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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「涼と誠治」23

2018年11月02日 | T.B.2019年


 雨に濡れた山の中。

 いや、雨は降っていない。
 が
 連日の雨。
 山の中の乾きは遅い。
 足下はぬかるんでいる。

 彼は走る。

 獣を追う。

 感覚で走り、感覚で追う。
 音を聞く。

 どこだ。
 獣は、どこにいる。

 彼は走りながら、弓を持つ。

 何かが、彼の前に姿を見せる。
 そのまま、走り続ける。

 彼は、獣との距離を縮める。
 跳ねるように、泥道を前進する。

 近い。

 動きながらでも、獣を捕らえられる距離。

 彼は弓を引く。

 獣が吠える。

 矢が、獣を打ち抜いている。
 獣は走り続ける。

 彼は立ち止まる。

 その様子を見る。

 獣の動きが弱まる。

 やがて

 それは、動きを止める。

 彼は獣を見る。
 ほんの少しも動かない。

 彼は近付く。

 息絶えたそれを、見る。

 獣を追い、捕らえ、それを糧とする西一族は
 その命への感謝も忘れない。
 村へと持ち帰り、
 肉を食べ、その毛皮も、
 使えるところはすべて使う。

 それが感謝であると。

 彼は手を合わせる。
 その命に。

 ――昔は、生きものなんか、殺したこともなかったのにな。

 そう思う。

 ただ、

 ひとつの生きものを除いて。

 彼は息を吐き、顔を上げる。

「…………?」

 何かの香り。

 彼は目をこらし、その方向をたどる。
 手探りで、樹に触れる。

 花の香り。

 そこに、白く小さな花が咲いている。
 いくつもの房をなして。

 彼は首を傾げる。

 時季外れ。
 この花は、今は咲かない。

 彼は肩を押さえる。
 古傷が痛む。

 この花の香りは、苦手なのだ。

 小さい白い花が、風に揺れる。
 全草に毒を盛った、花が。

 彼はその樹の前で目を閉じる。
 耳を澄ます。

 音。

 足音。

 気配を隠すように動いている。ようだが

 誰かが、いる。




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