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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「悟と諜報員」8

2015年12月22日 | T.B.2000年

「はい、特に変化はありませんね」

西一族の医師である高子が
村長の診察を終える。

村を支える長ともなれば、
肉体的な疲労や心労がかさむ。

そのため村長は定期的に病院で検査を受ける。

「それは良かった。
 だが、最近疲れが取れなくてね」
「異常は無いようですが、点滴でも?」
「もう歳だからな、お願いしよう」

高子は後ろで控えていた
見習いに声を掛ける。

「じゃあ、村長に点滴を」
「はい、
 それでは隣の部屋へどうぞ」

医師見習いは村長を隣室へ通すと
控え室に居た次の患者を高子の元へ案内する。

「患者さんのカルテです」
「ありがとう
 あなたはあちらをよろしくね」
「分かりました」

高子が次の患者に
問診を行っているのを確認して
医師見習いは隣の部屋に入る。

「少しお待ち下さい」

薬品庫から点滴を持ってきて
準備を始める。

「最近はどうだ」

「最近、ですか?」

医師見習いの稔が
呆れたように呟く。

「悟は俺まで辿り着きましたよ。
 どうしてくれるんです
 これからあいつの前では行動しづらいな」

針を刺しながら稔が言う。

「村長
 わざと口を滑らせたでしょう?」

直子が諜報の帰り道に
予定していないルートを通ったこと。

「うん、やはりあいつは有望だ」
「跡継ぎを捜すのはまだ早いですよ
 村長にはまだ現役でいてもらわないと」

はい、しばらく安静にお待ち下さい、と
稔は点滴の措置を終える。

ぽつり、ぽつり、と
落ちる点滴の雫を眺めながら
村長は言う。

「お前のような役割の諜報員を育てるには
 時間がかかるからな」

実力がある事を隠しながら、
数年、数十年と過ごさなくてはいけない。
村人に弱い、力のない者という認識が浸透するまで。

もし、悟がいずれ村長になるつもりならば
その目当てを見付ける所から
始めないといけない。

「そうですね、
 いつまでもかけもちという訳にはいきませんから
 医師の助手も大変なんですよ」
「おいおい、
 どちらを辞める気だ」
「どっちでしょうね」

稔はどちらともとれる返事を
笑顔で返す。

「すまんがもう少し頑張ってくれ。
 お前の情報には、
 驚かされることも多い」

ところで、と
村長が言う。

「なにか目新しい事はあるか?」

「そうですね、新しいとなると」

ああ、そうそう、と
稔は言う。


「南に派遣している諜報員なんですが、―――」



T.B.2000
西一族の誰にも知られていない
諜報員の話。