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「高子と彼」3

2019年03月26日 | T.B.2002年

「やあ」

湶が診察室に入ってくる。

「その椅子に腰掛けて。
 今日の体調は?」
「何ともないよ。
 いつも通り」

彼の返答をカルテに書き込む。

西一族で狩りに参加する者に
義務として定められている予防接種。

獣からの病気を
持ち込み、広めないように。

「………狩りに参加するのね」
「ああ」
「これから西一族の村を拠点とするの?」
「半々かな。
 親父達の所と、この村を行ったり来たり」
「そう」

それなら、
弟の家に住んだら、とか

家ならば心当たりはあるけれど、とか

話すことも出来るが、
湶はあくまで幼なじみとして
稔に尋ねた事。

高子に聞いた訳では無い。

今はただ、患者と医者。

予防接種を終え、
次回は一年後、と湶に告げる。

健康そうな彼は
そんな事もなければ病院を訪れる事も無いだろう。

「………そうだったわ」
「え?」

「これ」

高子は机の引出から
羽根飾りを取り出す。

特別高価な物でもない、それは。
湶が初めての狩りの獲物から作った物。

大切な物だから。

棄てることも出来ないし、
かといって、
自分が大事に取っておくのもおかしい。

「預かっていた物。
 返すのが遅くなってごめんなさい」

そう、湶は預けると言ったのだ。

だから、返すだけ。

「ああ」

彼はすっと手を差し出す。

その手のひらに落とすように
高子は羽根飾りを手放す。

するり、と
飾り紐が名残惜しく、
高子の手元を離れていく。

「大切に取って置いてくれて
 ありがとう」

そう言って、
湶は診察室を出て行く。

「それじゃあ」
「ええ」

ただそれだけのこと。
なんとなく。
彼とは良い関係になれるかも、と
そう思っていた。

思っていただけの事。

高子は1人ため息を付く。

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