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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「彼女と母親の墓」8

2017年08月04日 | T.B.2020年

 彼女は、坐り込む。

 目の前の石。
 ……彼女の母親の墓を、見る。

 ただ、日付だけが、刻まれている。

「この数字は、確かに、母様の生年だわ」
 彼女は、横に立つ彼を見上げる。
「でも、どうして、母様のお墓だと」
「信じられない?」

 彼が、彼女を見る。

「だって、墓石が……」
「がっかりしたとか?」
「そうじゃなくて」

 彼が云う。

「きっと事情があって、墓石をとれなかったんだよ」
 彼は指を差す。

 その隣に、もうひとつ小さな石。

「そっちも、見てごらん」

 云われて、彼女はその石を見る。
 きれいな花が供えられている。

 ―― 小夜子 2002―2017

 そう、刻まれている。

「ね。ただの石じゃない」
 彼が云う。
「これは、お墓なんだ」
「……母様」
「君のお母さんのお墓なんだよ」

 彼女は、うつむく。

 彼は立ったまま、彼女を見つめる。

「やっと、会えた……」

 彼女は微笑み、涙を流す。

 彼は、その様子を見守る。

「じゃあ」

 少し、時が経って

「行くよ」

 彼が云う。

「え?」
 彼女は慌てて、彼を見る。
「そんな、急に」

 彼は手を出す。

 彼女は、彼の手を取る。
 立ち上がる。

 手をつないだまま、彼は、あたりを見る。

「君の迎えが来てるのかも」
「迎え……」

 彼女は、はっとする。

「あ、でも。また会えるよね」
「どうかな?」
「母様のお墓は見つかったけど、また、会ってくれるよね? えっと」
 彼女は口ごもる。
「……私、あなたの名まえも知らなかったんだわ」

「名まえ、か」

 彼が云う。
「君は? 名まえは?」
 彼女は、彼を見る。
「私は、……」

 少し考えて、云う。

「禾下子(かげこ)」

「そうか。禾下子、か」
 彼が云う。
「君の父親が、そう名乗れと?」
「何の話?」
 彼女は、苦笑いする。

 彼は、あたりを見る。

「……ねえ、禾下子」
「何?」
「一緒に、来る?」
「え?」
 彼女は、目を見開く。
「何を、突然……」
 戸惑う。
「……一緒に?」

 彼は、頷く。

 が

「いや、……無理、か」

 彼女が云う。

「あなたの話を、父様にしてみるわ」
「しなくていいよ」
「そうしたら、屋敷に入れるようになる」

 彼は首を振る。
 彼女の手を放す。

「また、会える?」
「いや。会えない」

 彼は歩き出す。

「ありがとう」

 その背中に、彼女は云う。

「ねえ、あなたの名まえは?」



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