TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「水樹と嗣子」9

2019年08月06日 | T.B.2003年

「え?」

はー、と
呆れたようなため息がスガの口から漏れる。

「これだから、
 世間知らずは使えねぇな」
「え?え?
 どうしたの、スガ?」
「なんだよ、もうばれたのか。
 もう少し情報が引き出せるかと思ったんだけどな」

まあこんなもんか、と立ち上がり
急に身支度を始める。

「あの、怒ったの?
 ごめなさ、………あ………え?」

声が上手く出せない、と
嗣子は喉元に手をあてる。

「あ………あれ?」

「なあなぁ」

笑顔でスガが嗣子を覗き込む。

「いつも俺、お茶を二杯飲ませてただろ?
 あれな、一杯目が毒入りで
 二杯目が解毒剤入りなの」

「ど………?」

「だから、何も無い
 普通のお茶に思える訳」

「え?う………そ」

「普通はさ、もうちょっと警戒するよ。
 砂一族だよ、おれ。
 まさか飲んじゃうからびっくりしたよ」

ぜぇぜえ、と
嗣子の呼吸が荒くなる。

「ちょっと早く効きすぎじゃない?
 あー、もしかして
 ショックだった、本気で信じてた?」

ごめんなぁ、とスガが言う。

「お前の情報、どこまで使えるか分からないけど、
 東一族の砂漠の見張りはちょっと参考になったよ。
 あまり実力がある奴が居る時は
 大きく動かないように出来たし」

顔を近づけてありがとうな、と
満面の笑顔で。

そして、こう付け足す。

「なぁ、他の一族に生まれたら、とか
 言ってただろ。
 あれ、無理だよお前」
「………て」

やめて、言わないで、と
言いたいけれど言葉が上手く紡げない。

「お前みたいなのが狩り出来るか?
 商売できるか?
 何も出来ないくせに
 夢だけ見るのは立派だな」

「…………」

「ああ、泣くな泣くな、体力無くなるぞ。
 さてどうするかな」

荷物をまとめながら
鼻歌を歌いながらスガは呟く。

「村に連れて帰るのも重いなあ。
 毒の実験に使うのもいいけど、
 よし、ここは俺も情けをかけるとするか」

うんうん、とスガは言う。

「ここで殺しといてやるよ」

私は何か悪いことをしたのだろうか、と
嗣子は考える。

ただ、自分の事を理解してくれる人と
話しがしたかっただけ。
スガは分かってくれた。
嗣子の言うことにいつも頷いてくれた。

なんだか、窮屈な日々の中で
それだけが楽しみだったのに。

だから、村の事も少しだけ話した。
色々聞かせてくれる返事のつもりだった。
たわいもない話だったけれど、
あれは、村の情報を探っていたんだ。

迷惑かけてるから。

「………う」

裕樹の言葉を思い出す。

「うう………う」

あぁ、自分は

迷惑だったんだ。

「て」

それでも、自分が悪いのだと
分かっているけど、

自業自得だけれど。

苦しい。

誰か。

「たすけて」

「嗣子―――――!!」

怒号と共に砂埃が起こる。

誰だろう。
スガでは無い誰か、が。

「?」

新月の夜だけど、
姿が見える。
東一族の、見慣れた服。
仄かに明るいのは、紋章術の陣。

何かの時に一度だけ見たことがある。
転送の術。

「あー、ほら、
 バレちまってる」

はー、とため息をつきつつスガが嗣子を睨む。

「いやぁ、間に合って良かったぜ」
「いや兄さん、間に合ってないから。
 嗣子、しっかりしろ」
「大丈夫。
 こいつぱぱぱっと倒して
 すぐ帰れば間に合う」

ぜーはー、と
苦しいのは変わらないけど。

見捨てられてはいなかった。

「……………たすけて」

「うん、任せろ」

水樹がスガと対面する。

「と言うわけで
 さっさと倒されてくれよ」


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「水樹と嗣子」8

2019年07月30日 | T.B.2003年

なんなのだろう、
みんな、誰もかも、
自分の邪魔をする。

放っておいてくれたら
それだけでいいのに。

どこに行くのか、とか
何かするのか、とか

全部、全部、
気にかけているからじゃない。
何かしでかさないか
余計な事をしないかどうか、
見張っているだけ。

「………私、生まれてくる所を間違えたんだわ」

星空を見上げながら
いつかと同じ言葉を嗣子は呟く。

他の一族に生まれていたら、
いや、
違う時代に生まれていたら。

「そうだね。
 それならこんな風に
 こっそり会わなくても良かったかもね」
「ええ」

そうよ、と嗣子は頷く。

うん、と笑顔を見せるのは
砂一族の青年。

彼の差し出すお茶を
ありがとうと受け取る。

何と無しに、
夜の星が見たくなって、
こっそり村を出て砂漠に足を踏み入れたら
そこで、出会った。

「スガと初めて会った時は、とても驚いたけど」

砂一族は危険な一族だと聞いて居た。
毒を使い、人を攫う
野蛮な一族だと。

「話してみたら全然違うんだもの」
「まぁ、砂一族にも色々居るんだよ」

知っていると嗣子は笑う。

こうやって出されたお茶だって
最初はとても警戒したけれど
何の変哲もないただのお茶。

しかも、美味しい。
そう言うとスガは
砂一族だって普通のお茶ぐらい飲むよ、と
答える。

けれど、

「スガは砂一族では変わり者なのね」
「まあね」

私と一緒だ、と。

だから、分かってくれる。
嗣子の言葉にも
物珍しさじゃなくて、心から同感して頷いてくれる。

「このままどこかに行けたらいいのに」

家族も、村の生活も
何もかも捨てて
誰もどの一族かなんて
気にも止めない人達が暮らしている町に。

「水辺のあちこちを見てみたいなぁ。
 一番は海かな」
「私も、海見てみたい」
「あと谷一族の洞窟とか」
「三つ目が居るって本当かな?」
「狩りの一族、山と西」
「私、狩りは別にいいかな」
「そうなの?
 俺は見てみたいけどなぁ。
 狩りに使う毒とかどうなっているんだろう」
「そういう所は砂一族よね」
「あと、東一族のオンセン?」
「見ても楽しい物じゃ無いと思うけど」
「そうかな。
 他一族にとっては珍しいと思うよ。
 東一族って独特だよね」
「そう?そんなもんかしら?
 いつか、村を案内出来たらいいわね」
「期待してるよ」

なんでもない、たわいもない話。

そんな事を言っても、
やっぱり日は昇るし
そうすれば村に戻っていつも通り。

また、会えるのは
次の新月の晩。

「そう言えば、
 この前は来れなくてごめんなさい」
「いや、良いんだ。
 誰かに見つかりそうなら無理しないで」

スガに会いに来ていると
分かってしまったら、
もう、こうやって会うのは終わり。

「見つかったというか、ねえ。
 ふふ」
「なになに?」
「変な人に引き留められちゃって」

少し腹は立った。けれど。

まぁ、でも。
今になって思い返すと
あの時の水樹の慌てっぷりは
少し、面白かった。

「見つかったの?」
「そういうんじゃないの。
 すぐに引き返したから」
「………そっか」
「その、ごめんなさい」
「いいよ」

「ちょっと抜けた所がある人だから
 スガに会いに来てるなんて気付くはず無いわ」

大丈夫だと思う、と
そういう嗣子の言葉に
重ねるようにスガが言う。


「もういいよ」



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「水樹と嗣子」7

2019年07月23日 | T.B.2003年

砂漠当番を終えた友樹と裕樹を
村の正面で水樹が迎える。

「おつかれ、おつかれーい!!」
「お疲れ兄さん。
 今日は門番?」
「そうそう、実樹兄さんと」

今日の門番は始まったばかりなのに
もう、一日経ったと言わんばかりに
疲れた顔で実樹が言う。

「俺は門番には向かないと思うんだ。
 早く帰りたい」
「またまたぁ、謙遜を」
「俺って占術師だからな!!」

「人手不足なんだ仕方無い」

諦めろ、と
友樹が実樹の肩を叩く。

あ、そうだ、と
裕樹が言う。

「水樹兄さん、嗣子と会ったんだって?」
「そうそう。
 この前の飲み会の帰りに、って
 どこからそれ聞いたんだ?」

うーんと、裕樹。

「嗣子が、俺に苦情を訴えてきたというか」
「苦情とな!?」
「ほら、最初に砂漠で会った時。
 俺と兄さんが一緒だったから
 接点があるという事でなんだろうけど」

言いにくいけど、と、続ける。

「あの変な人に
 これ以上私に絡まないように言って、と」

「変な人ぉお!!?」
「まぁ兄さん。
 確かに、夜道に面識のない年頃の男に
 声かけられるって、まあ、なかなかに
 警戒事項だからさ」

「それは、まずいぞ水樹」
「訴えられたら、
 完全にあちらの勝利だぞ」

それはちょっと、と
友樹と実樹が言う。

「面識あるもん!!
 砂漠で会ったもん!!」

「もん、て、兄さん」

その年と顔と声で
その語尾はちょっと。

「だって、砂漠行こうとしてたし。
 危ないし~」
「正義って難しいな」
「普段の行いの現れだよな」

裕樹にまで言わせるとは
本当に怒らせちゃったな、と
水樹は人知れずため息をつく。

「兄さん?」
「あ、いやいや、何?」

「兄さん、喋らなきゃまともに見えるよ」

「喋ったらアホって事!?」

「騒がしい枠というか」
「沈黙は金だな。黙っとけ」
「ええええぇ」

だが、と実樹が言う。

「確かに砂漠は危ないな」
「夜に1人で砂漠に出掛けるって
 結構度胸あるけどな」
「あれは度胸じゃないよ。
 分かってないだけだって」

「砂の動きが不穏だ。
 夜でも、昼でも、
 気をつけるに越したことはない」
「変に静かだなとは思う」

兄さんも!?と水樹は驚く。

「友樹兄さんもそう思う?
 動きを見せなくなったよな」

ぐ、と実樹が杖を握り直す。

「何か企んでいる気がする。
 こういう時はいつもより危険だ」
「お、占術か?」
「ああ」

こくり、と頷き、
不敵な笑みを浮かべつつ言う。

「俺はまだ見習いだからな。
 これは、大樹兄さんの占術結果だ」

「自分の占術じゃないんかーーーい!!」


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「水樹と嗣子」6

2019年07月16日 | T.B.2003年


夜道を進む嗣子の後ろを
少し距離を取って歩く。

「来ないで」
「あ、いや。
 もう少し人通りのある所まで」

いくら東一族の土地とは言え
夜の人気の無い道。

「慣れているから平気」
「そうなのか。
 そりゃあ、心強いな」
「バカにしてる?」

武術の心得のある水樹に言われたら
そう思うのは当然かも知れない。

「いやいや、だって、夜じゃん」
「それが?」
「お前ここがどこか分かってんのか?」

村の郊外。
静かな森沿い。

獣は出ないと言うし、
整備もされている。

月は出ていないけれど
星がその分よく見えて、
嗣子にしてみれば、落ち着く道。

「?」

まじか、と
水樹は慌てる。

「墓地の近くだぞ!!!」

言われて、そうだったな、と
思い出す。でも。

「………それが?」
「幽霊でるかもしれないし」

「え?怖いの?」

コクコク、と水樹は頷く。

「死んだ人でしょう。
 何が出来るっていうのよ」
「お前、霊魂を舐めるなよ」
「………信じる人なんだ」
「そうだよ、悪かったな」
「悪いとは言ってないわ」
「姉ちゃんの元彼とか、出るよ。
 俺がこっそりお高いシャンプー使った事とか!!」

「それは、よくわからないけど」

と嗣子は言う。

「なら、村の近くまでは
 着いてきていいわよ」

「まじで、さんきゅ」
「でも、この距離はそのままで」

それ以上近寄らないで、と
念を押す。

「うす」

ギリギリ会話ができる間隔のまま、2人は歩く。

水樹は鼻歌を歌っているが
嗣子は放っておく。
どうせ村まであと少しだし。

怖いのならば仕方無い。

「なあ、意外と話すと面白いなお前」
「………お前って言われるの嫌い」
「ごめん」

でも、と水樹は続ける。

「俺、言うほど
 嗣子が変わってるとは思わないけど、な」
「………」
「まあ、俺も同じだけど」

変わってる、って。

「全然違うわよ」

「そうかな?」
「違う!!全然!!」
「???嗣子?」

「何にも出来ない私とは違う。
 あなたは、変わっているかも知れないけど
 みんなが必要としてるもの!!」

だから、分かってない、と嗣子は言う。

「私、生まれる所を間違えたのよ。
 東一族に向いてないんだわ」
「そんな事無いって」

ぴたり、と嗣子が止まる。

「もう、村の中心に入るから。
 ここまで。
 本当にこれ以上着いてこないで」
「あ、あぁ」

嗣子は、最後に水樹にこう告げる。

「あなたが、今、
 私に構うのだって、
 珍しい物見たさだから」

「嗣子」

水樹が呼びかけるが、嗣子は振り向かず
村の中心へ歩いて行く。

1人残された水樹は、
困った様に頭をかく、と呟く。

「そういうんじゃ、無いんだけどな」


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「水樹と嗣子」5

2019年07月09日 | T.B.2003年

「食べたなぁ」

夜も更けた東一族の道を
1人水樹は歩く。

「あ~、
 夜の空気涼しい~」

東一族の酒場がある中心地から、
家までの道のり。

もう、寝静まっている人も多く
家が多い所では静かにしていたが
そうでない場所にさしかかると
自然と鼻歌が漏れる。

「ふふふ~ん」

ちょっと気分も大きくなったり

「んん〜春巻きぃ〜食べたぁあい〜♪」

ガサッ。

「ぁあん♪ああん〜ぁあん♪(こぶし)」

ガサガサッ!!!

「うおわっ!!!?」

草むらから聞こえた音に
水樹は思わず後ずさり
構えを取る。

「いの、イノシシ!!?」

やばーい、
こんな所にも出るんだわ。
餌も減って来たのかな?と
近年の環境変化に思いを寄せつつ。

東一族は狩りを行わない。
イノシシを倒したとしても食べない。
なので、無駄な殺生をするわけにもいかず。

「静まりたまえ!!
 山に帰りたまええええ!!」

ガサガサガサッ!!

「いやああああ!!」
「………人間、なんですけど」
「はうおお?」

草むらから出てきた人影に
腰を抜かしかけていた水樹は
はーーっと息を吐く。

「人?」

こくり。

「人間?」

こくこく。

「なんだ~、
 もう、びっくりさせちゃって」
「ごめん、なさい」

それだけ言って
身を翻してその場を去っていく。

「おおおい、ちょっと待って」

もう反射的に水樹はその後を追いかける。

「うん?」

シルエットで女の人っぽいな、と
思っていたけれど。

「嗣子じゃん!!!」

「声!!大きい!!」

やめて、と嗣子は水樹の口を塞ぐ。

「私、もう謝ったわよね」
「それは俺も悪かったよ。
 ごめんって」
「着いてこないでください」

突然の敬語がつらい。

「いやでも。
 こんな夜中に1人で危ないって」
「酔っ払いに絡まれるよりマシ」
「俺、飲んでないんだけど」
「………はあ?」

嗣子がかなり引いた顔で水樹を見る。

飲んでないで、あのテンションだったの、と。

「じゃあ、余計に
 近寄らないで下さい」
「いや、っていうかさぁ」

水樹は言う。

「また、砂漠に行くつもりだろ?」

ハッと、嗣子の表情が変わる。

「…………」
「今まで、何も無かったかもしれないけど、
 危ないから」
「…………」
「誰か、俺とか、裕樹とか
 着いて行くし」
「…………」

「何か、理由があるんだろ。
 砂漠に行きたいなにか」

それをちゃんと教えてくれたら、と
水樹は問いかける。

「あ~いや。
 教えなくても良いけど、
 とりあえず、1人は危ないから」

「…………」

嗣子は俯いたまま踵を返す。

「おい?」

「………家に帰る。
 これで、満足でしょう!!」
「あ、いや。
 安全な方が良いけど」

うーん、怒らせたな、と
村に戻っていく嗣子の背中を
水樹は見守る。


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