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「西一族と巧」5

2019年04月12日 | T.B.1996年


「よう!」
「…………」

 その方向に、巧は手を上げる。

 悟がいる。
 病院から出て行くところ。

 悟は立ち止まる。

「巧も予防接種に?」
「そう」
「俺は終わったところ」
「だろうな」
 巧は含み笑い。
「え。それ、どう云う意味?」
「悟がそれ以外に、病院に用事があるのかってこと」
「おいおい!」

 悟は小突く。

「まあ、俺は健康だからな!」
「いいことじゃないか」
「でも、それ以外にも用事はあるんだぞ」
「ふーん」

 まあ坐れよ、と、悟は巧を呼ぶ。
 悟と巧は、病院入り口の段差に腰掛ける。

「で、用事って何だ?」
「高子(たかこ)としゃべったり、稔(みのり)としゃべったり」
「へぇ」
「老いぼれともしゃべったり」
「医者たちの邪魔をしに来ているのか?」

 悟は笑う。

「暇つぶし的な」
「何だよ、それ」
「医者って村の噂話を知ってるじゃん?」

 必然的に、いろんな人と会話をするから。

「悟は、噂話が好きなのか?」
「そうと云えば、そう」
「女子?」
「うるさいな」

 悟は、段差にもたれかかる。

「んで、巧は最近、何かあったか?」
「何かって?」
「耀がどこに出かけているのか、とか」
「あーそういや。あれって何の用事なんだろうな?」
「連絡はないのか?」
「いや。俺に連絡はないだろう」

 悟が云う。

「耀から連絡が来たら、俺に教えろよ」
「俺には来ない気がするけど……」
「来たらでいいから」

 さらに悟は訊く。

「他には?」
「他?」
「誰かが結婚したいと云ってるとか」
「誰だよ」
「いや、ひょっとしたら、あの狩りの班のやつらがさ」
「え、誰!?」

 しばらく、悟のひとり談話。
 巧は適当に相づちを返す。

 そして

「ああ、すまんすまん。こんな時間」
「いいけど」
「暇なんだな、巧」
「うるさいな」
「恋人でも作れよ」
「そんな簡単な話?」
「ははっ!」

 悟は、巧の肩を叩く。

「巧は狩りも上手いし、十分養っていけるさ」
「ああ、うん。どうかな」
「狩りが出来るから、もてるよなぁ」
「やめろって」
「巧は今後も、狩りを主に生きていくんだろう?」
「え?」
「いや、狩りを」
「ああ。うん、そうなる、よな」

 云いながらも、巧は首を傾げる。

 それが西一族は普通だ。

 狩りは義務。

 だが、

 狩りを主に生きていく者と
 年を取り、他に副業を持ちはじめる者と、分かれだす。

 巧は

 そこまで深く考えたことはなかった。
 年を重ねた先のことなんて。
 まだまだ、このままのつもり。

「俺は、さ」

 悟が云う。

「結構、村の外も好きだから、そっちに変えようとも思ってる」
「外?」
「西一族のものを、外に売りに行くとか、さ」
「ふーん」
「もちろん、拠点は西だぞ?」

 悟は立ち上がる。

「巧も興味があれば、声を掛けてくれ」
「ああ。ありがとう」
「仲間は多い方がいいし」
「そうだな」
「巧は素質があるからな」
「……何の?」

 悟は笑う。
 思い出したように、云う。

「予防接種、空いていたぞ」
「ああ。行ってくる」

 じゃあ、と悟は歩き出す。

 巧はその背中を見る。

 それぞれ

 自分の道を歩きはじめている者もいるんだな、と。



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