「雨上がりで、足下が悪いのよ!」
涼が、村長の屋敷へと戻ると、村長の妻と幼い子が、外にいる。
村長の妻は、遊びに行きたがる子どもをなだめている。
「あそびいくー!」
「今、忙しいし! 足下も悪いんだから!」
「でもー、……あ!」
子どもが、涼に気付き、指を差す。
「おにいちゃん!」
「あら」
母親が、顔を上げる。
「お帰りなさい。一日がかりの狩りだったのね。……どうしたの、その血?」
涼は、血だらけだった。
それに気付いた子どもが、泣き出す。
「俺の怪我じゃない」
涼が云う。
「……獲物の返り血が」
「そう。それは安心したわ」
母親は、涼を手招く。
「早く入って着替えて!」
「おにいちゃんけがー!」
「にいちゃん、怪我はしてないから! 泣かない!」
「でもー!」
「泣ーかーなーい!」
子どもは泣き続ける。
涼は屋敷に入り、自分に当てられている部屋へと戻る。
服を脱ぎ、身体を拭く。
血だらけになった身体中の包帯も、巻き直す。
怪我の治療用ではない。
完治はしているが、傷跡を隠すために、包帯を巻いている。
そして、
自分の片足にされている、装飾品を見る。
西一族では見られない、装飾品。
それが、ふたつ、つけられている。
本来は、東一族が、腕につけるものである。
涼は、それも隠すように、服を着る。
立ち上がる。
水を飲む。
が、吐く。
涼は、少しだけ、横になる。
目をつぶる。
ふと気付くと、日が傾いている。
起き上がり、部屋の外をのぞく。
誰もいない。
まだ、狩りの報告の招集は、出ていないようだ。
涼が、屋敷の入り口に向かうと、子どもがいる。
豆をむいている。
母親の手伝いだろうか。
「おにいちゃん!」
弟が、兄に気付く。
「たいへん!」
向かってきた兄に、弟が、云う。
「まめ、ころがってるの」
「え?」
「ふんだら、たいへん」
兄は、屈んで、手探りで足下を確認する。
いくつかの豆が転がっている。
「これ、おいしーね」
弟が笑う。
「おにいちゃんも、すき?」
兄が頷く。
弟の豆むきを、手伝う。
「じょうず?」
弟が、むいた豆を、兄に見せる。
「うん」
「おにいちゃんも、じょうず」
「……ありがとう」
「どうやると、はやくむけるの?」
「こつがあるんだよ」
「こつ?」
兄は、弟を見ようとする。
けれども、
すぐに、目をそらす。
弟は、その様子に気付かない。
弟が、豆をつまみ食いする。
と
慌てて、はき出す。
「これ、おいしくない」
「……料理する前だから」
兄が云う。
「母さんが料理したら、おいしいだろう?」
「うん」
弟が笑顔になる。
「きょうのごはんは、なにかなー」
兄は、黙々と豆をむく。
豆がむき終わると、弟が云う。
「ね、ね。そといこう!」
兄は、弟を見る。
「おそと!」
「……いや」
兄は、首を振る。
「やめておこう」
「だめ?」
「日は、どうなってる?」
兄は、弟に訊く。
「そと、ゆうやけ」
「ほら」
兄が云う。
「遅いから、また明日」
「だめ?」
兄が頷く。
豆の入ったかごを、弟に持たせる。
「母さんに、これを持っていくんだ」
「うん」
弟は、素直に従う。
廊下を曲がり、子どもの姿が見えなくなると、
涼は、屋敷の入り口を見る。
そこに、村長の補佐役がいる。
「来い。狩りの報告だ」
涼は立ち上がる。
云われた通り、外へと出る。
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