TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「水樹と嗣子」4

2019年07月02日 | T.B.2003年

「うーん、びっくり、
 そして、びっくり」

水樹は兄の大樹(だいき)に問いかける。

「大樹兄さん、
 嗣子って知ってる」

つぐこ、と
しばし時間をかけて、大樹は頷く。

「………確か、
 次樹さんの所の、子?」
「おお、兄さんでも疑問系なのか」
「俺だって全員を把握している訳じゃないぞ」

知りたければ
名札管理人の所にでも行くんだな、と。

「いや、簡単に見れる場所じゃないし」

そう言う所ではないのだ。
お役所みたいな。

「戦術大師になれば見れるかもしれん」
「おお、爺ちゃんみたいに!?」

長年戦術大師を勤めた
夏樹爺ちゃんと
武術を教えてくれた
成院は水樹の憧れ。

「で、その嗣子がどうしたんだ?」
「この前初めて会ったんだけど」

ちょっと驚き、びっくり、と
テンション少上り。

「この村に、知らなかった人居るとか
 俺もまだまだだな~って」

「いや、名前ぐらいは
 みんな知ってると思うぞ」

ついこの前まで
宗主様は宗主様って呼ぶから
本名知らなかったわーとか。
そんな経歴のある水樹だからありうる、と
頭を抱える大樹。

「お前、
 得意な事しかしないの直せ」
「突然の飛び火!?」
「武術だけじゃ戦術大師にはなれないからな。
 もっと歴史とか、算術とかの座学をだな!!」

いや、それより
常識からか、と
大樹がじっと水樹を凝視する。

「兄さん、俺もう
 子どもじゃないんだからさ~」
「俺にとっては
 お前と辰樹は同じ立ち位置だ」
「たっちゃんと!?」

もう十六歳になる弟と
生まれたばかりの我が子が同じポジション。

「あら、辰樹の面倒を
 見てもらってるのに?」

そういう言い方する、と
お茶を運んでくるのは大樹の妻の篤子(あつこ)。
水樹にとっては義姉(おねえ)さん。

「篤子姉さんお茶ありがとう。
 出来ればお菓子も欲しい!!」

「そういう所だぞ!!!!」

聞こえません~、と
耳を塞ぎながら、水樹は篤子に声をかける。

「たっちゃん預かるよ」
「あら、助かるわ」

はい、と
篤子の背から甥の辰樹を受け取る。

「よう、辰樹。
 また大きくなったんじゃね」

水樹は辰樹のほっぺをぶいぶい突く。

「そうよ、ちょっと
 標準より増え過ぎかしらね」
「マジか~辰樹~」

あ、そうそう、と
大樹は水樹に尋ねる。

「今日、夕飯は
 ウチで食べていくだろ?」
「え?」
「そうよ、春巻きなんだけど、
 水樹好きだったわよね」

「春巻きっ!!」

言われて、動きが固まる水樹。

「そうよ、キクラゲも入れるわ」
「キクラゲ!!」
「……キクラゲは誘惑ポイントなのか?」

あああ、うーん、と
歯切れの悪い水樹。

「今日は、
 兄さん達の飲み会に行く予定で」

兄さんとは大樹の事では無く、
一緒に砂漠の見張り当番をしている
兄貴分達という事で。

「お前、飲めるのか?」
「俺、十六歳だぜ~」

東一族の酒解禁は十五歳から。

「でもあんまり
 飲ませてもらえないというか
 ご飯食べるの担当というか」
「うん、正しい判断だ」
「そうね、
 なんか与えちゃ駄目な気がするわ」
「駄目なの!?」

うんうん、と
納得する大樹篤子夫婦。

「なんというか」
「子どもに飲ませている感」

「十六だって、俺!!」


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「水樹と嗣子」3

2019年06月25日 | T.B.2003年

「さて、無事当番を終えたことだし」

当番を終え、
水樹達は村に帰り着く。

「行くか!!
 朝パフェ!!」

なぁ、お前達!!と
水樹は振り返る。

「………あれ、嗣子は?」
「帰ったよ」

すでに遠くに後ろ姿。

「おおい、嗣子!!」

声をかけるも
立ち止まらず人並みに消えていく。

「良いって、兄さん。
 あいつが来るわけ無いし」

呆れた顔で
裕樹は言う。

「そうなのか、残念」
「あと、俺も
 朝パフェは勘弁です」
「そうなのか!!?
 まさか、朝食は抜くタイプ」
「いや、パフェは
 朝から重いって言うか」

「仕方無いな、
 それじゃあ……」

いただきます、と
朝粥の店で2人は手を合わせる。

「嗣子の事だけど」

粥に必要以上の薬味を振りかけつつ
裕樹は言う。

「一言で言えば、変わってる」

うええ、と
水樹はどうしましょうのポーズを取る。

「それ、俺もよく言われる」
「ああ兄さんも、うん。 
 否定はしない」
「してよ!!」

嗣子は、と、粥を口に運びながら
説明というよりは
愚痴のように言葉を続ける。

「人嫌いで
 ずっと家に引き籠もってて」

だから、
顔を知らない村人も多い、と。

「かと思えば、
 今日みたいに砂漠をほっつき歩いていたり」
「それって、
 実は砂と通じているんじゃあ」
「ないない!!」

あいつに限って絶対無いね、と
裕樹は言う。

「夜の砂漠が見てみたかった、とか
 そんなんだろ」

「それはそれで、行動力あるのでは」

「よく分からないんだよあいつ」

「逆に気になるぅ」

ちょっと嗣子と
お近づきになりたい水樹。

「放っておいた方がいいよ、兄さん。
 嗣子、人に構われるの
 嫌うからさ」
「この俺をもってしても!?」

その自信どこから来るんだろうと
感心する裕樹。

「特に、兄さんみたいな
 元気の塊みたいな人は
 なんというか、うーん拗らせそう」

へいへーい、と
裕樹の隣に座り
ガッ!!と肩を寄せる水樹。

「今までの話をまとめるとさ、
 随分嗣子に構ってたんじゃん??」

うえーっ、と
箸を置き、裕樹は水で残りをかき込む。

「言ったろ、近所だって」
「それだけ?」
「そう、だよ!!
 そういう意味じゃなくても
 顔見知りなら思うじゃんか」


「このままじゃ、
 いずれ本人が大変だって」


けれど

諦めたよ、俺は、と
裕樹は言う。

「もう、
 放っておいた方が
 本人のためなんじゃないかな」


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「水樹と嗣子」2

2019年06月18日 | T.B.2003年

「わるいわるい」

ごめんな、と
水樹はその子の手を引く。

が、

ふん、と
手を払いのけられる。

「平気」

「嫌われた!!」

ガーン、となる水樹に
そりゃそうだね、と裕樹は答える。

「あ~なんだよ、
 嗣子(つぐこ)か」

覗き込んで
裕樹は顔をしかめる。

「またお前、いい加減にな」
「誰にも迷惑かけてないし」
「かけてるから」

放って置いて、と
嗣子と呼ばれたその子は
スタスタと村に向かい歩き始める。

「そうやって、
 どこに地点があるか分からないんだからな」
「いいもん」
「はぁ?」
「別に、地点に当たったって」
「本気で言ってるのか?」
「………」
「そうやって、
 すぐ黙るだろ!!」

おお、揉めとるな、と
2人の後ろをスタスタと歩く水樹。

「もう、勝手にしろよ」
「誰も相手にしろなんて
 言ってないから」

あー、もう、と
裕樹は嗣子から距離を取る。

嗣子が先に進み
その後ろを水樹裕樹が
ゆっくり着いて行く形になる。

なあなあ、と
水樹は裕樹に問いかける。

「知り合い?」
「俺の近所」
「俺、あの子
 初めて見るような」

同じ一族の同年代なら
顔ぐらい一度は合わせているはずなのに。

「そういうやつだから」
「うーん」

分かったような。
分からないような。

「変わってるんだ」

裕樹の言葉に
嗣子はどすどすと
歩き始める。

「言われるのが嫌なら
 直せばいいのに」
「………っ」

ぴたり、とその歩みが止まる。

「?」

ぐずっと
小さく鼻を啜る音が聞こえる。

「おい、嘘だろ」

あーーと、水樹は声を上げる。

「泣かせたーーー!!」
「兄さん黙ってて」

しずしず、と裕樹は嗣子に近寄る。

「その、
 言い方が悪かった。ごめん」
「………い」
「え?」

「そんな、仕方無いから謝る
 みたいなの………いらない」

「あーーーーー!!?」

「ストップストップ!!
 裕樹、ステイ!!」

落ち着け、と水樹は2人の間に
割って入る。

「お前達、ここまだ砂漠だから。
 とりあえずは
 村に戻ってから続けて」
「止めないのか兄さん!!」


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「水樹と嗣子」1

2019年06月11日 | T.B.2003年

「ねむい」

「…………」
「ねむいねむいねむ」
「うるさいなあ」

裕樹(ひろき)は
水樹(みずき)の頭を小突く。

「あとちょっとだろ。
 もうすぐで夜が明ける」

目の前に広がる砂漠。

その向こうに暮らしているのは
砂一族。
裕樹たち東一族と敵対する一族の1つ。

そして、一番危険な一族。

「隣り合うから争っているのか、
 違う一族が隣でもこうだったのかね?」

砂漠には
塀も、堀も、何も無い。
だから特に忍び込みやすい夜間はこうやって見張りを立てる。

「今日は当番終わったら
 何食べに行く!?
 俺、ご飯系が良いな~」
「眠いんじゃなかったのか!!」

ああもう!!と
裕樹の口からため息が漏れる。

当番は必ず2人以上。

基本的には裕樹達の世代で
代わる代わる務めるのだが
ちょうどその世代は人が少ない。

もう一回り上と下には
人が多いが、
狭間の世代になっている。

なので、上の世代が
その見張り番に入ってくれているのだが
熟練の人達なので
一緒は一緒で緊張する。

「かといって、同世代はなぁ」
「なに?
 デザート系ならそれはそれで良いよ。
 朝パフェ!!」
「ご飯の話から離れてよ。
 水樹兄さん!!」

おまけに、
水樹の方が1つ年上。

ちなみに、
東一族は年上には全て
兄、姉と呼ぶので本当の兄弟ではない。

「あ、日が昇ってきた」

東の端から、
だんだんと辺りが明るくなっていく。

「さて、水樹兄さんあがろうか」
「………んん?」
「兄さん?」

どうしたの、と言う前に
水樹が飛び出していく。

「水樹兄さん、ちょっと
 待って!!」

慌てて裕樹も後を追う。

水樹の向かう先、
ちょうど日が昇る方に
僅かに人影が見える。

「!!?」

ちっ、と腰に携えた武器を
再度確認する。

日の出で砂丘の影が長く伸びている
そこに隠れるように進む姿。

「砂一族っ!!?」
「裕樹」

水樹が声をかける。

「お前は回り込め」

「了解!!」

二手に分かれ進む。

が、余程のことがなければ
裕樹が手を出す必要も無いだろう。

水樹がその影に走り寄り
組み伏せているのが
目に入る。

今ならば、見張りの目が緩むとでも思ったのだろうか。
東一族を甘く見過ぎている。

「初心者でもあるまいし」

何も分からず送り込まれたのか
それとも、余程の手練れだろうか。

「………うーん?」

ふと、疑問がよぎる。

「砂一族?」

あれ、何かおかしいぞ、と
裕樹は違う意味で
恐る恐る水樹に駆け寄る。

「兄さん」
「なぁ、裕樹」

困ったな、と水樹が取り押さえた相手を見ながら
裕樹に問いかける。

「この子、
 ウチの一族の女の子だよな」

むすっと、
顔をしかめているのは
紛れもなく東一族。

「そうだな。
 兄さん、まずはいったん押さえている腕を放そうか」


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「稔と十和子」10

2018年08月28日 | T.B.2003年

「………」

起き上がり、窓から差す陽が
随分と明るいことに気がつく。

は、と気が抜けた声が出る。

「あ~、今、何時?」

ベットを抜け出し、
寝室を出る。

「………」

椅子に腰掛け
本を読んでいた彼女が顔を上げる。

『おはよう。
 もう、お昼だから、
 おひるよう?』

そう言って、十和子が笑う。

彼女の言葉は、手話だったり、
口元を読むことだったり。

声を出すことも出来るけど
上手く話せているか分からないから、と
恥ずかしがって
言葉を出す事は少ない。

『ご飯食べるでしょう。
 温めるわ』

音は全く聞こえない、と聞いていたが、
不思議と稔の方に顔を上げる。

なんとなく、
雰囲気が変わるのだと言っていた。

「ごめん。寝過ごした」
『疲れているのよ』

昨日は、深夜近くまでの勤務を終え
十和子の家を訪れた。

結局、疲れが溜まっていたのか
気がつけばこの時間。

「今からじゃ、
 どこにも出かけられないな」
『家でゆっくりするのも
 ありだと思う』
「ん~~………」

折角の休みなのに、とは
思わないだろうか。

元々稔の仕事が立て込んでいるため
時間を合わせる事が難しい。

「いや、
 時間を理由にするのは
 言い訳だとか、なんとか」

そんな事を誰かが言っていたような。

『こうして
 会えるだけでも、充分』
「そう?」
『そう!!』

とは言っても、
それぞれの生活もあるし。

「………うーん」
『気にしないで』
「いっそ、一緒に暮らすか」

『………えっと?』
『結婚する?って意味』

稔も手話で返す。

十和子は驚いて立ち上がる。

『驚くわ!!
 急にそういうこと!!』

「あ~、物事には順序ってやつ?
 狩りに行く所からか」

西一族の風習。
結納品として1人で狩りに行き、
獲物を1匹仕留め、相手の家に納める。

「狩り、あんまり得意じゃなくて」
『違う違う!!
 そうじゃなくて』

十和子は問いかける。

『私なんか、が』

ダメダメ、と首を横に振る。

『ダメよ結婚なんて。
 他にもっと良い人が』

私、なんか、と
そこで彼女は言葉を止める。

『…………』

多分、十和子が気にかけている事なんて、
稔にとっては何てないこと。

「言っておくけど
 俺も言えない事沢山あるし、
 多分、そのまま言うつもりは無い」

『………なにそれ』
「言えない宣言」

ふふっ、と十和子が吹き出す。

「俺の事が嫌な訳では」
『それは、無いわ、大丈夫』

「なら、いいんじゃないか」

まぁ、返事は今度会うときで良いから、と
そう告げて稔は後ろを指差す。

「それに、そろそろ鍋が火を噴く」
『っ!!?』

慌てて火を止めに行く十和子を見ながら考える。

何となく、自分は
そういう相手を作らないまま過ごすのだと思っていた。

想像しながら少し笑う。
皆、驚くだろうか。

でも。

「うん、自分が一番驚いた」


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