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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「成院と患者」9

2019年07月05日 | T.B.2002年


 彼は

 屋敷の表を抜け、一番、広い庭へ向かう。

 鍛錬場。
 ここは、屋敷の敷地内でも、自由に出入りしてもいい場所だ。

 鍛錬場を見る。

 そこに、次期宗主が、いる。
 ほかには、誰もいない。

「佳院(かいん)……」

 成院(せいいん)はつぶやく。
 佳院は、成院に気付く。

 少し離れたところで、黙って、成院を見ている。

「お前……」

 成院は、薬を、……毒薬を取り出す。
 佳院に見えるように。

「あの彼女は、流行病だと聞いた」
「…………」
「話が違う」

 佳院は、それを見る。

 東一族にいまだ残る、毒薬。
 成院の手に握られたものは、まだ……使われてはいない。

「彼女に、この薬を投与するのはなぜだ」
「…………」
「答えろ!」

 佳院は首を振る。

「なぜかと聞いている!」

「なぜ?」

 佳院は目を細める。

「彼女が話しただろう」

「それが理由にならないと云っている!」

 佳院は息を吐く。

「お前の弟の命を、奪った病」
「……え?」
「俺の兄の命を、奪った病」

 そして

「東一族の多くの命を奪った病」
「……佳院、何を」
「それは西一族から持ち込まれた、伝染病だ」

 成院は、息をのむ。

「西一族に連れ去られた者も、忘れるな」
「…………」
「西一族を恨む理由には、十分」
 佳院が云う。
「西一族の姿をした者は、必要ない」

「待てよ」

 成院は思わず、手を出す。

「彼女は、東一族だ。……西一族じゃない」

 佳院は、鼻で笑う。

「なら、彼女の親は東一族の誰なんだ?」
「それは、」
「知っているのは、宗主と大医師ぐらいと云う話だ」
 佳院が云う。
「彼女が東一族かどうか、信じられるか?」

「…………」

「それに、西一族と通じている」
「え?」
 成院は、目を見開く。
「……西一族と、通じている?」

「つい最近、西一族の諜報員が、東に入っていただろう」

 佳院が云う。

「あの彼女と、会っていたらしい」
「まさか」
 成院は、口元を手で覆う。
「それで、お前、彼女が西一族の子を身ごもったと?」

 佳院は答えない。

「いや、まさか……」
 成院が云う。
「それは、ちゃんと調べた方がいい。……彼女は、はめられたのかも」
「調べる必要はない」

「佳院!」

 佳院は、指を差す。

 成院の持つ、薬。

「早く、それを投与しろ」

「佳院、なぜだ!」

 佳院は、成院を見る。

 云う。

「お前、彼女のいったい何を知っている?」
 成院も、佳院を見る。
 目を、細める。
「それは、……よくは知らないけど」
「なぜ、彼女の肩を持つ?」
 佳院が云う。
「お前が、そこまで云うなら、取り下げようか」
「…………」
「でも、彼女のこれからの人生は、苦しいだけだと思わないか」

 その言葉に、成院は、佳院から目をそらす。

 彼女の、これからの人生。

 これからも、あの部屋で

 外に出ることもなく

 ただ、ひとりで、と。




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