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「悟と諜報員」6

2015年12月08日 | T.B.2000年

その日の朝、
目覚めと同時に悟は思いつく。

「そうだ、病院に行こう!!」


「……あのさぁ、悟」

受付に居るのは医師助手の男。
透という青年の兄で稔(みのり)という。

透が諜報員なんじゃないか、と
探りを入れた時にも会っている。

「なんだ?」
「悟、この前も来てなかった?
 元気そうだけど、何なの?」

そう、そんな理由で
悟が病院に来るのは今週2度目。

「なんだか体調が悪い様な
 そうでないような気がするから
 ビタミン剤打ってくれ!!」

稔は
おおぃ、と口から抜けるような声を出す。


「先生、仮病人が来ています」


順番を経て
診察室に入った悟に
西一族の医師である高子(たかこ)がため息をつく。

「ここは遊びに来る所じゃないんだけど」

じゃあ、往診に出てきます、と
助手である稔が出て行くと
高子は悟に向き直る。

「……潜入先で何かあったの?」

誰が諜報員であるかを把握しているのは
村長とその補佐役。
また、諜報員同士も同じく。

そして医師。

直接の諜報には携わらないが、
いざという時には
迅速に治療を行う為だ。

「ここ最近、直子の母親が
 ここを訪れなかったか?」

「直子の?」

高子は立ち上がり、
カルテを取りに行く。

考えてみれば簡単なことだった。

病や狩りの為の予防接種
そういう理由で
村で一番、人が行き来する場所。

信頼できる医師という事もあり
つい家族や世間話をしてしまう。

どこよりも情報が集まる所だ。

医師である高子は
実は足が悪く走れない、
もちろん狩りの腕もない。

西一族で専門職に就く者は
基本的に体力面で劣る者が多い。

戦闘面での不安はあるが
話を聞き、その情報を流すだけという事であれば
出来ない役目ではない。

「お待たせ」

高子がカルテを持って戻ってくる。

「……直子の母親、は来ていないけど
 1ヶ月程前に祖母が来ているわ
 腰痛の治療だけど……どうかしたの?」

「いや」

はやり、と悟は合点する。
そう、本人からの情報でなくても
家族からの世間話で
直子の行動が村長に筒抜けになっていたという事。

「よく分からないけど、
 用事はそれ?」

「ああ」

内部諜報員というよりは
ついでで知り得た情報を報告するという所か。
少し考えて居た物とは違ったな、と
悟は気が抜けた気分になる。

高子が諜報員を把握している事は
諜報員の方も知っている。

それならば
裏切りを考える者は
高子にも気をつけていれば良いという話だ。

いずれ、
見直さなくてはいけない点か。

「ねぇ、終わったなら
 もう良いかしら?
 こう見えても結構忙しいのよ」

「ああ、悪い悪い」

悟は席を立つ。

「近頃患者さんとも
 きちんとやりとりが出来ていないの。
 もう少し話せたら良いのだけど。
 村長に医師の増員を考えるように言ってくれない?」

……話せていない?

「どうしたの?」
「そんなに忙しいのか?」

気にかけてくれるの?と
高子は少し笑う。

「村長に言ってというのは、
 まぁ、良ければの話。
 忙しいのは本当よ。
 最近は私、往診にも中々行けないもの」

そうか、と
悟は再び席に座り込む。

「ちょっと、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」

どうやら
また、当てが外れたらしい。


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