TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「戒院と『成院』」9

2019年11月26日 | T.B.2000年

「はい」

出店で飲み物を買い
彼女にも渡す。
なんて事は無いただの温かいお茶。

ありがとう、と
お茶を受け取る西一族の彼女は
自らをヨツバと名乗った。

少し間を置いて座り、
当たり障りの無い話をする。

「今日は買い物でこの村に?」
「ええ」
「いいものあった?」
「見るだけでも楽しいわ」
「女の子は皆そう言うな」

戒院は相槌を打ちながら
お茶を啜る。

「ちょっと大丈夫なの?」

「え?」

いえ、と
ヨツバははぐらかす。

「熱いかと思って。
 ……なんでもないわ」

「へぇ」

戒院はニヤリと笑い
指摘する。

「なんだ?恋人と間違えた?」

きっと猫舌で、
もしかして今の戒院と同じ様に
口元にホクロがある?それともない?

想像すると少し可笑しい。

むう、と彼女が黙り込んだので
戒院は詫びる。

「あぁ、悪い
 少しからかっただけなんだ」
「気にしてないわ、恋人とは」

うん、そうね。とヨツバは呟く。

「別れようかなって、考えてるところ」

二人の間に沈黙が落ち、
ああそう言う事かと
戒院は納得する。

「なんだ、
 西一族は狩りの一族だろう。
 それで、恋人が失敗でもしたのか?」

ヨツバは首を横に振る。


「なにか間違えたとするならば
 それは、彼では無いのよ」


「……ふうん」

お茶を飲み上げた戒院は
カップを握り立ち上がる。

「おかわりいる?」

いいえ、と彼女が首を振るが
戒院は立ち上がり
自分のお茶のおかわりと
小さなカップを1つ注文する。

「はい、これなら入るだろ」

甘く、
飲み物というよりデザートのような
蜂蜜を溶かしたもの。

「気配りが上手いのね」

ふふ、とヨツバが笑う。

「勘違いされるわよ
 誰にでもこういう事してるの?」
「よく言われる」
「自覚はあるのね」

そうだよ、と
戒院はヨツバの腕を引く。

西一族と東一族の違いはあっても
やっぱり戒院の方が背は高く、
少し腕を引けば
すぐに身を引き寄せられる。

彼女は遊びなのだろうか、
それとも
本当に恋人を忘れたいのだろうか

どちらだろう。

「なあ、恋人と別れるのなら」

どちらでも構わない。


「俺にしない?」


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「戒院と『成院』」8

2019年11月19日 | T.B.2000年

「この薬草を3袋、こっちは1袋。
 ああ、印をつけてくれ」

リストを見ながら
『成院』は店主に指示をだす。

「そっちのは量り売りはしてないのか。
 1袋はちょっと多いんだよなぁ」
「こっちも商売だからな。
 おまけをつけておくよ」
「ならおまけはこれにしてくれ。
 もしくは値引き、どちらかだ」
「お兄さん上手だねえ」

賑わう、北一族の市場。

水辺を囲う八つの一族が
一斉に集う場所。
東一族の村に居ては手に入らない物が
あれこれと揃う。

ふた月に一度程、
医師は『成院』に薬草の買付けを頼む。

これも仕事の1つだ。

「さて。使いはこれで終わりか」

うーんと
『成院』は伸びをする。
今日は泊まり。
これから明日帰るまでには時間がある。

「少し、飲みにでも出、る………か」

視線を感じてそちらを見ると、
1人の西一族がこちらを見ている。

「………」
「………」

西と東。
対立する一族同士。

停戦状態の今は極力接触を避けるのが
お互い、暗黙の了解となっている。

でも、なぜかその時は足が向いて
気がつけば話しかけていた。

「君、西一族?」

東一族にはあまり居ないタイプの
少し気が強そうで
大人びた雰囲気の彼女。

そうよ、と頷いたあと
次の言葉で
なぜ彼女が自分を見ていたのかを知る。

「あなた、以前もこの村に居たわよね」
「それって俺かな?」

誘いの常套句、西一族は積極的だな、と
思う『成院』に彼女は告げる。

「えぇ。
 あなたその口元のホクロ目立つから」

覚えているわ、と。

「その時は何か探し物をしていたようだけど、
 きちんと見つかったかしら」

「あ」

ああ。

ふうん、と『成院』は呟く。
それはきっと。

「そうか、そうか。
 見ていたのか」

これも何かの縁だろう、と名乗るが、
うん?と彼女は首を傾げる。

「そちらには無い響きなのかな」
「無いと思うわ…イ……イン?」

東一族独特の名前だが
他一族には耳慣れないだろう、と
思わず、こう名乗る。

「『カイ』でいいよ。そう呼ばれる事が多いし」

ここは東一族の村では無く、
自分を知るものは誰もいない。

だから、

今日はそう名乗っても
いいんじゃないだろうか、と
そういう気分だった。
 

今だけ、戒院でも。


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「戒院と『成院』」7

2019年11月12日 | T.B.2000年

「そろそろ
 診察に出たかったりするかな?」

医師の問いかけに
『成院』は首を横に振る。

「いや、『成院』としては
 たった1年しか勉強していない。
 自分が患者だったら絶対嫌です」

絶対に、ぜーったいに、と
噛み締めて言い、
カルテを書く作業に戻る。

まだ勉強しますよ、という『成院』に
それは残念と医師は言う。

「君、ならば、
 もう大医師を譲っても良いんだけどね」
「冗談を」

「いやいや。でもそうか」

仕事の事では無いとすると、

「それじゃあ、
 なんのため息だい?」

「はい?」

「…………自覚無しときた」

えぇ?と『成院』は驚く。

「俺が?」
「うん」
「ため息?」
「そうそう」

あー、はぁ、と暫く考えた後、

「そう言えば、
 成院もよくため息ついていたな」
「大体は君の事でね」
「『成院』が板についてきたのかな」

違うと思うよ、と医師はカルテを取り上げる。

「少し『成院』を
 がんばり過ぎてるんじゃないか?」

「食べ物の好みから違っただろう、君たち」

「1人っきりの休みの日ぐらいは、
 好物を食べて、
 思うままに過ごして、
 少し運動とかしてみて
 ゆっくり眠ったらいいんじゃないか?」

「先生、それ」

バランスの取れた食事と
適度な運動と、充分な睡眠。

「医者がよく進めるやつ」

「医者だからね」

そんなの、普段から心がけてます、と
『成院』は答える。

それでも、どんなに健康に過ごしていても
病に罹るときはかかるし、
不健康な生活を、送って居るのに
必ず病になるかと言うと、そうでもない。

「後は、そうだな」

もう、俺の事はいいですよと
言いかける『成院』に
医師は言う。

「新しい恋人でも
 作ったらどうだい??」

「ほう!!」

今、お茶とか飲んでいたら
絶対吹き出していた。

「恋人、ねぇ」

ふうん、と
『成院』はどこか遠くを見る。

「君なら軽いもんだろ」
「そんな人聞きの悪い」

「いやでも、成院に恋人…………」

俺ならともかく、と
首をひねる。

「成院に恋人とか
 ちょっとイメージできない」


「結構酷いこと言うなあ」




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「戒院と『成院』」6

2019年11月05日 | T.B.2000年

ふ、と横目に晴子の姿を捉える。

村の中心地を歩いて居るのだから
こうやってすれ違う事もあるだろう。

今日は何の帰り道だろうか。

仲の良い女友達と果物の砂糖漬けを作ったり
集まって針仕事をしたり、
いつも通りの生活を送っているんだろうな、と
それを微笑ましく思う。

そんなおりに
晴子がこちらに顔を向ける。

「あ」

しまった、見つめすぎた、と
慌てて目を背ける。

どうしたって
一番に晴子に目が行ってしまう。
沢山の人混みの中で
すぐに見つける事が出来る。

「成院、成院ったら」

おぉい、と晴子が駆け寄ってくる。

逃げる訳にもいかず
どうしたんだ、と冷静を装う。

「成院、先日はごめんなさい。
 きちんとあいさつもしないで」

「いいや」

『自分』の一周忌、
墓参りに来てくれた時の事を言っているのだと気がつく。

まだ、自分の事を覚えていて、
悲しんでくれた事が嬉しくて、
申し訳無くて。
でも、
そこに居るのは自分じゃないと
どうして気付いてくれないんだと
勝手な事を考えて、

居た堪れなくなって
声もかけずに
その場を後にした。

「気にしないでくれ」

むしろ謝るのはこちらの方なのに。

「すまない、戒院のせいで晴子にも
 つらい思いをさせているよな」

いいえ、と晴子は首を振る。

「ねぇ、成院。
 少し時間ある?」
「時間?あるけれど?」

「それじゃあ一緒にお茶でもしましょう」

「え?いや、それは」
「今、時間あるって
 言ったわよね!!!」
「ぇえええええ」

なかば引きずられる様に連れて行かれる。

「おねえさん、このお茶2つ。
 お菓子とのセットで」

テキパキと入り口で注文を済ませ
はいはい、とそのまま奥の席まで連行。

意外と晴子はこういう所がある。
大人しい様で
決めた事はきっぱりしている。

「……………」

運ばれたお茶の香りを楽しんで
一口飲んだ後、
さてと、と晴子は『成院』を見る。

「元気してた?」

そう尋ねられるのも仕方ない。
『成院』は晴子を避けていたから。

「うん。
 悪かったよ、
 ずっと晴子にも声を掛けないままで」

「私こそ」

それから暫く思案して、
あのさ、と問いかける。

「ねぇ成院、
 あなた、医師になるの?」

「あぁ、聞いたんだ?
 まだ見習いで、医師になれるかは五分五分かな。
 新しく学ぶことが多くって」
「……そう。少し驚いた」

そうだよな、と『成院』は思う。

「戒院が、弟が病で倒れたから
 そう思う様になったのかも、な」

『戒院』の名前が出た時
晴子の表情が変わったのが分かる。

「でも、それでも、成院」

「無理してない?」
「無理なんて」
「ねぇ、たまには会って
 色々と話をしない?」

以前は3人でよく話していたじゃない、と
晴子は提案する。

魅力的な誘いだ。
戒院ならば喜んでいただろう。

けれど。

「いや、止めよう」

「え?」
「晴子はもう、戒院の事を
 忘れた方が良い」

『成院』は晴子を見ずに言う。

「別の人と幸せになるべきだ。
 戒院だってきっとそう思っている」

お茶に誘ってくれてありがとう。
そう言ってその場を後にする。

店を出て、とりあえず、と
その場を後にする。

家には帰る気分ではない。
職場である病院も違う。
全てを知っている医師とは
今は会いたく無い。

足は自然と墓地へと向かう。

『戒院』の墓。

ため息をついて
墓前に座り込む。

村人の多くは伝染病の全てを知らない。
戒院が助かっても
死ななくてはいけなかったとは
分からないだろう。

だから、以前と違うなと
思う事はあっても
入れ替わっているとは思わない。

分かっている。

それでも、
晴子に会うのは堪える。

誰が悪いのかというと分からない。
成院は変わりになったのに、
ここに戒院がいる事自体
生かされているのに、

「なんだか、少し、」

少しだけ。

「疲れたなあ」


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「戒院と『成院』」5

2019年10月29日 | T.B.2000年


「あ、いまの」

隣にいた俊樹が言う。

「なんか戒院っぽかったな」

なんて、と俊樹は『成院』を見る。
少し驚いた様な表情を浮かべ、
噛みしめる様に頷く。

「そうか、戒院か、うん」

「……………すまん」
「俊樹が謝る事じゃないだろ。
 はは、似てきたのかもな」
「成院は成院だろ」
「だから、気にするなって」

しまったな、と俊樹は頭をかく。
この手の話題は避けていたのに
ぽろりと口から漏れてしまった。

「ちなみに、どう似てたんだ」
「あー、そのな、
 考えるとき手を口元に、当てる所」

どちらとも仲良くしていた俊樹だから
2人の事はよく知っている。

真面目だが融通のきかない成院と
明るくどこか浮ついた所のある戒院。
顔は同じだけれど
正反対の双子だった。

「いや、でもな。
 成院は真面目そうで
 時々びっくりするような事するし、
 戒院はあぁ見えて
 結構冷静な所あるし」

「え?なに悪口?」

「違うって」

要するに、2人揃って
ちょうど良かった。

「もう、一年か」
「あっという間だな。
 墓参りに来てくれよ。あいつも喜ぶ」

戒院が病で死んで、1年。

気にするなとは、言うが
死んだ兄弟と比べられては
いい気分では無いだろう。

手のかかる弟で困る、と
言ってはいたが、
片割れを無くした様なもの。

『成院』も以前と雰囲気が変わってしまった様な気がする。

「みんな居なくなったな。
 戒院も、光院も、杏子も」

あ、と俊樹は、口に手を当てる。

「……………」
「……………」

光院は宗主の息子で、
成院達とは親戚になる。
そして、杏子は光院の許嫁で、

成院の想い人だった。
完全に一方通行だったが。

「……………俊樹ってさ」
「……………」
「見事に地雷を踏み抜くな」

「ごめん!!ごめんて!!」

「逆に笑えるというか、
 あ、俺こっち帰るから」

「この度は誠に申し訳無くーーー!!」

「ははは」

じゃあ、また、と
俊樹と分かれて
『成院』は家路につく。

「もう一年」

ふう、とため息をつき
胸をなで下ろす。

「俊樹はよく見ている」

今のは少し危なかった。

「戒院っぽい、か」

無意識だった猫背は
あいつがそうだったように
常に姿勢を正した。

髪型ももちろん変えた。

言い方の癖や、
ふとした動き。

思いつく事は全て。

上手く出来ているのかと言われれば
それはよく分からない。

いくら顔が同じとは言え
他人になりすましているのだから。

気付いている人は
居るのかも知れない。

だからどうしたというのだ。

もう、
自分は『成院』なのだから。

と、無意識に口元に手をあてている自分に気付き
手のひらを見つめる。

「これは『戒院』の癖、か」


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