TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「西一族と巧」7

2019年04月26日 | T.B.1996年


 巧は病院を出る。

 足下を見る。

 寒かった季節は終わり、ずいぶんと気温が上がってきている。
 華が云う通り、道端の花々が顔を出している。

 黄色の花。
 白色の花。

 華と違って、巧は、さほど花の名まえは判らない。

 巧は歩き出す。

 空を見る。

 寒い季節とは、また違う空。
 青空。

 気温が上がり、もう少しすると雨の日が多くなる。
 それまでに何度も狩りに出ることになるのだろう。

「北一族の村、ねぇ」

 占いはさておき、たまには村外へ行くのもいい。
 狩りが忙しくなる前に、行く時間はあるだろうか。
 それとも、狩りを休む雨の季節に、北へと行くか。

 巧は、歩きながら考える。

「あれ?」

 巧は前方を見る。

 誰かが歩いている。
 あの姿は

「……耀!」

 巧は声を掛ける。
 近寄る。

 耀は立ち止まり、振り返る。

「おお、巧じゃん」
「戻っていたのか」
「さっきな」

 久しぶり、と、耀は巧の肩を叩く。

「狩りの交代、ありがとうな」
「ああ」
「どうだった?」
「まあ、いつも通り」
「感謝感謝!」

 耀は笑う。

「用事は済んだのか?」
 巧は首を傾げる。
 耀が戻ってきたのなら、もう、代わりに狩り出ることもない。
「それがさ、まだ途中」
「えっ、途中?」
「ごめんなー」
「なら」

 巧は渋い顔をする。

「まだ、代わりに狩りに出た方がいいんだな」
「頼むよ」
「まあ、……いいけど」

 耀はすまん、と手を合わせる。

「俺もな、忙しいんだよ」
「西に戻ってきたのは、顔を見せにってこと?」
「そうそう」

 耀が云う。

「いや、ほら。俺、誕生日だから」
「誕生日……」
「家に帰って、祝ってもらわないと」
「そう云う理由?」
「心配ばかり掛けられないからな」
「確かに」

 耀の家は、父親がいない。
 耀は、一家の大黒柱なのだ。
 家族を養うのに、何かと忙しいのだろう。

「一緒に飯でも行くか」
「いや、家に帰れよ。祝ってもらうんだろう」
「まあな」

 笑いながら、耀は歩き出す。
 巧も続く。

 ふと

 巧は耀を見る。

 耀は歌を唄っている。
 何の歌だろう。

「機嫌がいいな」
「そう見える?」
「鼻歌……」

 巧は訊く。

「いったいどこに行っているんだ?」
「俺?」
「そうだよ。村外に行くんだろう?」
「そりゃあな」

 巧が云う。

「北か? 南か?」
「あー、あちこち、な」
 耀が云う。
「……誰かに訊かれたか?」
「誰かって?」
「俺がどこに行っているのか、気になっているやつがいるんだろう」
「……これだけ村を出れば、誰だって気になるだろう?」
「まあ、そうか」

 巧は、先ほど会った悟を思い出す。

 と、

 耀は鼻歌を唄うのをやめる。
 表情が変わっている。

 呟く。

「悟とか、な」
「…………」
「やっぱり悟か……」

 巧は息を吐く。

「雰囲気悪いから、やめてくれ」
 云う。
「悟は、一族のことを気に掛けているんだ」

「だろうな」

 耀は巧を見る。

「もし何かあったら、俺を助けてくれよ、巧」
「どう云う意味?」
「巧は俺の見方」
「何で?」
「ありがとうな、巧」
「何も云ってないけど」
「あ、り、が、と、う」

 巧は考える。
 云う。

「誕生日おめでとう」
「ははっ!」

 耀は再度笑う。

「いいやつだな、お前!」



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「西一族と巧」6

2019年04月19日 | T.B.1996年


「稔は医者だもんな」
「いや、まだ見習いだけど?」
「今後の話」
「今後?」

 巧の呟きに、稔は首を傾げる。

 村内の病院にて。
 巧は予定通り、予防接種に来ていた。

「悟に何か云われたんだろう」

 巧は稔を見る。

「察しがいいな」
「さっきまで、散々ここで暇をつぶしていたからな」

 迷惑な話だと、稔は、手を動かす。
 予防接種の準備をする。

「こっちは暇じゃないんだ!」
「そんなにしゃべっていったのか」
「誰それの噂話だの、結婚の話だの」
「悟……」
「困るんだよ」
「ずいぶんと、おしゃべり好きで……」
「悟がな!」

 稔は、手をひらひらさせる。

「病院は人手が足りないんだ」
「ここの仕事なんか、やめたらいいのに」
「あのなぁ」

 稔が云う。

「俺は狩りが下手なの」
「うん」
「手に職を付けないと稼げないわけ」
「それはそうだろうけど」

 西一族は狩りが出来なければ
 他の職を持って、一族での立場を得る。

 とは云え、職はいくつかある。

「巧はいいよな。狩りが上手いから」

 巧は首を傾げる。

 稔も狩りに出ていた。
 まだ、狩りの見習いと呼ばれていたころ。
 けれども、いつの間にか、狩りには参加しなくなっていた。

 狩りが下手だったのか。
 いや、合わなかったのか。

 記憶はない。

 気付いたら、稔は、医者の見習いをはじめていた。

「……先が決まっているって、すごいな」
「先?」
「だから今後の話」
「俺が医者になること?」
「そう」
「まだ見習いだけど」
「でも、決まっているんだから、すごいよな、って」
「何。巧は結婚を考えているのか?」
「違うって。さっき悟にも似たようなことを……」
「じゃあ、何?」

 稔が訊く。

「狩りが嫌になったとか?」
「そうじゃない」
「もしや、」

 稔は手を叩く。

「なんとなーく、未来に不安を覚えている!」
「えぇえ!?」
「思春期的な??」
「そんな話にするな!」

 稔は笑う。

 そろそろ順番が来るから、と、部屋を後にする。

 前に

 そうだ、と、振り返る。

「俺はあんまり魔法は得意じゃないんだが」
「いや、普通はそうだろう」

 西一族は
 水辺の8一族中、唯一魔法を使えない。

「北一族の村で、人気の占い師がいるんだと」
「占い……」
「今後のこととか相談したらいいだろう」
「まじか……」
「遊びがてら、行ってみたらいいじゃないか」

 そんな、稔の提案。




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「西一族と巧」5

2019年04月12日 | T.B.1996年


「よう!」
「…………」

 その方向に、巧は手を上げる。

 悟がいる。
 病院から出て行くところ。

 悟は立ち止まる。

「巧も予防接種に?」
「そう」
「俺は終わったところ」
「だろうな」
 巧は含み笑い。
「え。それ、どう云う意味?」
「悟がそれ以外に、病院に用事があるのかってこと」
「おいおい!」

 悟は小突く。

「まあ、俺は健康だからな!」
「いいことじゃないか」
「でも、それ以外にも用事はあるんだぞ」
「ふーん」

 まあ坐れよ、と、悟は巧を呼ぶ。
 悟と巧は、病院入り口の段差に腰掛ける。

「で、用事って何だ?」
「高子(たかこ)としゃべったり、稔(みのり)としゃべったり」
「へぇ」
「老いぼれともしゃべったり」
「医者たちの邪魔をしに来ているのか?」

 悟は笑う。

「暇つぶし的な」
「何だよ、それ」
「医者って村の噂話を知ってるじゃん?」

 必然的に、いろんな人と会話をするから。

「悟は、噂話が好きなのか?」
「そうと云えば、そう」
「女子?」
「うるさいな」

 悟は、段差にもたれかかる。

「んで、巧は最近、何かあったか?」
「何かって?」
「耀がどこに出かけているのか、とか」
「あーそういや。あれって何の用事なんだろうな?」
「連絡はないのか?」
「いや。俺に連絡はないだろう」

 悟が云う。

「耀から連絡が来たら、俺に教えろよ」
「俺には来ない気がするけど……」
「来たらでいいから」

 さらに悟は訊く。

「他には?」
「他?」
「誰かが結婚したいと云ってるとか」
「誰だよ」
「いや、ひょっとしたら、あの狩りの班のやつらがさ」
「え、誰!?」

 しばらく、悟のひとり談話。
 巧は適当に相づちを返す。

 そして

「ああ、すまんすまん。こんな時間」
「いいけど」
「暇なんだな、巧」
「うるさいな」
「恋人でも作れよ」
「そんな簡単な話?」
「ははっ!」

 悟は、巧の肩を叩く。

「巧は狩りも上手いし、十分養っていけるさ」
「ああ、うん。どうかな」
「狩りが出来るから、もてるよなぁ」
「やめろって」
「巧は今後も、狩りを主に生きていくんだろう?」
「え?」
「いや、狩りを」
「ああ。うん、そうなる、よな」

 云いながらも、巧は首を傾げる。

 それが西一族は普通だ。

 狩りは義務。

 だが、

 狩りを主に生きていく者と
 年を取り、他に副業を持ちはじめる者と、分かれだす。

 巧は

 そこまで深く考えたことはなかった。
 年を重ねた先のことなんて。
 まだまだ、このままのつもり。

「俺は、さ」

 悟が云う。

「結構、村の外も好きだから、そっちに変えようとも思ってる」
「外?」
「西一族のものを、外に売りに行くとか、さ」
「ふーん」
「もちろん、拠点は西だぞ?」

 悟は立ち上がる。

「巧も興味があれば、声を掛けてくれ」
「ああ。ありがとう」
「仲間は多い方がいいし」
「そうだな」
「巧は素質があるからな」
「……何の?」

 悟は笑う。
 思い出したように、云う。

「予防接種、空いていたぞ」
「ああ。行ってくる」

 じゃあ、と悟は歩き出す。

 巧はその背中を見る。

 それぞれ

 自分の道を歩きはじめている者もいるんだな、と。



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「西一族と巧」4

2019年04月05日 | T.B.1996年


「華!」

 巧は、華の姿に気付き、声を掛ける。

 あれから、数週間後。
 狩りの日ではないので、巧は病院へ行くところだった。

 通りがかった市場で、華に会う。

「花好きの、華!」
「何よ、巧!」

 華は振り返り、少し怒っているような
 でも、面白がっているような、表情を見せる。

「久しぶり」
「本当ねぇ」
「狩りの調子は?」
「まあ、……そこそこ?」
「うちもだ」
「これからの季節に期待しましょ」
「……で。今は買い物中?」
「そうよ」
 華が云う。
「巧もお出かけ?」
「病院へ。定期予防接種」
「ああ。私もこの前行ったわ」
「華は、……」

 云いながら、巧は華の目の前を見る。

 花屋。

「やっぱり、華は花」
「好きなんだから、いいでしょ!」

 色とりどりの花が並ぶ。

 雪が溶け、気温が徐々に上がり、山には花が咲きはじめていた。
 当然、花屋も豊富な種類揃えとなってくる。

「切り花?」
「いいえ。育てたいから、苗かな」

 華は一生懸命、花を吟味している。

 巧はその様子を見る。

 しばくして。

 花屋の前を行ったり来たりしていた華が、指を差す。

「これ」

 巧はその先を見る。

「この花にしようかな」
「ふぅん」
「何それ。興味なさそう」
「ないよ」
「ほんっ、とに、巧ったら!」

 巧は笑う。
 訊く。

「どんな花?」

 華は視線を動かさず、答える。

「紅色とか、紫色の花が咲く」
「へえ」
「西にはない花なのよね」
「そうなんだ」
「いったいどうやって西に仕入れたのかしら」

 華は首を傾げる。

「海辺の植物。海一族産よ」
「妙な云い方……」
「買うわ」
「買うんだ」

「おじさん! これちょうだい!」

 はいよ、と店主が出てきて、
 華が指差す苗を、袋に詰める。

 華はお金を差し出す。

「俺も」

 巧が云う。

「これと同じのを」
「同じのでいいのね」

「巧も買うの!?」

 華は目を丸くする。

 店を後にして、華が云う。

「巧も花に興味があるなんて、びっくり」
「いや、ないけど」
「んん?」

 巧は、華に袋を差し出す。

「苗がひとつじゃ淋しいかと思って」
「もしや、……私に?」
「他に誰が花を育てるんだよ」

 華は、巧と袋を交互に見る。

「ほら」
「いいの?」
「いいって」

「じゃあ。……遠慮なく!」

 華は受け取り、袋の苗を覗く。

「頼むよ、その花」
「ありがと巧!」

 華はにこっとする。

「めっちゃうれしい!」




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「西一族と巧」3

2019年03月29日 | T.B.1996年


「お疲れー!」
「お疲れー!!」
「おい。華は酒だめだぞ」

 3人は、西一族の村でお店が集まる場所へとやって来る。
 食堂が多い。
 辺りは暗くなっていて、店の光が灯る。

 この狩りに出た者たちは、だいたいここで集まっている。

 ので

「耀(よう)、狩りどうだった?」
「うちの班はそこそこだよ」
「うちも獲れたけど、痩せてるんだよなー」
「そうそう」
「うちは小さいけど、数は稼いだ」
「何獲ったの?」
「兎よ。ね、悟(さとる)」
「おい。自慢にならないぞ、美和子(みわこ)」
「狩りの道具だけど、今度一斉に手入れをした方が良さそうだ」
「なら、うちもお願いしたい」
「狩りの合間に集まるか?」

 大宴会のように、みんなで狩りの報告会。

 好きなものを食べ、飲み
 わいわいと、盛り上がる。

 どこからか楽器を取り出し、音楽を奏でる。

「巧」

 耀が、巧の横に坐る。

「お前、当分狩りは休みか?」
「いや、判らないけど」

 なぜ? と、巧は首を傾げる。

「俺、頼まれた用事を少し片付けたいんだ」
「頼まれ?」
「そう」
「ふぅん」

 巧は酒を飲む。

「それで、まあ、」
「代わりに狩りを頼む、てことだろう?」
「話が早いな、巧は!」

 耀は笑う。

「負担にならないように、何人かには声かけてあるんだ」
「そう」
「お礼はするからな」

 巧は、酒を注ぐ。

「お礼ってこれ?」
「いやいや。ちゃんと別に、な」
「用事って、どこに行くんだ?」

 巧は首を傾げる。
 何人かに、狩りの交代を頼んでいる。
 つまり、一日二日の用事ではない、と云うことだ。

「ちょっとな」
「そんなに、長期遠出を?」
「あはは」

「笑い事じゃないぞ、耀」

 いつの間にか、悟が横に立っている。

「用事でも、こまめに村に戻って狩りを手伝え」
「あー、やるやる」
「狩りの腕も落ちるぞ」
「次の村長は口うるさいなぁ」
「ふざけるなよ」
「ふざけてないって」
「悟、やめてくれ」

 巧は口を挟む。

 ここ最近、このふたりの雰囲気は良くない。
 以前はそうでもなかったが
 本当に、ここ最近。
 同じ西一族でも、考え方が違うこともある。
 そのわずかな衝突なのだろうか。

 巧は耀に云う。

「俺は手は空いてるし、狩りは出るよ」
「ありがとうな、巧」

 云いながら、耀は飲む。

 悟は鼻であしらうと、他の席へと行く。

 代わりに

「用事って何だ?」
「何々?」

 向と華が、巧と耀の席に着く。

「ほら、巧食え」
「捌き立ての肉の串焼きは最高ね!」
「お前ら酔っているな」
「私は飲んでないけどー」
「酒はだめだと行ったろう、華!」
「用事ってほら、耀もついに結婚か?」
「きゃー!!」
「はは! 酔っ払いに話しても、右から左だろ?」

 耀の仕草に、3人は笑う。



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