってくれない?」

……話せていない?

「どうしたの?」
「そんなに忙しいのか?」

気にかけてくれるの?と
高子は少し笑う。

「村長に言ってというのは、
 まぁ、良ければの話。
 忙しいのは本当よ。
 最近は私、往診にも中々行けないもの」

そうか、と
悟は再び席に座り込む。

「ちょっと、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」

どうやら
また、当てが外れたらしい。


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「小夜子と天院」19

2015年12月04日 | T.B.2017年

「小夜子!」
「…………」
「小夜子!」
「……天院、様?」

 彼女は、彼の声に、気付く。

 目を、開こうとする。
 けれども、見えない。

「小夜子、何があった?」
「何……が」
 彼女は、彼を見ようとする。
「思い、出せない……」

 彼は、横たわる彼女を、抱き上げる。

「頑張れるか?」

 彼女は、頷く。
 考える。

 いったい、何があったのか。

 私の身体は、なぜ、動かないのか。

「天院……様」
「何?」
「私は、今……どうなってる、の?」
「大丈夫だ」
「だいじょう、ぶ?」

 彼女は、息をする。

 大きく息をして、

 何が起こったのか、思い出そうとする。

 痛み。

「頑張れるか?」
 彼が、再度訊く。
「今、医師様のところに行くから」

 彼は、走り出す。

「……まって」

 そうだ。
 砂一族が、いて

 その人が、

 毒を。
 ……宗主様に毒を。

 ああ

 血?
 私の身体が、冷たくなってる。

 なぜ?
 なぜ?
 どうして、こう云うことに……。

 ああ

 だめ。

「まって」
 彼女は、口を開く。
「……様、まっ、て」

 彼は首を振る。
 止まらない。

 走る。

「おね、がい」

 彼女は、息苦しいのに、気付く。

 苦しい。

 痛い。
 痛い。

 苦しい。

 私、もう、だめなの?

 これから
 これから……

 仕合わせになれたかもしれないのに。

「小夜子?」

 彼が、立ち止まる。
 彼女を見る。
「……あの、ね」
「小夜子、しっかり!」

 ああ

 私

 これは、もう

「てんい、様、あの……ね」

 彼女は、笑おうとする。

 せめて

 最期の言葉を

 伝えたい。


 好きだよ、て。


 あれ。
 天院様、

 どうして、泣くの。

 違うの

 私、あなたに、喜んでもらおうと、思ってたんだよ。

「小夜子、助かるから……、しっかりして……」

 そう、彼の声が聞こえる。

 彼女は、口を開こうとする。

 そうだよね。
 助かる、かな。

 そしたら
 これからも、一緒にいられるかな。

 嘘ばかりの、あなただったかもしれないけれど
 あなたと一緒にいられたことは

 嘘じゃないし

 私の想いも、嘘じゃない。

 ねえ、

 天院様。

 泣かないで
 泣かないで

 笑って、……くれる?

 ああ。
 私

 仕合わせ、なんだよ。


 彼女は、彼に、手を伸ばす。


 けれども

 その手が届かなかった、なんて

 彼女は知るはずもない。





2017年 東一族の、ある少女の物語



FOR「天院と小夜子」22

「悟と諜報員」5

2015年12月01日 | T.B.2000年

その日の仕事を終えて
悟は家路に付く。

広場を抜けて、橋を渡り
南一族の村との村境に近い自分の家。
その家には諜報員の役目を受けてから
越してきた。

もちろん、
村境を超えてやってくる
怪しい者が居ないか見張る意味も込めて。

途中、怒鳴る声が聞こえて
そちらへ足を向ける。
村内部の諍いを治めるのも
1つの役目だ。

「………あいつら、また、か」

その集まりを見つけて
悟はため息をつく。

「役立たずが
 随分良い部位を貰っているじゃないか」
「少しは遠慮したらどうだ
 狩りに行けないくせに、
 貰える物は貰っておこうってか?」

悟よりもわずかに若い
青年達の集団だ。

中心に居る青年は
無言で彼らの言葉を聞いている。
無反応とも言える態度に
青年達は彼が抱えている袋を取り上げる。

「俺達だって狩りでは命がけなんだぜ、
 その成果がこんなやつにも行き渡るぐらいなら
 捨てた方がましだ」

そうやって、放り投げた袋からは
狩りで得た肉が投げ出される。

「そうだ、こいつ
 四本杉の所に置いてこようぜ。
 あそこは山一族に追われた獲物が
 逃げてくる穴場らしいからな」

歩み寄ろうとしていた悟は
その言葉に思わず足を止める。

「狩りが出来たら
 あそこほど良い場所はないんだけど
 出来ないやつは大変だな」
「むしろ、山一族が来るかもしれないな」
「他の一族だったら
 助けて貰えるかもしれないが
 西一族に生まれたばっかりに
 かわいそうにな~」

そのうち1人が
土にまみれた肉を
踏みつけようとしており
これ以上は、と悟は声をかける。

「おい、お前達
 何しているんだ!!」

「あ、悟さん」
「だって、こいつ
 狩りにも参加していないのに
 良い肉を貰っているんだぜ」

「狩りに参加したのはお前達だけじゃないだろう。
 皆の成果を足蹴にするつもりか」

語気を強めた悟に
渋々と言った態度を向けながら
彼らはその場を離れる。

「圭(けい)、大丈夫か?」

1人残された青年に
悟は声をかける。

「大丈夫。
 ……助かった」

助けて貰うのは本意じゃない。
惨めな所を見られて悔しい、と、
そんな想いが伝わってくるが
圭はそれでも礼の言葉を告げる。

西一族は狩りの一族。
若者が中心となって
狩りを行う。

だが、狩りの一族とはいえ
全ての者が狩りに精通しているというわけではない。
得手不得手があるなかで
狩り以外の役目を見つけることで
彼らはそれぞれに地位を築いていく。

だが、体が弱いせいで
何も出来ない、
他の手段を選べない圭を
悟は不憫に思う。

「なぁ、圭」

悟は言う。

「もう少し、抱えている物を
 切り捨てたらどうだ?」

何を、とは言わない。
圭も聞かない。
ただ少し表情を変える。

「捨てるというのは
 言い方が悪いか?」

悟は、西一族である以上は
同じ村の仲間だと思っている。
そんな仲間達の日々の生活のために
悟は他の村への諜報という危険な仕事に身を置いている。

「全て自分で背負う必要は無いだろう。
 嫌ならば嫌というべきだし
 誰かに頼ってみてもいい」

「………」

お節介だっただろうか、と
悟は言葉を止める。

「嫌ではないんだ、
 ただ、力不足なんだ、俺の」

圭は、悟に視線を向ける。

「だから、
 何かあったら、声をかけるよ」

肉を拾い上げ
土を払う圭を見ながら
悟は先程の事を思い出す。

青年達が自分たちの狩りの穴場を
いとも簡単に口にしていたという事。
普通ならば、他人には秘密にしておきたい事。

圭が狩りに行けないこと。
自分たちよりも力が無いからと
見下している事による油断。

「……ああ」

なるほど、そう言う意味では
彼のような人は
内部を探るにはちょうど良い。

「悟、どうかしたのか?」

黙り込んだ悟に
今度は圭が問いかける。

「いや、なんでもない」

圭を見送りながら、悟は考える。

もし、自分が選ぶ立場なのだとしたら
彼にその役目をさせるというのは酷だな、と

村での立場が無く
力も無く負い目ばかりの圭に
何をさせるというのだろう。


だけど、きっと
村を守りまとめるという立場に立つべき人は
そういう選択が出来なければならない。


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