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たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

「ずいずいずっころばし」

2020年02月05日 09時48分35秒 | 懐かしいあの曲

ふっと思い浮かんだ  「ずいずいずっころばし」
まるで「連想ゲーム」の如しではあるが、
税申告書準備→令和2年→ねずみ→米蔵→チューチュー→「ずいずいずっころばし」

第二次世界大戦の末期、戦禍を逃れて東京から父親の郷里北陸の山村に疎開し、そのままその地に定住した家で育った。都会育ちで農業等に全く無縁だった若い母親は 父親が隣りの町の印刷店に勤め始めたことも有って、閉鎖的な山村でよそ者扱いされながら、家族の食料を賄うためのわずかな田畑で 朝から晩まで野良仕事で汗水を流していた。そんな分けで、母親は 日中ほとんど不在で、家事一切は 祖母が担っていた。当然、子供達は 「おばあちゃんっ子」と化し、躾、情操等、母親より祖母の影響が色濃く育ったような気がしている。

すでに記憶は曖昧になっているが 多分、物心ついた頃のこと、祖母から わらべ歌、「ずいずいずっころばし」を 教わったような気がする。
近所の子供達も加わっていたのかも知れない。子供達に両手を出させて 調子に合わせて指を突いていき 最後の「だーれ?」で 止まった子供が かくれんぼの鬼?になったり、何かを貰えたりする?、そんな時に 歌ったような気がする。
子供のこと、歌詞の意味等全く分からないまま、自然に覚えてしまい、記憶力減退後期高齢者の今でも 歌詞がほぼ完全に出てくるから不思議である。

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今更になって ネットで調べてみると、
「ずいずいずっころばし」は、江戸時代の「お茶壺道中」に纏わる唄だという。
「お茶壺道中」とは 江戸時代、京都宇治の宇治茶を徳川将軍家に献上するため 宇治茶を詰めた茶壺を運ぶ行列のことで、大名行列と同様、東海道や中山道等、街道筋では 住民は土下座を強要され、行列の前を横切ろうものなら 女子供問わず「お手打ち」にされたという。「茶壺が来たら ピシャンと戸を閉めて 誰が呼んでも外に出てはいけませんよ」という戒めの意味が込められた唄だというのである。

「ずいずい、ずっころばし、ごまみそずい」
 ある農家で ずいきの胡麻味噌あえをどんどん作っていたところ、

「ちゃつぼにおわれて、とっぴんしゃん」
 表を徳川将軍家に献上するお茶壺道中が通り掛ったので、
 驚いて家の人達は戸をピシャンと閉めて奥に隠れた。

「ぬけたらどんどこしょ」
 行列が通り過ぎれば 安心してどんどこ騒げるが、

「たわらのねずみが、こめくってちゅー、ちゅー、ちゅー、ちゅー」
 静まりかえった家の納屋の方から、ネズミが米俵を食べる音が聞こえてくる。息を殺している中でいろいろな音が聞こえてくる。

「おっとさんがよんでも、おっかさんがよんでも、いきっこなーしよ」
 やがてお茶壺道中が去って行くから、それまでは 例え親が呼んでも、
 誰が呼んでも外に出てはいけないよ。

「いどのまわりで、おちゃわんかいたの、だーれ」
 井戸端で、慌ててお茶碗を割ったのは、誰だ!

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「へーっ!、そーなんだ!」
目から鱗である。

「ずいずいずっころばし」(YouTubeから共有)